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◆Woman blues◆  作者: 友崎沙咲
vol.4
7/12

幸せの中の衝撃

◆◆◆◆◆◆


「きゃー」

 

明らかに悲鳴ではない言葉を発し、麻美は私を睨んだ。


「いやいや、夢輝チームリーダーったら仕事もデキるし男もすぐゲットしちゃって、ほんと凄いわね」

「そんなんじゃないんだってば」


今夜は、どうしても太一に会わせろとうるさい麻美の要望をのみ、三人で飲み会の予定だ。


「で、彼は?」


居酒屋『れん』の座敷に座りながら、麻美は辺りを見回した。


「今日は課長に連れられて社内を回ってて定時すぎても一課に戻ってなかったんだけど、もうすぐ着くはず」


朝の太一との会話を思い出しながら、私は麻美にこう言った。


「先に飲んでてって言ってたから、ビール頼もう」

「うん」


私と麻美はビールを注文し、おしぼりを手に取った。


「で?」

「なに」

「どうだった?」


麻美の顔を見れば、何を聞きたいのか直ぐに分かった。


「まだしてません」

「同じベッドで寝たんでしょ?なんでなんにもないわけ?」

「そ、そんな……まだそこまでは」


麻美はニヤッと笑った。


「勿体振ってんだ」


私はグッと言葉に詰まった。

……実は秋人の件で太一の家に泊まらせてもらうことになった夜、イイ雰囲気になったのは事実だった。太一のベッドで二人で横になり、キスをした。

それから暫く抱き合っていると凄く気持ちよくて、私は不覚にも眠ってしまったのだ。あのベッドは絶対に高級品だ。


「あんたは子供かっ!」


麻美が呆れた顔で私を見たから、私は焦って言い訳をした。


「だってね、二人で飲みに行った後だったんだよ?それから秋人とあんな事になって、その後、ショック過ぎて動揺してたものだからワインを一杯飲んで、暫くしてシャワー浴びてベッドに転がってたら」

「もういいわ!」


途中で聞く気がなくなった麻美は運ばれてきたビールをカチンと私のジョッキに軽くぶつけ、グイッとあおった。


「彼もビックリだっただろーね。想いが通じあってベッドに一緒に入ったのに、相手がまさかの寝落ちで」

「…………」


確かに朝起きた時、開口一番の太一の台詞が、


「おはよう、夢輝さん。あんなにすぐ寝るなんて余程疲れていたんですね」


っていう、素なのか若干の皮肉がこもってるのか判断しにくい発言ではあった。その時、


「すみません、遅れてしまって」


走ってきたのか少し息をきらし、太一は私と麻美を見た。


「鮎川太一と申します」


立ち上がった麻美にペコリと頭を下げて太一は微笑む。そんな太一と自己紹介を交わした後、麻美は私を見てニターッと笑った。

嫌な予感がしたけれど、私にはどうすることも出来なかった。


◆◆◆◆◆


三時間後。


「もう絶対、麻美と太一を会わさない!」

「ええー?!僕はまた三人で飲み会したいなあ!」

「だめ!」


ほろ酔いの私は、太一と手を繋いで駅からマンションまでの道のりを歩きながら毒ついた。


「麻美ったら、変な話をしすぎ!」


太一はクスクスと笑った。


「僕は聞けてよかったですよ?一人旅に出掛けて自殺目的と間違われて旅館の人に後をつけられてた話とか」


麻美のヤツ。


「あとは、お店の前のマネキンがあまりにもカッコイイから触ろうとしたら生身の外国人男性だった話とか」

「あのね、その人がピクリとも動かなかったの。だからてっきりマネキンだと思って」

「あっははははは!」


ほんと、もう二度と麻美とは会わすまい。


「笑いすぎ」


私は決まり悪くなり、太一を睨んだ。

途端に太一に引き寄せられ、優しく唇を重ねられる。

さらりとした太一の前髪が頬に触れてくすぐったい。くすぐったいと思った瞬間、すぐに太一は私から離れてしまった。


「物足りない?」


台詞とは裏腹に、彼の眼は凄く無邪気だった。見透かされた恥ずかしさと太一の甘い眼差しに、次第にドキドキと心臓が脈打つ。そんな私を見て、太一はクスリと笑った。


「夢輝さんが化粧室へ立った時に麻美さんも言ってたけど、ほんとあり得ない」


またしても嫌な予感がする。私はギクリとしながらも太一を見上げた。


「あんなにイイ雰囲気で寝てしまうなんて」

 

麻美ったら喋ってるしっ!! 


