第6話 門にてピンチ
カノンの話によれば、水都アレーアは徒歩で3日はかかる距離にあるらしい。長距離徒歩は初体験ではあるが、どうやら上昇したHPのおかげであまり疲れる事がない。体力とは、生命力とは一体何なのか、つくづくモンド・ディオの肉体構成は、向こうの世界と似て非なるものだ。ガストにしても大人しいものだ、蔦で使った縄に繋がれ、一言も口を開かないまま付いてきている。拘束の指輪の効果はてきめんだ。ガストは元々のHPが高いため、止血処置さえすれば左手が切り飛ばされた程度では死にはしないと、カノンが言っていた。
「マジックブート、剣魔法」
俺はこの世界の一般的な魔物であるゴブリンと対峙している、その数は2体。ゴブリン達は奇っ怪な鳴き声で此方を威嚇している様に見える。一触即発だ。
魔物はこの世界に太古から存在する邪なる生命、とはカノン談によるものだ。生物と魔物の区分は曖昧で、人に害を為す者達を魔物と呼ぶらしい。考え方によってはこの賊も魔物です、と鼻を鳴らしていたカノン先生を思い出した。
この道中、俺は剣魔法の扱い方についてある程度の把握をしていた。剣魔法の中に統合されたらしき念動力は、剣魔法の起動を行う事で発動出来る事が分かった。つまり、剣魔法の起動を宣言しているにも関わらず、念動力を起動させる事が出来るという謎の仕様だ。但し、剣魔法を発動しなければならないという欠点がある。
肝心の剣魔法の効果は、魔力で構成されている剣を生み落とす、というものだ。剣の鋭さをイメージし、発動を意識して念じる事が鍵となり起動する。生み出された剣は、剣としての性質と質量を持ち、自分で手に取って振るう事も可能だ。しかし、一定時間、約5分程度で勝手に消滅する。またこれは、自動消滅までの時間内なら任意に消滅させる事も出来る様だ。以上、その他何の効果も無い。剣魔法を発動し、目の前にカランと乾いた音を立てて落ちてきた魔力の剣を見た時、こんなものかと落胆したものだ。とりあえず、把握し易いようこの剣を魔法剣と名付けた。
ガストと戦っていた時は、構成した魔法剣を念動力によって浮遊させて扱っていたみたいだ。他人事の様に言ったが、あの時は【器用】による補正を受けて自然と使えていた、という事で無理矢理納得している。【器用】は正体不明のスキルだ、この位は恐らくやってのけている筈だ。
試しに念動力を使い、剣魔法で構成した剣を浮遊させてみると、あの時と同様に扱う事が出来た。これだけでかなり汎用性は高い。個人的な総評としては、MPの消費もかなり少なく、小回りの効く良い魔法である。
そして俺は今、御誂え向きの魔物と対峙したという訳だ。ゴブリンの弱さは【観察】で把握済みである。
ゴブリン 5歳
HP:19/19
MP:19/19
適合魔法:なし
スキル
【威嚇】
【剣技】
ゴブリン 3歳
HP:11/11
MP:25/25
適合魔法:火魔法
スキル
【威嚇】
【棒術】
…俺は迷わず剣魔法の起動宣言を行い、魔法剣を2本構成する。そしてそれらを念動力で飛ばし、ゴブリンの各頭上に持っていく。
「恨みはないが、立ちはだかる以上容赦しないぞ」
魔法剣はゴブリンの脳天めがけて急降下し、あっけなく頭蓋を貫いた。ゴブリン達は結局、何も出来ぬまま事切れてしまった。
「斬れ味はかなり良いみたいだな。ゴブリンの骨密度がどんなものかは分からんが、あっさりと」
ゴブリンの頭蓋骨を易々と貫通するこの魔法剣、斬れ味は相当なものらしい。剣を構成する以上、形状や斬れ味の調整が出来るかもしれない、要研究だ。
それにしても、人型の魔物を中々に残酷な方法で仕留めたのに、ガストの左手を切り飛ばした時の様な嫌悪感を然程感じない。MPの上限が上がったからだろうか、精神力も多少は向上しているのが分かる。
俺は地面に大きく穴を空けると、その中にゴブリンの死体を放り込んだ。そして穴を埋め直す。これら全て剣魔法にて行えるとは、中々の汎用性である。
