愛を誓う時
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太一は、一生懸命言葉を選びながら私に説明した。
「……分かった。リアナさんとの関係も。で、週末、リアナさんと待ち合わせた理由は?」
太一は少し咳払いして私を見た。
「実は……レディースシューズ部門の開設が決まったんです」
……怜奈ちゃんの情報通りだ。
「……そう」
太一は続けた。
「 『アステリ』ってご存知ですか」
「……勿論」
太一は私を見て軽くうなずいた。
「 実はリアナのコネで、アステリのレセプションパーティーに行く予定だったんです。 『アステリ』は老舗レディースシューズの専門店ですから、きっと靴業界からも人が押し寄せる。そこで良い靴を作れる製作会社との繋がりが持てたらと思いまして。営業部からは何社かピックアップされてますが、更に良い企業を探したくて」
「……そう」
それも怜奈ちゃんの想像通りで、私はホッとした。だって、怜奈ちゃんと飲みに行って話を聞いていなかったら、私は今も太一に向き合っていなかったと思うから。そう思いながら私は、こちらを窺うように見つめる太一から視線をそらした。
「……あなたの為だと言ったらどうしますか」
「……え?」
「元々社長が数年前から、日本製のレディースシューズの分野に手を拡げたかったのは事実です。これから三年を目処に、彼女は日本製を売りにした可愛くて品質の高い靴を作るようにと僕に指示しました。ですが僕は、それをもっと早く実現するつもりです」
太一は私の頬に優しく手を添えると、ゆっくり自分の方に向けた。
「夢輝さん。僕がそうするのは、あなたの為だと言ったらどうしますか」
こくん、と喉が鳴った。
太一の真剣な声が染み透るように胸に届く。二人して彼のリビングの床にペタンと座り、私達は見つめ合った。
「夢輝さんの為ならなんだってする。愛してるから」
太一は少し咳払いして続けた。
「本当は……もっと色々考えていたんですが」
……?
太一が眼を伏せた。
「夜景が見えるレストランとか、シンデレラ城を見ながらとか」
太一は尚も続けた。
「凄く良い温泉宿に二人で行った時とか」
太一が何を言いたいのか理解できなくて、私は訝しげに彼を見上げた。
「あ、公園でピクニックとか、そういうほのぼの系のデートもどうだろうとか色々考えてたんです、本当は」
「……太一?」
すると太一は勢いよく立ち上がり、テレビの隣の棚から何かを取ると私の手を引いて立ち上がらせた。
「太一、どうしたの?」
「結婚してください」
…………。
え……。
……空耳……じゃなくて……?
眼の前に差し出された小さな小さな箱が開いて、そこから本当に綺麗な輝きが溢れている。嘘。これって……。
「夢輝さん、僕と結婚してください!もう一生、あなたを不安になんかさせません。大切にしかしません」
─大切にしかしません─
この言葉を、確か以前にも聞いた。太一の口から。今思えば、本当にそうだ。私は太一に、大切にしかされてない。
出逢った最初から。
じんわりと涙が浮かび、目の前の漆黒の箱の中がより一層輝いた。
「太一、」
「本当に本当に、あなたが好きです。僕と結婚してください」
身体がスーッと軽くなる気がした。
太一の真剣な眼差しが私を軽くしているのだ。
37歳で婚約者に去られた私は、心にいくつもの枷が付き、重く沈みそうになっていた。
年齢ばかりを気にしてした私を、いつも温かく包み込んでくれていた太一。
太一が好きだ。こんな私を愛してくれている太一を、私も愛してる。
「太一」
「……はい」
私は大きく息を吸って涙を拭うと、ゆっくりと口を開いた。
「ありがと……」
