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異世界の剣魔法使い(ソードマジシャン)  作者: 蠣崎 茜
第1章 雨宮式剣魔法
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第8話 滅竜の翠華

俺が懸念していたような、屈強な冒険者に絡まれて云々の出来事など微塵も発生せず、俺達は街を散策していた。カノンと共に服屋や武具屋をうろつき、ガストから頂いた大金で身の周りを整える。衣服はともかく、俺には剣魔法(ソードマジック)がある以上、攻撃する為の武器は殆ど要らない。


構成した魔法剣は手に持つことが出来るし、念動力で飛ばして遠距離戦も出来る。構成出来る数に限度はあるが、心許なくなるほど少なくはない。武器屋泣かせの魔法である。


「この上着と、靴を。後はこの…ジーンズかこれ?」


「おお、水狼の脚守を選ぶとはお目が高い。それは水狼の革をふんだんに使った、魔具ですよ。魔力を使えばその強度は跳ね上がります」


「そんなものがあるのか、ならこれも…」


俺は防具に拘った。幾分か多めに出費しようと、関係ない。これで身を守れるなら、むしろ儲け物だ。


「わあ、リョウさん似合ってますよっ」


「そうかな、ありがとう」


…結果として俺は今までの衣服を売り払い、それと引き換えに防具を手に入れた。流石と言うべきか、武具屋の店主は、向こうの世界の技術を見定め、感嘆し、防具の料金はいらないのでその衣服を譲って欲しいと言われたのだ。無論出所は教えていないが。


ルクトの奴、服まで向こうのものを再現しているとは。俺の肉体は再構成されたものだ。つまり衣服もそれに当て嵌まる。流石に携帯やら何やらは持っていなかったが、最低限のつもりで持ち越させた衣服が値打ちものになるとは、かの魔法神も想像できただろうか。奴の事だ、何も考えてないに違いない。


「リョウさんは魔具で固めたんですね。魔具は軽いですし、普通の衣服と見分けが付かない物も多いですから、普段から身に付けていて問題ないですよ。生活魔法のエンチャントも掛けられますし」


黒いジャケットに白いシャツにジーンズ (すべてそれっぽいもの)。さっきまで着てた服装と雰囲気は変わらない、ありふれた私服の1パターンだと言われれば分からないだろう。しかし、袖を通した時に痛感してしまった。かなりごわつくのだ。無論元々防具である、のもそうだが、着心地というものが全然違う。技術の差は大きかった…。


ごわつく着心地に違和感を感じながら、俺はカノンに聞く。


「生活魔法?」


「ええ、生活魔法には洗浄の効果を持つものがありまして、殆どの人は生活魔法を使えます。適合していなくても効果を発動させる魔法もあるんです」


ここで遂に俺は適合魔法の意味を知った。適合魔法とはとどのつまり、習得した魔法の事を指すらしい。つまり、適合魔法がなしだろうが、剣魔法のみだろうが、他の魔法を習得する素質が無い訳ではないと言う事だ。だが、適合魔法、と言うように他の魔法を習得しようとしても、一向に習得の兆しが見えず、何も出来ない事があるらしい、それを「適合しなかった」と言う。


逆に晴れて習得の兆しが見え、使えるようになれば「適合した」事になる。


その中でも生活魔法と呼ばれるものは、誰でも確実に習得出来る特殊な魔法であるという。


これの原理については解明されておらず、術式が特殊だから、とか、属性に関係なく発動するから、とか、消費魔力が余りに小さいから、とか諸説あるとの事だ。


カノンもこの魔法に関しては使えるようで、生活魔法の効果を見せてくれた。


「これが生活魔法の洗浄(クリーン)です。この石レンガを見ていて下さい」


カノンは、石レンガで舗装された歩道の、うち一つの石レンガに指を差した。俺はそれを見つめる。


「マジックブート、生活魔法」


カノンが起動を宣言すると、突然石レンガの色が他の物と比べて明るくなった。試しに触ってみると、砂や埃の一つも指の腹に付着しない。


「生活魔法の洗浄(クリーン)は、その名の通り汚れを落とす効果を持っています。王宮のメイドさんにもなると、冒険者ギルドのような広い空間を一瞬で洗浄する事も出来るみたいですよ」


そんなスーパー魔法使いメイドがこの世界にいるのか。それにしてもこの魔法、妙に先進的だ。


生活魔法は他にも石鹸(バブル)湯沸(ボイル)かし等、明らかに火やら水やら錬金術やらに直結していそうな効果を持っているらしい。かなり異常だと思う。それに、【観察】の適合魔法にそれは現れない。おかしな話だ。


生活魔法は少なくとも1000年前からあるらしく、子供でも使える神からの賜り物であるというのがこの世界の人間の解釈だ。


生活魔法の出自に疑問は拭えないが、考えても見当が付かないため、気にしない事にした。元々この世界の常識は向こうとは異なるものだ。これは、カルチャーショックという事にしておく。