魔法剣は、結局大小長短全てにおいて調節が可能で、斬れ味に関しても曖昧ではあるものの、上下出来るという事が判明した。これによって超大型の剣を構成し、地面に対して斜めに挿し込み、コンパスの様に切っ先を軸に回転させ地面を切り抜き、念動力で切り抜いた地面を持ち上げ、ゴブリンを穴に落とし、平たい刃を潰した魔法剣を数本構成して、それらと念動力で埋め戻す、という一連の流れを手際良く行う事が出来た。
「凄いですね、その魔法」
「便利だよ、我ながら良い魔法を持ってる」
カノンが目を輝かせている。ガストも言っていたが、大道芸の様な事をしているのかもしれない。
俺は近くの木に実っていた橙色の果実を二つ程魔法剣で切り落とし、一つを念動力でカノンの方へ持っていく。
「どうカノン、食べられそう?」
「ええ、これはオーレの実ですね。食べられますよ、甘くて美味しいんです」
俺はこの道中、カノンからこの世界、モンド・ディオについてある程度の知識を教授して貰っていた。この世界には4つの大陸があり、4つの国家がそれぞれの大陸を統治しているらしい。大陸の規模によるが、恐ろしい政権体制である。それ程までに1つの国家が力を持ちつつも、なんとここ1000年間、各国間による大規模な戦争は起こっておらず、領海を巡っての多少の「小競り合い」程度しか最近は起こっていないのだと言う。余りに平和な世界だ。
向こうの世界より戦争の頻度が少ないとは、驚いた。話を聞く限りの文化水準では戦争がいつ起こったって可笑しくない。が、どうやら1000年前の戦争、「邪神戦争」の凄惨過ぎる爪痕から世界全体が戦争という行為を悪とし、厳しく戒めたのだと言う。その戦争で、モンド・ディオ全体の人口が約4割減少した、戦争以前の世界地図が全く役に立たなくなるほど地形が変化した、等を指し示す文献も残っているらしい。
邪神戦争は、その名の通り邪神と呼ばれる超常の存在が、各国を唆して起こしたものらしい。そして、唐突に現れた身元不明の勇者が見事邪神を討ち取り、この戦争は終結した、というのがこの世界の有名なお伽話だ。勇者はこの戦争を戒め、世界の平和を制定した後に姿を眩ました。これが史実であるかはともかく、戦争が起こったのは事実である事が判明していて、俺達が向かっている水都アレーアも、邪神戦争に用いられた戦術級の大規模破壊魔法によって抉り取られた地面、つまりクレーターの中に出来た都市らしい。
「そういえば、この賊はアレーアの門番にそのまま引き渡していいのか?拘束の指輪を外す訳にもいかないし」
「然るべき話をすれば、指輪は後で返してくれますよ。うん、オーレの実は美味しいですね」
俺とカノンはオーレの実を頬張りながら会話している。向こうの世界で言うと黄桃に近い味と食感がする。かなり食べ易いものだ。
カノンはかなり旅慣れしているようで、野営の手際も良く、食料や水分を確保する知識も充実している。膨大なMPに影響されているのか、夜の番も交代で行う事が出来る程だ。
あの時襲われていたのも、なんと雇っていた護衛達に裏切られ、ガストに引き渡される所だったという。だが、ガストはそれらの護衛を皆殺しにした、という事だ。単に利用していたなら口封じの為にそのような行動をとる事が考えられるが、身の毛もよだつ話だ。
「アレーアの門を通る時に通行料とか取られたりしないかな」
「うーん、身分証明が出来るものを持っていれば取られないのですが、リョウさんはきっと何も持っていないですよね?私がお出ししても良いのですが、賊が持っていたお金で事足りるでしょうし、なんなら水都アレーアに着いたら冒険者ギルドに行って、冒険者登録してみてはどうでしょう。冒険者のギルドカードは身分証明書代わりになりますよ」
「え、あいつからふんだくった金って勝手に使って良いのか?」
「ええ、基本的にあのような賊から取り返したお金は誰のものでもない、というのが各国の共通認識にしてルールです。遠慮せず、堂々とお使い下さい」
