第9話 当然・死線・大激戦
【観察】によるステータス分析は出来ないが、戦力差で言えばガストの時とは比べ物にならないだろう。日中の門兵の態度もそうだが、先の名乗り口上からA級冒険者らしいことも判明した。今、俺が対峙しているのは竜以上の存在、という事になる。正直強者である事は承知済みだった。では何故、俺はフルーネと対峙したか。
「カノンには黙っておいて正解だったな。『全力が出せないからな』」
カノンには記憶喪失を装っている。あまり思い通りに力を振るい過ぎると、記憶の無い身で、魔法をちゃんと制御出来ているのか怪しまれるからだ。カノンはきっとそういう所に敏感だ。俺は試したかったのだ、己の全力を。その上で恐らく敵わないであろうフルーネから逃走する。と言うよりも、全力を出さねば逃げ切れないであろう。
「期待しているよ、アマミヤ君」
「まだ名乗ってないんだけどな、個人情報もへったくれもないな」
俺は刃渡り60センチほどの刀をイメージして魔法剣を構成する。所謂太刀と呼ばれるものだ。それを、2本、3本と同じように産み出していく。
「一の剣『五月雨』」
必殺技にはカッコいい名前を付けたいお年頃だ。ピークは過ぎたがロマンは捨てない。魔法にはこのように技名然り、キーワードを設ける事によって、各魔法における一定の効果を引き出す機能がある。生活魔法の「洗浄」や、「石鹸」の様に。そしてこれこそが「魔術」であり、魔法を扱う者の総称、魔法師の力量を示すものだ。
例えば、火を産み出し、扱う火魔法の、「フレイムビット」は、火を産み出した中でそれらを小さな球状に留め、相手にぶつけるという一定の効果を得る。魔術は技術的に普及している為、多数の火魔法適合者が「フレイムビット」という共通のキーワードで形式めいてその効果を引き出すが、魔力保有量や、適正、操作技術によって火球の大きさ、一度に発生させられる数、相手に到達するまでの速度、狙いの精密性が千差万別となる。そもそも火魔法に適合していても「フレイムビット」の効果自体を魔術として使えない者もいる。扱う魔術の質や種類によって、今日の魔法師はその実力を決定していると言っても過言ではないのだ。
…と、ここまでそっくりそのままカノン大先生の有難いお言葉である。魔法を使わないのに妙に詳しいというのも皮肉めいている。
さて今、俺の周囲には計30本の太刀を模した魔法剣が生み出されている。これらを一度に構成するキーワード。それが雨宮式(俺の)剣魔法「一の剣『五月雨』」である。
「行けっ」
念動力を使い、30本の太刀を一斉に俺を中心にして放射状に射出、散開させる。
「剣魔法で作った剣にしては実体の定義が曖昧だな。しかも空を飛んでいる。あの時見た限りでは適合していなかったが、風魔法かこれは。いや、魔力の波長があれらの剣に直接作用しているのを見ると違うな・・・そもそも攻撃系魔法の波長では無い?一体何をしてくれるんだい」
フルーネは興味津々でその様子を考察し、楽しそうにしている。
「そんなに面白いもんでもないけど、なっ」
太刀はそれぞれ切っ先をフルーネに向けたかと思うと、一気に彼女目がけて飛んで行った。複雑な軌道を描きながら、30本の魔法剣は瞬く間にフルーネの周囲をドーム状に取り囲み、そのまま突撃する。
「全方位攻撃とはっ」
一瞬焦りの形相を浮かべたフルーネを取り巻くように緑色の翠華が集まり、強く発光した。
魔法剣がフルーネに触れそうになった刹那、彼女の周囲に翡翠色をした膜のようなものが現れ、それを防いだ。あれはバリアか。
「私の魔法障壁に食い込んでくるとは、聖剣でも錬成したのか君は。面白過ぎるぞこの魔法」
けたけたと笑うフルールを余所に、俺は念動力の力を緩めない。彼女が展開した魔法障壁の斥力に抗うように、魔法剣をそれに押し込んでいく。
「しかし詰めが甘いな少年。『シャイン・フルール』」
フルーネがキーワードを唱え、魔術を発動した。すると、元々辺りの草原に舞っていた翠華がそれに呼応し、各々の色の光量が増していく。瞬間、それらの翠華から光線が放たれる。漏れなく照準は俺に定まっているようだ。
「そんなのありかよっ」
俺は咄嗟にその場から飛び退いた。幸い光線と言っても本当に光速で飛んできている訳ではない。今の身体なら見切れるスピードだ。しかし、その時に一瞬念動力の集中を欠いてしまい、これ見よがしに魔法剣はフルーネのバリアに勢い良く弾かれてしまった。
「爆発するし、ビーム出るし、とんでもない花だな」
「これが私が編み出した魔術だ。と言っても、他の者から見れば既に魔法として見られているようだがね。この翠華は全て私の魔術によって作られている。ほれ、どんどん行くぞ」
草原中の翠華が一斉に光り輝き、光線を打ち出していく。まるで意趣返しだ、全方位射撃とは。俺は「一の剣『五月雨』」で産み出した太刀を全て消滅させると、自分の手前に幅広の剣を4本構成する。グラディウスのような形状をした魔法剣を念動力によって操作し、迫りくる光線の雨を弾くように回転させた。4本の魔法剣が、四方八方から襲い来る光線をいなし、防ぎ、切り裂いていく。
