表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆Woman blues◆  作者: 友崎沙咲
vol.3
5/12

告白と心境

◆◆◆◆


「夢輝さんは今の仕事が好きですか?」


太一はゆっくりとワイングラスを傾けながら、私に問いかけた。

時間は午後11時前、場所は太一の部屋。私はコクリと頷いて口を開いた。


「うん、好き。やってるうちにジュエリーのデザインもやりがいがあるなって思えてきたし」


私がそう言うと、太一は僅かに眉を上げた。


「もしかして本当は……他の職に就きたかったんですか?」


私は苦笑した。


「本当はね、靴のデザインをしたかったの」

「なぜ靴なんです?」


私は太一の部屋のテーブルを見つめながら昔の自分を思い出しながら答えた。


「気に入る靴がないからよ」

「え?」

「有名ブランド品には確かに良いデザインが存在する。質もいい。でも、ブランドを背負っているだけあって原価を考えても値段が高すぎる。だからって量販店の靴だと私的に納得出来る物がなかなかない。あくまでも私個人の主観だけど、履きたいと思う靴がまず見つからないの」

「運動靴もですか?」


私は首を振った。


「運動靴については凄く良いのが沢山あるよね。私がデザインしたいのは、女性を美しく見せる特別な靴よ。履くと自信がついて、どこにでも履いていきたくなるような靴なの。『ガラスの靴』みたいにドキドキする靴がデザインしたい」


太一はグラスを持ったまま、私に尋ねた。


「どうして靴の道に進まなかったんですか?」


痛いところを突かれたけど、私は正直に返答した。


「……ジュエリーにも興味があったのは確か。徐々にやりがいを見出だせたし。そのうち忙しい日常に追われて、いつかいつかと思いながらもズルズルと今に至るって感じかな。でも一番の原因は踏み出す勇気がなかったって事」


グラスのワインを見つめながら私は言い終えて、再び苦笑した。


「ダメダメで恥ずかしいよ」


すると太一は即座に首を振って私を見つめた。


「全然ダメじゃないです。今日の夢輝さんは凄く素敵でした」


私は太一のその発言が意外で、思わず笑ってしまった。


「そう?!普通に仕事してるだけだよ。飲みに行き損ねたのは残念だったけど。あ、そうだ、待ってなくて良かったのに。太一まで親睦会行きそびれて」


私がそこまで言った時、太一が私のグラスをゆっくりと手に取った。

それから立て膝で身を乗り出すと、小さなローテーブル越しに私の指を掴んだ。

たちまちのうちに、心臓が煩く響き始める。太一の顔は真剣だったけど、私は少し笑った。


「なに、どうした?」

「先に言っておきますけど、からかってないです」


からかわないでと言うつもりでいた私は言葉を失い、息を飲んで太一を見上げた。


「夢輝さんを好きになってしまいました」


頭の中が真っ白にというか、動いていいのか呼吸はちゃんと出来ているのか、なにがなんだか分からない思いで、私は金縛りに遭ったように身動きが取れなかった。


「好きです」


言いながら、太一は私の手の甲に唇を寄せた。

伏せられた瞳。長い睫毛が頬に影を作り、形のよい唇は柔らかく温かい。太一の唇は私の中指の付け根で止まり、僅かに開けた唇で挟むようにキスをした。


「僕じゃダメですか」


テレビの音が遠ざかる。

私は太一の顔をひたすら見つめた。

彼の真意を見極めたくて、瞬きをするのも惜しく感じた。


「夢輝さん」

「言ってること、分かってんの?」


恥ずかしいほど声が掠れた。


「私、七歳も歳上なんだよ?」

「わかってます」

「……ごめん、もう帰る」


私は空いている片手で太一の手をそっと自分の手からどけて立ち上がった。


「待ってください。ダメなんですか?返事をください」


私と共に立ち上がろうとした太一の膝がガラスのローテーブルに当たり、尖った音が響く。

探るように太一を見た時、そこに固い表情を見付けて、私は彼の真剣さを理解した。


「答えてよ、夢輝さん」


私はきつく眼を閉じてから本心を告げた。


「太一、私ね、あなたがどう思ってるか分からないけどイイ女でも凄い人間でもないよ。それから私、秋人と出逢って考えが変わったんだ。彼には振られたけど私、結婚してみたくなったの。子供だって産みたい。好きになった人の子供が。だから、結婚を視野に入れた交際しか求めないの。タイムリミットはすぐそこまで来てる。だから、遊びとか軽い付き合いは無理なんだよ」


