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石物語  作者: 遥風 悠
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出会い

 プロローグ                  

【枯れ国の御里】


 今は昔か未来のことか。野放図に広がる大地の上で、石を求めて彷徨う者達。希うは富か、力か、名声か。太古草昧の奇跡とも、朽ちた魔族の骸とも、女神の涙の一雫とも言われる魔導石。人間の望蜀を満たし、希望を叶え、欲望を果たす。渡り鳥、トレジャーハンター、冒険者、そう呼ばれる猛者達が石を探求する。生きる為、契約の為、自己顕示欲の為。人に話す目的はなく、人を守る力を持たず、人に妬まれる名声もない。始まりを忘れ、終焉も分からぬまま、希求の歩みを絶つ事はない。


 故郷を離れて3ヶ月。少年が目指すは小さな人里。石の噂を聞きつけ、一路辺境の地へ向かう。この世界における里、村、町等およそ人間の住まう土地は、結界によって守護を受けている。さもなければ定住に慣れ親しんだ人間が、多過ぎる外敵から身を守る事は難しい。結界の内部と外部は10センチに満たない白色光の壁で隔てられているので、人間の集落に近付けば結界の存在を見て取ることができる。こんな辺境の地でも結界が貼られていることを考えると、いかに一般的で不可欠な能力であることか。ちなみに人間の作り出した結界が人の侵入を防ぐことはない。害を及ぼすこともない。数多いる渡り鳥のひとりエルは、薄光りする結界を通り抜け、里へと足を踏み入れた。

 

 見渡す限り田畑が広がっていた。その他、住居以外は目に入らない。とても静かな、深すぎる静寂という全くの無音に不気味さを覚える里だった。外部との接触を絶ち、子供は数える程しかいない。今いる大人と限られた未来しか持たぬ老人が役目を終えれば、この里も消えてなくなる。その前に子供達を希望ある世界へ送り出さねばならない。そんな話を宿の老主人から聞かされた。『枯れ国の御里』。申し訳ないが適切な名だ、エルは心の中で納得した。宿の一室で暫く落ち着いても、時折聞こえる小鳥の囀り以外は響かない、風に揺れる草木以外は動かない、己の影以外に気配はない、淋しい里だった。

 日が沈む前に長老への挨拶がてら、石に関する情報を伺った。信憑性を度外視すれば昔からの言い伝えは残されているとのことだった。エルは一晩宿に泊まり、翌早朝にその魔導石があるかもしれぬ場所へと向かった。一般的には考えられない速足で歩を進めながら、長老との会話を反芻していた。『鬼がきたりて』。里に伝わる伝承詩らしい。知っているかと問われたが、首を横に振った。目にしたことはもちろん、話に聞いたこともない。さやうか、と言うが早いか長老は原本を書き写したと思われる仙花紙を差し出した。好意を突き返す訳にもいかず有り難く頂戴したが、中身は拝見していない。無論今は、他の幾つかの荷物と一緒に宿へ置いてきた。


 夜明け直後に里を発ち、予定通り午前中の内にそれらしき場所へ到着した。途中フォレストウルフの群れに遭遇したが、特に傷を負うことなく遣り過ごした。魔獣ではあるが、そのスピードは普通の狼とさほど変わらない。クリーチャー・エンサイクロペディアにはEランクと記載されており、エルの敵ではなかった。『野風のレイピア』を構え、『涼風の魔導石』の力を解き放つ。そこから繰り出される『野分の息吹』の攻撃範囲はおよそ5メートル。的確にフォレストウルフの脚部に狙いを定め、貫く。剣先から青白い風が吹き出たかと思うと、魔獣がキャンと鳴き声をあげバランスを崩した。間合いを詰められる前、円形状に囲まれる前、背後を取られる前に威嚇と攻撃を繰り返すことで、フォレストウルフ達に逃走を余儀なくさせた。


 特に迷うことなく見つかった岩窟。あいにく、容易に見つかるということは既に先客が事を済ませた可能性が高いのだが。『青やかの洞窟』。中は仄暗く、所々に白を携えた光が差し込んでいた。洞窟を構成する結晶質の石灰岩に足を滑らせないよう、最新部を目指す。魔導石の為だけに作られた洞窟かは分からないが、貴重なものほど奥深くに眠らせるという心理は今昔問わず普遍。道はほぼ一本道で帰り道に戸惑う心配はなかった。複雑な迷路であれば目印を刻んだり、所持品を落としたりもするのだが、その必要性はなし。黙々と歩を進める中でブルースライムやグリーンスライムを見かけたが、エルに気付いているのかいないのか、静かな蠕動運動で通り過ぎていった。エルにしても用無しだ。倒しても高値で売れる何かが手に入る訳でもないし、戦えばゲル状の蛍光塗料と異臭が装備に付着する。間違ってグリーンスライムの毒素を含んだ吐息を吸ってしまえば、暫くの間は悪寒が止まらない。今回の目的はあくまで石の探索。資金集めや鍛錬ではない。目的遂行が最優先であって、リスクを極力避けることがその近道になることをエルは承知していた。

 足を踏み入れて3、40分経過しただろうか。予想よりも奥深くまで続いた洞窟の最新部と思われる場所に辿り着いたが、こちらは予感通り、魔導石は見つからなかった。何者かが既に持ち出した後か、元々存在しなかったのか。エルは腰を下ろしてしばし休息をとる。雫の音がする。その反響音が大きい。辺りのスライムがのろのろと動く。入口付近よりも濃く深い紺碧の中、当たりがないことを確認すると、エルはゆっくりと歩みを戻し始めた。



 

~ 魔導石 ~ 

古来より不思議な力を宿してきた数々の石。石の力を用いて一国の王として君臨した者、天界に昇った者、魔界を治めた者が存在したという。かつては魔導石をめぐって戦も絶えなかったが、今では外敵から身を守るべく結界に使われることが多い。また魔導石は、武器や防具に装飾することで様々な特殊効果を得ることができるのだが、まだ石を扱える人間が多かった頃はこちらの使われ方が一般的だった。天然の魔導石、人の手によって合成された人工の魔導石、魔族等の体内に埋め込まれた魔導石が存在するが、全く無の状態から石を作り出す方法は解明されていない。



~ 結界 ~

主な役割は外敵(人間族以外の種族)の城や町への侵入を防ぐこと。その性能は術者の能力や魔導石の質によって左右される。多くのものは侵入を妨げるだけの障壁だが、敵に攻撃を仕掛けるもの、結界内部の姿を消し去るもの、内部に敵を閉じ込めるもの、非常に広範囲に渡るもの等がある。ただしどんな結界も万能ではない。侵入者との間に圧倒的な能力差が生じる場合には、結界がその機能を維持することは難しい。



~ クリーチャー・エンサイクロペディア ~

ランクS:該当種族の最高位、もしくは既定種族に属さないマスタークラス。目にすることは稀だが、対峙     した際は命の覚悟を。

ランクA:特に危険性が高く、特殊能力や変身能力を持つタイプも多い。その力は歴戦の勇者をも一 掃す      る。

ランクB:下級クラスを統べられる程の力を持ち、戦闘では前面に立って破壊活動を行うこともし

     ばしば。排除するには相当の実力を要する。

ランクC:平均的な強さを誇り、その生息数が最も多いランク。鍛錬を積んだものであれば互角以上      の戦いを強いることができるだろうか。

ランクD:実戦経験を養うのに適する。怠ることのない事前準備によって、その被害を最小限に留め      ることが重要。

ランクE:非戦闘員でも退けることが可能なレベル。ただし好戦的なタイプ、集団攻撃、不意打ち等      には注意が必要。




 奇妙な雄叫びを耳にしたのは洞窟を出てすぐのこと。葉が擦れ、木々は轟き、土が震えた。ただならぬ事態であることは容易に想像できた。それでもエルは反射的に声のした方へ走り出す。雄叫びを耳にしたのは1度きりだったが、その蛮声を頼りに発生元へ近づくにつれて、奇怪なエネルギーの存在を手に取るように感じられた。正体も詳細も分からないが、可能性はある。洞窟での成果が空振りに終わり手ぶらでの帰路を覚悟した中では、どのような手がかりも興味惹かれる希望の光に見えた。己の中で無理にでも希望の光に差し替えてしまうのだ。

 正体は指呼の間で目にするまでもなく判明した。しかしながら大体10メートル位なのだろうか、自分の常識に収まりきらない背丈を瞬時に目測することはできなかった。赤鬼。鬼人族を実際に見るのは初めてだったが、伝承やお伽話、寓話やクリーチャー・エンサイクロペディアでは何度も見聞きしてきた。それでも正直、足は竦んだ。そして、それに拍車をかけるもの。それは赤鬼の視線の先にあった。魔族。肩や背中を覆う長い銀髪が特徴的。宙に浮かんで、目線を鬼と合わせていた。気圧されているのは鬼。その背後には子鬼。2匹の小さな子鬼が匿われていた。

「滑稽だな。心を持ったばかりに絶滅するか。」呟くと同時に魔族の両目が大きく見開き、避けた口から小さな2本の牙が顔を出す。空に向けてゆっくりと振り上げる魔族の右手に、黒とも紫とも、濃ゆい血の赤ともとれる光が灯る。赤子の手を捻る、か・・・やってみよう。最も捻る前に父親ごと消滅するがな、アッハッハッハッハッハ・・・高らかに放たれた笑い声と一瞬の白光り。周囲の木々から色が失われた。

 光に包まれたままで姿はシルエットすらもはっきりしないが、白き光の塊が鬼と魔族の間に割って入った。背中から翼のようなものが生え、宙に浮いている。鬼に背を向け魔族と目線を合わせたこの時点で、どちらの味方かがはっきり示された。エルの存在に気付いていなかった魔族は一瞬驚きの表情を見せるも、余裕の笑みが失われることはなかった。一方でエルと赤鬼の表情は堅い。緊張が走る中、(おもむろ)に右手を突き出し、掌を魔族に向けるエル。すると何かを予感した魔族はあっさりと姿を消し、直後、エルの伸ばした右手から閃光が放たれた。

