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石物語  作者: 遥風 悠
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シュクリス戦

 「本当に近ェのな。ほとんど目と鼻の先じゃねェか。」眠そうな仕草も見せないオルガの言う通り、シュクリスの居城はザイアースベルクから程近い距離に存在していた。早朝にザイアースベルクを発ったということもあるが、一行は午前中の内に目的地へと到着したのだった。先頭をいくのはエル。城が見えてからのエルは鬼気迫る静寂を宿していた。殺気を孕み、殺伐な気風を漂わせていた。もう1つ。エルの魔導石が点滅を繰り返す。オルガとセシリアには前を歩くエルの表情は分からない。それでも歩くスピードが普段よりも僅かに速い。やっと2人の歩速に慣れてきたセシリアは特に、敏感にそれを察知していた。そして何よりやはり、「蒼き秋風の魔導石」があまりにも不気味だった。あまり感情を表に出さないエルの気持ちを悲し気に代弁している様で。

 シュクリスの居城。その城は3人の緊張感を薄めてしまうまでに真新しかった。大きく、立派だった。闇夜に浮かぶ今にも崩れ落ちそうな城を想像していた上に、到着したのが昼間だということもある。周囲には魔獣もいない。静か過ぎる中にシュクリスの居城は存在していた。邪魔のいないのを良いことに、エルは踏み留まることなく城入口の大扉を開けてしまった。心の準備もとうにできていたのだろう、むしろ待ちくたびれていたのか。オルガとセシリアも黙って従った。城内はひたすらに広い空間。シュクリスはおろか、魔獣一匹見当たらなかった。しかし。立ち止まり上を見上げるエルとオルガ。2人の険しい表情に気付き、

「2階にいるの?」セシリアが尋ねる。

「シュクリスかどうかは分からねェがな。」オルガはセシリアの質問に答えつつエルに目を遣った。

「間違いない。間違えるはずがない。」上へと続く階段を昇る3人。魔導石は点滅から点灯に変わっていた。


 階段を昇りきると気色悪い気配は一層強まった。廊下に等間隔で並ぶ扉の中、目印でも見つけたかのように迷わず1つの扉を選ぶエル。そして開ける。激しく、オルガの様に。その先、広い空間の最奥に座する1人の魔族。片肘を付いたまま動かないが、その表情には薄ら笑いが浮かんでいた。歓迎の支度は済んでいる様子。それとは相対するエルの顔つきから、眼前の男がシュクリスであることに疑いはなかった。

「ようこそ我が居城へ、勇者御一行様。」シュクリスがあっさりと口を開く。一方のエルは無言。オルガとセシリアも黙ったまま。ここで「蒼き秋風の魔導石」が輝きを増す。エルの周囲にはさくい辻風が巻き起こり、エルの長い髪を逆立てた。会話をするつもりなど毛頭ない。こちらの要件はひとつ。敵をとること、それだけだ。貴様は殺すぞ、シュクリス。

 『野分の息吹』。ドラグヴェンデル・戦針から打ち出された20とも30ともつかぬ風の槍がシュクリスを急襲した。しかしこれをヒラリと舞い上がって往なし、風槍によって粉砕された玉座の跡に降り立った。腰程まである、エルよりも長い銀色の髪には全体的にウェーブがかかっている。服装は黒を基調とした軽装鎧。足は2本、手も2本。角もなければ、尻尾もなければ、羽もない。外見は人間と変わらない容姿だった。

「近頃の勇者様は随分と性急(せっかち)なことで・・・」笑みを絶やさずシュクリスは独り言のように口を開く。

「どこかで見た顔だと思ったが、そうか、あの村の生き残りか。あの(じじい)についていた風使いだろう。なる程、敵討ちに参上したというわけか。全く、相も変わらず人間というのはご苦労な種族だ。善悪にこだわる割に、善悪の判断が適切とは言い難いな。やはりあの時滅ぼしておくべきだったか。」この一言に初めてエルが口を開いた。

「滅ぼしておくべき・・・だった?」

「ん、何だ、知らなかったのか。まぁ、壊滅状態には違いないがな。そういえば貴様、爺を殺した時には姿が見えなかったが。小便でもちびらせて逃げていたのかな、フハハハハ・・・・・・・」

「何故、滅ぼさなかった。」エルは表情を固定したまま問う。

「ん、ちょっとした野暮用でな。時々魔族にもつまらん裏切り者が現れてな。そいつの処分を優先したんだが・・・この機会に改めて滅ぼしに行くとするか、貴様の村を。貴様等を殺した後とでな。それならば寂しくはあるまいて。」


 『幻魔風刃』。シュクリスの右手に具現化されていく太刀。まずはシンプルな柄の部分が輪郭を現した。装飾が一切施されていない日本刀の握りに続いて刃の部分。柄から流れるように、滞ることなく生み出される刃。まさに日本刀。ただし長い。果たして振れるのか、というまでに長い。シュクリスの背丈大に長い妖刀。オルガの大剣ももちろんデカく長いのだが、刀身が細い分、シュクリスの武器は異様さが際立っていた。

 さてと・・・相も変わらず余裕を携えたまま妖刀を構えるシュクリス。そして軽快に刀を振り始めた。宙に十字を描く。1振り、2振り、3振り・・・その度に青緑色したかまいたちがエル達を襲った。エルとオルガは素早くセシリアの前に立ち法術師を庇った。しかし魔族の繰り出した風の凶刃からその身を守ったのは2人の剣士ではなく、最後方に立つ可憐な法術師だった。『玲瓏の木洩れ日』。優しく、美しく、うっすらとエメラルドに光る結界が3人を囲み、魔族の放ったかまいたちから2人の勇者を守るのだった。面食らったのはエルとオルガ。セシリアから何も聞かされることなく、不意に現れた光の障壁が短兵急に襲来するかまいたちを防ぎだしたのだから。法術師はロッドを握る左手を前方に突き出し、右手をロッドに軽く添え、次々と繰り出されるシュクリスの魔刃を寄せ付けない。結界の内側に多少の衝撃は伝わってきたが、直接のダメージはなかった。かまいたちが障壁に触れると、微弱な揺れを残して深緑がエメラルドを侵食していく。けれども直に深緑は、エメラルドによって溶かされるように消滅していった。剣士2人は物珍しそうにその現象を見つめていた。