「あ、あのね太一」


太一が私を甘く睨んだ。


「あれは……何かのプレイですか?」

「違うよ、あんまり気持ちいいマットレスだからつい眠くなっちゃって」


焦る私を見て、太一は大袈裟に眼を細めた。


「じゃあ、夢輝さんのベッドだったら?」


彼は更に続けた。


「今日……今からは?」


眼が……というか顔が、素敵すぎる。可愛いとカッコイイを兼ね備えた太一に、私は魔法にかけられたように硬直した。

これこそ、なんのプレイですか!は、早く答えなきゃ……。

早く何か答えなきゃと思った私は咄嗟に、


「そ、そのうち……」


太一はまたしてもポカンとして私を見た。


それから、


「『そのうち』って……フッ」


もう、ダメだ、私。そのうちって、どのうちなんだ。太一は私を見てクスクス笑いながら、私の頭をポンポンと優しく叩いた。


「あなたは本当に……いや、なんでもないです。じゃあ……そのうち」


太一はマンションに帰るまで、私を見て笑っていた。


◆◆◆◆◆◆◆


クリスマス&正月企画の仕事が落ち着きを見せ始めた頃、怜奈ちゃんがコーヒーを淹れながらポツンと言った。


「鮎川さんって、勉強熱心ですよね」


付き合っていることをオフィスの皆には言っていないから、怜奈ちゃんの何気ない発言にも少しドキッとする。


「どうして?」


怜奈ちゃんは手を止めて眉を寄せた。


「だっていつも課長と社内グルグルまわってるし……まあ、一人で手掛けている仕事をまだ持ってないから、一課の中で一番暇といったら、暇でしょうけどね」

「早くうちの会社に慣れたいんだろうね」


本人もそう言ってたし。私がそう言うと怜奈ちゃんは頷いた。


「前の会社でもモテまくりだったのかな」


さっきよりも大きく鼓動が跳ねる。


「だろうねー」


何の気なしを装う私に怜奈ちゃんは、


「彼女いると思います?」


そう言われると、返す言葉がない。まさか、私ですなんて言えないし。


「鮎川さんのことを見た女子社員がキャーキャー言ってるみたいですよ。凄くカッコイイのに、物腰も柔らかくて気取ったところがないし、それに三十歳には見えないって」

「そうなんだ」


なんか胸の奥がジリジリする。

太一を素敵だと思わない女性なんて絶対いないと思うから仕方ないけど、そういう話を耳にすると気が気じゃない。


「さっきも課長と出掛けましたから、遭遇した女子社員は仕事どころじゃないでしょうね」


……すっごく不安だ。


さっきまで指輪の試作品会議に出ていた私は、一課の皆と別行動だったから、太一が課長と出掛けてるなんてしらなかった。


「今度こそ親睦会の時に、その辺を詳しく訊いてみます、私!」


怜奈ちゃんはそう言うと、一口コーヒーを飲んで私を見た。


「イケメンって気になりますもんね」

「そうだね」


私は頷きながら、太一の顔を思い浮かべていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「指輪の試作品会議はどうでしたか?」


二人で夕食の準備をしている時、太一が私に問いかけた。

私は会議を思い出してクスッと笑った。


「隆太がね、『夢のデザインなら俺が一番分かってる。だから会議なんてやんなくていーんだよ』なんて言うからさ、雑談みたいになっちゃってそのうち二課と三課の試作品に話が移っちゃった」


確かに、私のデザインなら隆太が一番分かってる。でも、企画部長のいる前であんな事言うなんて。思い出して苦笑していると、太一のわざとらしい咳払いが響いた。反射的に見上げると、