「まぁ、いい・・・」どちらの呟きだったろうか。取り巻いていた白光も輝きを失うとエルは元の姿に戻り、地上へ着地した。魔族は逃走したようだ。エルはふぅ、と一息吐き出すと振り返り、ニコリと笑みを浮かべるのだった。

 赤鬼は泣いた。エルを警戒する必要がないと悟ると、眠っている子鬼達を前に大声で泣いた。自分の親指ほどの子供達を優しく、傷つけぬよう、恐るゝ愛でる。そしてまた涙を流す。父親の発する騒音に目を覚ます子鬼達を見て微笑むエル。しゃがんで、まだ小さくて柔らかい角の生えた頭を撫でてやる。子鬼達は気持ち良さそうに目を細め、再び安眠に落ちていく。親鬼はまだまだ泣いていた。心ある者にとって、赤子の手を捻ることほど難しいことはない。鬼の目から零れた涙の一粒が魔導石として土に転がった。『鬼の緋涙石(ひるいせき)』。エルは石をありがたく頂戴して森を後にした。あの様子では暫く泣き止まないだろう、再度エルの口元が緩んだ。魔族や龍神族の様に消滅と共に魔導石を残す種族もいれば、特別な条件下で石が姿を現す場合もある。エルは思った以上の成果を手に、往きよりもゆっくりとした足取りで里に戻った。


 宿に戻ったエルはベッドで体を休めながら、長老から渡された『鬼がきたりて』という短い詩と『鬼の緋涙石』を交互に眺めた。次第に詩を辿る時間が増え、その内に石は脇へと退けられた。幾度となく文字を目で追い、終着すれば始点に戻る。単純作業を飽きるまで尽くしたエルはふと起き上がり、石を手に部屋を出ていった。およそ24時間前と変わらぬ姿勢の老婆。無事で何より、という出迎えの言葉に軽い会釈で応え、御付きの者に差し出されたお茶に再びお辞儀を済ませると、エルは魔導石を取り出し、旅路での経緯(いきさつ)を口の端に掛けた。

 大昔、この辺りには大小様々の石が散在していたそうな。殊に珍しいものではなく至極当たり前の砂利石だった。それは情と涙に脆い鬼達が人と共にいた証。しかしながら、平らかで和やかな日々に感謝し、喜び分かつことを諦めさせたのは人間だった。高貴な魔導石として名高くなった『鬼の緋涙石』を求めて、里の外の者が多く出入りするようになった。御他聞に漏れず強欲は争奪を招き、破滅に帰した。気付けば鬼人族は、人間族の前から姿を消していた。幾つかの偶然が重なった結果、鬼は滅したのかもしれない。人語を介せずとも、心を持ってしまったから。決してそうではないことを心より願うそうな。




~鬼がきたりて~

鬼がきたりて、米・牛・芋茎を食い漁る

貯蓄余剰、欠片も骸も残さぬよう


鬼がきたりて、田畑・林を踏み荒らす

風か嵐か、風神の私憤慷慨か


鬼がきたりて、雪の布団に身を任す

若い息吹が、土の筵に身を任すまで



鼻歌ならし、手を叩き、浴びる程まで酒を呑む

女・子供に手を焼かせ、三日三晩は起きますまい



・・・



鬼がきたりて、山神様と相対す

山を登りて仁王立ち、山を殴り、砕き潰す



・・・



鬼が去りて、里の命が救われて、隠れの里も役目を終える




鬼の耕した畑で人間が作物を育てる。実を成す樹々の恩恵に鬼も与る。酒も飲む。互いに飲み交わす。颶風が唸れば鬼共が身を晒して家屋を囲み、寒さ厳しければ人間が石炭をくべてやる。秋口までの蓄えを共に分かつことで生きる人と鬼。


ある夜、地鳴りに目を覚ます里人。山は既に炎立つ。噴火で滅ぶは里の人間のはずだった。しかしながら、鬼の衆が身を挺して山を囲んでいた。そして噴煙が解かれる頃、何も残ってはいなかった。ただ里だけを除いて。石の力などではない。鬼神様によって残された里。そして墓石。




~ ブルースライム、グリーンスライム 

- 魔獣

- ランク:E ~

ゲル状の魔獣で、その移動速度は非常に遅い。低温を好み、火気を嫌う。多種多様なスライムの中でもブルースライム、グリーンスライムは好戦的な方ではないが、酸性の水を吐き出したり、毒の息を吐き出すこともある。危険性が低いとはいえ不用意に近づくことは避けた方が良い。




~ 鬼人族 ~

かつて栄華を極めた種族も、現在は絶滅の危機にある。その腕力、特に、怒りに我を忘れ身を任せた際の圧倒的な破壊力は、何人たりとも抑えることができないと言われている。絶滅危惧の原因について詳細ははっきりしないが、衰滅は時間の問題とされている。




~ 魔族 ~

絶大な闇の力を持つ一族。戦闘能力に長け、戦闘行為を好み、法術の知識を有するものも少なくない。過去、無益な殺生を絶っていた時期もあったようだが、近年は支配欲に目覚め、破壊活動を繰り返している。魔族の寿命は人間族の10倍、一方で繁殖能力は100分の1程である。




~ 野風のレイピア

- 涼風(すずかぜ)の魔導石

- 野分(のわけ)の息吹 ~

「風を携えているかのよう」と評されるほどに軽量化された細剣、『野風のレイピア』。その分切れ味や耐久性は劣る為、直接敵を貫くよりも魔導石を介した攻撃に適した武器と言えるだろう。

『野分の息吹』貫通性に優れた風の小槍を放つ、風属性の基本的な剣技。今のエルだと飛距離5メートル、厚さ5センチ程度のベニヤ板ならばわけなく貫ける。




                 第1章 ~ 出会い


                 【結界なき騎士団】

 

 鬼の跡を想いながら目指すはガレオス城。ヴィルガイア有数の軍事国家として名高いその王国に魔導石の可能性を期待するエル。そして長老の言葉。友を探しなされ。共に戦える友を。目的の共有等は要りますまい。御一人様では成せることも限られます。西へ、西へ向かいなされ。鬼の緋涙石を長老に預けたエルは今、東に背を向けている。ただし占いに従ったのではなく、元々の道のりが偶然に彼女の吐露と重なっただけ。与った運命ではなく、自らの意思で歩を進めていると自答しながら。

「何故、旅を?」長老の質問には、魔族に対抗できるだけの力が欲しいと正直に答えた。もしも大きな力の眠る魔導石がこの里に眠っていて、それを頂戴できる運びとなれば好都合などと考えていたのだが、当然事はそううまくはいかなかった。老婆は、守護と殺戮は紙一重、これだけは胸に刻んでおきなされと、忠告したが、その真意をエルは理解しかねていた。どういう意味だろうか。人を守る為であれば、魔族を殺すことも厭わない。反対に止めを刺すことを躊躇えば、次の瞬間には自分が殺されているかもしれない。だから油断するなよ、ということなのだろうか。何か違う気がする。もしかしたら老婆の単なる思いつきか。

 だが直にそんなことを考えている暇もなくなってしまった。出交わした魔獣エメラルドバッファローとは相性が芳しくなかった。レイピアを手に『野分の息吹』で蹴散らそうと試みるも狙い通りのダメージは負わせられず。対して細剣の攻撃力を見切った魔獣は臆することなく突進を繰り返した。威力よりも速度を重視して初弾を当てることに重きを置いた野分の息吹では足止めにもならなかった。エメラルドバッファローの進撃は目を見張るものがあり、まともに跳ねられればただでは済むまい。どっしりと重さを感じさせる鉛のような肉体に不釣合いな、鮮やかな色調をもつ2本の角、そして驚異的な突進スピード。敏捷性はエルが格上。坐作進退は鈍いものの、加速のために距離を要しない抜群の瞬発力はエルを威圧した。これでキレモノなれば、エルも相応の苦戦を強いられていただろう。

 間合いとタイミングを測るために多少の傷は負ったものの、版で押したようにただ突っ込んでくる魔獣の行動パターンに助けられた。突進を避けようとするから余計な思考と無駄な動きが多くなり、体力が削られ攻撃まで手が回らなくなる。単に猛スピードで突っ込んでくるのであれば待っていれば良い。そしてその進撃に合わせて迎撃を放つ。いや、迎撃などという代物ではなく刃をその場に置いておけば良いのだ。頃合を見誤らなければ威力は倍加し、思考の乏しいエメラルドバッファローに致命傷を与えられる。そんなエルの思惑通り、魔獣達は待ち構えるように設置された風の槌に自ら突っ込んできた。

 『玄翁(げんのう)虎落笛(もがりぶえ)』。速度に重きを置いた『野分の息吹』とは対照的に攻撃力を重視した剣技。その分攻撃範囲やスピードは劣るものの、レイピアでありながら槌の威力を有する。まんまと罠にはまる魔獣。入れ替わり立ち代り十数等と対峙したエルだったが、変化に乏しい単式行動をあっさりと退けた。 

 


 宿代の足しになるかしらと、城の近くで倒した一頭を引きずって城下街に踏み入れた。宿を見つけ、獣を買い取ってくれる交易所を尋ねると宿にて買い取ってくれるとのこと。この城の男どもは骨ごと無残にバラバラ砕くので、これくらい傷の少ない状態で出回ることは珍しいという。エルにしてみればそれなりに随分と、派手に傷つけての狩猟だったのだが。