太一が少し悲しげに私を見下ろした。


「僕が軽い気持ちで告白したとでも言いたいんですか」


初めて見る太一の表情に、私はたじろいだ。


「だって太一なら、いくらでも若くて綺麗な女の子が」

「あなたの元婚約者と一緒にされたくない」


いつもは柔らかい太一の瞳が、険を含んでキラリと光った。


「夢輝さんが七歳上だろうが下だろうが、関係ありません」


正気なんだろうか。


「綺麗事言わないでよ。私はあなたより先に老いるのよ?いずれあなたは後悔する」

「あなたを選ばない方が後悔します」


これ以上どう言っていいか分からず、私は途方に暮れた。

太一はテーブルを回ると立ち尽くす私に近付き、優しく引き寄せた。でもその顔に笑顔はない。


「本気です、僕は。あなたが好きだ」

「……待ってよ、私、恋人に若い女に乗り替えられて婚約破棄されたんだよ?とてもじゃないけど信用できない」


もしも今度捨てられたら、ほんとにもう立ち直れない。


「もう傷付きたくない」


私は太一を腕で押して避けると、スマホを掴んで部屋を飛び出そうとした。私のその腕を、太一がガシッと掴む。


「傷なんか付けない。大切にしかしない」


『タイセツニシカシナイ』


太一の瞳は本当に真剣で、それでいて綺麗で、私はなんだか泣けてきた。

上手く説明できないけど多分、自分に自信が持てず、手放しで彼の告白を信用できない事が情けなかったんだと思う。

私は太一に向き直った。


「太一の気持ちは分かったよ。ありがとう。でも、だけど」


太一が、私の頬を両手で包み込むようにして涙を指で拭ってくれた。それから漸く、あの柔らかい笑顔を見せた。


「……返事をせかしてすみませんでした。……そうですよね。夢輝さんにしたら僕は初対面で鼻血を見せて気絶した相手ですし、婚約破棄されてまだ日が浅いし、僕のが七歳も歳下なんだし、急に告白されて直ぐに良い返事なんて無理ですよね」


言い終えて、太一はイタズラっぽい眼差しで私を斜めから見下ろした。精悍な頬と通った鼻筋が間近に迫っていて、つくづく綺麗な人だと思った。


「あれ、怒らないんですか」

「……だって……」

「夢輝さん」


名前を柔らかく呼んで、太一はフワリと私を胸に抱いた。それから私の後ろに回した手で、背中をトントンと優しく叩く。


「僕、諦めません。あなたが何の迷いもなく僕を選んでくれるように努力します」


太一は続けた。


「頬っぺたでもいいから、キスしてもいいですか」


ニコニコと笑う太一の瞳が凄く優しくて、思わずコクンと頷く。すると途端に太一の柔らかな唇が振ってきた。

私の唇に。

斜めに顔を傾けて瞳を伏せた太一は凄く素敵で、私の心臓は爆発するほど煩かった。唇を離すと、太一は私の額に自分の額を押し付けて囁く。


「夢輝さんが可愛いから、つい」

「……」


頬が熱かった。



◆◆◆◆◆



週明けから太一は毎朝、私の部屋に迎えに来た。定時後も一緒に帰ろうとするからついに怜奈ちゃんが、


「鮎川さんと夢輝さん、付き合ってるんですか?」


なんてドストレートな質問をしてくる始末。こう訊かれるともう、確実に自虐を交えた返答がお決まりとなる。こちらを見つめる太一をさりげなく視線で牽制しながら、私は怜奈ちゃんに笑って答えた。


「やだなあ、怜奈ちゃん!鮎川君に失礼だよ。私みたいなアラフォー、だーれにも相手にされませんよー」


怜奈ちゃんは大袈裟に口を尖らせてみせた。

 

「だけど夢輝さんって、モテるじゃないですか!工場長だって夢輝さん狙いだって裕也が言ってましたし。彼氏がいたってイイ女はイイ女だし」


裕也君とは怜奈ちゃんの彼氏で、工場長……つまり隆太の部下だ。


「なに?!遠藤工場長って、柴崎チームリーダーの事、狙ってるの?」


三歳後輩の南さんが、ランランと瞳を輝かせ始めた。怜奈ちゃんは、噂の当人である私を差し置き、大きく頷いた。


「かなりセクハラですけど、女子社員の中で誰がいいかを酒の肴にしながら飲んでたら酔った工場長が、『夢輝!』て叫んだらしいですよ」


私は内心舌打ちした。もぉー、隆太ったら!