 これは、これは・・・嬉しそうなシュクリス。期待を裏切らない強さ、必死に抗う姿、すぐには壊れない耐久性を心中密かに賞賛しながら、振り切る刀の速度を一段、もう一段と高めていった。その数と威力を増す漆黒の緑。シュクリスの攻撃が儚いエメラルドに発光する防御壁を飲み込まんと猛襲した。セシリアは唇を噛み、顔を歪める。セシリアへの負担増加はエルとオルガにも手に取るように分かった。

「散らすぞ。」オルガが木漏れ日を飛び出す。エルもオルガと反対方向へ走り出す。これに対してシュクリスは、一点集中していた攻撃を三方向へ振り分けた。セシリアの負担は軽減され、散った二人は激しく動き回った。オルガは極力攻撃を躱そうとはするものの、かまいたちのスピードに対応できず大剣を盾にして攻撃を弾く。それでも時折、避けきれない風刃が四肢を掠めていった。エルは駆け回り飛び回り、どうにかシュクリスの背後を取れないか機会を伺いながら、幾許かのゆとりを持ってかまいたちをかわし続けた。

 周りの石壁は至る所が毀れ、石塊が飛び散っていた。セシリアはぐっと堪え、エルとオルガは律動的な撹乱から反撃を試みていた。シュクリスの攻撃は正確かつ適切。固守のみ、反撃の余力がセシリアには無いとみるや女への攻撃の手を緩め、その分を動き回る小バエ2匹に回すのだった。法力・体力の尽きるのが先か、攻め疲れが先か、膠着状態が続く。表情を強ばらせる3人に対して、顔にも動作にも余裕のあるシュクリス。いつまで我慢が続くのか、限界地点はどこなのか、誰から脱落していくのか、1人が落ちた時他の2人はどんな行動をとるのか、その結果誰から死んでいくのか。シュクリスは筋書きの見えない人間の忍苦を物語るストーリーに快楽を感じていた。

 

 言葉を交わすために費やされる時間、停滞する時流、共有されてしまう空間。戦いの最中に言葉の不便が身に染みることは多い。いつの頃からかエルとオルガはアイコンタクト、いわゆる目配せ、もっと言えば視線を交差するだけで互いの意思疎通を可能にしていた。詳細まで綿密にとまではいかないが、共に戦いを重ねる中で個々のレベルアップのみならず、連携にも成長が見られた。それがこの均衡を打破するきっかけを導く。『地祇 滑翔風舞』。エルの手から離れた細剣が一直線にシュクリスへ向かう。遠距離攻撃を継続するシュクリスの背後を、死角を取ったその瞬間に迷わず、剣から手を離す一撃を放ったエル。背中越しの攻撃にシュクリスの反応が遅れる。それでも、エルのリスクを伴った秘技をかろうじて避けた。身体のど真ん中を狙って投じられたレイピアは、シュクリスの脇腹を掠めて通り抜けていった。その先にはオルガ。速度と貫通性能に優れた一投をオルガも躱す、と同時に細剣を追いかけ、石壁に突き刺さったレイピアをすぐさま手に取り、合流したエルに剣を手渡した。騒がしい魔族の攻撃は中断し、揃った2人がシュクリスを見遣ると、プスッという音と共に少量の鮮血が飛び散った。しかしシュクリスは傷に手を当てることも目で見て確認することもなかった。その顔は無表情。黒い軽装鎧の一部が欠落し、その周辺は濃紺に変色している。一息つくか・・・ふと天井を見上げると、傷口を激しく照らす数々のスポットライト。否、セシリアの法術が発動されていた。

 「フレイム・オーケストラ。」火球達がシュクリスを取り囲んだ。場内を貫く叫び声と共に火の玉が次々と魔族を強襲する。爆音と爆発、爆炎が止まない。百に迫る決死の炎撃が下され続けた。エルとオルガは目を凝らす。内側の状況は籠る白煙に塞がれて伺い知ることはできないが、煙に穴があくまで見つめるしかなかった。やがて数十秒間の焔が収まり幕が上がる。相応の法力を使ったセシリアは肩で息をし、エルとオルガは改めて剣を構えた。直撃はしたはず、手応えはあった。いくら魔族といえど、あれだけの攻撃をまともに受けたら-開幕と共に提示される解答。それは仄暗く鈍光を放ってシュクリスを包み込む障壁だった。

「バリアー・・・」そう、障壁、バリアー、結界は人間の専売特許等という甘い考えがどこかに潜んでいたのではないか。無傷、無害、無益、それこそが叩きつけられた答えだった。それでもシュクリスに休む暇を与えない。飛び上がり、天井を蹴り魔族に対して急降下するはオルガ。‘the lightning to a mole’。目標に向かう姿はさながら大気圏を驀進する宇宙戦艦か。輝きを纏うオルガ。城中が震撼する勢いで大剣を振り下ろすオルガ。長剣で受けるシュクリス。そのか弱くほっそりとした剣の抵抗により、オルガの降下はあっさりと停止する。それでもエネルギーをその身に宿して剣を振り切らんとするオルガ。力が入る。オルガの雄叫びが響き渡る。グガガガアアアァアア・・・だがしかし、その声量と反比例して小さくなるオルガのエネルギー。そして、消失。淡白なまでにあっさりと剣を振り切ったのはシュクリスだった。ぶっ飛ばされ転倒するオルガ。ダメージは無く、即座に片膝をついてシュクリスを睨みつけるが、力負けという現実を思い知らされた瞬間だった。