 城下街を探索するとさすがは武力国家といった所か、恐らく日常的に腕比べが行われているのだろう。木製の武具を用いた一対一の対戦。大勢の観客に囲まれた闘技場で2人の腕自慢が暴れまわっていて、思わずエルも足を止めて観客に紛れてしまった。両者共なかなかの猛者と見える。一方が手斧、もう一人は長剣。手斧の戦士が優勢に思われたが、剣士は一頻り攻撃を受けきった後に逆襲を仕掛け、そのまま押し切る格好で手斧の戦士を降参させた。沸き立つ観客の隙間を通って立ち去ろうとするエルの腰に携えられたレイピアを見つけたからだろうか、突然長剣の戦士が聴衆を制止し、エルに闘技場へ上がるよう合図した。数テンポ遅れて突発的な周囲の沈黙と注目に気付いたエルだったが、首を横に振りその場を立ち去ろうとした。けれども、盛り上がった見物人がそれを許さない。エルは舞台へ上がる羽目になってしまった。尚以て盛り上がる観客と盛り上げる長剣の戦士。エルは素直に情報を収集せず寄り道したことを後悔した。

 立会人か審判か、闘技場に立つもう1人の男から説明を受けるエル。相手を打ち倒すか降参させれば勝ち。武器は用意された木製の中から選ぶこと。長剣、大剣、小太刀、手斧、槍に棍棒、ヌンチャク、トンファー、そして細剣等。中には見たことのないものも含まれていた。エルは細剣を選び、続いて長剣の戦士がエルの身の丈程もある大剣を手にした。190センチはあるだろうか。大柄で見事な筋肉の鎧を身に纏った、オルガと名乗った戦士が大剣を構えると、エルの持つレイピアの何と心許ないことか。パワーでは勝負にならない。スピードで撹乱する。大剣はその重さと大きさ故に攻撃パターンが限られる。重さを利用して振り下ろすか、遠心力を使って薙ぎ払うか。防御に関しては表面積の大きな刀身を盾のようにして使うというのが妥当な所だろう。そして防御から攻撃への素早いシフトチェンジは困難。先手必勝に疑いの余地はなかった。

 闘技開始の合図と同時にエルがオルガとの間合いを詰め、高速の突きを繰り出す。思った通り、大剣を盾代わりに後退りしながら身を防ぐ。石の力がなくとも、慣れ親しんだレイピアでなくとも、エルの太刀捌きは速い。周囲が息を飲む。驚嘆と静寂が辺りを包む。一気に勝負をかけるエルは手を休めない。屈強な戦士に反撃の隙を与えない、はずだった。刀身を押し出すようにしてエルを遠ざけるオルガ。僅かに間合いが広がるものの、既に次の攻撃態勢を整えたエル。大剣が攻撃へ転じるには隙が生じる。振り下ろすにしても薙ぎ払うにしても。反撃の機会は与えない、再度間合いを詰めようとした時、突きを繰り出したのはオルガだった。戸惑うエル。既の所で躱しているが形成は逆転した。突き、振り上げ、振り下ろし、蹴り等の体術まで混ぜてくる。体を大きく動かすことでしか防御できない。レイピアを盾がわりに使うことなど不可能。守勢に回ることでその頼りなさに拍車がかかってしまった。息を吹き返す観客。およそ20秒間オルガの猛攻が続いた。どうにかこうにか攻撃を避け続けるエル。その攻防の中で確かな動作の鈍りを見逃さなかったことが勝利につながる鍵。あれ程の大剣を振り回していれば致し方のないこと。エルがオルガの右腕目掛けてカウンターの突きを放つ。剣先が仄かに届いたという感覚が響いた時、細剣はオルガの左手に握られていて、ポッキリと、菓子の様にへし折られてしまった。エルは突きつけられた大剣に降参した。




~ エメラルドバッファロー 

-魔獣

-ランク:D ~

ガレオス城周辺を棲家とする魔獣。体の色は黒に近い深緑色。名前の由来は日に照らされた2本の角が違和感を覚えるほどに鮮やかな萌葱色を醸すこと。主な攻撃方法は突進から繰り出される体当たり。非常に優れた脚力が短距離での加速を可能にする為、間合いの取り方には注意が必要。また強靭な皮膚で覆われたその肉体は中途半端な攻撃であれば弾いてしまう程に強固な皮膚で覆われている。群れをなすことは少なく単式行動をとることが多いので、個人で討伐する自信のない者は複数名で挑むと良い。




~ 野風のレイピア

- 涼風の魔導石

- 玄翁虎落笛 ~

速度を重視する『野分の息吹』と対をなす剣技。剣刃だけではなく体全体で押し出すように上段から振り下ろす。その刹那、レイピアは鉄槌の幻影を帯びる。エルにしては珍しく攻撃力を優先した技の為、攻撃前後の隙は小さいとは言えないがその威力、また攻撃範囲に関してもレイピアの域を大きく超えている。




 自分の故郷とは違って活気に満ち、商店が所狭しと立ち並び、人の行き交う賑やかな城下町だった。大剣の戦士オルガは、城下町を案内してやると言ってついてきて、今はエルの4歩も5歩も先を歩いていた。独りで静かに散歩したかったのだが断りきれなかった。やや気乗り薄で一緒に歩いていたが、エルにとっても興味深い点が2つあった。1つはエルの武器に石が付されていると見抜いたこと。結界のないガレオスでも魔導石に関する情報が得られる可能性はある。2つ目。対戦後エルがふと手にした木製の大剣。持ち上げようと力を込めるも片手では動かない。両手で握った感覚では、やっとこさ持ち上げても剣に振り回されるのがオチだったろう。オルガの強さは本物、そして舌の回り方はそれ以上だった。

 周囲を海洋と山々に包囲されたこの国は、地理的に他国との交易が難しい。その上魔獣がうろつく始末。武力的側面が伸長したことは言わば必然。生き続けるための知恵に他ならない。石を使える者もいるにはいるが、仮に石文明という言葉を使うなれば発展途上。魔導石の情報に関しては期待しない方が良い。その分、武具に関しては自信と誇りを持って勧める。ウチの兵士共は長剣、大剣、アックスを使う者が多いが、お前さんの使うようなレイピアだって捨てたもんじゃない。腕さえあれば、それに見合った武器をくれてやるさ。

 そう話すこのオルガという剣士、なかなかに人望が厚いらしい。すれ違う大人、子供、老人誰もが声を掛けてくる。オルガも気さくに応じる。子供の中には戯れついてくる子までいた。道すがら、人口の15パーセントが兵力に当たること、50両を超える装甲車を有し、2隻の哨戒艇があること。しかしながら交易という弱点から燃料が不足しており、人に頼らざるを得ないこと。それでも「攻守3倍の原則」(攻める方は守る方の3倍の兵力が必要)と言われるように、自国から進撃しないことで何とか大国として成っていること等を聞かされたエルだったが、話の半分以上はうまく理解できなかった。


 

 その後オルガに引率されるようにして繁華街を抜け出し到着した場所は、樹海にポツンと建てられた一戸の小屋だった。

「ジジィ、生きてるか!」大声で怒鳴りながら扉を乱暴に蹴り開けるオルガ。中には独りの男が入口に背を向けて椅子に座していた。押し入って良いものか戸惑うエルに、入れと合図するオルガ。従うエル。

「相も変わらず、騒々しいな、お前は。」溜息混じりに男が吐き捨てる。あまり歓迎はされていない雰囲気だった。

「客人だ。」オルガは意に介さずエルのことを紹介した。

「ふん、そこら辺に転がってるものを勝手に持っていけ。」やはり冷たくあしらわれた。

「ドラグヴェンデル。」オルガの一言に、一瞬大気が停止した。直後、

「ほう・・・」初めて男の声が抑揚し、空気の流れを呼び戻す。そしてゆっくりと立ち上がり、振り返った。

 小屋の中には多種多様の武具が所狭しと転がっていた。飾られている、整頓されているとは世辞にも言えなかった。立ち上がった男は思っていたよりも背丈が大きく、がっちりとした体格。頭には灰色の髪の毛が目立ち、向かい合うと顔には幾線もの深い皺が見られた。

「レイピアとは珍しいな。加えて石使いか。こりゃまた、この国では珍しい。」

「うちの国の者ではないんだが、腕は確かだ。」

「お主、名前は。」男はエルをやや見下ろしながら名を尋ねた。

「エル。」

「うむ、エルとやら、ついて参れ。ついでにデカいのもな。」

「ちっ、ついでかよ。」エルは奥の部屋へと案内された。

 通されたその部屋からは眩しさすら滲んでいた。前室とは大違い。至極丁寧に飾られた武具の数々は輝きを放ち、先にオルガの言った、自信を持ってくれてやる、という言葉はハッタリではないことが明らんだ。正直、武器に疎いエルですら思わず見とれてしまう程。

「わしと勝負をしてもらう。お主が勝てればここにある伜から好きなものを持っていくが良い。レイピアの類も幾つかある。」小屋に来るまでの道すがらオルガから簡単な説明を受けていたエルは、老人の指示に対して素直に従うことができた。本当に腕自慢の多い国だなと感心し、少し辟易してはいたが。

「よっこいせ。」そう言いながら老人は飾られた1つの大剣を手にした。オルガの物より一回り小振りではあるが、相当の重量はあるだろう。それを右手に持ち、類似したもう1本の大剣を左手で掴んだ。

「さて、表に出ようかの。」

「奴は大剣の二刀流さ。」オルガは懐かしむ口調で呟き、歩き出した老人の後ろについて行った。

 

