第2話 爆発に巻き込まれて死んだけど転生した
ここから雨宮の一人称視点で物語が展開します。
「ここは…どこだ」
俺は、確かに死んだ筈だった。左胸にぽっかりドス黒い穴が開いてしまったのを覚えている。痛みは感じなかったものの、あんな怪我で生存する人類も蘇生させる医術もあの世界にはない。ここは死後の世界だろうか。いつの間にか左胸の損傷も綺麗さっぱり無くなっている。衣服だって破れていない。あの攻撃、のようなモノが発生する前の状態に戻っている。
自分の身体の至る所を触りながら、異常が無いか確認したが、特別動かない箇所もない、痛みもない、むしろ普段より清々しい程だという事が分かった。
安否を確認した上で、はっとした。
「晴美、晴美はっ」
「安心しろ、我が神撃魔法の暴発に巻き込まれた人間は奇跡的にお前1人だ。ホントはもっと死人が出るかとヒヤヒヤしたけどな」
鈴が鳴ったような透き通った声。これは聴くに間違いなく少女のようなものだ。俺は辺りを見回し、何もいないのを確認してふと足元を見ると、妙な影ができているのが分かった。
「上だ小童」
慌てて見上げると、そこには10代前半としか思えない少女が片手に本を掲げて実に複雑な表情を浮かべていた。
その美貌は少女の外見を真っ向から否定するほど艶かしく、妖しく、それでいてあどけない。完全無欠とはこれを指すのではないかと思う程美しかった。
豪奢な赤いドレスをはためかせながら、少女は此方を見つめている。その黄金の瞳には自分の姿が映ってしかいない筈なのに、その中、骨格、臓腑、心の中、自分の把握できないところまで覗かれているような気がしてならない。
俺は確信した。この子はこの世のものでは、ない。
「そうか、よかった。いや待てよ、今《我が》って言ったか?」
「ぎくっ」
たが、コイツは狙いやがった、晴美を。死んでしまったこの身体、相手が何であれ恐れるものなし。
「暴発したとか言ってるが、なんであそこまでピンポイントに晴美を狙えるんだ、見え透いた嘘は吐くもんじゃないぜ」
「本当だ、本当に魔法が暴発し、あろうことか次元を跨いで小童の世界に侵食し、あのような形で現れ、偶然にもお前がそこにいたのだ」
「その狼狽え方、怪し過ぎる」
俺の眼は鋭い方だ。精一杯の眼力を当てつけて、少女に視線を送る。少女はバツが悪そうにしながら開口する。
「ちっ、《本当だ》」
本当だ。本当らしい。どうやら本当の事を言っている。と、俺は「刷り込まれた」。いや、「屈服」という表現が正しいのだろうか、兎にも角にも、俺は奴の言葉が本当だと信じて疑わなくなっている。
なんだ、これは。こんな現象有り得るのか。俺は今何故奴を疑っていた、晴美を殺しに来たのは確実にコイツだ、そいつの言葉を信じたというのか。嫌疑と信頼が逆転した気持ちの悪い感覚、迷いではない、疑いではない、もっと別の「何か」を弄られた。
が、晴美という単語を頭に浮かべた瞬間、その「屈服」に亀裂のようなモノが生じたのを感じた。これはやはり催眠の類か。しかし、些細だ。これでは抗えない。俺はこの感覚に身を任せるしかなくなっていた。
「そこまで言うなら信じるが、お前は俺を元の場所に戻せるとか、そういう事を言いに来たのか?」
「残念だが、それは出来ん。小童の元いた世界は奇蹟に対する信仰が薄れ過ぎている。そのような世界に我の力は蚊ほども届かんよ、管轄外の世界だし。それにお前ではない、魔法神ルクトという崇高な名前を持っている」
帰還への希望を一瞬にしてへし折られたのは致し方ない。死んだ身だ、しかし神。神と言ったか。あんなデタラメなことが出来るのなら、この状況を加味しても信じていいかもしれない。しかしルクトとは聞いた事もない神だ。マイナーな神なのだろうか。
「マイナーとは失敬だな、我は彼の地モンド・ディオの魔法を司る神にして、絶対神である。とまぁ、小童に言っても分からぬか」