「あれ、でもカノンはここまで来るのに生活魔法を使ってなかったよな、なんでだ?」


俺は少し意地悪な質問をした。


「それは…苦手なんです。生活魔法を含めて魔法全てが。その石レンガ、見てて下さい」


カノンは恥ずかしそうに、さっき浄化(クリーン)を使った石レンガを再び指差した。


「石が…透明になっている」


「はい。洗浄(クリーン)の域を超えて、石レンガの中身まで綺麗にしてしまうんです」


石がガラスのように透明になっていく、 本来有り得ない現象だ。


「恥ずかしいです…」


カノンはしゅんと俯き、萎れてしまう。


成る程、だから「魔法を使わない」のか。

恐らく彼女の膨大なMPは、調節が利かないのだ。全てが行き過ぎた効果を発揮して、他の魔法に適合してしまったら、辺り一帯を阿鼻叫喚の地獄に引き摺り落としてしまうかもしれない。 彼女自身がそれを悟って、魔法を適合させていないのだ。


思わず俺は、萎れ切った彼女の頭を優しく撫でた。何も確証は無いが、きっとこれまで様々な苦悩があったに違いない。そう考えると、勝手に体が動いた。


「ほえっ、リョウさん…あの…えっと、えっ…と……えへへ」


俺の撫で回し攻撃に、気持ち良さそうに身を預けるカノン。愛おしい光景だ、こんな娘が欲しいな、と俺の頭に晴美とカノンと、一家団欒の構図を描く妄想が過ぎる。


守りたい、この笑顔。


「さて、そろそろ宿に戻ろうか、日も暮れてきたしな」


「そうでしゅねえ…ふひひ」


カノンの呂律が回っていない。この娘、平たく言ってチョロい。


帰路に着いた俺達は、明日冒険者として依頼を受けてみる事に決めた。宿の1階が酒場になっており、そこで夕食を摂った。肉じゃがの様な煮物が出てきた時は、郷愁を感じずにはいられなかった。晴美もその辺の家庭料理が得意だったな、と振り返られずにいられなかった。


多少ホームシックになった気分を叩き直すように、共同の水汲み場の井戸から水をすくい、ぴしゃりと顔面に叩き付ける。


「よし、行くか」


カノンは俺が「少し夜風に当たってから寝る」と言うと、先に床に就いたようだ。ベッドはカノンに譲り、俺はソファで寝る事にしてある。


俺は、フルーネから貰った地図を頼りに、静かな街を歩いた。湖の水面が波打つ音しか聞こえない、静寂な空間に溶け込んで、湖から少し外れた森に入っていく。


地図の通り、宿から借りてきたランタンの明かりを頼りに、人が通れるような拓けた道を進んでいると、樹木が開けて広い草原に出た。


「お、やっと来てくれたか」


「これは…」


そこで待っていたフルーネを取り巻くように、赤、青、緑、黄。色とりどりの睡蓮の花らしきものが、宙を舞っては花弁を散らしている。花は蛍光に淡く明滅し、暗い筈の草原一面を、月明かりと共に妖艶に照らす。


「これらは翠華だ。この街はな、年に一度その翠華を湖に沢山浮かべて、流すんだ。1000年前の邪神戦争を戒める為にな」


「翠華を戦争の犠牲者の魂に見立てて、悼む訳か。それが翠華祭」


フルーネは空を泳ぐ翠華と戯れるようにしながら、答える。


「恐らくそうなのかもしれん。何せ発端は1000年前の事だ。ところで、私は幼い頃からこの花が好きでねぇ」


愛おしそうに翠華を見つめているフルーネ。しかし、表情は何故か少し悲しそうだ。思い入れがあるに違いない。


そんなやり取りをしていると、ひらりはらりと一輪の翠華が俺の元にゆっくりと落ちてくる。フルーネとの彼我は約3メートルといったところか。油断は出来ない。


「どうだ、綺麗だろう?」


「確かにな」


俺はその花を見た。赤く、淡く光るその花は美しくも儚げで、幻想的としか言いようがない。しかし、


「ああそういえば」


フルーネは大袈裟にとぼけた声を上げて、その後、陰惨な程の低い声で続けた。


「その花、『爆ぜる』ぞ」


フルーネの一言で、幕は切って落とされた。


「マジックブート、剣魔法(ソードマジック)っ」


瞬間、美しき赤の花弁は強烈な閃光を伴って大爆発を引き起こした。俺は咄嗟に身を隠せる程の大型魔法剣を2本構成し、交差させる形で爆発から身を守る。身に付けている魔具にも、感覚に身を任せて魔力を流してみる。


「おお、やはり耐えるか。しかもその剣は一体…フフフ、面白い」


結果俺は無傷だった。魔具も本来なら金貨2枚はする良質な装備だ。魔法剣による防御を掻い潜ってきた爆炎から、見事に我が身を防ぎ切っている。


「水浴びしたばかりなんだがね、全く」


俺は服に付いた煤を払った。危険な人物である事は予測していたが、相当な過激派だな。


「そう言うな、A級冒険者兼、国家金剛石級魔法師、『滅竜の翠華』フルーネ・ルージュ。私と激しい一夜を過ごしてはくれないか?」


「大層な名乗り文句だこと」


この勝負、逃げるが勝ちだ。

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