 ゆったりと構えられた2本の大剣。十字を形作るその姿は、剣がなければ拳闘のそれに似ている。

「ルールは特にない。どちらかが降参するかおっ死ぬまでの一本勝負。もちろん石の力を使っても問題ない。」老人の説明に対して、目を離さずに頷いたエルも野風のレイピアを抜く。来い、老人の一言に再び頷いたエルが突っ込む。静かな森に乾いた金属音が響く中、聳立(しょうりつ) する大木を器用に避けながらエルの剣を受ける老人。静かな立ち上がりとは全く無縁。いきなり両者とも激しく動き回った。一連の攻撃を退けた老人が大剣の突きを契機に反攻へと転じた。2本の大剣が軽々と操られるが、エルは余裕を持って躱し続ける。間合いの取り方も卓越していて、老人のスピードでは次第に間合いを詰められなくなった。腕組みしながら見守るオルガはふと口元に笑みを携える。

大地徒波(あだなみ)。」攻撃が手詰まりとなった老人は2本の大剣で、エルの立つ地面とは随分な距離のある大地を切り裂いた。魔導石の力だった。不可思議な一閃が土をくねらせ、波立つ大地がエルの機動力を削ぎ落とした。沼地のごとく反発力を失った大地がエルに力強く踏み込むことを許さない。一気に飛びかかる老人。老人の奥の手かつ常套手段だった。

 しかしながら、飛び込んだ老人の眼前からエルは姿を消した。そして老人が辺りを見回す暇もなく、横から差し出されたレイピアが首元で静止する。優しい沈黙。

「参った。見事なり。」老人がどことなく嬉しそうに剣を納める。エルもにっこりと笑って剣を納め、オルガの下に歩み寄った。

「よく動けたな。足元が沼地みてェに錬成されていたはずだが・・・」オルガの疑問符にエルは、レイピアを抜き、剣を握った拳骨ですぐ傍らの木に向けて応えた。レイピアの柄が青白く光り、小さな衝撃波が放たれた。反動でエルの体が数メートル弾け飛び、木には拳大の窪みができていた。なるほどな、という納得したオルガを確認して、エルは再びレイピアを納めた。

 『ドラグヴェンデル』。老人の作り出した武器はそう呼ばれていた。推されたレイピアは野風のレイピアよりも少し重量を感じたが、切れ味、貫通力、耐久性という点では明らかに上だった。『ドラグヴェンデル・戦針(いくさばり)』。エルは老人の大切な倅のひとつを受け取った。それでもやっぱり石が欲しいなと思っていることを察したのか、元々そちらへ導くつもりだったのか、そちらこそが本命なのか。老人が漏らした一言。

「行ってみたらどうだ、魔の島へ。」城一番の魔導石研究者が住んでいると、オルガの補足が続いた。エルが軽く頷く。

「水先案内人は俺が務めよう。まぁ何かと準備もあるし、出発は3日後の午後だな。」その後オルガとこの大剣の老人が何か言葉を交わすということはなかった。無言のまま城に向けてそそくさと歩き出すオルガに、エルは慌ててついて行った。十分な礼も言えず振り返り様に会釈をするエル。頷く老人。そこにどんな意味が込められていたのか、今はまだ知る由もなかった。


 

 ガレオス城、城門前に会する聴衆数千人。黒服に身を投じ、墨色の軍帽を目深に被り、漆黒のマントで身を包む。この国の喪服のようだ。エルも用意してもらった黒衣を纏い、オルガも装束に念を入れていた。時折聞こえる子供の声とそれを静止する母親。それすらも途絶えさせる葬礼が始まった。

「天より遣われし六百と十三の命。空高く梢と共に。受け継いだ命を暗涙と共に。我らは生きる、この子らと共に・・・」黙祷は正直エルにはかなり長く感じられた。1分、2分ではなかったように思う。その後、一撃の空砲を合図に活気ある賑わいが戻された。エルとオルガは付添いの男に重ね着していた式服を渡して、街を後にする。オルガの足取りは過剰なまでに力強く、必要以上に早足だった。船着場までの道中オルガは黙々と歩き、エルは少し離れて背中を追いかけた。

 613の内、526が城の猛者たちによって仕留められた魔獣の数。ガレオス城では人の命も、人が殺した魔獣の命も同等に弔う。その命を支えに生かされていることを不抜に子供達へと残す為。定期的にこのような国葬が行われ、その魂の安眠を祈っているのだった。


 

 沿岸港を出て20分、オルガの操る船に揺られた。羽織っていたマントを脱いだオルガの肉体にエルは改めて感心する。痩躯の自分にはとてもあの大剣は扱えない。腕も確かだ。オルガは石を使わないのだろうか、あの老剣士のように。いや、本職は鍛冶屋なのか。それにしてもドラグヴェンデルと野風のレイピアを比べると、前者は細剣でありながらも力強さを感じさせる。まるであの老人やここにいるオルガの肉体のように。前者がそうなら、後者は己であろうか。あとは魔導石があれば。目も虚ろにそんなことを考えていると、オルガが声を掛けてきた。酔ったか、と。首を横に振り、ふと我に返ると船は離れ小島に近付いていた。さっさと荷物を持って上陸すると、ガレオス城には存在しなかった結界が目を引いた。結界だ。ただし張り方が逆である。つまり島の中から外へ脱出することは容易でないが、島の外から中へは外敵が簡単に侵入できてしまう。オルガに続いて、訝しい表情で結界の内側に侵入するエル。そこには広々とした草原が佇んでいた。原野と言った方が適切かもしれない。そしてオルガの指差すずっと遠方には、この島に不釣合いな小高い塔がそびえ立っていた。


 

 「培養スライム?」エルが聞き返した。

「まぁ、実際に見りゃ分かるさ。ただし一般的なスライムの認識は捨てるこったな。じゃねェと怪我するぜ。」臨戦態勢が嬉しいのだろうか、歩きながらオルガは顔を綻ばせているように見えた。島に上陸して暫く、思い出したように腹減ったなと、緊張感の欠片もない感想をオルガがエルに告げたとき、戦いの序曲が奏でられた。遠方にスライムを発見する。オルガの言う通り培養されたスライムと天然のそれの違いは明らかだった。姿・形が似ていても動きがまるで違う。スライムであってスライムでない生物にエルは大いに戸惑いながら、新しい細剣を構えるのだった。

 ナックルスライム。

「スライムのくせに拳を固めやがる。本体のどの部分からでも腕を伸ばすみたいに触手を出しては振り回す。油断していると気付かない内にブン殴られるぞ。」前も後ろも関節もない本体から突然生えてくる棍棒にも似た触手は確かに厄介だった。しかも2本とは限らない。これをまともに喰らえば確かに効きそうだし、鞭の如くしなる為に読み辛くもあった。しかしながら、エルに見切れないことはない。本体の動きが十分過ぎる程にゆったりとしていたから。躱して、隙をついて、レイピアで突く。本体の中心部で仄暗く、赤色に薄光る球形の核を貫いた。すると一瞬動きを停止したスライムは音を立てて液状化し、土に溶けていった。20匹程相手にしただろうか。拳がエルを捉えることはなかった。一方のオルガはご丁寧に大剣で触手を薙ぎ払ってから、本体ごと核を真っ二つに断ち切った。言わずもがな、慣れた仕草でナックルスライムを一掃したオルガも無傷だった。

 スピードスライム。

「スライムと思わん方が良い。素早く相手の背後に回り込んでは酸の霧を吐く。まぁ、速いとは言っても所詮スライムだがな。」目が慣れるまではその奇抜な動きに嫌悪感を覚えた。倍速、三倍速の伸縮運動は違和感をこれでもかと漂わせた。それでもオルガの言う通り、スライムにしては速い程度。見慣れはしなかったが、核を狙うことは難しくなかった。一方のオルガは、相も変わらず本体ごと一刀両断の繰り返しだった。

 塔の輪郭がはっきりしてきた頃合に姿を現したのはストレッチスライム。

「気の抜けた単発の攻撃は弾かれちまうぞ。ブヨブヨした本体が斬撃を吸収しちまう。大した反撃はしてこねェが、気合入れて打ち込まねェとな。」なる程、エルが突き刺した数発の攻撃は本体に吸収され、核に届くことはなかった。なっ、とオルガがエルに目を遣るよりも早くエルは武器を使い慣れた『野風のレイピア』に持ち替えた。同時に石の力を発動させると『野分の息吹』によって次々と蒸発させていった。その様子を見届けると、オルガは高く飛び上がり、大きく振りかぶった大剣を叩きつける。力任せの一撃をスライムは吸収しきれず、潰れた大福のように変形しては土に溶けていった。しかしオルガが3匹目のストレッチスライムを切りつけ、潰した瞬間、ストレッチスライムが黄緑色の酸を噴霧する。やられっぱなしのスライムが一矢を報いた。ぐわっ、という呻き声と共に片腕で目元を押さえて着地するオルガ。

「オルガ!」目の端でオルガの異変を捉えたエルが腰の革袋から手探りで薬を引き抜きながら、血相を変えて駆け寄る。酸の霧が目に入ればちょっとした火傷では済まない。そう思ったのも束の間、

「なんてな・・・」と何事もなかった様に立ち上がり、清々しく微笑みかけながらこちらを見下ろすオルガに対して、エルは一発蹴りを見舞った。その後は気を緩ませることなく、ストレッチスライムの群衆を蹴散らした。

 いよいよ塔の入口を目前に迎えた所では、一匹の巨大なスライムと対峙するエルとオルガ。その高さはエルの身長と同じ位、半液状のスライムとは思えない程の圧迫感を持ち併せていた。

「初物か。」どうやらオルガも見たことはないようだ。ぼそり呟いたオルガが間合いを詰めて斬りかかるも、先のストレッチスライムと同様に跳ね返されてしまった。エルの攻撃もぷよぷよの本体をへこませる程度の効果。無論そのへこみはすぐに元通り。エルが再び石の力を起動させると、

