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異世界の剣魔法使い(ソードマジシャン)  作者: 蠣崎 茜
第1章 雨宮式剣魔法
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第4話 スキル【器用】

これだ、異世界モノに付き物である、死との直面。

首を裂かれ、胸を突かれ、血飛沫が周囲の地面を赤く染めていく。俺はそれをただ茫然と見ているしかなかった。


惨い、あまりに惨すぎる。


はっとして咄嗟に息を潜め、催す吐き気を抑え、俺は近くの深い茂みに隠れた。様子を見るからに、どうやら盗賊風の男の目当ては視線の先にいる少女のようだ。先程殺されてしまった者達は少女の護衛をしていたのだろうか。


それにしても、男の動きは全くと良い程捉えられなかった。と言うよりも、一挙一動の訳がわからなかった。それはそこに横たわっている彼等も同じであろう。だから死体なのだ。そして、俺は恐る恐る【観察】を盗賊風の男に使った。


ガスト・オールター 35歳


HP:430/450

MP:85/90


適合魔法:身体強化 風魔法


スキル

【剣技】

【盗技】

【暗殺】


…盗賊風の男、ガストのHPは、俺のHPの90倍である。体力からして桁違いだ。この世界のダメージの水準が如何程かは分からないが、HPの時点で逆立ちしても勝ち目がない。しかも強化魔法という、どう考えても身体能力を向上させそうな魔法に適合している。恐らく、身体強化によって自身の筋力・耐久力を向上させ、おおよそ人類では出す事の出来ないスピードで距離を詰め、攻撃したのだろう。道理で何もかも見えなかった訳だ。


そして俺が気になっていたのは奴の攻撃力だ。【観察】のスキルを最も近くに横たわる死体へと向ける。


キース・ロータス 25歳


HP:0/250


…HP250を一気に削るという事は、俺を一度に50人殺せるという事だ、単純計算ではあるが。オーバーキルにも程がある。


もしかすると、【暗殺】のスキルに即死効果のようなものがあるかもしれないが、真正面から対峙したという状況である以上、それを駆使した可能性は低い。


何にせよ、俺に勝ち目はない。少女には悪いが、隙を見て退散し、出来るだけ遠くに逃げるべきだ。


俺には少女を助ける義務が無い、ここでリスクの高い選択を取る必要性がない。


そもそも、俺はまだ晴美に会えていない。異世界から帰還し、今度こそ想いを伝えなければ、ならない。


分かっている、自分は今言い訳を探しているだけなのだ、なんと情けない事か。この様な調子でいたら、きっと異世界から帰る等という大それた願いなんて、叶いはしない。


結局、異世界モノの主人公のように圧倒的な力で捩じ伏せるという開幕なんて、作り物の夢物語の中にしかないのだ。俺は本当に無意味なモノを探している。もっと、逃げなければならない言い訳を、理由を、事情を。気付けば俺のMPは2まで減少していた。


意識からかけ離れた所にある思考の海。暗く深い海底目掛けて、俺は沈んでいく。何処までも深い、闇を目掛けて。そこで、俺はある一条の光を見た。天から注ぐそれは、かつて晴美が俺に贈った言葉だった。


「やりたい事を、やっていいんだよ。涼くん」


両親を亡くして、心が荒んでいた時に教えてもらった救いのおまじない。やりたい事をやっていい。あの時も、1人で抱えなければいけない理由を探して、それを悟られない様に取り繕って、平然を装って、自分の心にヒビを入れたのだ。


あの時と同じ事を繰り返していては、晴美に合わせる顔が無い。


意識が思考の海から引き上げられて、急に思考がクリアになる。目が冴えた。そして、再び考える。


俺は、何がしたい。


ガストがゆっくりと少女に近付いていく。少女は眼に涙を溜め、今にも泣き叫びそうだ。


俺は、何がしたい。


ガストが少女に到達したら何が起こってしまうのだろう。先程の護衛らしき者達の様に、待っているのは凄惨な死か、この世の恥辱という恥辱を凝縮した悍ましい陵辱か。


俺は、何がしたい。


少女は遂に嗚咽を漏らした。あまりの恐怖に耐えきれずに、絶望的な未来に押し潰されて。


「誰か、助けて…」


俺は、あの子を救いたい。


瞬間、不随意に茂みを飛び出し、少女に向かって走っていた。そして、少女に背を向け、ガストに真っ向から対峙する。少女とガストの間に割って入る形で。正直自分でも何をしているのか理解出来ない。どう足掻いても死を提供するであろう男の目の前に立つ。少女を守る為に。


どうしてこうなってしまった、何故なのだ。しかし、少女は救いたい。先程までクリアだった思考は、いざ行動に移してみればまたすぐにぐちゃぐちゃになった。

だが、縺れ絡む思考の中に確かな芯のようなものがあって、それを掴んで離さない。それが冷静であるという事。


どのような状況に置かれても、迷いなく、恐怖なく、願望なく判断を下せる人間など、いるものか。


ーースキル、【器用】の発動を確認。スキルシステムのハッキング完了。対象者の行動を補正。【窮鼠】の発動条件を一時的に緩和。禁忌指定スキルサーバーに接続。一時的に【超克者】を付与。剣魔法(ソードマジック)の改竄を開始。【剣技】【投擲】をエンチャント。念動力(サイキック)剣魔法(ソードマジックとして統合。マジックプロセスサーバーにデミゴッドとしてアクセス。剣魔法(ソードマジック)の発動定義を対象者のみ変更。アカシックレコードへ接続。HP、MPの改竄開始…不明なエラー、改竄を中止。虚数次元のアクセスコードを偽装、秘匿スキルサーバーに接続。【神造】を一時的に付与…キャパシティエラー。【神造】を破棄。補正プロセス完了。【超克者】を破棄。【器用】をダウングレード。全てのスキル及び魔法の安定化まで、残り6秒。


何故【器用】が発動したのかも分からないが、スキル発動と共に、頭の中から聴こえてくる聞き覚えのある声が淡々と物騒な事をアナウンスしているし、内容も難解だ。しかし、理解できる事もある。この状況を打ち破る鍵は俺の適合魔法である剣魔法(ソードマジック)であるらしいという事だ。

【器用】の発動によって、俺の中で途轍もなく、途方も無い事が行われている気がしてならない以上、これに懸ける。


緊張は全く解れない、恐怖は一向に拭えない。だが、俺は立った。後悔しながら、震えながらも、ガストの前に立ったのだ。今ここで、少女を助けたいなら、奴を倒せ雨宮 涼。そう自分に言い聞かせながら。


そして、謎のアナウンスから4秒が経過した。どうやらリニューアルオープンまで残り2秒。


目の前の俺の様子を見るなりガストはニタニタ笑って、開口する。


「馬鹿だな小僧、出てこなけりゃ見逃してやったってのに」


ーーこうして、場面はプロローグの時点まで到達する。


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