アディリスの誘い
第五章 ~ 天界へ
【光の行方】
光に包まれた3人の武器。エルの『スノウブレイカー』、『アディリスの爪』。オルガの『ダインスレイブ』、『ドラグヴェンデル』。クリアンカの『フォルテナの槍』。黒い雨が止み、反撃の刻となるはずだった。新たに生まれた光、己の光に目を奪われ、目前の闇に気がつかなかった。それとも漆黒の雨に紛れていたのだろうか。今にも『黒玉』が放たれようとしていた。
一歩前に出たエルとセシリアが同時に防御壁を発生させた。背後にはティモシーが立っていて、オルガとクリアンカは其々左と右に捌けていった。エル、セシリア、ティモシーと、オルガ、クリアンカ。まずはどちらに焦点を合わせようか。よし、エル、セシリアそしてティモシーの3人からにしよう。
『黒玉』からティモシーを保護すべくエルとセシリアが肩を並べて立ちふさがった。絶望竜とは相性最悪の天人族。エアドーハスの攻撃は天人族のティモシーにとって致命傷になりかねない。だから壁になるものが必要だった。今ここで壁として存在できる者、それがエルとセシリアだった。まずはエルが小太刀を構えるとクーンとバリアが広がった。土属性の防御壁がセシリアとティモシーを囲い込んだ。ただし、おそらくはエルの剣技だけでは黒玉を防ぐことは難しかっただろう。それがエルの正直な直感だった。エルに続いてセシリアが法術を展開した。森を属性とする『玲瓏の木漏れ日』が、エルの障壁を丸ごと優しく包んでいった。その時のこと。ただ包むだけかと思われたセシリアの法術がエルの障壁にくっついた。最初は何が起こったのか分からなかった。いや、最初はというより最後までわからなかったのだが、詰まる所、土と森とが融合してより大きな力を生み出したのだ。エルは言うに及ばず、セシリアも初めて目にする現象だった。これが術合成。属性融合。合成法術。
「へぇ~、暖ったかいのに涼しい。なんか変な感じだけど不思議に気持ちいいな。それにとんでもなく頑丈なバリアだってことは俺でも分かる。さすがセシリアだ・・・セシリア?」エルの素直な感想にセシリアははっと我に返った。
何・・・これ?バリアが合わさったの?法術の合成?ううん、エルのは正確に言うと法術ではないから属性の融合、といった所かしら。相反する属性があるんだから相互補助の属性があってもおかしくはないけれど、今まで見たことはおろか聞いたこともないなんて。・・・うん、上々。これなら移動できるし、多分反撃も可能ね。強いて言えば強い、強すぎることが欠点かしら。法力の消費量が―
・・・っすがセシリアだ・・・セシリア?」
へっ?ああ、うん。でもエル、あまり長くは続けられ―
「来ます!」ややバタつく中で天界人ティモシーが注意を促した。言わずもがな、それは黒玉だった。
ティモシーに緊張が走る。刻々と迫り来る黒玉、その威力をこれまで幾度となく目にしてきた。崩れゆく宮殿と消え逝く同胞たち。もう逃げるわけにはいかないのだ。尤も不安に駆られたのはティモシーだけではなく、エルもコクリと唾を飲み込んだ。セシリアの法術を信頼していないわけではない。まぁ、自分の防御癖には大きな不安がつきまとうけれども。
やはり衝撃はあった。音と風によってエルとセシリアの髪が棚引いた。それでも土と森が手を繋いだ聖域を黒玉が侵略することはなかった。壁にぶつかり一瞬抵抗を見せようとはしたが、いともあっさりと消滅した。ほっとするエルとティモシーに対して、セシリアの唇は微かに笑みを浮かべた。当然の結果だと言わんばかりに。エッへんという声が聞こえてきそうだった。ただしエアドーハスも引かない。黒玉の連撃だ。一発目を弾いた声の下から次の暗黒球が放たれたのだが、その2発目も同様に終わった。黒玉恐るるに足らず。ティモシーにも少し笑顔が生じた。セシリアは相も変わらず自信満々。そしてエルは、片膝をついて蹲ってしまった。呼吸が荒い。
「エルさん!?」ティモシーの心配にも声を出すことができず、手を挙げて応えるのがやっとだった。
「無理もないわ、エル。少し休んでなさい。」セシリアの声には頷くのが精一杯だった。
息を止めていたのは90秒ほどか。魔導石の力を抑えればすぐに元通りとなるわけだが、こんなにも潔く体力が奪われるとは思わなかった。セシリアも同様に法力が減少しているはずなのだが、やはりその法力には脱帽だった。