「軽めでいい。仕掛けたらすぐに横へ捌けてくれ。連撃する。」そう言ったオルガは、エルの後方で構えた。先んじてエルが仕掛けたがやはり核には届かない。しかし横に退いたエルの眼前で、オルガの豪快な一撃が巨大スライムを貫いた。螺旋の残像を残したその突きは、レイピアの繰り出す突きとは似ても似つかなかった。‘till the end of the spiral’。核を粉砕し、スライムの巨体に大きな風穴を拵えた。大剣を背中の鞘へと納め、バンバンと手を叩くオルガに

「俺が予備攻撃するまでもなかったね。十分な威力だ。」エルが近づいた。

「この技はちぃと隙が大きくてな。また酸を吐かれちまったら堪らねェ。蹴りを喰らうのも堪らねェ、っつう訳で、囮役が必要だったってわけよ。」それを聞いてポリポリと頭を掻きながら苦笑うエルもレイピアを納める。そして辿り着いた塔の入口へと歩みを進めるのだった。


 

 塔の中。明かりは照らされているが、何もなく誰もいなかった。だだっ広い空間には飾り気1つ無い。当然のことながら音もせず。外から見た塔の色彩そのままに茶や焦げ茶、所々に肌色や黒色をした外壁が、内部でも2人を取りこ囲んでいた。やがてオルガのこっちだという声に頷きながら、オルガに続いて階段を昇りきると再び扉が現れた。不覚にもエルはあまりの静寂と、息苦しさも感じる広大で何もない空間に意識を奪われていた。

「おーい、婆さん、生きてるか!」オルガの大声に思わず怖じてしまった。

 部屋には独りの老婆。そしておそらくは魔導石と思われるとりどりの小石達。それらを囲む薬品、試験管、ビーカー、ちらほら見える小さな煙。エルはひと目で確信する、期待からくる早合点の確信に違いないのだが、間違いではなかった。この塔は魔導石の研究所である。胸の高鳴りを感じ、手には汗が滲む。すぐにでも老婆かオルガに話を聞き、質問を投げかけ、魔導石を譲り受けたかった。多少の礼金を渡す準備もあった。けれども、かように急ぐエルを余所に、

「おや、オルガ様。いらっしゃるのであれば事前にご連絡を頂かないと。スライム達が暴れましたでしょう。お怪我はございませんか。」ゆっくりと眼鏡を外し、ゆったりと凝った肩を叩きながら歩み寄る老婆に、少々歯痒さを覚えるエルだった。

 老婆の名はスタヴといった。城に仕えていた頃の功績を認められて、本人の希望に沿う形でこの無人島を与えられていた。この島の何が気に召したのかは不明だが、以来スタヴが島を離れたことはなかった。島は愚か塔の外へもほとんど出ていないのではないかとオルガが心配する程だった。ここ数年は急速に痩せ細った。オルガはしばしばこの培養スライムの住居と化した、人々曰く魔の島を訪れていた。剣の鍛錬の為かスタヴの様子を伺う為か、その両方か。幾度となくこの部屋の扉を乱暴に開けてきたにもかかわらず、オルガは魔導石を手に取らなかったのだろうか。一体何故。少なくとも1人は、魔導石を使える騎士と面識があるはず。エルは思考回路のどこかで炙り出された疑問を秘めながら、

「あの、石を-」間隙を縫った精一杯の依頼、スタヴはすぐに応えてくれた。

 誰かさんとは異なる恭しい態度で請うスタヴに、エルは『野風のレイピア』と『ドラグヴェンデル・戦針』を手渡した。蚊の涙程の沈黙を嫌ったオルガが急き立てる。

「どうだ、何かわかるか。エルに合った石を見繕って欲しいんだが。」老婆の2倍もあるのではないかという巨人の催促に動じることなく、オルガの口調の半分程度の速さで、スタヴは目を瞑り口を開く。

「良かった。心ばかりのお手伝いはできそうです。只今、ご用意致します。」そう言うと1つの魔導石を、朱色と薄い青色の同居する、しかし時に朱色のみに、時に青色のみに色を変える魔導石を手に取った。。

そしてスタヴの温もりと柔らかさを抱く優しい瞳が、エルの目を捕らえる。よくお聞きなさい坊や、と。矢の催促とは正反対に。

「一口に魔導石といっても、それこそ砂利石の如く無限に存在します。その性質・特徴は様々ですが、相性というものまで確認されています。武器や防具、道具といったものとの相性もさることながら、最も重要なことは何といっても使用者、つまりは人との相性です。己の特性に見合った石を探し、類似した性質、属性を持つより強力な魔導石を見つけることが、例えば魔族や魔獣に対抗する切り札の1つとなるはずです。まぁ、根本的に石の力を受け付けない方もいるようですが。」そう語るとチラリととオルガを見遣ってから、石をドラグヴェンデルの柄の底辺に埋め込んだ。石の半分がまるで粘土に沈むように、エルのレイピアに装填された。

「ほう、そんなこともできるのか。」

「法術の心得が多少ある者なれば誰でも。もう片方の細剣も同様の手法が取られております。アクセサリーの様に装飾しても良いのですが、エル殿の戦い方では邪魔になるでしょうから。」スタヴはエルに武具を返すと、今度はオルガに視線を移し、話し始めた。

「オルガ様、残念ながら人工の魔導石にはやはり限界がございます。自然の魔導石の多くには遠く及びません。自然に眠る、もしくは魔族の有する魔導石に勝る石を作ることはできませんでした。」

「そうか、ご苦労だったな。それと・・・。」しばしの沈黙。

「それと・・・世話になった。」

「こちらこそ。度々足を運んで頂き光栄でした。」スタヴは目を細めて微笑むと、2人を奥の扉へ連れて行った。エルとオルガが入ってきた扉とは異なる出口。手燭を持って露払いの役をするスタヴと、それに続くオルガ、エル。3人は階段を下り、地下道を進んでいた。

「この塔に地下道なんかあったのか。もう少し探索しておけば多少の食いもん位は・・・」独り言を呟くオルガと、やはり上に行くものとばかり思っていて意表を突かれたエル。

「上には何もございません。もちろん食べ物の類も。この塔はいわば目晦ましにございます。この塔が守るべきはこのカタコンベ。そして・・・」着いた小部屋に置かれた機械らしきもの。蝋燭の(あかし)以外に光のない空間では詳細が分からないものの、かなり年季の入った、古びた何かであることは察しがついた。物珍しそうに見回し、触れるオルガ。一方のエルはそれが何であるかを知っていた。使ったこともあった。もっと言えば、カタコンベを歩いている最中にこの転送装置の存在を予感していた。

 2人はすぐに所定の位置へと促された。そしてスタヴが何らかの操作をしたのだろう、目の前から色が消えていく。元よりか細く儚い光で照らされていたわけだが、それでも無色に近づいていることが分かる。何の説明もなく、有無を言わせず事が進む。光が色を失い、スタヴの輪郭が薄れていく。白でも黒でもない、無色透明の世界が2人を包んでいった。次いで消失。

「オルガ様、どうかご無事で。」転送装置だけが残る小部屋で、スタヴは深々と誰もいなくなった機械に頭を下げ続けた。

 『蒼き秋風の魔導石』。スタヴが残した唯一の魔導石となる。本人の謙遜とは裏腹に、今のエル達にとっては強力な戦力。ドラグヴェンデルの戦闘力を上昇させ、新たなる力を与えるのだった。




                第1章 ~ 出会い


               【森と大樹と男と女】


 2人の世界が再び色を帯びるまでに多くの時間は要さなかった。視界がはっきりしてまず分かったことは、ここがカタコンベではないこと。窓から日差しが入り込んでいた。いや、窓からではない。これは木洩れ日。2人の受け皿である、対となる転送装置は森のど真ん中に置かれていた。そして人の気配を察した1人の女性が驚いた表情で駆け寄って来るのを、2人は状況を理解できぬままに見つめていた。

 栗色の長い髪を後ろで緩く束ね、右手にはロッドを持っている。服装を見る限りは、この世界でも珍しい法術士であるらしい。年の頃は20歳前後だろうか。エルよりは年上で、オルガよりも年下といった所。華奢なカラダに切れ長の目、雪のように真っ白で透き通る素肌は大変に美しく、世の男子たるものが目を奪われないはずはなかった。しかしながらそんな夢心地も、

「あなた達、人間?」の一言で意識を無理やり現実に引き戻された。

「あ、ああ。俺はオルガ、こっちはエルだ。」慌ててオルガが自己紹介するが、法術士らしき女性は無視するかの如く、背を向けて歩き出してしまった。

「えっ、おい・・・」小走りに2人はとりあえず後を追いかけた。

 大木の間を塗って敷かれた森の小道の先には何もなかった。正しくはエルとオルガの2人には何も映らなかった。ただ声だけが不気味に聞こえてくるのだった。

「エアル様、ただいま戻りました。」目の前で女性が身も竦む程の大木に語りかける。すると

「いかがでしたか。」と、かなり(しわが)れた別の女性の声が返ってくる。状況から見て女性と1本の大木が会話をしている。男2人は黙って聞き耳を立てるしかなかった。喬木は久々の珍客に轟き、葉は噂話でケシケシと翻り、虫は落ち着き無く蠢き、小鳥は冷やかすように囁いた。森全体が物珍しさと気疎さに揺らぐ中、2人が女性に前へと呼ばれた。訳も分からぬまま、エアルと呼ばれていた大樹と面と向かうエルとオルガ。セシリアはどこかへ歩いて行ってしまった。

「ようこそ、クルヴィの森へ。私はエアルと申します。お待たせしてしまい申し訳ありません。弟子のセシリアが聞きわけありませんで・・・いろいろ戸惑っていることとは思いますが、時間がありません。要件を手短に申し上げます。この森は今、大量のゴブリンに包囲されております。現在は森のすぐ周辺に結界を張ることで森の外に出ないよう、そして私達のこの場所にも結界を張ることで森の中心部にに入って来られないようにしております。つまりそのゴブリン共を倒さないことには、このクルヴィの森から外には一歩も出ることができないのです。セシリアにも準備をさせております。どうかゴブリン共を殲滅し、この森から脱出して下さい。」2人は結局最後まで、どこに視線を合わせて良いのか分からないままに話を聞き終えていた。


