第3話 ステータスとは
俺が次に目を開けた時には、何処かは分からない森の中にたった1人である、という状況だった。正直ここが安全かどうかも怪しい。ルクトの事であるからして、まともなスタート地点に立っているのかすら確証を得ない。
ルクトの話によれば、俺の力量に合わせた弱い魔物しかいない座標に転送すると言っていた。本当にそうだろうか。
「おっと、まずは自分を《観ろ》って言ってたな。【観察】」
かの神曰く、声に出さなくても良いらしいが、先ずは発動のイメージを固める為に口に出してみた。すると、話通りのゲームでよく見るステータス画面らしきものが表示された。
雨宮 涼 16歳
HP:5/5
MP:5/5
適合魔法:剣魔法
付随魔法:念動力 ※参照元が不正
スキル
【器用】※参照元が不正
【窮鼠】
【観察】
…【観察】の能力は自他のステータスを発動者にしか分からない特殊な感覚に認識させるというものであるらしい。俺の特殊な感覚とは、向こうで言うところのゲームの感覚だろうか。とりあえずこの画面らしきものは他の者には見えない、というご都合主義にも程がある強スキルだ。仮に対峙する敵や魔物が存在するとして、ある程度の知識さえ身に付けていれば、今までの教養と併せて判断する事によって、先手を打つことがぐっと楽になる。
ちなみに、向こうの世界で晴美と共に培った知識を基に、ある程度ルクトからQ&Aで情報を得ている。
この世界はHP、MP、スキルの三要素で成り立つ。大雑把に解説するならHPが体力、生命力の総括した値であり、MPが精神力、魔力を統括した値。スキルはその人が扱う技能を形式化したものであるとの事だ。
何故このような親しみ易い単語で成り立つかと言えば、そもそも元ネタが此方の世界であったから、とルクトは言っていた。
と言う事は、此方から向こうの世界への転生者がいるのかとも聞いたが、ルクトはそれに答えたがらなかった。輪廻のシステム自体があまりに複雑難解な為、聞いても理解は出来ないだろう。
ここで、気になるのはHP、MP、スキルの概念だ。
これは多少複雑でも理解しておかなければまずい、という括り方をされていた為、我ながら抜け目なくルクトに聞いたのだが、驚くべき事に返答はかなり曖昧だった。
HPに関しては体力、生命力の統括した値。従って体力を消耗してもHPは減少するのでは、という疑問に対してルクトはそうでもあるし、そうでもないと答えた。例えばランニングをして体力を消耗すればHPが減少するのかと言えばそうでもなく、戦いにおいて体力を消耗すれば無傷であってもHPは減少するとの事だ。
そして、HPが0になれば死ぬ。これは生命力、及びMPに含まれる精神力に関係しているらしく、よく言う「寿命が縮んだ」などの表現がこれに当てはまるのかもしれない。かと言って体力の消費のみでHPが0になる事は無いようだ。
前述の通りMPとも密接な関係にあって、HPが0でなくとも、MPが0になると同時に、HPが突然0になり死ぬ時があると言うのだ。これもMPに含まれる精神力が影響していて、HPの増減に深く関係しているらしい。魔法を使い過ぎてMPが0になるならば気絶程度で済むと言う。しかし、精神的ダメージによってMPを0にされると死ぬ。これは「精神的ショック死」に近い現象だ。
要約すると、確実に相手の状態を把握できるパターンは「HPが0である」という状態、つまり死亡している場合のみに限られる。
しかし、HPやMPの増減から相手の肉体的コンディションや精神状態を幾分か予測する事は可能で、【観察】によって開示させる事は戦闘において有益であるというのは事実だ。だから【鑑定】ではなく【観察】なのかもしれない。
さて、ここで3つ目のステータス、スキルについてだが、これも俺の知識にあるものよりそこまで明確ではないようで、最たる例がスキルの1つである【剣技】である。このスキルは剣の道を歩み始めたばかりの者も、剣の神と称えられる程の熟練した腕を持つ者も、等しく持っているものは【剣技】のみだと言う。
へっぴり腰の新米兵だろうが、剣から斬撃を飛ばして竜やら悪魔やら山やらを切り倒す超人だろうが、このスキルに内包され、そこにレベルやランクは存在しないのだ。これは技術という極めて曖昧な尺度にスキルレベルやランクと言ったシステムが対応できないから、とルクトは言っていた。一概に技術と言っても、多岐に渡る種類と水準がある、それこそ星の数のように。しかし、これに目安を付ける為、モンド・ディオ側の人間が独自に制定した別のランクという格付けがあるらしい。
そう考えると、この世界の生物のステータスの仕組みは単純化されてるとは言え、向こうの世界にかなり近いものがある。
とは言え、単純化されてるからこそ向こうの世界の人間なぞ比較対象にもならない程の身体能力と精神を持つ者が山の様にいるのだ、とルクトに目を輝かされながら言われたのを思い出した。魂を覆う肉体の構成が向こうの世界とはやはり異なるらしい。
そして、何より「レベル」が存在しない。
厳密には経験値の様なものがあり、それに応じて向こうの世界の人間と比較しても簡単にステータスは伸びてしまうのだという。無論、人によって伸び代は違うし、成長速度が違うのは変わらない。
そこまでを自らの知識と混ぜ合わせながら頭の中で咀嚼し、改めて自分のステータスを見る。
適合魔法に剣魔法とある。これについてはルクトに聞きそびれているが、名前からして俺が習得出来る魔法だろう、魔法の発動方法はルクトから聞いているし、「チューンナップ」による魔法適性チートを受けているので直ぐに使いこなせるだろう。しかし、剣魔法とは、ワクワクする響きだ。
そして、この付随魔法には念動力とある。これは試しに近くの木の枝に念動力に関する自分なりの意識を向けたところ、小枝が宙に浮いた。予想通り離れたものを動かす魔法で間違いない。MPの消費はなんと0、かと思っていると、数分したのちに1減少した。発動中に魔力を消費し続けるタイプの魔法だ。しかし、MPの数値もアテにならないものである。
だが気になるのは横にある※参照元が不正、というテキストだ。これは一体どういう事なのだろか、妄想は出来ても予測が付かない、だが発動には問題ないので保留とする事にした。
スキルに関しても同様に【器用】というスキルに同じテキストがある。と言うよりも、この様なスキルを習得している事をルクトから聞いていない。
以下2つのスキルに関してはルクトの「チューンナップ」による恩恵である事と、スキルの内容を聞いている。
だが【器用】に関しては正体が掴めない。このスキルは一体何だろうか。
転生し現界した者はルクトであれど気楽に干渉出来ないらしく、またルクトから使命らしい使命を授かった訳でもない。
「気楽に行くか、気楽にな」
分からないものは分からない。使命や義務など今の俺には無い。ならば、気の向くままこの世界を回って、その中で向こうの世界に帰れる方法を探そう。
そう呑気な事を考えながら、森の中を歩き出してしばらくした俺が見たものは、盗賊風の男がたった1人で複数人を相手取り、瞬く間に惨殺してしまった場面だった。