「あとはアイツらがどうにかするでしょう。」
絶望竜が3人に執着している隙をついてオルガは瑕瑾に接近した。さすがに正面衝突は避ける。敵の視界に入らぬようやや後方から遠回りする。しゃぼんに包まれ飛んでいく。そして背と翼の付け根に着地した。続いてダインスレイブを自分の背中に預ける。オルガはどうやらドラグヴェンデル一刀で蹴りを付けるようだ。拳大の小さな瑕瑾を狙うのに二刀の大剣は必要ないのだろう。目標の位置を確認するとゆっくりと歩きだし、徐々に歩速を速め、走り出し、駆け出し、光り輝くドラグヴェンデルに意思を込めた。やられた分はきっちりやり返す。起死回生の一撃を放つ準備が整わんとしていた。
超が付されるほどの巨体全身に感覚神経が微細に行き渡っているとまでは言わないが、絶望竜はオルガの接近に気がついていた。ダスンと背中に何者かが乗っかればさすがに分かる。戯れにもそろそろ飽きてきていた。あろうことか黒玉を容易に防ぎきれるものがいようとは。そろそろ終局にしよう。良き所で体を翻し、振り向き、食いちぎってまず一匹。すんなりことが進めばそうなるはずだった。
エアドーハスの頭部上空を静かに旋回するクリアンカ。絶望竜まではまだやや距離がある。右手に槍を握ってはいるが攻撃の構えはとっていない。様子見といった所だろうか。そのクリアンカが細見しているのは目。ドラゴンの眼球だった。意外とグリグリ動く。戦闘中なのだから当たり前か。今は確実にリリトの戦士を補足している。今も。今も。一時外れた、が、今はまた見られている。しばらくしてオルガが背中に辿り着くと明らかにエアドーハスの意識がクリアンカから外れた。さらにオルガが動き出すと注意が背中に集中するのが手に取るように分かった。クリアンカが絶望竜の視界から外れる。そのまま音もなく接近。殺気すら込めることなく、まるで皿に盛られた肉をフォークで突き刺すように眼球に槍を当てた。
別に大逸れた技なんか必要ない。密かに近付いて、瞼の反射速度よりも速く槍を刺せば良いだけのこと。非道く簡単だろう、幸い槍も光っていることだし。調子に乗りすぎだ、絶望竜。
苦痛を引き金として、絶望竜が雄叫びを上げた。エアドーハスが暴れる。怒り狂っているのか悶え苦しんでいるのか判別はつかないが、そのせいでオルガの足元は大きく揺れ動いた。ウネウネクネクネグラングワンと。クソ爺の剣技に慣れていたことが一応は役に立ったとしておこうか、気分は良くないが。だからクリアンカがドラゴンの眼球を串刺した後にもバランスを保つことができた。特に慌てることもなくむしろ懐かしさを感じながらオルガは助走をつけ、輝けるドラグヴェンデルを瑕瑾に突き刺した。輪をかけて暴走する絶望竜。ウネクネレベルを超えた今回はさすがに振り落とされそうなので、瑕瑾に食い込んだ大剣を支えに堪えた。ドラゴンの体液が、これまた漆黒色した血液がオルガと地上に降り注ぐ。白の世界が黒く汚されていく。
「ティモシー、翼をくれないか。」息切れから回復したエルが立ち上がりながら依頼した。振り向くことはせず、エアドーハスを見つめたまま。
「え、あっ、はい。すぐに。」ティモシーがエルの背中に触れるとあっという間に翼が生えた。光の翼が授けられた。セシリアは法術を継続している。翼は視界に入れないようにしていた。
「へぇ~、うん。い~感じだ。ありがとう。じゃあ、俺も行ってくる。」
「エルさん、少し練習と言いますか、ちょっと羽に慣れてからの方が宜しいかと。」
「へへへ・・・多分大丈夫だ。待っててなティモシー。すぐに片付けてくるからさ。」エルはピョコリとジャンプしてセシリアのバリアから飛び出ると、器用に空中で停止して絶望竜を見上げた。点にしか見えないオルガとクリアンカが手応えを掴んでいるのを感じ取った。所々、天界の白い大地に黒い染みができている。空高くより滴り落ちたエアドーハスの血。朗らかだったエルの表情に厳しさが宿り、エアドーハス目掛けて飛んでいった。
「エルさん、大丈夫でしょうか。慣れない翼のままで行ってしまいましたが。」心配を口にするティモシーではあったが、絶望竜に向かって猛スピードで進んでいくエルを見て期待と不可思議な気持ちに襲われた。空での移動に、慣れている?