 間合いが一旦広がり、オルガを遠めに見下ろすシュクリス。他2人の人間にも届く声量で魔族が口を開いた。

「人間離れしたスピード、人並みならぬパワー、そして法術-」エル、オルガ、セシリアの順にいちいち指を差しながらシュクリスは演説を進めた。

「見事、実に見事。正直、ここまで楽しめるとは思わなんだ。ただしここまでだな。諸君の限界だ。所詮人非ざる者、人成らざる者には及ばないのだよ。魔族と人間の歴然たる格差、人間族のこの上ない脆弱さを噛み締めつつ、そろそろ死ぬがいい・・・ククク・・・フハハハハ・・・」最後は堪えていた笑いを吐き出し、吹き出したシュクリス。一通り感情が落ち着くと長剣を構え直す。やはり長い。分かっていたことだが、今改めて魔族の手にする魔刃の脅威を痛感させられる。それでもなお、無理矢理に先手を取ったのはエルだった。

 エルの両踝(くるぶし)に風の塊が現れると同時に床面を蹴出す。「朔風の足袋」。素早いエルの移動速度が更に上昇する。両足首の風を切る風技はさながら翼の形状を醸し出していた。そのスピードに身を任せて、エルは体ごとレイピアを突いた。翻り避けるシュクリス。顔に笑みは無し。手応えないままにシュクリスを通過したエルはすぐさま方向を転換して体当たりにも近い攻撃を続けた。参度、肆度・・・繰り返し、繰り返しシュクリスを襲撃した。エルが反転する度に床石は飛散し、次の瞬間にはシュクリスに向けてレイピアを突き出していた。速い、間違いなく速いのだ。そしてその速度を駆使した連続攻撃。それでもシュクリスの肉体を貫くことはできなかった。魔族を傷つけることはできなかった。躱されるか長剣で弾かれるか。ただしシュクリスも反撃できずにいた。

 エルはシュクリスの変化に気付いていただろうか。顔から余裕は消え、反応が遅れ始め、微かに後退りしていた足運びを。攻勢だったのはエルではなかったか。シュクリスに誘い込むだけのゆとりがあったとは思えない。もしくはエルの両足、体力、肉体もギリギリの状態だったのか。とにかくエルの心は、彼の肉体に冷静沈着な判断を許さなかった。シュクリスに対する憎しみ、激情が、殺意がシュクリスに勝機を与えるのだった。

「玄翁-」何十回目かの突貫にエルは威力と、隙の大きい「玄翁虎狩笛」を選択した。

「抜かったな。」満を持してシュクリスが踏み込み、剣を握りを改める。一振りに纏うは八ッの太刀筋。2人が交わり、エルの背中から赤い翼が迸った。エルは「朔風の足袋」の勢いそのままに壁際まで飛んでいき、俯せで倒れ込んだ。対照的にシュクリスは綽然と立ち止まり、構えを解き、振り返った。振り返り、背中から血を流すエルと、長剣に残る温血を確認した。魔族は息こそ切らしているものの、ほぼ無傷と言って良い状態だった。

 それでも、いや、それだからこそ、シュクリスに休む間を与えまいとセシリアが法術を仕掛ける。先程同様、セシリアの作り出した火球がシュクリスを包囲した。シュクリスは慌てない。バリアを張り、さぁどうぞ、法術師へ視線を遣るのだった。再び生み出された微笑と共に。

「フレイム・オーケストラ・ダ・カーポ!」セシリアの声に呼応して火球が分裂する。火の玉がその数を倍増させた。火球の変化を認識したシュクリスは顔を覆う形で腕を交差させて、防御姿勢をとる。お願い、効いて。セシリアの祈りを込めた爆炎が、再度城内の一部屋に充満していった。傷付いたエルも起き上がり、炎と煙の中に目を凝らす。瞬時に急所は避けたのか、エルの傷は動けない程ではなかった。爆音が木霊する。ビリビリと振動が伝わってくる。煙で視野は狭まり、目が染みる。煙に目を冒されながらも、セシリアは手応えを感じていた。悪くはない感触。確かに火球の多くはシュクリスの障壁に阻まれているようだ。しかしながら直撃した感覚もある。呼吸を乱す法術師が抱く期待。望みは魔族の撃破であり、この攻撃の暁には丸焦げになったシュクリスが寝そべっていて欲しい。半分以上の火球は打ち尽くした。残りおよそ1/3、もう法力はほとんど残っていない。打ち切ったら自分にはもう何もできない。いけるか。そんな時に煙の中で何かが光った。そう感じた次の瞬間には、シュクリスから放たれた閃光がセシリアを補足していた。 煙の影で何かが光ったのをセシリアは察知した。彼女は瞬間的に、シュクリスの身につけている装飾品でも燃えたのかと即断した。それが誤りであったと文字通り痛感するセシリア。些細な光はナイフに近い小刀。シュクリスが風の魔力を用いて具現化したもの。それを煙の中から飛ばし、セシリアの左肩を貫通、そのまま勢いを失わずに壁まで直進してぶつかると溶けるようにして消えた。セシリアは声を上げることもできずに両膝を床につき、右手で左肩を抑えながら項垂れた。痛みと悔しさに涙が浮かぶ。法力が失われる。まだ相当数残っていた火の玉から輝きが引いていく。空中からシュクリスを狙い定めていた火球たちは白く、儚く、弱々しく床面に落下、消滅していった。シュクリスの周囲から次第に解ける炎と煙。姿を顕にする魔族。目の異様な輝きは失われていない。それどころか怒りが増し、殺意に覆われ、憎悪に溢れていた。一方で障壁は欠け、ひび割れ、鈍光は薄まっていた。頭髪の一部は炎によって焼け焦げ、軽装鎧の左肩口は破損、呼吸も乱れている。それでも、無色で降り注ぐ炎だった球形状の物体に包まれながら、シュクリスは愚たる人間を睨めつけていた。ボトリ・クトリと培養スライムが溶けるが如く降下する、色と力を失った炎球。全てが落下し終えた時にまず1人、手始めに女を粉々になるまで切り刻んでくれる。血の一滴まで粉々にしてな。その後とにデカ物、最後に餓鬼。それで終いだ。