 

 再度合流したセシリアに連れられて、エアルの言う内側の結界との境界線に辿り着いた一行。樹木の奏でる風光を貪り覆い尽くすゴブリンの大群。ゴブリン程度ならば朝飯前だと高を括っていたオルガですら、多いな、何匹いやがると、うんざりといった感想を述べる。

「137匹。」セシリアは抑揚と感情を押し殺して数を伝えた。

「ひゃく・・・!?」エルもいささか驚きの表情で息を飲む。

「それよりあんた達、ちょっとは戦えるの?」エアル様は何故だか随分信用しているみたいだけど、私は大して頼りにしちゃいないからね。そもそも突然転送されて来た見知らぬ奴らと一緒に・・・」そんなセシリアのぼやきを無視して、エルとオルガは既に結界を越えて戦場へと足を踏み入れていた。無視され、置き去りにされたセシリアは頬を膨らませる。

 「数が多い。背中合わせで敵さんの攻撃を迎え撃つぞ。極力こっちからは仕掛けるな。囲まれた上に背後まで取られたら厄介だからな。」オルガの指示に頷くエルの右手には新しいドラグヴェンデルが握られていた。『蒼き秋風の魔導石』も仄かに光を放つ。ゴブリンたちは一匹、二匹と人間2人の存在に気付き始めていた。

 いくら知能の低いゴブリンとはいえ、目の前で同胞が次々と蹴散らされていけば、1対1ではまるで歯が立たないことを理解し始めていた。むやみに2人の人間へ飛びかかるのではなく、集団で円を描いて間合いを詰める。50匹以上は切り刻んだエルとオルガだったが、今はそれ以上の残党にぐるりと包囲されてしまっていた。

「さすがにバカでも学習するか。やれやれだぜ。」オルガは若干息を乱しながら溜息混じりに吐き捨てると同時に構えをとった。‘till the end of the spiral’の構えを。すると、エルがオルガにそっと耳打ちをする。こちらの呼吸も荒い。エルの魔導石が光を増していた。右手に神経を集中し、細剣を頭上に掲げる。精神統一を図り、ゴブリンとの間合いに意識を傾けた。「天蚕糸(てぐす) (かがり)」。エルは静かに石の力を発動した。青く細い、幾線もの風とも糸ともつかぬ光線がゴブリン共を襲う。それはゴブリンの腕に、脚に、首に腰に絡みついた。直接のダメージは与えられないが、ゴブリンの動きを鈍らせ動揺を誘った。このきっかけを見逃さないオルガ。掛け声を発しながら大剣をぶん回し突き進む。ゴブリンの自由が回復する前に滅殺を謀る。大技など不要。一太刀で十分。対して、一時的に自身の許容量を超えて力を発動したエル。その反動に全身を襲われていた。ただし容赦しないオルガ。

「エル!動けるなら手当たり次第狩り尽くせ!」思っていた以上に強力な魔導石とそれを使用した反動、本来は対象一体に対して放つ攻撃の範囲をできるだけ拡大したことで、片膝を地面について森の土塊を見つめていたエルが目を見開き、短い一声と共に群衆に突っ込んでいった。その後のエルとオルガは、瞬く間にゴブリン達を一蹴した。ここまでの間、セシリアは戦場に一歩も踏み出すことはなかった。

 戦いの幕引いた戦場にようやくセシリアが足を踏み入れる。足の踏み場もないわ、という表情で。

「思っていたよりは強いみたいね。」セシリアは視線も合わせずに毒付いた。

「お前さんはちと、経験不足みてェだがな。」オルガも嫌味を返すと、改めて構え直す。息を整えたエルも同様。エルの様子を視界の端で確認したオルガは満足気な表情。やや距離を置いた所から騒ぎを聞きつけた一ッ目獣キュクロープスが徐々に歩み寄っていた。2人の視線を追ったセシリアは、巨大な魔獣を確認すると2歩、3歩と後退した。

「厄介な所に放り込みやがって、クソ大木が。戻ったら薪にしてやるからな、ったく。」そう吐き捨てたオルガの背中をセシリアが無言で睨めつけた。そして気を取り直して2人よりも1歩前に出ると、手挟むロッドに光を照らし始めるのだった。

 百を超えるゴブリンを統率していた親玉の登場に、再び緊張感を帯びる戦場。目の前のキュクロープスは、その筋肉質な見た目通り俊敏さには欠けるが、耐久性と攻撃力はゴブリンと比較にもならない。今のエルとオルガの体力では一撃が致命傷となりかねない。極力接近戦は避けながらスピードで攪乱したい。エルの速さと技であれば十分に通用する。万全のエルであればの話だが。いささかに分の悪い戦いが始まるはずだった。。

「ソロ・フレイム!」突然セシリアの持つロッドから放たれた火の玉がキュクロープスの一ッ目に直撃した。奇声をあげて顔面を押さえる一ッ目獣。瞬間、魔獣の濁声に勝るとも劣らない雄叫びを上げて斬りかかるオルガ。炎に塗れる頭を切り落としにかかった。触れれば溶けてしまいそうに澄んだ緑で覆われていた森の一角はゴブリンの死骸に埋め尽くされ、大剣の一太刀によってそこに血飛沫が降り注いだ。しかしその出処は首ではなく、丸太と見間違うほどの右腕だった。およそ半分の切れ込みが入った右腕は、キュクロープスの意思とは関係なくブラブラと揺れる。チッとオルガが舌打ちすると同時に、丸太のような左腕がオルガを殴り飛ばした。かろうじて大剣で直撃は回避したものの、すっ飛んだオルガは近くの木に背中から叩きつけられた。「玄翁虎落笛」。キュクロープスの力任せな攻撃によって生まれた隙にエルが踏み込む。狙うはその首。新調された武器によってその威力は以前よりも増している。確かな手応えを感じとったエルは、技の効果を目視した。上段から振り下ろす攻撃で飛び散ったのはキュクロープスの右腕のみ。右肩にカスリ傷程度のダメージは見て取れたが、致命傷には程遠かった。魔獣は使い物にならなくなった右腕を犠牲に首と命を繋いでいた。身体の半分は深紅色に沈んでいたが、その瞳には怒りに満ちて輝きすらも感じさせていた。

 「離れて!」突然のセシリアの要請に素早く反応し、その場を飛び去るエル。巨大な一ッ目でギロリとエルを追うキュクロープスに、初弾よりも大きな大きな火球が直撃した。今度は頭部だけではなく上半身も炎立つ。さらに

「どけー!」というオルガの怒号。炎と煙で仲間の位置を確認し辛い状況の中、巻き添えを回避するための心遣いか、それとも単に気合を入れるための叫喚か。‘the lightning to a mole’。上空に飛び上がったオルガが大地に向けて一気に降下する。彗星の様な、僅かな閃光と共に。大きな爆発音。ソロ・フレイムによる火炎は掻き消され、魔獣を中心にクレーターに似た跡が形作られていた。エルとセシリアが目を凝らす。炎による煙ではなく、‘the lightning to a mole’によって巻き上げられた砂煙によって視界が遮られて、オルガの状態も魔獣の状況も分からない。数秒の後、エルは胸を撫で下ろし、セシリアは思わず顔を背けた。キュクロープスは後頭部から大剣で貫かれ、その巨大な目は大剣を伝って地面と接合していた。キュクロープス本体に力はなく、瞳を失った頭部に突き刺さった剣によって体を支えられ、斜め前方に傾斜していた。左腕とその半分程度の長さになった右腕はダラリと垂れ下がり、まるでオルガに敬服しているようだった。

 決着。オルガが剣を引き抜くと糸の切れた操り人形は課される重さのままに崩れ落ちた。同時にオルガも膝をつく。キュクロープスに吹き飛ばされた際、背中を強か打っていた。エルとセシリアがオルガの元へ走り寄る。大丈夫だと意地を張るオルガだったが、立ち上がることはできない。エルの持っている薬草程度では気休めにもならないことは明らかだった。すると、

「どいて。」セシリアがエルを冷たく退ける。そして法術の詠唱を開始した。手にするロッドが光を纏い、オルガに優しい温もりを与えていく。この「大樹の天恵」の回復作用によって直に立ち上がったオルガは、身体の状態を確かめる為か右肩をグルグル回し、助かったとセシリアに礼を述べた。そしてすぐさま、苦情を申し立てるべくエアルという名の大木に向かって歩きだした。決着の瞬間、朽ち果てたキュクロープスを見て青い顔をしていたにもかかわらず、すぐにオルガの手当をしてくれたセシリアに、エルもありがとうと礼を述べた。セシリアは視線を合わせず、微かに首を動かしただけだった。やがて3人は元の場所に立ち戻った。しかしながら、エアルと名乗った大樹から再び声が聞かれることはなかった。神々しい、他の木々とはまるで異なる何かも消えていた。代わりに、セシリアのほんの少しの手荷物が根元に置かれていた。まるで手渡すかのようにそっと。名残惜しむかのようにそっと。そのことを知っていて、その想いと荷物をそっと受け取るセシリア。

「行きましょう。すぐ近くに村があるから。」そう言うと、荷物を受け取ったセシリアは大樹を離れていった。エルとオルガも続く。2人は力なき大樹を幾度か振り返ったが、セシリアが向き直すことはなかった。長く、細く、柔らかい栗色の髪の毛が力強く揺れる。その力強さが虚勢と儚さを引き立てていた。どれ程に後ろ髪を引かれようと、セシリアはただ、歩き続けた。俯くことなく、前だけを、森の外を目指して。