心を読まれている、やはり人間より高位な存在である事は間違いない。
そして、ここで俺は気付いた。これはweb小説に良くある異世界転生モノの展開にソックリだ。つまり、
「ならお前、偉大なる魔法神ルクトさまは彼の地モンド・ディオに俺を転生させるとでも?」
「涼、お前こんな状況に置かれても冷静だな。そこがお前の長所であるというのに」
得意げに放った言葉を意趣返しか、ルクトは親しげに、まるで旧知の友のように返してきた。何でもお見通しという訳か。
「嫌だと言ったら?」
「魂ごと消える。我の魔法で死んだ以上、元の世界の輪廻のシステムに組み込まれる事はない。かと言って、モンド・ディオのシステムで取り扱える状態でも、ない」
複雑な話になるから端折るが、とルクトは続ける。
「お前がモンド・ディオに転生し、こちらの世界に魂を定着させればお前は漏れなくモンド・ディオ側のシステムに組み込まれ、輪廻によって転生した、そのさらに後の人生も魂が消える事はないだろう、お前にとってやれる最善の手段がこれしかない」
「随分と傲慢な事で」
ヤケクソ気味に俺が放った一言に、塩らしくルクトは頭を下げた。これは驚いた。
「すまない、これは我の失態だ。しかし、本当にこれ以上の事が出来んのだ」
俺が何故と問いただすと、魂の構造上、という事らしい。正直詳しく説明されても日本国を生きる一高校生の学識では到底理解する事は出来ないだろう。人間の上位存在である神が管理するシステムに、解明の余地は無さそうだ。
とにかく、俺は転生する他マシな手段が無いように見えた。何より、この手の話は大概最終的に向こうへ帰れる。完全に別の人生を歩む者は転生先の世界に留まり続ける例もあるが。創作物の話に頼るのは甚だおかしい事だが、ともあれ、それに懸けるしかない。
ルクトの話を聞けば、転生後の肉体は完全に以前の俺の物と同一に構成するという。転生というか転移に近い状態になるという事だ。
そして更に、謝罪の意を込めて、今後の俺の人生を豊かに出来るよう、今ルクトが出来る中で最大の「チューンナップ」を施してモンド・ディオに送り込むという。有難い話だ、所謂チートというモノを手に入れる事が出来るらしい。これで晴美の元へ帰れる可能性が高まるからだ。かと言って、過度な期待も出来ないが。
そして、
「分かった、俺はモンド・ディオに転生する。チューンナップの件、よろしく頼むぜ」
「その点に関しては任せろ、お前の《長所》を最大限に引き出してやる」
俺はモンド・ディオに転生する事を決意したのだ。
ルクトからモンド・ディオについて簡単な説明を受けた。どうやらテンプレよろしくの中世風ファンタジー世界で、様々な外見の種族や魔物が暮らす、「剣と魔法」の世界であるらしい。
こんな展開がある話、晴美も好きだったなぁ。などと未だ会えぬ少女に想いを馳せながら、俺は光に包まれた。転生の合図だ。
「とまあ、お前に与えたスキルと適性はざっくりそんな感じだ、上手く使ってくれ」
「不本意だが恩に着る。じゃあな」
スキルの説明も受けた俺は完全に光に包まれ、視界を一切の白で覆われた。こうなっては仕方がない、目指せ地球帰還、だ。
「あ、適合魔法弄るの忘れてた、まあ小童ならなんとかするだろう。たまには顔を見せるんだぞ」
最後にルクトが不安になるような事をケロッと吐いた。適合魔法が何の事かは分からなかったが、貰えるモノは貰った。あとは突き進むだけだ。
「小童の元々の適合魔法は…剣魔法、か。あいつ転生早々死ぬかもな。これでは魔法適性を強化した意味が無いような。しかし、何故最初に奴の魂を書き換えた時、抵抗されたのだ。本来どのように強靭な生命であれ我の力に抵抗する事は出来ぬ。それに奴が言っていた晴美、とはーー。クク、意外にもその内、直接会いに来たりしてなぁ」
ニヤニヤと楽しげにしながら呟くルクトの独り言を、俺が聴き取れる筈もなかった。