 突如、1つの炎に光が蘇生した。力強い輝きを放ちながらシュクリス目掛けて急降下していく。セシリアの態勢は変わらず、戦意を喪失したまま。息を吹き返した焔、否、それは再度攻撃を試みるオルガだった。

‘the lightning to a mole -’そのエネルギーにシュクリスは頭上を見上げ、慌てることなく長剣で迎え撃つ。激突再び。オルガの余力と感情の全てが大剣に注ぎ込まれていた。それを正面から受け止めるシュクリスの長剣。敵ながら堂々と、相手の秘技を受けきっていた。若干、魔族の足下が床面に沈み込む。力が入る、しかし程無く、仕掛けるオルガ-受け立つシュクリスという構図が崩れ散った。既に色を失ったセシリアの炎球は全て落下し尽くしてしまったが、輝きを放っていたオルガの一撃もまた終幕の時が近付いていた。オルガの顔はより厳しく、シュクリスの表情には余裕が生まれていた。オルガは剣を振り下ろすことができない。シュクリスがその長剣でしかと受けきった。グルアアァァァァ・・・唸りとも嗚咽ともとれる雄叫びを発するオルガを黙して受容するシュクリス。到頭、希望を宿したオルガの一撃もその色を無くす。まるでシュクリスに、魔族の長剣に、渾身のエネルギーが吸収されるかの様にオルガの光輝は尽きてしまった。一部始終を見つめるエル、顔を上げられないセシリア。シュクリスの目は見開き、白い歯と真紅の歯茎が零れる。順番が変わってしまったが、まぁ良い。

「黄泉の客となれ、人間。」

‘- twist!’オルガが手首を返した。オルガの大剣に光が宿り、一瞬で周囲の輝きが蘇った。同時にシュクリスを押し潰す。その一振りはシュクリスの抵抗を全く許さなかった。今回抜かったのは人間ではなく魔族。この戦い、幾度目かの油断。オルガの一撃は長剣ごとシュクリスの体に圧力を掛け、床面を突き崩し、豪音と共に2人揃って階下へ落下していった。

 

 静かな時が流れる。眼下には1階へ続く縦穴がその威力を物語っていた。その生々しい出来たての穴を中心に、エルとセシリアには恐怖に内蔵を抉られるほどの静寂が流れ込んでいた。下階では何が起こっているのか。戦いは終わったのか。シュクリスは上がってこない。そしてオルガも。覗く度胸がないのか体力が残っていないのか、2人の待ち人は動くことができなかった。五感を研ぎ澄ませてやや遠目から穴を見つめ続ける。少し経って、まずは物音に感応する聴力。砂利、石ころの動く音が馬鹿な位に大きく聴こえた。続いて短く歯切れの良い音。地面を蹴った?一呼吸置いて縦穴の縁に指が引っ掛けられる。五感の主役は聴覚から視覚へとバトンパスが成された。

「よっこいせ・・・と。」待ち人は緊張を解き、大きく息を吐き出した。オルガも2階へ昇りきると同じく息をついた。再び静かな一時が訪れる。けれども今は、不安や恐怖とは無縁で愁眉を開いていた。シュクリス、討伐!

 

 「やったのね。」左肩の傷を法術で癒し終えたセシリアがオルガに近付いた。ああ、と答える代わりにオルガは魔導石をセシリアの目に届かせた。『魔空風陣の魔導石』。流石は支配者クラスの魔族だけあってそれなりに名の知れた魔導石であること、風の属性を持っているからエルが装備したらきっとレベルアップできること、もしも店に売るのなら私が高値で売却してみせる。そんなセシリアをオルガが優しく、幼児を扱う位に優しく、忍び音で名を読んで注意した。

 エルにとって憎しみの対象であった魔族シュクリス。そいつの躰から出てきた魔導石を装填するなんてとんでもない。セシリアは浮かれていたことを反省し、珍しく素直にゴメンとエルに詫びた。セシリアの一言と偶然に重なって放たれたエルを呼ぶオルガの声。エルはオルガに呼応していた。何故ならば、同時に魔導石が放られていたから。オルガの開けた穴を二等辺三角形に囲んで座っていた3人。穴の上を横切って魔導石を放り投げるオルガ。エルは石を受け取り暫く見つめていた。エルが何を思っていたのかは定かでない。定かではなかったが、感情に反応して魔導石が光ることはなかった。石を受け取り、2人に背を向けるエル。2人の視線が集まる。よっ・・・と。エルが魔導石を頭上に投げ上げた。ゆっくりと舞い上がり頂きにて静止、落下を始める直前にレイピアを抜くエル。そして素早く幾度か突いた。魔導石は空中で鮮やかに砕け散り、床の砂利石に混じって消えた。レイピアを納め、1つ軽く息を吐き、振り返るエル。

「帰ろう。」微細な笑みを携えて一言、戦いの終わりを告げる合図だった。オルガとセシリアにも自然と笑顔が戻り、クタクタになった城内の一部屋を後とにするのだった。


 エル、やっぱり背中の傷・・・セシリアの問いに当人は平気、大丈夫を繰り返した。セシリアの法力も底を尽きかけてはいたが、血の止まったエルの傷を治す位は残っていた。けれども結局、どういういう訳かエルもセシリアも譲らなかった。