~ ドラグヴェンデル・戦針 

- 蒼き秋風の魔導石

- 天蚕糸(てぐす) (かがり) ~

陽光に輝く蜘蛛の巣のように美しい風の糸を対象に絡める技。成功すれば動きを封じたり鈍らせるなど、ある程度まで相手の自由を奪うことはできるが、操り人形のごとく動きを強制することはできない。現在のエルの力量では単体、『涼風の魔導石』から『蒼き秋風の魔導石』へ変えた所で多くても2、3体の敵へ放つのがやっと。無理に対象を複数へと拡大すれば効力は大きく失われ、術者の体力も削られる。




~ クルヴィの杖

- 蛍火の魔導石

- ソロ・フレイム ~ 

その名の通り、単発の火球を放つ法術。火を操る法術全ての基本、根幹を成すもので、術者や武具、魔導石によって威力や炎の大きさが多様に変化する。ちなみに火属性はセシリアが最も得意とする砲術である。術者の間では「(狙いを)定められて初級、巨大化で中級、極小化で上級」という言葉がある。




~ クルヴィの杖

- 蛍火の魔導石

- 大樹の天恵 ~

対象者の自然治癒能力を急速に高める森を属性とする法術。まだまだ未熟なセシリアでも骨折程度の怪我であればある程度の時間と集中できる環境があれば治すことができる。さらに経験豊かな熟練者、例えば伝承者クルヴィであれば切断された腕も瞬時に接合できたという。ただし古傷を元に戻したり、死者を蘇らせることはできない。これらはまた別の法術の出番ということになる。

          



~ ガルネードソード

- till the end of the spiral ~

遠方の標的を目掛けて螺旋状に剣気を飛ばす技。一定時間の溜めを要するものの、攻撃範囲の狭いオルガにとって重宝する剣技である。ただし最たる特徴は遠方まで攻撃を届かせることではなく、螺旋の始点から終点までその破壊力がほとんど変化しないことである。



~ ガルネードソード 

- the lightning to a mole ~

空高く飛び上がり急降下しながら重力を味方につけて攻撃する剣技。剣を突き刺したり振り下ろしたりと、その時々に合わせて武器の扱い方を変化させて最良の効果を狙うことができる。また天井のような足場があれば加速が増し、怪力自慢の魔獣にも防御することを許さない。また、付け加えるならば、この技には先があるという。




               第1章 ~ 出会い

               

               【子の守りしもの】


 マグノリア。その村は森を抜けるとすぐさま目に飛び込んできた。まさに目と鼻の先。転送装置でのワープや森の中で時を過ごした為にエルとオルガの時間感覚は狂っていたが、時は夕刻。村の宿に入った3人は、夕食をとりながら手探りの会話を進めていた。

「それじゃあ、あなた達、何の目的も決めていないわけ。これからどうするのよ。」

「その前にお前ェ、俺達に付いて来る気かよ。足手まといになるんじゃねェか。」

「失礼ね。命の恩人に何て言い草かしら。」

「命を落としかけたつもりはない。多少ダメージを受けただけだ。それにお前の法術1発、2発じゃ数える位のゴブリンしか倒せんだろう。命の恩人はこっちだと思うがな・・・ゴホン・・・ウン・・・しかし、何だその、お前・・・細い体でよく食うな。何皿目だ、それ。」オルガの堂々とした質問に合わせてエルもセシリアの前に重ねられた皿の山を盗み見る。

「うるさいわね。法術は想像を絶する位に体力を使うの。だからお腹も減るの。それとね、私にはセシリアって名前があるんだからね。お前って呼ぶのやめてくれる。」そんなやりとりをエルは黙って聞きながら、ゆっくりと箸を進めていた。周囲の客や店員は3人を唖然と見つめている。大声で話をする姿も注目を集めたが、幾重にも積み重ねられた皿の大半を華奢で美しい女性が重ね上げていることに、一層の驚きを隠せなかった。 

 「エルはさ、何で旅を始めたの。」人心地ついて少しお酒の入ったセシリアがエルに尋ねる。えっ、、という風にセシリアと視線を合わせたエルは、再び視線をテーブルに落とし数刻の間を置いて、単なる渡り鳥だとだけ答えた。仄かに顔を赤くしているセシリアは、ふ~んと興味無さげに反応した。

 翌朝、疲労の為か予定がない為か、遅めに目を覚ました3人は頭が冴えてくるにつれて村の異変を感知した。大人達が一堂に会して何かを話し合っている。遠めに見ても穏やかな雰囲気ではなかった。宿の主人の話では朝から子供達の姿が見えないという。どの親も子供から何も聞かされておらず、ひたすらあたふたしていた。村の外には魔獣の姿も見られるとのこと。村の外に意識が行くということは、村の中は既に粗方探したのだろう。そして浮かび上がった不吉な手掛かり。近くの洞窟に出入りする子供達の影を見かけた者がいた。魔獣の巣食う洞窟に。

 聞かぬ振りはできたし、別にこのマグノリアの村と深い関係があるわけでもない。面倒に足を突っ込む必要はこれっぽっちもなかった。だのに真正面から首を突っ込むエルにセシリアは閉口した。俺達がその洞窟を見てきますと。


 

 マグノリア北の洞窟。子供達が潜んでいると思われる場所。それでも魔獣の住処である可能性を否定できずに、大人達が近寄れない所。洞窟に着くまでの短い間、セシリアは絶え間なく愚痴を零し続けた。私達には何も関係ない、村の人間の問題だ、子供達が洞窟に行ったという確証は、まずは村の中をもう1度探すべき、隠れん坊でもしていたら2、3発引っぱたいてやる、報酬はどうするのよ、渡り鳥なんでしょう、こんな貧乏村じゃ何も期待できないじゃいetc...そんなセシリアのぼやきをまぁまぁと笑いながら聞き流すオルガ、そして諦めろと付け加えた。エルは黙々と先頭を切って小さな洞窟を目指す。その道中に魔獣の気配は感じられなかった。そして子供の姿も。程なく目的地に着くなり、戸惑うことなく中へと進んで行った。もちろんオルガとセシリアの2人もそれに続いた。

 小さな洞窟内では魔獣が徘徊していた。しかし奇妙なことに、人間を見つけても襲ってくることはなかった。ギロリと鋭い目つきで3人を睨みつけているので恐らく敵として認識はしているのだろうが、何事も起こらなかった。不可思議な状況下に、警戒だけは解かずに先を急ぐ3人。誘われているのかと疑る者、腕が疼いて仕方のない者、己の幸運に酔いしれる者。そんな3人は5分とかからず最深部へと近付く。最新部を前にして先頭をいくエルがピタリと足を止めた。続いてオルガも何かを察する。少し遅れてセシリアもそれを感じ取った。最深部にいたのは子供達、そして、紛れもない魔族だった。岩陰に隠れて気配を殺し慎重に目を遣ると、魔族を子供達が取り囲んでいる様子が伺えた。するとセシリアが数歩奥へと引き返す。逃げ出すのかと思いきや、ポンと手品の如くセシリアの手元にクリーチャー・エンサイクロペディアが出現するのだった。ペラピラとページを捲るセシリアを、いつの間にやら覗き込むエルとオルガ。あった、というセシリアの一言にもう一歩顔を寄せる。

「名前はクリアンカ。ランクはB。魔族に間違いなし。さぁ、どうする?」タンと辞典を閉じて再びポンと消し去ってから、狐に摘まれたような2人に視線を送るセシリア。

「子供を助ける。」小さいけれど意思の通った、消して曲がらず折れない太い声で宣言したエルが、クリアンカという魔族に向かって突き進んでいく。転送の小枝は外に置いてきたから最悪の場合は逃げることもできるけれど、洞窟の外まで追ってこられたらアウトだわ。私達も村も。こんな小さい洞窟では時間が稼げない。その前に子供達。本音を言えば望み薄であることは否めない。生存者確認が最優先か。セシリアは2人の背中を負いながら状況整理に追われていた。

 眼鏡の奥に光る鋭い眼光。金髪の短髪。背中には黒く大きな羽が見られた。ただし眼鏡のレンズにはヒビが入り、髪の毛はボサボサ、背中の片翼はほとんど原型を留めていない。その身を覆っていたであろう魔装はその大半を砕かれ、クリアンカの代名詞とも言える長い槍は刃の部分が破壊されて単なる棒と化していた。手負いの魔族クリアンカ。死にかけ、瀕死といった方に近いだろうか。彼は近付いてくる3人の人間を目視すると、棒を杖代わりに立ち上がろうとする。無事な方の翼は幾らか揺れるが、もう片方はピクリともしない。さらに傷口が開いているのであろう、どこからともなく血液が滴り落ち、顔面に大量の汗を浮かべ、もはや武器とは呼べぬ槍に全体重を預けてやっと立ち上がった時、3人と魔族を割って入ったのは6人の子供達だった。両手を精一杯に広げた通せん坊の格好をして3人を見上げ、希う。彼らが庇うは魔族クリアンカ。臨戦態勢の3人は魔族の姿と子供たちの行動に戸惑い、足を止めた。互いに視線を交わし、必死の表情を崩さない6人を見澄まし、同じく必死のクリアンカに照準を合わせた。

 魔族と人間の戦いを阻止したのは子供達に違いなかった。目の前の光景が幻でなければ人の子は、魔族クリアンカを守るべく立ち塞がっていた。この状況に魔族は平常心を乱すことはなかったが、3人は少なからず動揺を強いられた。思考と行動は凍結、手にした武器が輝きを弱めているようだった。そんな時、膝を折って子供達と目線を合わせたのはセシリアだった。彼女の表情はクルヴィの森で大樹エアルと別れて以来、最も優しく穏やかな微笑みを携えていた。そして男2人に行動の指針を示す。セシリアの要請に従い、エルと6人の子供達は席を外した。7名はクリアンカ等の姿が見えない、話し声も聞こえない所まで戻り待機した。オルガはそのままセシリアのボディガード。そしてセシリアはクリアンカと会話を始めるのだった。