「隆太って呼び方、なんかムカつきます」

「……今更遠藤君なんて変だし」


言い終える前に、柔らかい感覚を頬に感じた。


「遠藤さんは男から見てもイイ男なので、僕は気が気じゃない」


唇を私の頬に擦り付けるようにした後、太一は拗ねたようにそう言って私を斜めから見下ろした。


「私だって……気が気じゃないよ」


私は昼間の怜奈ちゃんとの会話を思い出した。女子社員がキャーキャー言ってるって。


「今日も課長と出掛けてたらしいじゃん。怜奈ちゃんが勉強熱心だって褒めてたよ」


私はそう言って包丁を持つ手を止めると、太一を見た。

太一はワイングラスを両手に持ってテーブルに置きながら、


「僕、好奇心が旺盛なんです。今のところは一課で任されている仕事がないので、社内の業務内容や流れを把握したくて課長にお願いしたんです」


以前とさほど変わらない答えが返ってきた。


「そーなんだ。で、どう?」


太一は手元に視線を落としたまま私を見ずに、


「凄く勉強になってますよ。ねえ夢輝さん、ワイン飲みましょう」

「まだ、料理出来てないのに?」

「作りながら食べて飲みましょう」

「それ、私の独りぼっちの夕食と同じスタイルだよ。座る前に夕食終了」


もう少し仕事の話を聞きたかったけど、私は諦めるとそう言って笑った。


◆◆◆◆◆


数日後。


「夢輝さん、僕今日は友人と飲み会なんです」


皆が帰り支度をし始めたオフィスで、太一は私にそう告げて微笑んだ。


「分かった」

「終わったら連絡します」

「じゃあ、気をつけて楽しんできて」


私は、軽く手を上げるとオフィスを出ていく太一を見送ってデスクへと戻った。

その時ラインの着メロが流れて、一瞬明るくなった画面に隆太の名前が表示される。


『夢、今から工場来られるか?試作品の加工中なんだけど確認してもらいたいんだ』

《少しやることがあるから、一時間後ならいいよ》

『了解』


短くやり取りを終えると、私は先日の隆太との会話を思い返した。


◆◆◆◆◆◆


「ちきしょう」

「……ごめん」


隆太は私の言葉を聞いて、真夏の青い空を仰いだ。

会議に来ていた隆太を呼び止め、太一との事を私は正直に話したのだ。


「なんでアイツなんだよ。俺のが絶対イイ男だろーが」


私はクスッと笑った。


「イイ男だよ、隆太は。離婚したって聞いて大勢の女子社員が色めき立ってるわよ」

「マジかよ」


隆太は私を見ずに笑った。


「でも、当分いいわ。お前が鮎川にフラれるかもしれねーからな。待っててやらないとお前は後がないし!」

「酷い言い様だね」

「イイ男を振った罰だ。……俺、そろそろ行くわ」

「うん」


隆太は相変わらずブレイクルームの窓からの空を見ていたけど、最後に私の眼をしっかり見て笑った。


「夢、頑張れよ」

「うん。隆太も」

「ああ。じゃあな」


隆太は私の頭をクシャリと撫でて背を向けた。

私がそんな隆太の後ろ姿を見送っていると、隆太はああと言って肩越しに私を振り返った。


「同期で友達なんだから、飲みにぐらいは付き合えよな」

「もちろん」


今度こそ隆太はドアの外へと消え、私は窓の外の空を暫く眺めていた。


◆◆◆◆◆◆


「アールをもっと大きくしてみる?」


私が試作品を至近距離から見つめてそう言うと、隆太は頷いた。


「だよな。今回は祖母に贈りたい指輪だからな。若い指じゃない。年月を重ねてきた指にも違和感なくシックリくるアールとなりゃ……CAD室いくぞ」

「そうだね。溝の深さと丸みとの兼ね合いを見たい。CADでアール変えてみて判断しよう」

「オッケ」


指輪の角……どれだけの丸みをキープするか。お年寄りの指に馴染む指輪を作りたい。長い人生を歩んできた指も、出来れば美しく見せたい。

私と隆太は細かな箇所を改善すべく、奮闘した。


◆◆◆


二時間後。


「じゃあな、夢。俺お前に振られたばっかで傷心だし、今日はこれで解散な!」


隆太はニヤリと笑うと私に手を振った。まだ作業があると言う隆太と別れ、工場を後にした時、午後八時だった。

スマホをチェックしようとして、バッグの中を探ったが見当たらない。CAD室でも工場でもスマホは出さなかった。てことは、オフィス?デスクの上かなあ。

私は散らかった自分のデスクを思い浮かべた。書類の間に埋もれてるのかも。……取りに行こう。どうせついでだし。

会社の最寄りの駅はここから二駅先で、私のマンションはそこから更に一駅先だ。私は大通りに出て駅を目指した。

二十分強で会社に着くと、私はまだ明かりのともる社内に入り、セキュリティゲートを通過した。わが社は自社ビルで、デザイン一課から三課は五階。最上階の十階は、社長室を始め専務室、常務室、ゲストルームなどがある。ちなみに社食は三階。