「とりあえずザイアースベルクまで戻ろうや。日が暮れちまったら野宿だぞ。」何をきっかけに始まったか分からぬ押し問答に耐えかねたオルガが提案する。

「あの村じゃ、野宿と変わらないけどね。ちょっとだけはマシなのかな。」セシリアが歩き出し、道が決まった。扉を開けて魔族と一戦交えた戦場を後とにする。セシリアは1階に続く階段をタン・トン跳ねて降りていった。シュクリスを倒してテンションが上がっていたことは間違いないのだが、帰ろう、というエルの言葉が心に響いた。ガレオスという帰る場所のあるオルガ。故郷という帰るべき場所が返ってきたかもしれないエル。けれどもセシリアには帰る場所がない。クルヴィの森は消滅してしまったから。コノアトドウシヨウ。そのことを忘れる為の強がりだった。寂しさを悟られぬ為の哀しき演舞。

 

 

 エルとオルガが抱く同じ疑念。シュクリスは確かに強かった。独りではとても勝てなかった。そして恐らくはエルの剣の師であったカイツも相当の猛者であったに違いない。当時のエルが足元にも及ばない実力者ということだから。例えシュクリスより劣っていたとしても、エルが離脱するその寸刻のみで勝負が決するだろうか。そこまで大きな実力差があったのだろうか。何か腑に落ちない。そんな気持ちだった。

 城を少し離れた頃、正確には離れようとした時か。その魔族が城からの帰還を許さなかった。普段は当たる気配すら皆無の野郎2人の予感が的中した。城の屋根に何かいる。邪気を伴い、明らかな敵意を孕んで。そして強い。シュクリスとは比較にならない。圧倒的。セシリアに戦慄、オルガに諦観、エルに悚然をを与えた。3人が束になっても、ましてや万全ではない傷ついた数名の人間では歯が立たないことは明白だった。

 「ネクロス・・・最悪だわ。」クリーチャー・エンサイクロペディアを開くまでもなかった。その言葉の意味を知識として理解しているものが1名、直感的に認識したものが2名。かなり遠めに見ているのに、ネクロスの恐ろしさが手を触れたように伝わってくるのだった。だからこそ、逃走という選択肢がごく当たり前に思い浮かんだ。それが生存の可能性を高められる実行可能な手段。しかしながらその選択肢は突然眼前に現れた、もしくはシュクリスと戦っている時から待ち惚けていたネクロスによってサラサラと掻き消された。屋根にいたネクロスが消えたと感じた次の瞬間、魔族は3人の鼻先に現れた。

「テレポー・・・」セシリアがたった今起こった現象を口にする事も待たずに、ネクロスの殺気に満ちた覇気によって、3人は後方へ吹っ飛ばされてしまった。

 カイツに止めを刺したのはシュクリス。胸を一突き、それでエルの師であり育ての親であるカイツは絶命した。エルがカタコンベへ誘導され、転送装置で村を脱出するまでの僅かな間の出来事だった。ただしカイツに致命傷を-両足を短剣で貫き背中を一刺し-与えたのはネクロスだった。何事かをネクロスから告げられたシュクリスが不本意ながら止めを刺した。その弑逆の瞬間をエルは瞼の裏に焼き付けていた。尤もエルにとってはシュクリスだろうがネクロスだろうが関係ないのだが。ネクロス、その首から下はマントで覆われていた。真っ黒なマントで体中を隠し、その上にトンと乗っかる金色の髑髏(しゃれこうべ)。その他に邪魔な装飾は見られない。これ以上ないまでにシンプルなシルエット。ドクロにマント。これがSランクの魔族として畏れられているネクロスの姿だった。

 ネクロスの不可思議な力で飛ばされてから最初に立ち上がったのはエル。背中の傷は癒されぬまま。それでも柔らかな目付きでオルガとセシリアを見つめた。

「ありがとう。一緒に旅ができて楽しかった。」そう言い残して駆け出した。続いてオルガが立ち上がり、セシリアへ願いを込めて言葉を送る。

「逃げろ。できるだけ遠くへ。」するとオルガもエルの背中を追ってネクロスに向かっていった。とり残されたセシリア。独り言が宙を舞う。

「ありがとうって何よ。逃げろって何よ。帰るんでしょう。村が残っているかもしれないんでしょう。ガレオス騎士団はこれから忙しくなるんでしょう。あなた達2人は帰らなくちゃならないんでしょう。」セシリアは立てない。座ったまま、エルとオルガの姿をただぼうっと、焦点を合わせられないまま見送っていた。悪夢とは覚めない現実。夢であって欲しいと願わざるを得ない現実。夢でないと悟らざるを得ない現実のこと。

 エルがネクロスに斬りかかる。駆け引きや詐術等ではなく、一直線にネクロスとの距離を縮めた。特別な剣技を繰り出すこともなく、観念したともとれる背中。レイピアを突く。けれどもその時にネクロスの姿は無かった。本当にテレポーテーションなのかもしれない。世の原理原則等とうに吹っ飛んでしまっている。エルの眼前から突如姿を消し、次の瞬間にはエルの背中側に回り込んでいた。ネクロスを目の前にしながら、エルはその移動を補足できなかった。気配だけ、ただ背中に何者かが居るという気配だけは感じ取ることができた。そのネクロスがエルを再び吹き飛ばした。弾かれたエルは最初よりも激しく、遠くまで撥ね飛ばされた。背中の傷が開き、その軌跡には再び赤い翼が華開き、土に消えた。

 オルガがエルの背中を追ってネクロスに向かう最中、エルがぶっ飛ばされた。追走していたエルの背中にふとネクロスの姿が現れ、何をしたのかは分からない。分からないが、エルは前方遠くへ吹き飛んでいった。オルガの瞳には、紅く染まったエルの背中が鮮明に刻まれた。しかしネクロスは後ろ姿。オルガにとってチャンスでもあった。まだ間合いには入っていないが、魔族が背中を向けたまま。切り倒すチャンスに大剣を構え、突進するオルガ。しかし間合いを詰めたのはネクロスだった。間合い云々というよりも、気が付いたらオルガの目の前にネクロスが立っていた。いつの間にかマントからナイフが現れる。其処いらの食卓に置かれていそうな小刀。オルガは咄嗟に大剣を顔の前に立てて防御の体勢を取った。その大剣にピンとナイフが触れた。触れるようにそっと当たった。