「魔法を切り裂くとは驚いた。しかも恐ろしく精密性に優れているな、だが」
フルーネは感嘆しながらも口元をにまりと吊り上げた。そう、俺は防ぎ切れていない。
「それでは耐えきれないな、アマミヤ君」
このサイズの魔法剣では、この降り頻る光の雨を完全に防ぐことは出来ない。開戦時の爆発を防いだ時のように大きな剣を構成して、自分を囲い込んで籠城してしまうのが防御法としてはベストだ。魔法剣は蜃気楼のような歪みがあるものの無色透明である為、視界が塞がることもない。だが、今はこの防ぎ方が正解なのだ、ある一つの目的の為には。
剣戟から零れた光線が俺を掠めていく。自分を【観察】する余裕はないが、体力が奪われていくのが体感で分かる。じゅう、と肌を焼く音が耳朶を掠め、光線が直撃したらまともな状態を維持出来ない事を嫌でも悟らせてくる。切り裂いた光線の欠片でさえ、魔力を通した魔具をも貫通してしまう威力なのだ。
「さあどう出る、次は何を見せてくれる?」
フルーネの高揚に合わせて翠華から放たれる光線は量を増し、威力を増し、更に苛烈なものになっていく。そして、俺の肌は焼け、服は裂け、火傷の痛みが魔法剣の動きを鈍らせていく。そして、その防御の隙間をするりと抜け、一輪の翠華が俺の眼前に迫る。
「爆ぜよ」
俺の目の前でそれは爆ぜた。猛る炎が身を焦がしていく。一番苦しい自殺方法は焼身自殺という話をよく聞くが、この肺を焼く痛みと、息の出来ない苦しみは尋常ではない。
泣き叫びたくなったその時、自身の体から込み上がる「熱」を感じた。これは死の間際に感じる、命が燃えていく感覚か、否。
これを、待っていた。俺のHPはまだ0ではない。
「待たせたな、次はこれだ」
俺は先までの防御方法を止め、大きな魔法剣を5本構成した。極端に幅広なクレイモアのような形状になったそれは、立方体状に俺を囲い込む。
「あの状態でまだやれるのか、だが防御方法を変えたところでいつまでもつか・・・まずいっ」
フルーネは即座に上空へ飛び上がった。その危険感知能力には称賛を送りたい。
瞬間、草原に浮かんでいた翠華は全て叩き落された。俺が構成した刃渡り25メートル、幅5メートルの剣というには余りに巨大すぎる「兵器」を念動力によって振るったのだ。
痛みが引いていく、そして、体に溢れる膨大な魔力を感じる。HPが20%を切るとステータスに強力な補正がかかるスキル、【窮鼠】が発動したのだ。
「急にHPとMPが・・・?そうか、どれも見ないスキルだとは思ったけど、逆境のスキルがあったのか、しかも、これは恐らくランク9相当か。魔神のような魔力だな、しかし」
飛び上がったフルーネは上空にふわりと静止してこちらを見ている。風魔法で浮いているのだろうか、風切り音がこちらにまで聞こえる。
「なんて愉快なんだ、竜よりもよっぽど不思議だよ、君」
言葉通りフルーネは本当に愉快そうだ。今にも腹を抱えて大笑いしそうな様子だが、湧き出る濃密な魔力を感じてぞくりとした。
「じゃあ、これはどう?」
これまでとは威圧感が違う。フルーネが魔力を練り上げる度、芝がざわめき、草木が揺れる。
びりびりと背骨全体に電流が走るような感覚。あれを食らえば確実に死ぬという生存本能の警鐘が脳内を埋め尽くしていく。ああ、これは逃げ出せそうもない。元より途中から逃走するという考えは捨て去っていたのだが。
俺は、「あれ」を打ち破ってみたい。
フルーネに全力で挑み、勝ちたい。
「俺はやりたい事を、やるだけだ」
見上げると、この草原を覆いつくす程の巨大な翠華が浮かんでいた。月明りさえも遮り、全てを飲み込むように闇に染めていく。その中で俺は巨大な魔法剣を消滅させ、1本のロングソードサイズの魔法剣を構成し、手に取った。これが最適だと自分でも分からない何かが推してくれている。そしてその剣に、魔具にしたような魔力の流し込みを行った。【窮鼠】によって大幅に上限を突破した膨大なMPを使い切る勢いで。
そして、透明である筈の魔法剣は闇を打ち払うかの如く白く輝き出す。構成した剣は、実体を持っているが、厳密には剣では無い、魔力で出来た何かだ。だから魔力を流してその性能を強化することが出来ると確信していた。
「私の魔術の中で最も威力の高いものがこれだ」
フルーネは待ちきれない子供のようにはしゃぎながら、両手を天に掲げた。
「森羅万象、悉くを灰燼と化せ、『メギド』」
キーワードと共に、巨大な翠華が黄金色に輝いた。
そして、フルールが両手を勢い良く振り下げると、半径10メートルはあろうという極太の光条が巨大な花から降り注いだ。俺はそれに立ち向かい、光り輝く白銀の剣を振るう。
「剣魔法・二の剣『極光』」
振るった剣と光条が激突した瞬間、湖の波打つ音も、草原の芝が揺れる音も、この心臓の鼓動も、何もかもを掻き消す程の静寂が訪れた。が、それが本当にまばたきもする間もなく一瞬であったと気付いた時には、全てが閃光と轟音に飲まれていて、俺は意識を手放す他なくなっていた。