私はエレベーターに乗って五階で降りると、オフィスに到着してドアに手をかけた。その時、デザイン一課のオフィスの中から課長の声が聞こえてきた。


「だいぶ馴れましたか?」


ん?

部長とでも話してるんだろうか。

私がそっとドアを開けると、課長がニコニコ笑いながら立っていた。

……太一の前に。どちらも静かに開けたドアに気付いていない。

太一はデスクに浅く腰を掛けるような体勢で、スーツのポケットに両手を突っ込んだまま首を振った。


「大体の流れは掴みましたが、少し改革も必要ですね。僕が社長に就任したら、直ぐに案を出したいと思っています」

「楽しみです」


課長はそう言うと、太一に深々と一礼した。

……なにこれ。どういう事?

確か太一は友人と飲み会だって言って先に退社したよね?……なのにどうしてスーツなんて着て、オフィスにいるの?

それに今のこの、課長の態度はなに?

どう考えたって課長が上司のはずなのに、深々と平社員の太一に頭を下げるなんて。

ちょっと待って。太一だって変だ。


『僕が社長に就任したら、直ぐに案を出したいと思っています』


意味が分からない。頭が混乱して、私は大きく息を吸った。

途端に課長がこちらを向き、ギクリと眼を見張る。その表情につられたように、太一がフッと私を見た。

小さく息を飲んだ太一が、私を無言のまま見つめる。

私は咄嗟に課長を見て微笑んだ。


「課長、お疲れ様です。先ほどまで工場長と、改善を伴う図面起こしを少しやってきました」


課長は私を見てぎこちなく笑った。


「そうか、ご苦労だったな」

「はい。スマホ忘れちゃって。お先に失礼します。鮎川くんもお疲れ様」


出来るだけ平静を装い、私は重なりあった書類の中からスマホを探り当てると、課長に頭を下げてオフィスを後にした。

早足でエレベーターホールに向かううちに、次第に心拍が上がるのが分かった。何故か早く乗り込みたくて、私はボタンを連打すると漸く開いたエレベーターへと飛び込んだ。

扉が閉まるとホッと息をして、天井を仰ぎ眼を閉じる。


『僕が社長に就任したら、直ぐに案を出したいと思っています』


太一の言葉がグルグルと頭の中を回る。

太一が社長に就任?太一が社長に?今の社長とどういう関係?頭の中が混乱して、マンションに着いても私は落ち着けなかった。


◆◆◆◆◆◆


「話があるんです、夢輝さん」


太一がインターホンを押したのは、私がマンションについてシャワーを浴びた後だった。


「……分かった」


ゆっくりと玄関ドアを開けるとスーツ姿の太一が立っていて、私はぎこちなく彼を見上げた。


「お邪魔していいですか」

「……どうぞ」


頷いてリビングへと戻る私の後を太一は黙ってついてきたが、


「……黙っててすみませんでした」


振り返った私にガバッと頭を下げて、彼は再び私を見つめた。涼やかな茶色の瞳が、申し訳なそうに私を見ている。

私は太一の眼を見つめながら思った。……どうして私は何の疑問も持たなかったのだろう。よく考えてみると、太一が入社した時の課長の説明はやけにアッサリしていた。

それにヘッドハンティングされたという割にはどこの会社にいたのかハッキリ言わなかったし、課長は太一担当の仕事も割り当てなかった。

株式会社ブライダルヴィーナスのティアラだって、私以外のデザイン一課の皆の共同製作だ。太一ひとりのものじゃない。


それに、いつも課長と社内をうろついていたのも、デザイン一課の一員としては不自然だったのに。

なぜ私は疑わなかったのだろう。いや、何故かなんて自分が一番分かっている。太一が……素敵だったからだ。物腰も柔らかくて見目麗しく、初対面の鼻血事件の時から私に凄く優しくて、私は太一に何の疑いも持っていなかった。