ガストから取り上げた物の中には勿論金銭も含まれていた。この世界は貨幣しか存在していない、製紙・活版技術が向こうの世界のように高度ではないからだ。また貨幣には特殊な魔力が込められている為、彫金師のような人間が貨幣を偽装してもすぐバレるようだ。万人が魔力を持つこの世界では、どんなに見た目が精巧なニセ貨幣でも手に持った瞬間に違和感を感じるらしい。
色々な基礎知識をカノンから聞きながら、そんなこんなで、俺達の道中は別段大きな問題も発生せず、ついにアレーアの門までやってきた。
「これは…水門、か」
大きな川を遮るように門が構えてある。それはまるでダムに建造されているような水門だった。
「どうかしましたか?」
「いや、大きな門だな、って」
「ええ、水都アレーアはこの大陸でも王都に次ぐ大都市で、貿易拠点です。水路と陸路が交差する華の都、ですからっ」
カノンは俺に何かを説明する度だんだん得意げになってきている気がする。少し子供っぽい。
門の側まで歩いて行くと、その大きさは雄大で、ゆうに15メートル位は高さがあるのではないかという程だ。見上げたまま呆けている俺に、門兵が声を掛けてくる。
「失礼、ここを通るならば身分証を提示願う。持っていない場合は然るべき査問を受けたのち、銀貨1枚だ…おや?」
門兵は俺達の背後に付いてきているガストに気が付いた。
かくかくしかじか。俺とカノンはこれまでの経緯を話す。
「そうか、事情は把握した。都の警護部隊に引き渡すから、一時こちらで預ろう。指輪に関しては後で検問所まで来て貰えればお返ししよう」
「宜しくお願いします」
カノンは頭を下げると、腰に下げた革袋から一枚のクレジットカードサイズの札のような物を取り出し、門兵に見せた。
「ふむ、冒険者ギルドの者か。今は翠華祭の準備中だ。活気付いているから、いざこざに巻き込まれぬよう気をつけるように」
「はい、ありがとうございます、それとこの方なのですが、記憶喪失でして。身分証も持っていないのです」
カノンは冒険者ギルドの人間のようだ。あれがギルドカードというものらしい。
門兵は顎に手を当てた。どうやら悩んでいるようだ。
「ふむ、記憶が無いのか。ならば査問をしても意味がないな…しかし、記憶喪失であるという確たる証拠も無い。どうするか…」
「彼は私の命の恩人です、どうにか取り計らえるよう《助けて貰えませんか》?」
カノンがそう口にした瞬間、俺達の背後から何者かが開口する。
「なら視てやろう。看破の魔眼を持つ、この私がな」
門兵はその姿を見るや否や、背筋をピンと正し、胸に右拳を当て、敬礼し始めた。
「こ、これはフルーネ殿。国家金剛石級魔法師ともあろう方が、今回はどの様な御用件でいらしたのでしょうか」
振り返ると、そこには翡翠色のドレスとも捉えられるローブを着た、妙齢の女性が立っていた。ローブは胸元が大きく開き、その谷間から禁断とも言える色香を放っているこの女性は、どうやらかなり身分の高い人間の様だ。しかし、この道中たった1人とは、どういうことだろうか。
俺は【観察】を使った。
「女には秘密が多いものよ、その方がモテるだろう?」
フルーネと呼ばれた女性は、門兵への問いに答えている意味合いを持たせつつも、確かに俺の方を見て言った。結果、【観察】出来なかったのだ。
(【観察】出来なかった上に気付いている様な素振り。この人、只者ではないな)
俺は警戒した。【観察】が通用しないのは初の事だ。
「お戯れを…」
「なに、冗談だ。翠華祭を見に来たのだよ、翠華は私の魔法のルーツでもあるからな。要は観光だ」
イタズラな笑みを浮かべながら門兵を手玉に取ったフルーネは、さて、と俺に目を向けた。
「このフルーネが看破の魔眼を使って真偽を確かめると言ったのだ、これ以上の証拠はないだろう?」
「それは確かにそうではありますが…」
門兵は困っている様子だったが、どうやらフルーネには逆らえないみたいだ。
「視るだけタダさ、視るだけ、なぁ?」
この流れは、正直まずい。