「心配しんなくていいわ、ティモシー。ま、ダメなら戻ってくるでしょう。言われた通りに待っていましょ。」セシリアが長めに息を吐きだし、法術を解いた。
エルは翼をもっている。人外の姿の時、背中に大きな翼が生えていたのをセシリアは嫌でも覚えている。忘れることができない。だからだろう、飛んで敵に向かうエルの姿に不安はなかった。実際、エルの飛行は見事なものだった。
エルは知識を持っている。瑕瑾を傷つけられた竜族はその強さが大きく削られるのだ。それでは竜族の強さとは何か。それは強固であること。頑丈であること。牢固であり不壊であること。結界等を張っているわけでもなく、体を守るのは鱗のみにもかかわらず圧倒的な防御力を有する竜族。それが崩れるのだ。瑕瑾を捜すは傷を負わせる為にあらず。鉄壁を毀すことこそが目的なのだ。そのことをエルは知っていた。
知らないふりをしていたのか記憶が奥底に沈んでいたのかは知らないが、とにかくエルは知っていた。毎度毎度オルガと一緒に、こちらが呆気に取られるほどにモノを知らないエルだったが、今回は話が別。彼の動きを見る限り、竜族に関する確かな知識をもっている。あるいは身についている。エルが空で躍動した。翼を広げて。
片翼を刻むエル。無論エアドーハスの黒い翼を小太刀と細剣の二刀で、小気味よくリズムを刻む。のっけは秒針に合わせて刀が振る舞われた。刀を振り回して翼の一部だけを傷つけるのではなく、空中を自在に動き回りながら素早い攻撃を繰り返すエル。大きな羽の上側、下側、右に左に太刀筋と少量の黒い血液、刻まれた肉塊が鋭く飛んでいく。思わず手を止めてしまうオルガとクリアンカ。ここでさらに加速するエル。今度は秒間二拍のリズムで血が、肉が、やや攻撃の範囲を広げたのか鱗が飛散した。ここまで来るとオルガの目には黒い血飛沫とエルの残像、そして武器の放つ光しか見えなかった。ティモシーの不思議な法術によって光を帯びた武器を振り切るエルから光の線が描かれる。まるで夜道にランタンを振り回す城下町の子供のようだ、オルガはまだまだ見とれていた。
どうにかエルの姿を追うことのできているクリアンカの目には二組みの翼が刻まれていた。一組目は自分達リリト族同様、背に生えたおそらくは天界人からの贈り物。二組目はエルのくるぶしを包み込む『朔風の足袋』。そして展開される剣技。かつてエルが銀髪の魔族シュクリスに対して募る想い感情のまま、ハチャメチャな体当たりとも言える攻撃を仕掛けた、無残にも地を這い蹲う結果となった突貫を剣技にまで昇華させた。『魔性風舞』。その一連の乱舞を終えたエルは随分と黒い返り血を浴びていたが、デーバー肩で息をしながら黒い鱗の上、オルガの足元に寝転んだ。
「ハァ、ハァ・・・もう・・・刻めるよ、オルガ。」絶望竜の片翼が、真っ白い大地へ堕ちた。
「オゥ、分かった。安心して寝てていいぞ、エル。さ~て、覚悟しろよ、クソドラゴン。」にんまりと笑みを浮かべるオルガ。ワクワクを抑えきれない子供と一緒だ。背中からダインスレイブを外して二刀を構えると、手当たり次第に大剣をぶん回し始めた。先程までとは打って変わって面白いように剣が通る。一太刀に苦労していた事が嘘のようだ。こうまで違うものなのか。もう瑕瑾どうこうなど関係なかった。絶望竜ののた打ち回る姿と苦悶の表情、嘆きの悲鳴が天界に響き渡った。
「そういうことですか。」そう呟くとクリアンカは槍を振り上げた。魔導石『ルークス・ルーナエの雷』を発動させ、フォルテナの槍、またの名を『カレドヴルフ』は一層強い光に包まれた。その槍を黙って振り下ろすクリアンカ。閉じられる瞼を物とも為ずに左目を潰したのだった。もはやエアドーハスの瞼は壁にも盾にもならなかった。
白き天界の大地に降り注ぐ血の量が見るからに増えてきた。勝負が見えた。もう、どうにでもできる状態だった。生かすも殺すも彼らの自由だった。いや、違うか。いつでも絶望竜エアドーハスを殺すことができた。
エル、オルガ、クリアンカ。三人の視線が一点に集中した。セシリアの方へ。これだけの法力を溜めることができるのはてっきりセシリアだと思っていた。後方より止めの一発を放つのだろうと思っていた。しかしその光源は天界人、法術の支度を整え光を纏っていたのはティモシーだった。今までの幼く弱々しい表情が一変、凛々しい男の顔つきになっていた。殺意と共に。白の世界で白く輝きを放つ弓矢を構えるティモシー。彼を守っていたはずのセシリアは、法術を解いて数歩横へ引いていた。その目は物珍しさからティモシーの法術に釘付けとなっていた。だから絶望竜の上で戦っている3人に避難するよう警告することも忘れていた。
『スターライト=アロー』。人間族では扱える者がいないとされる光の法術。それをまさか目の前で観察できるとは考えていなかったセシリア。勝負の見えた戦い、絶望竜などどうでも良くなったのかもしれない。さぁ、光の矢がティモシーの手を離れ、エアドーハスの首に向けて解き放たれた。