「……夢輝さん」

「太一、次期社長なの?どういう事?」


太一は固い表情のまま頷いた。


「どうして黙ってたの?」

「僕は……今の社長の甥なんです」


太一はポツリポツリと話し出した。

独身で子供のいない今の社長、塩見涼子社長に、いつかこの会社を譲ると言われていた事。

その為にアメリカの某有名大学を卒業し、帝王学や経営学を学び帰国した事。

株式会社A&Eの社長就任までの間に一社員として社内をまわり、肌で社内の状況を掴んでおきたかった事。

話し終えた太一は不安そうに私を見つめて、唇を引き結んだ。


「……そうだったんだ」


私はひとことそう言うと、小さく何度か頷いた。


「事情は……分かったよ」

「怒ってますか、隠してたこと」


私をゆっくりと引き寄せて、太一は窺うように私の瞳を覗き込んだ。憂いを含んだ涼しげな眼差しが何とも綺麗で、私は夢中で太一を見つめた。


「……夢輝さん」


太一が私の名を呼んで、斜めに顔を傾けた。ふわりと風が動き、柔らかな唇の感触が広がる。全身に電気が走るような感覚。

深くなるキスに呼吸が苦しくなって、私はなかなか唇を離そうとしない太一の胸を押した。


「た、いち」

「……可愛い」


太一が漸く唇を離して、私を深く抱き締めた。それと同時に、耳元で響く低い声。


「夢輝さん、今日は……逃がす気ないです」


たちまち硬直する私に、太一はフウッと優しく笑った。


「このままスヤスヤ寝ちゃうのもだめです」


胸がフワッとして、力が抜けるような気がした。

ああもうダメだ。ホント、逃げられそうもない。だって、私自身がそれを望んでいるから。

私は太一からゆっくり身を起こして、彼の頬に唇を寄せた。


「うん、太一」

「……夢輝さん」


太一が私の脇に手を差し込んで抱き上げた。

両足を太一に絡め、二人で寝室のベッドへ倒れ込む。バサッという音がした後、私達はベッドの上で見つめあった。

いっそこのままキスをしてすぐに服を脱がせてくれたら私も行為に夢中になれるのに、太一は私を見つめて優しく微笑むと、穏やかな声で囁いた。


「好きだよ、夢輝さん」


そう言って私の手をキュッと握る太一に、もう嬉しいやら照れ臭いやら、この後に待っている世界を想像するやらで、私の心臓は爆発しそうになった。


「は……恥ずかしい」


多分真っ赤な私の頬に太一はチュッとキスをして、


「じゃあ……毎日すれば早く慣れるかも」

「な、太一ったら」

「ははっ」


私は太一にすり寄ると、彼の唇にキスをした。


「太一、抱いて」

「夢輝さん」


◆◆◆◆


他人と肌を合わす感覚がこんなに心地いいと感じたのは、初めてかも知れない。

キスをした後、顔を離しては見つめ合う。その都度微笑む太一はとても優しい眼をして私を呼んだ。


「好きだよ、夢輝さん」


なのに、穏やかな声と眼差しとはまるで裏腹なその行為に、私の息はたちまち乱れた。

ヌルリと舐め上げる舌や、器用に動く指。

声を出すのは恥ずかしいのに、太一は私を淫らに変えていく。

抑えたいのにそれが出来ないのが苦しすぎて、私は困って太一を見上げた。


「っ……!」


眼が合った瞬間太一は息を飲んだけど、その後すぐにきつく眉を寄せて顔を背けた。


「た、いち、」

「ダメだ、夢輝さん。もっと優しくって思ってたけど……あなたをめちゃくちゃにしたい。俺だけを刻み付けたい。俺だけにしかしない顔が見たい、今すぐ」


普段『僕』という太一が、色香を含んだ表情で『俺』といい、言い終えた瞬間、私の間に割って入った。


「っ!」


圧迫感が身体の芯を疼かせる。思わず、私を激しく揺らす太一の筋肉の張った腕を掴むと、彼は熱い吐息を漏らした。


「もっと啼いて、夢輝さん」

「ああっ!太一っ」


この時、世界で一番幸せな女は私だと思っていた。

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