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◆Woman blues◆  作者: 友崎沙咲
vol.6
12/12

Goodbye《Woman blues》

◆◆◆◆◆◆◆


数日後。

麻美がニコニコと笑って言った。


「じゃあ、婚姻届を先に出したの?」

「そう」

「へー、王子、優しいじゃん!」

「うん」


いつの間にか太一の呼び名は麻美の中で『王子』になったらしい。

紙切れ一枚と言えばそれまでなんだけど、太一はこう言った。


「先に、役所に提出しておきましょう」

「式もまだ決まってないのに、いいの?」

「はい。じゃないと僕が落ち着きませんから」


涙が出そうになって、私は太一にしがみついた。


「わ、夢輝さん?」


嘘ばっかり。私を少しでも安心させたいから、太一はそう言ったのだ。


「太一……大好き」

「僕も。ねえ、夢輝さん。先に子供、作りませんか?」

「へ?」

「いつか言いましたよね? 好きになった人の子供が産みたいって。なら早い方がいい。靴の事はその後でも大丈夫だし」


そこで泣きそうだった私の顔が完全な泣き顔に変わってしまった。


「そ、んなの。だって普通は二人だけの新婚生活を味わって、子供はそれからって」


太一が私の涙を拭った。


「僕、早く夢輝さんとの子供が欲しいんです。それに僕はいつだって、あなたといると新鮮な毎日をおくれますから」

「太一……」

「子供がいても新婚気分を味わえますよ、僕と夢輝さんなら」

「う……うん」


太一が私に、これ以上ないと言うくらいの笑顔を向けた。


「夢輝さん。これからいっぱい、あなたを甘やかしてあげます。ずっとずっと、一生」


私は太一に抱き着いて彼の顔を見上げた。


「太一の全部が大好きだよ。私も太一を幸せにするから」




その時、ゴイン!と頭に衝撃が走った。それと同時に麻美の怒りを圧し殺したような声が響く。


「いたっ!」

「何を妄想にふけってんのっ!!帰ってこいっ」


おっと、いけない。

私はテヘッと笑うとブルーマルガリータを一口飲んだ。


「妊活、もしも行き詰まったらうちの病院に来なさい」


麻美がサラッと言った。


「あんたの歳ですんなり妊娠して無事に子供を産める人ばかりじゃないからね」

「うん、ありがとう」


麻美は続けた。


「あんたが王子を射止めたのは、運なんかじゃないって私は思ってる」

「え?」


私は、さっきまでの笑顔を消して真剣な眼差しを向ける麻美を見つめた。


「あんたはいつも凄く頑張ってるもの。仕事に手は抜かないし、肌の手入れだって体のケアだって若い女の子に負けないようにって、いつも頑張ってた。人として、女としての努力を怠らないから彼はあんたに惚れたんだよ。見た目も中身も、あんたは磨く事を忘れてないから。ずっと輝いてるから」


ああ、私の親友は、私をそんな風に見ていてくれていたんだ。涙が出そうになって、私は麻美にペコリと頭を下げた。


「ありがと、麻美」

「行くわよ!」


驚いて私は麻美を見た。


「でも、今来たとこ……」


私は静かにブルースの流れるバー《alexandrite》の店内を見回した。淡いブルーのライトが店内を美しく彩り、静かだけれどしっかりとブルースが耳に届く空間。かつてはよく秋人と来ていたそこに、私は麻美を招待したのだ。


「もう、ブルースは終わりよ」

「え?」

「だから、ブルースはもういいの。来たわよ、王子」

「へ?」


麻美が店の入り口に眼をやり、つられて私もそちらを向いた。


「……太一……」


太一は確か今晩は、打ち合わせだって……。


「じゃ、私は先に行くわ」


太一に軽く手をあげると、麻美は颯爽と店を後にした。

太一は私にゆっくりと近づくと、フワリと笑った。


「こんばんは、夢輝さん」

「太一……どうして?」


太一は私の耳元で小さく囁いた。


「会議が終わった時、麻美さんからラインが入ってたんです。もう当分、夢輝にブルースは聞かせなくていいって」


そんな私たちを見て、オーナーがカウンターの向こうから静かに微笑んだ。それから私の薬指を見て、胸に手を当て騎士のようにお辞儀をする。

思わずオーナーに微笑んだ私に、太一が優しく声をかけた。


「さあ行くよ、夢輝さん」

「うん」


私は伸ばされた太一の手をしっかりと握った。もう、この愛しい彼の手を、私は二度と離さない。

店内の青いライトを反射した薬指の指輪は、より一層深みを増して輝き、私と太一の未来を彩っていた。







◆epilogue◆





愛しい人が俺の膝で眠っている。

木漏れ陽と、優しい風と、木製のベンチ。

それに、愛する人。


「そろそろ部屋に戻ろう」


彼女の長い睫毛が少し震えた。


「……もう少し……こうしていたい」


眼を閉じたまま唇に微笑みを宿し、彼女はそう呟いた。


「ダメだよ、身体が冷える」

「んー……」


少しだけ目立ち始めたお腹に手をやりながら、彼女はようやく身を起こした。


「……わかった」


そんな彼女に手を伸ばして俺は微笑んだ。


「さあ行くよ、夢輝さん」






        ◆Woman blues◆


             end









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