「ヤベェぞ!離れろ!」オルガの一声でエルとクリアンカも竜の元を離れて地上に戻ってきた。
絶望竜にとっても、天人族の攻撃は致命傷になるのです。そうでなければ不平等ですよね。驚く位の殺傷能力ですよ。尤も、弾かれなければの話ですがね。
矢が首を貫いた。そのまま光の矢は、白き天空へと消えていった。竜の首を突き抜けて。多くの天界人がその光の矢を、希望の証を、未来への道標を、逆上る彗星を見るかのように遠隔の地から眺めていた。ようやくの終焉。長い悲劇の終幕。ただし歓声はなく、無言の安堵が広がった。数名、静かに涙を流す者もいた。
スターライト=アロー。ティモシーの放った光属性の法術は絶望竜エアドーハスの首を滞ることなく貫いた。その極太の首に空けられた小さな空洞は直ちに発光を始め、穴を広げていった。す~っと、穴の拡大は止まらず、トスン・・・と首がズレた、かと思うと首と片翼の胴体が堕ちた。白だけの大地では砂埃が舞うこともなく、土煙が上がることもなく、ドスンと落ちてしまいだった。落下の余韻は皆無。かと思われたが、エル、オルガ、セシリア、クリアンカ、そしてティモシーの目の前にみるみる黒き血の池が広がっていった。黒の浸食。これだけの巨体だ、一体どれだけの血が含まれているのだろう。果たしてどれ程の血が流れ出るのだろう。下手をすればここから第八宮殿にまで届くのではなかろうか。それはあまり好ましくない・・・光の法術で疲れきったティモシーがそう感じた時、セシリアが『ノワールの杖』をかざした。合わせて魔導石『水鏡』が光る。
「後々の処理は任せるしかないけれど、とりあえず応急処置ってことで――」巨体と拡大しかけた真っ黒な異物が立ち所に氷漬けとなった。異な外貌も厚い氷のおかげで靄がかけられたようになり、幾分はその衝撃が軽減された。
絶望竜エアドーハス、絶息。
第五章 ~ 天界へ
【アディリスの誘い】
絶望竜を倒したエル、オルガ、セシリア、クリアンカの4人はティモシーに案内され、ひとまず第八宮殿で休息をとることにした。竜族を相手に死闘を演じたのだからボロボロには違いないのだが、彼らの表情は明るかった。特に天人族のティモシーは戦いに終止符が打たれたことに安堵の胸を撫で下ろし、平常心を取り戻していた。犠牲を取り戻すことはできないがこれ以上の被害は食い止めることができる。ようやくではあるが。
「大した歓迎ができなくて申し訳ないのですが、ひとまず第八宮殿へ―」と皆を案内しようとするティモシーの前にとある人物が現れた。4人もその者に目を向ける。天人族ではない。人間族でもないだろう、姿は人型なのだが気配がまるで異なった。何かが違う。その男の纏う空気が重い。
「久しいな、ティモシー。」声も低く重い。ティモシーの知人のようだった。そしてふと、オルガがある事に気付いた。
「おい、エルよ。あいつの足元を見てみろ。」
「んっ、足元がどうしたって・・・はっ!?」正体不明の男の足元、地面に亀裂が生じていた。それだけではない。彼の後ろに残る足跡には漏れなくひび(・・)が入っていた。要するに重いのだろう。いったい何トンあるのだろうか。どういう肉体構造をしているのか、巨漢でもないし。そもそも巨漢でも地面が耐え切れないなどということはありえない。
「これはアディリス様、今日は珍しいお姿で。」
「話は聞いておったからな。竜族の姿では色々とまずかろうて。」六神竜アディリスがエル達の前に姿を現した。
「ねぇ、エル。以前あなた、アディリスに刀と魔導石を貰ったって言ってたけれど・・・」セシリアが小声でエルの横っ腹をつついてきた。
「うん。でも俺があったのではデカいドラゴンで・・・違うのか・・・いや、同じか?よく分からんけど。」
「アディリスの野郎にぶっ飛ばされとも言ってませんでしたっけ?」クリアンカはどこか嬉しそうだ。
「それもでっかいドラゴンだった。」エルはちょっと混乱して膨れている。そこに追い討ちをかけたのがアディリスだった。
「ふむ、飲み込みが悪いようだな、カイツの息子よ。エアドーハスが暴れていた以上竜族の姿では混乱を招く。体重だけは如何ともしがたいのだが。」
エルも引かない。
「俺達の村だってアンタが空に現れる度に大騒ぎで大変なんだぞ・・・って言うか、人の姿になれんなら下界でこそ変身しろってんだ。六神竜だか何だか知らないけど、人間がドラゴンを見たらどう思うか全然わかってないんだ・・・」エルは5分ばかりグチグチネチネチウダウダグダグダチクチクダラダラ文句を垂れていた。雰囲気を柔げる為だろうか、わざと。やや緊張の面持ちだった3人に笑顔が生まれる。そんな人間族にアディリスが告げるのだった。
「今日はティモシーではなく、お主等4人に要件があってな。」
宮殿内を歩き回ると床が、壁が、階段がアディリスの歩いた先から崩壊する危険性があるので、その場で立ち話ということになった。