「それで、裕也が」


私は堪らず帰り支度をしながら盛り上がる面々に声をかけた。


「工場長はね、ほら、私と同期だからさ、誰にも人気のない私を不憫だと思っただけだよ」


って、我ながらナチュラルな言い訳を思い付いたと思った矢先、


「夢ー?」


オフィスの入り口からハッキリとした低音で、誰かが私を呼んだ。私と太一を含めた全員が入り口を見つめ、そこに隆太の姿を発見した皆が、たちまち私を見てニヤつく。


「やだあ、デートなんですかあ?」

「いや、そうじゃなくって」

「夢、飲みに行こうぜ」


ば、ばかっ!


「工場長!夢輝さんには婚約者がいるんですからね!わきまえてください!」


私は焦った。

皆にはまだ、婚約が白紙になったことを話してなかったから。


「怜奈ちゃん、あのね」

「なんだよ、裕也のカノジョ!夢はな、あのインテリと別れたんだよ。だから今は誰のもんでもねーんだよ」


ズンズンとオフィスに入り込んできた隆太が、私の真横まで来てニヤッと笑った。


「ええーっ?!」


怜奈ちゃんが仰け反りながら叫び、他の面々は硬直する。


「だから、俺が狙ってもいいんだよ」


首から上の血液が、沸騰したように熱く感じる。私はどうしていいかわからず、隆太の背中をバシッと叩いた。


「バカッ!いいからもう行くわよ!」

「いってぇ!二人きりの時はめっちゃ可愛いのに」

「あんたバカじゃないの?!みんなが引いてるしっ」


私は焦って隆太を睨んだ。けれど隆太は、その野性的な顔に不敵な笑みを浮かべていた。そう、私など見ずに。

その視線の先に太一を見つけて、思わず私はギクリとし、息が止まりそうになった。太一も唇を引き結んで、隆太を真っ直ぐに見つめている。


「別れたって……びっくりしましたよぉ!でも、さっすが夢輝さん!ほらほら、邪魔しない!みんな帰るよ」


南さんの言葉で皆が笑い声と共に立ち去り、後には私と隆太、それに太一が残った。隆太は太一から視線をそらして私を見つめると、大きな手で私の頭をポンポンと叩いた。


「肉食いに行こうぜ」


私は太一が気になってならず、チラリと視線をあげた。

その時、太一が私を見た。互いの視線が絡む。


「あの、鮎」

「夢輝さん、そのうち僕ともデートしてください。僕にもチャンスをください」


私の言葉をかき消すように太一がそう言って微笑んだ。その太一の声に、隆太の笑みが消える。


「鮎川くんだっけ?本気で夢を誘ってんの?」


太一が隆太に向き直った。


「本気です」


隆太は何も言わず、私たちの間に沈黙が流れた。

やだなんなのよ、凄く気まずい。


「夢輝さん、どうぞ気を付けて楽しんで来てください」


太一は私にニッコリ微笑んだ後、隆太に頭を下げてオフィスを後にした。

……太一は隆太と飲みに行く私をどう思っただろう。嫌な女だと思っただろうか。冷めて……しまっただろうか。

一刻も早く、太一に言い訳したいような、それでいて彼が冷めたなら、私に対する気持ちはそこまででしかなかったんだという諦めの気持ち。

何度も胸の中に高い波が生まれては消える。


「こら!」

「いたっ!」


ピンッ!と指で頭を弾かれ、ビクッとして隆太を見上げると、彼は不愉快そうに瞳を光らせて私を見下ろしていた。

長めの前髪が影を落としていて、不機嫌オーラが半端じゃない。二人だけになったデザイン一課のオフィスがなんだか変に感じる。オフィスで隆太と二人きりになるなんて、まずないし。


「なあ」

「なに」


ぎこちない態度を察知したのか、隆太は私の首に腕を回して引き寄せた。


「なあ、夢」


頬と頬が触れそうな距離で隆太は私を呼んだ。その顔に不愉快さはもうない。


「ち、近いんだけどっ!」

「ドキドキする?」


背も高く、身体も鍛えていてガッシリしている隆太はワイルド系のイケメンだ。距離を取ろうと慌てて隆太の身体に手を突っ張ると、固い腹筋の感覚にドキッと鼓動が鳴ってしまった。

途端にあの日、隆太に抱かれた記憶が蘇る。


「思い出した?」


隆太がフウッと笑って至近距離から私の瞳を覗き込んだ。

死にそうになる。隆太の艶っぽい声と熱っぽい眼差しに。


「顔がエロいしっ!隆太のバカッ!」


参ってしまい、子供のように途方にくれた私を見て、太一は吹き出した。


「可愛すぎて我慢できねーわ。取り敢えず行くぞ」


隆太の眼差しに堪えきれず、私は俯いて頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