第5話 初まりの足音
ーー結局、気付けば初めて使った筈の剣魔法をまるで手足の様に使い、圧倒的ステータス差のガストを打ちのめしてしまっていた。
あの時、【器用】による安定化が終わった瞬間、直ぐに自らを【観察】し、我が身に起きた変化を確認していた。
雨宮 涼 16歳
HP:250/5
MP1000000/5
適合魔法:名称未設定 (初回発動時、任意の名称に固定)
スキル
【器用】
【観察】
【窮鼠】
…HPとMPが上限を突破している。特にMPは破格の値だと思う。そして、念動力が消滅 (恐らく剣魔法と合体したと思われる)し、【器用】の横にあったテキストも表示されなくなった。
何より目を惹くのが、名称未設定というバグとしか言いようのない適合魔法だ。これは初めて剣魔法を発動した時に、以前と同じ剣魔法とした。自分の意思に反して勝手に魔法起動の宣言を行ったものの、名称は予め決めておいたのだ。
あまり勝手な名前を付けると、同じ【観察】を持っている相手に警戒されるし、【観察】と同等の効果を受ける事によってステータスを開示し、身分証明や身体検査とする技術がこの世界に存在しないとも限らないので、不審に思われないよう、既知の魔法に「偽装」した方が今後有利に働くだろうと考えたからだ。
ガストの言動からも、剣魔法の本来の用途や効果を知っているようだったし、自分の剣魔法はそれと全く異なるものであるという事も容易に推測できる。
ところで、【器用】から発せられたアナウンスの雰囲気から察するに、ステータスは向こうの世界でいうネットワーク構築によって管制されている風だった。さてそこで、同一名の魔法を別の効果を持つものとして同じ領域に保存する事が出来るのだろうか。拡張子が違う様な物なのだろうか。実際に名称は剣魔法となっているし、この疑問は妄想レベルの域を出ないが。
また、HPとMPのべらぼうな値のタネは【窮鼠】の効果によるものだ。
【窮鼠】は、対峙する相手とのステータス差が開いていれば開いている程、HPとMP、数値に現れない身体能力に対して補正が掛かるというものだ。発動条件は、自身のHPが最大HPの20%以下である事。だが、ガストが相手ではその条件を満たす前に一撃で0にされてしまうのは確実だ。これが発動したのは【器用】による影響だろう。
スキルには【剣技】等、技術を形式化したものとは別に、身体能力やステータスに補正を掛けて強化するものがある。この【窮鼠】のように。しかし、本人の技能を形式化したものである事に変わりは無い。スキルとは言わば名刺なのだ。
そして、ガストを倒した今、再び自分を【観察】する。
雨宮 涼 16歳
HP:65/65
MP:500/500
適合魔法:剣魔法
スキル
【器用】
【観察】
【窮鼠】
…成る程、ステータスの上がり幅は倍率で考えると飛躍的としか言いようがない。妙に体も軽いし、数値に現れない身体能力も向上したと踏んで良いだろう。
本来ならば瞬殺されてもおかしくない格上の相手と戦い、気絶させて勝利するという「経験」を手に入れ、この世界の俺の身体は俗に言うレベルアップを果たしたと言う事だ。
閑話休題。
一先ずはガストを拘束しなければならない。未だ緊張は解けぬまま、俺はロープのようなものを探したが、ここはどこかも知らない森の中。HP:250の護衛を一撃で屠るガストの身体能力でも抜け出せないような、強固な拘束具など何処にもありはしない。
これは参った。やはりトドメを刺さなければならないか、それとも放置して逃げるか。
迷っている俺に、後ろで唖然としていた少女がはっとして我に帰り、か弱い声で言う。
「あ、あの…」
「ん?ああ、怪我はない?」
「はい、助けて頂き有難うございました。宜しければ、これを…」
少女が差し出してきたものは、銀色の指輪だった。
「これは拘束の指輪と言って、身に付けている者のステータスを封じ込め、力を込める事が出来なくなるものなんです」
とても都合の良いアイテムが登場した。現界した時に試してみたが、【観察】は生物にしか使えないため、こんな時異世界モノにあるような【鑑定】が欲しくなってくる。
ここはとりあえず少女の言葉を信じて、ガストの右手にはめてみる事にした。そして【観察】を行う。