「下界の民よ・・・魔界に興味はないか。」唐突すぎる質問だった。アディリスの期待する答えはわかるが、興味のある、なし以前にその質問の意図が不明だった。魔界の存在など下界の民が知る由もない。
「魔界・・・ですか?」下界の4人の中ではアディリスに対してまっとうな緊張と敬意を示すセシリアが問い返した。
「左様、魔界だ。魔族の世界に興味はないか。」
人間界において魔族は異質の存在である。その歴然たる力の差は命を搾取する側と逃れる側の絶対的関係性を形造った。人間族にとって魔族は恐怖の対象であり、死の象徴に他ならない存在。そんな魔族の世界に興味をもつ者がいるはずもない。そもそも魔界などという世界が存在するのだろうか。残念ながら話し手が竜族、しかも六神竜のアディリスであるということ、何より立っているこの地が天界であるということから魔界なるものの存在は疑いようのないものだった。想像するだけで嫌になる世界ではあるが。
返答に困り顔を見合わせる4人。魔界の存在を認識しているティモシーですらアディリスの真意を理解できずにいたので、奇妙な沈黙が流れた。それでも動じないアディリス。戸惑う下界の民の挙動を楽しんでいるかのようにもみえる。そしてエル、オルガ、セシリア、クリアンカを前に予期せぬ者達の名前を挙げるのだった。
「目的は知らぬ、が・・・かつてフォルテナが拓き―」俯き加減だったクリアンカが顔を上げ、突然に繰り出された懐かしい名に驚きを表す。
「エアルが創り―」続いてセシリアの目が輝く。六神竜アディリスがエアルの名を口にしたことが誇らしくて仕方がなかった。
「スタヴが護り―」
「ほう・・・」腕組みをして何故か自信に満ちたオルガが鋭い目つきでアディリスを睨んでいる。
「カイツの進んだ道を―」既に幾度となく『カイツの息子』と称されてきたエルにさほど動揺はない。ただ、聞いたことのある名が次々と出されたことは親近感があって妙な落ち着きをもたらした。
「歩む気はないか、下界の民よ。」
エル、オルガ、セシリア、クリアンカの4人は3日間宮殿で休息をとった後、再びアディリスと相対した。人型の竜族と。4人に迷いはない。拒む理由がなかった。不親切なアディリスからは詳しい説明もなく、魔界への入口だとか砦だとかいう『魔城門』なる所へ4人を転送するという。正直なところ全くと言っていいほど理解に乏しい4人に、はい、と従う以外に選択肢はなかった。4人の中でセシリアだけは魔城門の名を耳にしたことはあったのだが、まさか自分が足を運ぶことになろうとは。それがどこにあり、どんな所で、何があるのか、等といったことは一切知らなかったし、アディリスからの説明もなかった。それとなく遠慮がちに質問を試みるセシリアを無視するアディリス。
「魔城門にシルドラというものが待っている。その者から話を聞くと良かろう。」という丸投げこの上ない一言が唯一といえる説明だった。アディリスは4人を結界で囲むや否や有無を言わせず、それこそ見送りに来てくれたティモシーに別れを告げる間もなく転送されてしまった。白き大地、白き空、白き世界に残されたアディリスとティモシー。
「別れを惜しむことはないぞよ、ティモシー。すぐに戻ってくるだろうて。」
「そ、そうなのですか?」
「おそらくは・・・な」
「はぁ・・・」
「ここは図書館か・・・何なんだこの量は、気持ち悪ィ。くっ、本当に気分が、吐き気がするぜ。」オルガの顔色が優れない。
「あなたは本が嫌いなだけでしょう。私はちょっと、嬉しいかな。」エル、オルガ、セシリア、クリアンカの4人が歩く巨大な館。天井には裸電球が規則正しく並んでいるだけなので、書物の表題が見えないまでに暗い。今歩いている廊下と電球の組み込まれる天井以外全てが本棚。本、本、本・・・オルガでなくとも気分が悪くなってしまいそうな環境だった。4人の足音が巨大図書館に響き渡っていた。
「一体ここに何があるのでしょうか。シルドラという人物がいるんですかね。」エルと横並びに歩くクリアンカが口を開いた。
「やっぱりあの性悪ドラゴンに吐かせるべきだったね。」
「フフ・・・エルはアディリス殿のことがよほど気に食わないようですね。」
「人の姿になれるんなら下界でこそそうしろっての。奴が来る度に村中大騒ぎなんだから。」
「もしかしたら人払いの手間を省いてくれているのかもしれませんよ、エルの手を煩わせない為に。」
「どうだかね。別にコイツのことだって感謝してないし。」
「おっ、結構根に持ってるな、エル。」オルガの突っ込みに笑い声が広がった。
第八宮殿前にて、エルとアディリスの間にちょっとしたいざこざが起こっていた。
「カイツの息子よ。主―まだ剣に熟れておらんのか。随分とのんびりしたものだな。」
「ふん。のんびりしたくてしている訳じゃない。ちょっと感覚が合わないだけだ。もう少し慣れていけば・・・」