「シュクリスの奴を殺った大剣か。少々厄介だな-」希望を紡ぐ大剣。絶望を破る大剣。国を守る大剣。仲間を助く大剣。つい今しがた、魔族を撃破した『ガレオスの大剣』。それがあっさり粉々に。それは散り逝く花火か花弁か命の灯陽か。儚く可憐に砕けて逝った。その時、大剣によって遮っていたオルガの視界がネクロスの攻撃によって蘇る。そこに現れたのは黄金の骸骨(どくろ)ネクロス、と、やや遠方で白い閃光を放つ魔族。そう、エルの変身した姿だった。この変化にネクロスは敏感に反応し、オルガを無視して振り返った。

「ほう・・・そういうことか。ナルホド・・・なるほど・・・な。」息継ぎをする魔族。そして

「危険だ・・・危険だぞ!貴様ーーー!!」大声と共にネクロスはエルに近付いていく。警戒しているからなのか瞬間移動ではなく、ゆっくりと歩いて。

 10分・・・か。事情を把握しているオルガはエルの身に起こったことを重々承知していた。そして、こうなってしまっては自分の出る幕はない、何の力にもなれないと足を止め、間合いの短縮を見限った。

「どっちにしろ、これじゃあどうしようもねェか。」オルガは刃を粉砕された大剣を強く握り締めたまま、前方の2体の魔族を見つめていた。

 オルガの後方20メートルの位置で、未だ座り込んで動くことのできないセシリア。エルとオルガが走り去った時は微動だにできなかった彼女。今は震えを止めることができない。両手で自らの両肘を包むような格好で、混乱する頭を沈めることもままならないまま、ネクロスと、エルであったろう魔族にぼんやりと視線を送っていた。もう逃げることも法術を唱えることも不可能だった。

 歩み寄るネクロスをエルが迎え撃つ、かと思われた。警戒を怠らず間合いを詰めるネクロスに対して、感情を剥き出し、豪快に仕掛けるエル。低音の奇声を発しながらレイピアを振り、体術を絡め、空いている左手からは光線も放たれた。戦い方にかつてのエルの面影はなかった。一方のネクロス、守勢に回っているものの簡単には攻撃に当たらない。既の所で見切っていた。マントには幾つも刻まれた痕跡は見られたが、致命傷は回避。また頭部(どくろ)にダメージは無かった。それでもネクロスに余裕は見られない。エルの壮絶な攻撃の前にテレポーテーションもできない。変身前のエルに見られた華麗ともいえる剣技は影を潜め、強引、我武者羅、力任せ。その奮闘する姿は、セシリアには恐怖とともに心強く映ったが、オルガの目には焦心以外の何物でもなかった。

 2体の魔族、エルとネクロスの実力差は明らかだった。ランクSの魔族ネクロスを寄せ付けないエル。ネクロスはボロボロになりながら辛うじて逃げ続けていた。ほんの数分前までの威厳や威圧感、強さへの自信と殺戮を嬉々とする魔族ではなくなっていた。反対にエルの方が顔に笑みを浮かべ、狼狽えるネクロスを追い詰める。殺し合いの決着は間近。勝負の行方は誰の目にも明らか。このことは座り込んだままのセシリアにも感知できた。エルの身に何が起こっているかはさっぱり分からなかったが、絶望的な状況からの脱出。3人で変えることができる。帰ることができるのだ。自分はもうその場所を失ってしまったけれども、生きて還ることができる。それが希望の種火だった。

 レイピアで突き刺し、左手からの衝撃波で追撃。ネクロスは空中で転がりながらも、地上へ落下しまいとマントの中で両手、両足を踏ん張って耐えた。耐えたのだろうか。マントはボロボロ。布の切れ間から見える骨格、その骨も至る箇所が砕けていた。元々なのか、エルの攻撃によるものなのか。そして金色の頭骨は左半分が消滅。そこから黒い煙がモヤモヤと漂っていた。両者が一時的に動きを止める。2人共に動かない。オルガも両腕を組んだまま微動だにせず。セシリアは石のように硬直。この四者の内、1番初めに動いたのはネクロスだった。逃走はしない。何かを叫びながらエルの目の前にテレポーテーション。その右手にはエネルギーの塊が握られていた。次の瞬間、エネルギーを解き放ったのはエル。モフッという音を残して、ネクロスが須臾に消え去った。

 八百と五十秒・・・か。どうかな。オルガがカウントを止める。ネクロスの消滅を確認し、地上へ降下するエル。容姿は魔族のまま。人間の姿には戻っていない。じっとオルガを見ている。オルガもエルから目を逸らさない。そしてセシリア。セシリアにも大体のことが理解でき始めていた。そしてこの後と、何が起こるのかも何とは無しに、予期できてしまっていた。エルが人間の姿に戻らない、戻れない。オルガをオルガとして認知できていない。エルはオルガを、一体の獲物として品定めをしているのだ。果たして、その品定めが終わったのだろうか。エルがオルガに向かって歩き出す、歩き出したかと思うとその足は駆け足に変わっていた。オルガに武器はない。逃げたり防いだりする素振りも見せない。彼はただ、両手を大きく広げてエルを待ち構えていた。

「ダメーーーーーーーーー!!!」セシリアの絶叫は空しく空に響き渡った。大きく頼り甲斐のある背中は、両手を開くと一層引き締まった。その背中越しに見える白き光はエルのもの。セシリアはオルガの背中から目が離せない。瞬きすら許されないと束縛された挙句に、祈りも願いも届かない。その証に、オルガの背中から細剣が生み出された。赤い液体が噴出し、あっという間に頼もしい背中を溶かしてしまった。その色彩は悪魔の宣告で、嫌な予感が現実のものとなったこと、何が目の前で起きているのかを全て理解させる。従って残されたものは、寂滅か。魔族のままのエルはオルガを一突き。レイピアは躊躇いなくオルガを貫通していた。