どうしても涙が後から後から溢れてきて、私はそこで言葉に詰まった。そんな私を見て、箱の中のキラキラと光るそれを、太一が私の薬指にはめた。
「やっぱり凄く似合う。実はとても困っていたんです。だってあなたは素晴らしいジュエリーデザイナーだ。だからどれを選べば良いか分からなくて」
「太一……これって、もしかして、カミーユ・ルイ……」
太一が照れたように頷いた。
「その通りです。カミーユ・ルイです」
カミーユ・ルイとは、私が最も尊敬しているジュエリーデザイナーだ。
世界的にも有名なジュエリーデザイナーなのに、カミーユ・ルイは世界に店をもたない。
彼の拠点であるフランスにしか店はなく、年に一度だけ、彼の大切な奥様であるローレンスの誕生日にだけ、各国でジュエリーを販売するのだ。そんなカミーユ・ルイの作品を、一体どうやって……。
太一は私の手を握ったまま、フワリと笑った。
「カミーユ・ルイは、僕の父の古い友人なんです。この間来日し、父と夕食をする予定だときいて、僕も同席させてもらいました。あなたの話をしたらカミーユが言ったんです。『そんな素晴らしい女性と結婚したいなら、僕のデザインした指輪じゃないとダメだろ?』って」
「お父さん、カミーユ・ルイと友達なの?」
「トランクひとつでフランスを旅していた父とカミーユ・ルイは意気投合し、暫くルームシェアしてたらしいです。勿論、その時のカミーユは、まるで無名だったらしいですけど」
驚いて声の出ない私に、太一は続けた。
「気に入ってもらえましたか?」
「うん……だけど……」
斬新でありながら品を損なわない素晴らしいデザインだし、ダイヤの4cグレードも高い。しかも粒がかなり大きいし。きっとメチャクチャ高かった筈だ。
私の気持ちを察したのか、太一が悪戯っぽく笑った。
「はっきり言って高価でしたよ。けどカミーユに値引きしてもらいました」
そう言ってハハハハと笑う太一は凄く爽やかで、私は呆気に取られた。
「いいの……?」
そう言った私の指に、太一がそっとキスをした。
「あなたは僕の大切な人ですよ?カミーユの言う通り、あなたに贈るなら彼の指輪しかない。それにこれくらい大きなダイヤじゃないと、あなた自身に申し訳ない」
「太一……」
私は涙で途切れてしまった言葉を言いたくて、再び彼を見上げて口を開いた。
「……太一、ありがとう。私を凄く大切にしてくれて。これからは……私も太一を大切にする。いっぱい、いっぱい。凄くあなたを大切にします」
たちまち太一の眼が真ん丸になって、眉が上がった。
「夢輝さん……」
「きゃ!」
勢いよく太一に抱き締められて、私は思わず息を飲んだ。
「じゃ、じゃあ……オッケイですか」
「……うん」
「や、やったあ!やったあ!」
「きゃあ、太一っ」
腰を持たれて抱き上げられ、太一は私ごとグルグルと回転した。
「やったあ!スゲーッ!うれしい!」
「太一、回らないで、気分悪くなるっ」
「すみません」
言うなりパタッと止まると、太一は私の唇にキスをした。甘いキスを受けていた最中なのに、太一はフッと私から顔を離すとこう切り出した。
「そうだ、忘れてました」
「……なに?」
「夢輝さんの辞表は、その日の内に破って捨てましたから」
「え」
その日の内に?!……絶対課長が喋ったに違いない。黙ってたら出世に響くと思ったのかも。
「当たり前でしょう?これから夢輝さんには靴について多くを学んで頂きます。株式会社A&Eの新部門を担う存在になるんです、あなたは。辞めるなんてとんでもない」
太一は私の腰に腕を絡めると甘く笑った。
「もうあなたを離しません。あなたはずっと僕のものです、永遠に」
「太一……」
再びやってきた柔らかな唇の感覚に、私は思わず眼を閉じた。それから、回した腕に力を込めて太一の身体を抱き締める。
ずっと彼を愛するって誓いながら。