「これだから人間族は脆弱だと称されるのだ。寿命が短い上に成長まで遅かったら救いようがなかろう。風も土も枯らせてみせよ。」古き言葉に最後の方の言葉の意味を理解しかねるエル。いつの間にか皆が離れ、そこにはエルとアディリスの2人しかいなかった。
「おい、セシリアよ。エルは小太刀と石を使えてねェのか?」
「そんなことないと思うけど。風と土、両方の属性に覚醒していることは間違いないわ。」
「授けた本人からすると、まだまだこんなものではない、といった所でしょうか。」オルガ、セシリア、クリアンカの3人は、エルとアディリスから距離を置いて様子を見ていた。
「んな事言ったって、難しいもんは難しいんだ。」
「人間族の割には風を器用に扱うではないか。」
「風の方が性に合うんだ。」
「一丁前のいい訳だな。」
「うるさいな~、もう~・・・」
「まぁ、そうヘソを曲げるな。今回の件では世話になった。その礼も兼ねて少しだけ力を貸してやろうというのだ。」そう言うアディリスの右掌には既に小太刀と魔導石が浮いていた。ゲッ、という声と共に自身の装備を確かめるエルだったが時既に遅し。そこには風属性の細剣と魔導石しか残っていなかった。
白の世界の末端で茶の侵食が始まった。水晶でも乗っけているような、掌の上に浮く小太刀と魔導石。その周囲を鈍い茶色の輝きが渦巻いている。文句を言いながらも目を凝らすエル、表情を変えないアディリス。オルガ、セシリア、クリアンカの3人も遠めに様子を伺っている。一瞬、アディリスの背中に大きな竜の翼の幻影が見えた。すると茶色の光が小太刀と魔導石に吸い込まれ、剣と石の外見に変化が現れた。見た目だけではない、中身の方にも随分と違いがあるのだろうというのは、その後のエルの行動ではっきりするのだった。エルの手元にふわふわと細剣と魔導石が戻ってくる、ご丁寧に石は小太刀に装填されて。
「まぁ、こんなものか。」唖然とする下界の民を余所に、アディリスはどこかへ消えてしまった。
魔城門へ向かうまでの三日間、エルは休息もそこそこに広大な白の大地で、土を属性とする小太刀、魔導石と戯れてばかりいた。その様子は心待ちにしていた玩具を買ってもらった子供の様。アディリスの弁論にまともな反論ができずにいた所をみると、悔しいかな図星であったのだろう。そこに差し伸べられた救いの手というべきか。実に楽しそうににこやかに新たな武器『アディリスの牙』、付される魔導石『大地の嘶き』を振り回していた。加えて期待を裏切ることなくオルガが混ざっていくものだから、セシリアもクリアンカも苦笑うしかなかった。2人共傷は決して浅くはない。もちろんセシリアの法術で治療は済んでいるものの、疲労を回復させることはできない。いい年をして疲れを知らないというのは頼もしいと言えるのだどうか。ちらほら天界を救った下界の民を見学にやって来る天界人への説明に困ってしまった。あそこの御ニ人は何をされているのですかと聞かれても返答に窮してしまうのだった。これからの復旧作業に忙しいであろう天人族を前に、いつものことでちょっと遊んでいるだけです、とは言えまいて・・・
巨大な門を潜って10分ばかり直進した所で行き止まりとなった。曲がることなく10分間も直進できてしまう館。一体どれだけの大きさなのか。相も変わらず書物に囲まれた中で普通の扉ひとつ。その前には男が独り。その風貌、残念ながら正義の味方とは程遠いものであった。スキンヘッドにサングラス、褐色の肌にダークスーツ。右の頬には大きな刀傷が刻まれていた。ポケットに両手を突っ込みサングラスでその視線と表情は読み取りにくいが、顔の角度からしてまっすぐに4人を睨みつけていた。街中ですれ違ったら絶対に目を合わせたくない、目を合わせてはいけない人相だった。
歩みを止めるセシリア、数歩下がるクリアンカ、エルも明白にオルガの背後に隠れてしまった。
「お前ェ~らなぁ~、こういう時だけ汚ねェぞ・・・」というオルガではあったが、彼の性格上、引くという選択肢はありえなかった。オルガだって目付きの悪さでは負けていない。まぁ、相手の目元はサングラスで隠れているが。
ものを尋ねるのに何でそんなに近付くのだろう、という距離まで詰め寄るオルガ。眼付けているとしか思えない。対するスキンヘッドの男もかなり背が高いようで、目線はオルガとぴったり同じだったが、肩幅は断然オルガの方が広かった。両者一歩も引かず。初対面の人間同士でここまで不穏な空気を醸し出せるものなのか。
「人を探しているんだが。シルドラって奴を知らねェか。」
「ぁあっ!俺だよ。」一触即発。オルガがオルガならシルドラもシルドラだ。互いに柄が悪い。悪すぎる。3人は軽く引いている。もうちょい穏便にどうにかならんもんだろうか。
「お前ェ、アディリスから何か聞いているか。」
「ん、何だ貴様等、アディリスの知り合いか。何も聞いて無ェぞ。」
「そうか、別にいいんだけどよ。俺等、魔界に行きてェんだが。」