 オルガは倒れない。そして大の字に広げた両腕を力強く戻してエルの両肩を掴んだ。深く息を吸い、怪しく鋭い目色のエルに至近距離で、オルガが決死の声を上げた。

「帰って来い!!エル!!!」日が暮れ始める中、不気味に浮かび上がる真新しい城。オルガの一声が通り過ぎると、静寂が吹き流れた。エルの動きは止まったまま。オルガに細剣が刺さったまま。セシリアは居竦まったまま。そんな中、黄昏に拍車を掛ける様にエルから光が失せる。翼も邪気も。残されたのは戸惑う思考と、オルガを串刺したという現実と、人間の姿。

「よう、帰ってきたか。」そう言うとオルガは前のめりに倒れていった。エルは立ち尽くし、倒れるオルガを支えることもできなかった。

「どいて!」セシリアも自らの硬直を解き放ち、棒立ちのエルを押し退けてオルガに治癒の法術を唱える。ある程度出血が止まったのを確認してから両手で、尻餅をつきながらレイピアを抜く。返り血を浴びるも、すぐに法術を続けた。深手の為に時間がかかってしまう。セシリアの息が乱れ始める。法力がゼロになりそうだ。オルガは静かに目を瞑っているが、意識はあるようだ。エルは何もできない。ただ突っ立っているだけだった。押し黙って治療を見つめていた。最低限度傷口が塞がるとオルガが半身を起こし、片手を少し上げて合図をする。セシリアが驚き困った表情で寝かせようとするが構わない。エルも何か声を掛けようとするも、オルガが遮った。オルガが立ち上がる。セシリアは座り込んだまま。そして声を上げて泣き出した。我慢することなく、小さい子供同様しばしばしゃくり上げながら。お願い、独りにしないで。心の声をエルとオルガに届けることはなかったが、涙を堪えることはできなかった。エルとオルガは顔を見合わせ微笑みを交わす。オルガは立ち上がり、その大きな掌でセシリアの頭を撫でるのだった。

 人間三名生存。




~ シュクリス

- 魔族

- ランク:A ~

数々の魔獣を支配下に治められる程の実力者。長い銀色の髪が特徴的な人型の魔族で、身の丈ほどもある長剣を扱い、風の属性を宿し、あらゆるものを切り刻むという。武士道精神を重んじるというわけではないが、強い相手と正面からぶつかり、殺すことにこの上ない快感を覚えるようで、無用な大量虐殺を進んで行うことは少ない。殺戮を好むというよりは戦闘、純粋に剣を交えることを欲し、強き者、自身が本気を出して戦える相手、耐久性のある敵、しぶとく壊れない対象を日々探し求めている。また、その住処は有名。



~ クルヴィの杖

- 蛍火の魔導石

- 玲瓏(れいろう)の木漏れ日 ~

町や村などで目にする結界の縮小版。森を属性とする個人用の障壁である。「木漏れ日」という優し気な名とは裏腹に強力な防壁能力を秘めた法術で、加えて消費法力も比較的少量で済む為、長時間の詠唱も可能である。ただし「玲瓏の木漏れ日」を唱えている最中に別の法術を発動することはできない。つまり結界を張りながらは反撃に転じることができないというのが、この法術の唯一の欠点と言える。



~ ドラグヴェンデル:戦針

- 蒼き秋風の魔導石

- 朔風(さくふう)の足袋 ~

風の力を利用した加速装置。移動に、攻撃に、回避にと、戦闘において重要なウェイトを占めるスピードを飛躍的に高める技。ただしエルは法術が使えるわけではなく、細剣を手放した状態では「朔風の足袋」を発動することはできない。ただし「朔風の足袋」を発動しながらほかの剣技を発動することは可能である。



~ ネクロス

- 魔族

- ランク:S ~

謎多き魔族。全身をマントで覆い、ドクロの頭部だけが不気味な金色を彩る。シュクリスを支配下に置くことからも、相当の実力者であることは分かるのだが・・・




 ゆっくりと帰路に就くエル、オルガ、セシリア。ザイアースベルクに着いた時には既に夜中。当然街灯など無いし、人っ子独りいない。荒廃した姿のまま。それでも贅沢は言っていられない。朝までザイアースベルクで体を休め、グラーツ城へ向かった。途中で魔獣とも遭遇したが、その殆どをエルが単独で遇った。もちろん人間の姿のままで。それ以外は何事もなく、また3人ほとんど会話もなくグラーツに到着した。ここで体力を回復、オルガを完治させ、できれば新しい武器の調達をと考えていたのだが。

 ガレオスからの使者を名乗る者達がオルガの前に現れた。正確には通り過ぎた。実は密使だったそうなのだが、オルガの前を横切ったのが運の尽きだった。よぅ、と肩を叩かれた使者は飛び上がって喫驚していた。その後はオルガが話をまとめて、三頭立ての馬車にてガレオスへ送迎してもらえることになった。密使という割には随分と豪華というか、目立つというか、もしかしたら戦闘用なのか、実に速く快適な家路だった。ただしここでも、3人の間で会話はほとんど成されなかった。何故だろうか。恐怖が未だ心を心を支配しているのか、別れの近いことを知っているのか、得体の知れない未来(これから)に不安を覚えているのか。ともあれ、3人は無事ガレオスに帰還した。

 

 オルガに招かれ場内へ連れて行かれる2人。それはオルガが騎士団長であり、挨拶とグラーツとの交易再開を報告する為だと思っていたが、ガレオス国王の登場によってまた別の、新しい歯車が回り出した。全てが元に戻り、終幕という新しい船出が始まるのだった。これはその序章といった所だろうか。