ガスト・オールター 35歳
HP:2/5
MP0/5
適合魔法:《封印状態》
スキル
《封印状態》
…力を込める事が出来ない状態と言うのが、現界当初の自分と同じステータスであるのがいささか胸の痛む話ではあるが、これならば今の俺にでもどうとでもなる。
悩みが解消した俺は、近くの木に巻き付いていた頑丈そうなツタを引きちぎり、ガストの手足に巻きつけた。腕の方は左手を切り飛ばしてしまった為、あまり切り口を見ないようにしながら、背面で両腕を交差させ、その交点に巻いていく。
拘束している最中に、ガストの懐から金銭らしき物や使えそうな武器や、それらを収納する皮袋を拝借した。
拘束を終え、取れるものを取り、一息付いた所で見計らった少女が声を掛けてくる。
「この者は、この先の水都アレーアに?」
「水都?アレーア?」
「ええ、モンド・ディオでも屈指の美しさを誇る大都市です、ご存知ないのですか?」
しまった、俺はこの世界の地理も知識も全く持っていない。ステータスやスキルのシステムは聞いていたが、この世界の背景を1ミリも知らない。
恐らく水都アレーアという場所は、この世界を生きる人間なら誰でも知っているような地名なのだろう。今、俺は少女にとってかなり不審な人物であるに違いない。
亜麻色の艶やかな髪を襟元で切り揃えた、少女は依然こちらを首を傾げて見ている。見れば俺と歳はさほど変わらないようだし、この世界の価値観は知らないがこちらの基準で言えば、美少女に間違いはない。
記憶喪失、遠い国から来た、誰もいない孤島で偏屈ジジイに常識を教えられないまま育った、いっそ本当の事をバラす。パターンは色々あるが、どれもこれも無理くり誤魔化すような手段にしか思えない、が、この中でマシなものがあるとすれば。
「実は記憶喪失なんだ。自分の名前は分かるけど、ここがどこなのかも、どうしてこうなったのかも分からない」
「記憶が無いのですか?それはお気の毒に…でも、あの見た事のない魔法と戦い方。かなりの実力をお持ちなのでは?」
「無我夢中でやったら出来たんだ、どうしても君を助けたくて、咄嗟に」
少女は少し俯いて、照れ臭そうに口角を上げる。
(ちょっと甘ったるい事言っちゃったかな)
「で、では一緒に水都に向かいませんか?水都アレーアに。この辺りに居たという事は、何か手がかりがあるのかも知れませんっ」
「そうだね、もしかすると俺を知っている人間がいるかも知れないし、案内してくれないか?」
「はいっ、勿論です」
「すまないな」
「いいえっ、命の恩人ですので」
「ところで、君の名前は?」
「私は…カノンと申します」
「俺はリョウ・アマミヤ。リョウで良いよ」
確定だ。カノンという「偽名」をここで用いてくるのは、何らかの事情を抱えているからだ。この少女、トラブルメーカーである。
俺は先程、キザな台詞にもじもじしている隙を突いて彼女を【観察】していた。
エレナ・フィーベルト 15歳
HP:20/25
MP:6580/7850000
適合魔法:なし
スキル
【救援要請】
…MPの値がとてつもない。だが、先の襲撃で精神的なショックを受けているのだろう、ごっそり減っている。
それにこの【救援要請】…憶測ではあるが、このスキルのせいで俺は茂みから飛び出してしまったのではないかと思う。明らかに誰かに助けを求める時に効果を発揮しそうなスキル名だ。
俺の【器用】のように、補正がかかるスキルは総じて強力な場合が多い。それこそ世界の法則に干渉していそうなものがあるのだから。
兎に角、あの高いMPは彼女の様子を見るに、精神力というより魔力による影響が大きいだろう。それに適合魔法に「なし」と表示されている。適合魔法の定義が分からないが、魔法を習得していない、あるいは魔法に対する素質が無いのだろうと推測される。
この事から、その膨大な魔力を狙われている、あるいは隠したい理由が何かしらあるのかも知れない。
「宜しくな、カノン」
「はいっ」
彼女、カノンと関わり続ければ高い確率で何らかの事件に巻き込まれてしまうだろう。だが、
「守りたい、この笑顔」
「え?」
「いや、なんでもない」
俺は、やりたい事をやるって決めたのだ。