「行けばいいじゃねェか、この扉の向こうが魔界だ。」
「じゃあ、通してもらうぜ。」
「断る。」
「どけ。」
「どかん。」
「邪魔だ。」
「知るか。」
うーん、一触即発。シルドラは不敵な笑みを浮かべてオルガを挑発した。
「力づくで来いよ、魔界へ行きてェんならな。」
「手前ェ、ほんとにぶった斬るぞ。」
「ああ、ちょっと待て、ここじゃマズイ。本を汚したらアディリスの野郎に殺されちまう。」アディリスとシルドラの関係性がいまいち見えてこない。ただしそんなことはすぐに吹き飛んでしまった。シルドラが指をパチンと鳴らすと4人と独りは巨大な門の前、最初の広場に立っていた。本来であればウロキョロウロキョロ慌てふためくのだろうが、転送装置やアディリスによって右も左も分からない土地に瞬間移動させられることに慣れてしまったのだろう、皆、落ち着いたものだった。
「魔界に行く条件は俺より強いかどうか。俺に勝てないようじゃ、魔界に降り立った途端にお陀仏だ。」
「ホゥ、そんな分かり易い条件なら願ったり叶ったりだぜ。んじゃ、遠慮なく―」オルガが大剣を背中から外そうとすると、外野から激励が浴びせられた。
「この単細胞!!」セシリアの近くにいたエルとクリアンカは言わずもがな、オルガ、そしてシルドラもその大声にビクっと反応してしまった。
「足元を見て!相手の正体が分かるから。」言われるままに視線を落とすオルガ。シルドラの足元はその体重をひけらかす如く地面に減り込んでいた。
「六神竜のシルドラだ。別に全員でかかってきても構わんぞ。貴様ひとりじゃ暇つぶしにもなりゃしねェ。」
「安心しろ。俺がぶち殺す!」舐められたオルガが大剣を構えた。
「・・・お前ェも抜けよ。」
「俺は武器を使わないんでね。さっさとかかって来い、デカ物。」
「舐めるなよ、クソメガネ。上等だ、八つ裂きにしてやるよ。」オルガの手にはダインスレイブ。一刀でオルガが斬りかかった。おおきく振りかぶって、軽く飛び上がり上段から脳天目掛けて大剣を叩きつけた。ギーーーーンと甲高い金属音が闇の広場に展開された。容易にあっさりなんの苦もなく、大剣を片手で受け止めるシルドラ。
「何ッ!」思わずオルガの動きと呼吸が停止する。
「さぁ、どんどん来いよ。」そう挑発するシルドラの笑顔、余裕、絶対の自信は恐怖すら与える。オルガは間合いをとり、ドラグヴェンデルも合わせて構えた。様子見をしている場合ではなくなったオルガ。ダインスレイヴとドラグヴェンデル、大剣の二刀で次々と斬りかかり、襲いかかり、その首を狙う。その全てを徒手で受けきる、左手はポケットに突っ込んだまま右手のみで防御し続ける魔城門の門番。目の前の現実を信じられない3人。オルガ自身も信じられないから4人、か。そして、
「ま、こんなもんか・・・」おそらくは蹴りを見舞ったのだろう、エルの目に映った右足の軌道。土手っ腹に攻撃を受けたオルガはピュンと、いとも簡単に噴水までぶっ飛んでいった。パシャーン・・・その水の音に振り返るセシリア。
「うぉぉぉぉぉおおおおーーーーーー!!」振り返ることなく突っ込んでいくエルとクリアンカ。
「地雷矢!」先制攻撃はクリアンカの法術から。地面から雷撃が迸る。しかしそこに標的の姿はなく、足跡が残っているだけだった。ただしエルはその姿を見失わない。細剣と小太刀の二刀でシルドラに切りかかる。幾重にも、幾重にも。その全ての太刀が受け切られてしまう。右手だけではなく左手もポケットから出されてガードに用いられているのはせめてもの救いといえるのかもしれないが、途中から加わったクリアンカの槍撃も含めて手刀に撥ねられ、容易に躱され、エルとクリアンカの呼吸だけが大きく乱れていた。2人の攻撃が止む。動きが止まる。
「ん、どうした。終いか?」嫌味感たっぷりにシルドラが問うてきた。
「悪いけど、もうちょい付き合ってもらおうかな。」エルとクリアンカが左右に捌ける。そこに現れるは螺旋の剣撃。‘till the end of the spiral’.蹴り一発で黙らされるオルガではなかった。その表情は暗がりでよく見えないが、怒り狂っているだろうことはその気配から読み取れることができた。エルとクリアンカがいるにも関わらず何の知らせもなく剣撃を放ってきた。対するシルドラは澄まし顔で腰を落とすのだった。
螺旋がシルドラの両腕によって進撃を止められた。十字に組まれた両腕はオルガの剣技に乱れることなく、程なくして螺旋は掻き消えてしまった。けれどもそれで終わらせない。螺旋の最後尾にくっついてきのはエル。そのくるぶしには風の翼が生えていて、右手には小太刀『アディリスの牙』が握られている。輝きを放つ魔導石『大地の嘶き』。土属性の武器を選んだ理由は願掛けのようなもの。同じ竜族、ましてや六神竜のアディリスから譲られた武器であれば一矢報いることができるのではないか。もしかしたら対シルドラ用の武器として小太刀を覚醒させたのかもしれない。