「兄上!」国王が一声。

「先代!」大臣と思しきものが続いた。場内で呼び掛ける大声。これによってオルガの正体が粗方バレてしまった。馬鹿、その呼び方はやめろと止めに入るも、時既に遅し。ここから暫くの間、現国王である弟のアルバと、今は弟に使える大臣ヨンレンの攻勢にタジタジになるオルガだった。2人はオルガの困惑を気にする様子もなく、現騎士団長である先代国王が帰還したことに対する労いは言葉にせず、質問をぶつけ説教を垂れて、オルガの生還を喜んだ。

「兄上、あの手紙は一体何ですか。」オルガの弟であり、現ガレオス国王のアルバ。兄とは違って小柄でほっそりとした、オルガよりも一回り近く若いのではないか、見た目は童顔で可愛らしい国王だった。オルガから手紙を受けて以来、グラーツとの交易再開に汗を流し、早くもガレオスの提供するモノ、グラーツが供給するモノの仕組みを形にし始めていた。武闘派のオルガとは対照的に頭脳派のアルバ。

「文字は汚い、内容は曖昧。どうせグラーツ城も突然訪問したのでしょう。全く、二度手間、三度手間をかけさせないで下さい。そもそも騎士団長がフラフラと・・・」エルとセシリアは、兄と弟の力関係を傍から思い知っていた。そして、再会を心から喜んでいることも。

 「長旅でお疲れでしょう。すぐにお部屋をご用意致します。お食事も是非、こちらでお召し上がり下さい。」齢五〇のヨンレン。正装した姿に直立不動。その礼儀正しさに得られる安心感、常識という名の安定感にエルとセシリアが安堵したのは、束の間だった。

「さて、先代・・・」ヨンレンが歩み寄る。ング・・・オルガの顔が歪んだ。

「城を離れる際は連絡を小忠実(こまめ)にといつも申し上げているはず。それと危険に身を置かれる時はお独りでどうぞと。それをこのようにお若い方まで巻き込んで。どうやら大切な刀も亡くされた御様子。あなたはいつもいつもほかの方々に迷惑を掛けっ放し。反省という言葉をご存知ないのですか。猿以下ですよ、本当に。城下町の子供達の方が全くもって聞き分けがありますぞ。図体ばかり大きくなって、脳ミソはどこかに置いてきてしまいましたか。仮にも一騎士団長である貴方が・・・(以下省略)」

 

 長かった。死ぬかと思ったぜ。オルガが幼少の頃から世話になっている大臣だそうで、エルとセシリアはオルガが反論もできず小さくなっているのを初めて見た。ただ最後の、ひとまずはご無事で何より、という一言にヨンレンの実直な思いが込められていた。

 

 その晩の食事。天井が高く、不便を感じさせるまでに広いダイニングルーム。純白のテーブルクロスの上に、給仕達が次々と料理を運んできた。その料理を淡々と片付けていくオルガ。非常に上品な振る舞いと済まし顔で。普段の彼の素行からは考えられない。エルとセシリアも見様見真似で奮闘するが、どうも上手くいかない。ヨンレンは、ご無理なさらずどうかお気軽にとフォローしてくれたが、こんな豪勢な食事、ましてや格調高い晩餐は2人共初めてだった。濃紫のお酒も出されたりと慣れない中に緊張感は持ってしまったが、相応しいトーンでの閑談も弾む和やかな食事会となった。

 美味には違いなかったが、量は少なめだった。あくまでセシリアにとってのそれだが。その後は各人部屋に案内され、静かに夜を過ごすことになるのだった。明日からどうしよう。どこへ行こう。エルとオルガの2人と一緒にいる時はそんな不安が付き纏うことはなかったが、孤独は未来への心掛りを顕著にした。こんな夜はさっさと寝てしまおうと横になった時、ベッドから妙な音が聞こえてきた。グル・ゴロ・グル・ゴロと小さな台車を転がす様な。ん、ベッドからじゃない。その低音は廊下からだった。そしてセシリアの部屋の前で止まった。続いて扉が優しくノックされ、ノックされたまでは良いのだが、セシリアが応答するより早く乱暴に蹴り開けられた。体を起こすセシリア。そこには台車一杯に食べ物、果物を積んできたオルガとエル。ちなみにオルガは酒瓶を6本抱えていた。

 久々に楽しい夜だった。騒がしい夜だった。笑いの絶えない夜だった。体裁を気にしないで好きなだけ頬張り、喉を鳴らして酒を飲み、肩を組み、指をさし、夜半まで思い出に耽った。騒音は城内に響き渡り、アルバやヨンレンにも笑顔を送り届けた。短く深い一夜だった。そして・・・


 

 翌日、エルはガレオスを出発した。もちろん故郷を目指して。見送るオルガとセシリア。特に別れの言葉はない。じゃぁ、ここで。エルの残したこの言葉が最後の片言になるかと思われた。ガレオスの平穏な日常が流れる中、それを許さなかったのはオルガだった。エルが歩き出してすぐ、

「1年後。1年後もし、また一緒に旅ができるのならば、ここに戻って来ねェか!」振り返り、エルは頷いた。そして独り、家路に就くのだった。


 オルガはセシリアに有無も言わせなかった。既にヨンレンに話をつけ、ガレオス城内の一室をセシリアの研究室として用意させていた。魔導石の研究の為にかつてスタヴが使っていた部屋を。城内の地理等さっぱり把握していないセシリアに、ここだぞと言い放った後と、城下町へ連れ立った。ここがお前の家だと。困惑するセシリアにオルガは、城と街の生活にはゆっくりと慣れていけば良い、とだけ伝えた。セシリアの全く新しい生活が始まるのだった。




 ここでエル、オルガ、セシリアの冒険が1つの区切りを迎える。其々の1年を過ごし、再び集うまで。やがて石を巡る物語が廻り出すその時まで。


                                     【石物語 第一部 終】


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