「うぉおおおおー!!」大呼するエルの正面には土属性の壁。何物にも崩されない強固な防御壁。その障壁は十二分にエルの全身を覆い隠していた。猛スピードでの体当たり。吶喊という奴だろうか。オルガの大剣で歯が立たなければレイピア程度の武器では文字通り太刀打ちできないという判断だった。ヤローのグラサンぐらいは割ってみせる、そんなエルの驀進をシルドラはまたも一蹴りで蹴散らした。体重の軽いエルは噴水の向こうまで吹っ飛んでしまった。それでも終わらない。
「ぐぅわぁぁぁああああああーーーーー!!」猛獣の雄叫びと聞き違えるような声を上げながら近付く大男。エルの防御壁に隠れて接近していたオルガ。ドラグヴェンデルを両手で握り、全身全霊の一太刀を浴びせにかかった。
シルドラ、その攻撃を、今度は受けない。大振りの剣撃を一歩引いて躱すと掌で押し出すようにして再びオルガを噴水まで送り届けてしまった。
「捕らえたァァァああああああ!!」最後の切り札、頭上からクリアンカがフォルテナの槍を突き刺しにかかった。捕らえ、突き刺し貫いたのは残像。次の瞬間にはクリアンカも遠方まで飛ばされてしまった。羽ばたく暇もなかった。全く、歯が立たない。
セシリアがシルドラの下に歩み寄ってきた。
「あんたもやるかい?」
「やめとくわ。3人がかりであのザマじゃ、どう足掻いても勝ち目はないもの。」セシリアは軽く両腕を開き、お手上げという仕草を見せた。顔には諦めの笑みが浮かんでいた。
「賢明だな。お前達、アディリスに言われてきたんだろう。セシリアが頷く。
「魔界に行きたきゃ石板を集めてくるんだな。3枚だ。」
「???何それ?石板?3枚?どこで、どうやって、誰が、いつ?」
「・・・・・・・・・・・」初めてシルドラが押された。
「・・・詳しくはティモシーにでも聞いていくれ。面倒臭ェ。とにかく石板が無ェとあの扉は開かねェんだよ。」
「はぁっ?じゃあ何で戦ったの?」
「知るか、先に手を出したのは俺じゃない。さぁ、天界に送り返すぞ、仲間にはうまく説明しておけ。」
シルドラが指を鳴らすと4人は天界に戻される、はずだった。
魔界への入口『魔城門』。シルドラの立ち塞がる扉の向こう側に魔界が広がっているのは事実。恐ろしき魔族の世界。死を貪る魔族の故郷。その戸には封印がかかっていて、封印を解かないことには開けることができないという。ただしそれは、下界の種族や天人族が魔界へ足を踏み入れることを防ぐ為ではなく、魔族の侵入を防ぐ為。ゲートキーパーとして竜族、中でも六神竜の一神、鬼神竜シルドラが立っていることからも、それがいかに重要な役割か、万が一の許されない現場かということが分かる。その一方で、下界の民を魔界へと誘う竜族。至極単純な矛盾。魔界に通ずる鍵の存在を明かす竜族。話から推測するに、よく知る人物がかつてその道を進んだ、もしくは進もうとしたであろうことはまず間違いない。魔界へ通じ扉の鍵は3つの石板。ゲートキーパーのシルドラをどうするかについてはひとまず置いておいて、石板を集めることがエル、オルガ、セシリア、クリアンカの目指すべき道につながるのだ。
「待て、待て、待て、コラァァァアアアアー!」(注・オルガです)
「俺はここに残るぞ。蹴り飛ばされておめおめ帰れるかっ。」
「やれやれ・・・タフな奴だ。」
「セシリア!2人連れて帰れ。ヨンレンにはしばらく戻らねェと伝えとけ。」
「え、ええ~。」オルガの機嫌は最悪。セシリアも戸惑ってしまう。
「おい、デカ物。邪魔だ、貴様も帰るんだよ。」
「断る!」
「お前な~。髪のない頭を掻くシルドラ。このやりとりに別の2人も近づいてきた。
「石板集めは少しあとにしようよ。」エルと、
「私もこのまま帰るのは何とも・・・」クリアンカ。
「次は本当に殺すぞ。」シルドラの表情が引き締まる。
「そん時ゃ、そん時だ。」オルガはにんまりと笑った。本気だ、シルドラもオルガも。エルもクリアンカも。何なのだろう、意地かプライドか、負けず嫌いなだけなのか、未来を見据えた焦りか。とにかく馬鹿な状況にも備えねばなるまい。セシリアの『ノワールの杖』にも力が入る。
「ドゥンケルハイト―」シルドラが呟くと間もなく音もなく、黒装束の男が現れた。シルドラの影から。
「はっ。」シルドラの呼びかけに答えるドゥンケルハイトと呼ばれた従者。
「アディリスの言っていた通りだ。3人を英霊界へ送れ。」
「はっ。」
「エルはカイツ、クリアンカはフォルテナ、セシリアはエアル。間違えるな。」
「もうひとりは如何致しますか。」
「デカ物とスタヴはさすがにタイプが違いすぎる。オルガはここでいい。」
「はっ。では、すぐに。」
「挨拶する時間はやらねぇ。じゃあな、下界の民よ。機会があればまた会おう。」そして3人は各々の世界へ飛んでいった。オルガ以外は懐かしい面々と顔を合わせ、アディリスからの贈り物を授けられることになる。
【石物語 第三部 終】