 エルが子供達を連れてその場を離れている間、フル稼働するセシリアの視覚。隅から隅まで目の前の魔族クリアンカを熟視した。それこそ頭から足の先まで。見れば見る程、瀕死の状態に他ならなかった。それでも壊れかけの眼鏡を通して輝くその眼光は、誇りを失っていなかった。仮に今この場でオルガが切りかかれば、その命を失った槍で応戦するだろう。そんなクリアンカの鋭い瞳に吸い込まれる様にセシリアが口を開いた。

「あなたは魔族に違いないわね。確か名前は、クリアンカ。」魔族は答えない。

「魔族ともあろう者が一体誰にやられたの。まさか子供達になんていう冗談は言わないでよね。」

「・・・」

「子供達があなたを庇ったのは何故?」

「・・・」セシリアの声だけが虚しく響く。くれぐれも子供たちに聞かれまいと、極力声の大きさは押さえていたが。質問に窮したセシリアは一旦口を閉じそのまま魔族を見つめる。一方のクリアンカもセシリアから目を逸らさない。そんな静寂を崩すように突然クリアンカの腰が砕けた。些少の破裂が生じ、文字通り腰が僅かに砕けた魔族は、已むなく片膝をついて腰を落とした。暫くの間クリアンカを見下ろしていたセシリアだったが、やがて小さな溜息を吐き出して、魔族と目の位置を合わせるべく自分も座り込んだ。脚を崩し、咄嗟のことには対応できない格好をするものだから、隣にいるオルガが動揺してしまった。

「ごめんなさいね、自己紹介がまだだったわね。私はセシリア、こっちがオルガ。私は少し法術をかじっていて、こっちは剣士。今は私のボディガードね。」再び口を開いたセシリアから紡がれた言葉に、槍を固く握りしめていたクリアンカの拳が僅かに緩んだ一瞬をオルガは見逃さなかった。さらに次の一手として繰り出されたセシリアの言葉によって魔族の表情が一変した。オルガにはその言葉の意味する所は理解できなかったのだが。

「ネクローシスとアポトーシスの併発。あなた、同族にやられたのね。その相手はおそらく―」

「なかなかに聡明なお嬢さんだ。」初めて口を開いたクリアンカは手にしていた槍を地面に寝かせて、戦闘の意思がないことを明かした。元より戦える状態ではないが。

「俺をやった奴はお嬢さんお察しの通り。この洞窟で身を潜めていたらガキ共がやってきた。そ

れだけだ。」クリアンカは喋り終えると大きく深呼吸をする。

「随分と懐いていたみたいだけれど。」

「知るか。食料と適当な薬を持ってこさせたら勝手にそうなった。」

「洞窟内の魔獣が人間を襲わないのは?」

「こんな状態でも、あの程度の魔獣ならば操ることは造作もない。」

「子供達を守ってくれたのね。」

「勘違いするな。利用できるものを利用しているだけだ。利用価値が無くなれば魔獣共の餌になって終いだろう。」クリアンカの呼吸は荒くなり、肩も上下を繰り返した。

「そうね。」セシリアは会話を区切り立ち上がると、エルと子供達の待つ出口の方向へ歩き出した。オルガも背後を振り返りながらセシリアに続いた。

「ちょっと待ちな、お嬢さん。頼みがある。」背中越しの掛け声に対して振り返り、素直にクリアンカへと近付くセシリア。そこで静かに交渉が始まった。

「お嬢さんは法術士と言ったな。見た所、火炎の類を扱えるようだが。」

「少しなら。」

「よし、それでは1つ火の玉を作ってくれないか。ある程度大きい火球だと好都合なのだが。」クリアンカの血と汗の量が見るからに増える。セシリアはクリアンカの意図を理解できないままにソロ・フレイムを発動した。直径5メートル程の火球を作り出したセシリア。全力ではない。この先何があるか分からないから。警戒は解けない。それでも、それ相応の力を割いて作った火球だった。

「ふん、上出来だ。」クリアンカは小さな笑みを交えて呟くと、セシリアの作った火の玉を目力だけで自分の左斜め前方へゆっくり移動させた。加えて折損している槍を火球に向けると、その大きさが2倍以上に膨れ上がった。セシリアとオルガは安全と思われる位置まで後退る。セシリアはロッドを、オルガは大剣を握るその手に力を込め、徐々に蝕まれゆく魔族の次の行動を待った。

「もう・・・1つ・・・ん?、これは。」セシリアが恩師の預言だからと魔族に伝えた。そうか、と一呼吸置き、つい先程よりも表情の険しくなったクリアンカが息を切らせて言葉を紡ぐ。

「貴様ら、この洞窟を封鎖できるか。この洞窟の入口を破壊することは、可能か。誰も入ってこれないように。」質問の真意が理解できた訳でも、魔族と心を通わせていた訳でもなかったが、

「可能だ。」オルガが承諾する。

「10分後、入口を破壊しろ。このままの状態であれば数日後には追っ手が来るだろう。そうなれば俺も村の人間も殺される。一応ガキどもには借りがあるし、何より俺は、ふざけたアポトーシスでは、死なん。クルヴィの女に会ったのはそういう運命なのかもしれない。」

「諦めないで・・・」セシリアはそう言うとクリアンカの元を離れていった。オルガも続くのだが、最後の2人の会話が、この時のオルガにはまだ理解できなかった。

 エルたちと合流した2人は、3人で子供達を囲うようにして出口へと急いだ。途中で幾匹もの魔獣とすれ違ったが、全て魔族の座する洞窟の奥へと進んでいった。人間族には目も呉れることなく、ただ奥を目指す為に歩きにくかったが、3人はそれ以上に子供達からの質問に弱り果ててしまった。詳細を知らないエルは答えられず、セシリアとオルガの2人も、魔族を守ろうとした子供達への回答を持ち合わせてはいなかった。その後の魔族の運命もオルガとセシリアでは見据える先が異なってはいたが、口にできる代物ではない。


 

 洞窟の外は強く風が吹いていた。上空には沢山の白い雲が流れ、太陽はその厚い雲で覆い隠されたり顔を出したりを繰り返していた。乾いた大地の上を走るその影は全ての障害物を何事も無く通り抜けていくだろう。速度を緩めることもなく、ただ前進を続けていく。子ども達は強風で体が流されてしまわぬように背中を丸め、足を踏みしめながら、親達の待つ村を目指して歩いていた。引率役はエル。周囲に魔獣の姿は見えないが、無事に村まで辿り着かせることがエルの役割であり、それ以外には成すべきことがなかった。

 一方のセシリアとオルガは洞窟の入口で立ち尽くす。風に強く靡く髪を左手で軽く押さえながら、セシリアは洞窟を見つめて動かない。オルガは彼女から少し離れた位置でタバコを吸いながら、セシリアの一言を待った。彼女がそのまま振り返り村を目指していたらオルガはどうしていただろうか。オルガにとっては唐突に、セシリアからすれば一念発起してソロ・フレイムが唱えられた。洞窟内で作ったものよりも巨大な火球を浮遊させ、入口上部へ叩きつけた。ガラガラと音を立てて入口が半壊する。あとはオルガが洞窟を潰す。入口は完全に封鎖され、もはや誰も出入りすることはできなくなった。奥の様子を伺い知ることはできないが、火葬場に化したと考えることが妥当だった。

 一足先に宿へ戻って2人を待つエル。子供達を送り届けた後、逃げるように宿へ向かった。口々に礼の言葉を連ねる村人を避けて、何も言わずに立ち去った。直にセシリアとオルガも村に到着した。セシリアは人目を避け、殊に子供達の視界に入ることを恐れて急ぎ足で宿に向かった。オルガは慌てることなくどっしりとした足取りでセシリアの後を追った。声を掛けてきた村人に手を挙げ応えもした。そんなオルガを放ってセシリアは宿の扉を開き、中にエルしかいないことを確認して腰を下ろした。そして計ったように深く長い溜息を2人同時に吐き出した。セシリアは洞窟内での出来事を簡単にエルへ話した。エルは自分の憶測から大体外れていなかった事実に頷いた。それ以外には言葉を交わしたり視線を合わせることもしなかった。望み薄の状況ではあったが、考えうる最良の結果に結びついた。それでも、後味の悪さというか、納得のいかない何かがいつまでも尾を引いていた。そこにひょいと戻ってきたオルガ。扉を半分開けて2人の様子を確認したオルガは部屋に入らず扉を閉めた。3人共に、厳しい表情に覆われていた。2人の感情に対して合点のいかないオルガ、憎むべき魔族というものの存在がいまひとつ理解できないエル、そして実は、大樹エアルの遺言に従っただけのセシリア。ひとまずクリアンカとの出会いはここで一区切りということになる。

~ クリアンカ

ー 魔族

ーランク:B ~

眼鏡に金髪の短髪という容姿。外見は人間族と変わらない、背中に生える漆黒の翼を除いては。攻撃の多くは、黒に近い赤と紫に近い黒の二色に彩られた魔槍から放たれる。生き血を吸うほどに赤と黒が同一色へ近付き、魔力が増幅されていくというのが魔槍と呼ばれる所以。漆黒の翼で空中を自在に動き回り、多くの生物にとって死角である頭上から命を奪いに来る。とある魔族から受け継いだという魔槍、不死の象徴・畏怖の対象とされる黒き翼。向き合っただけで意識を絶たれてしまう者も少なくないだろう。ただし魔族としては非常に若い。辻褄の合わぬ程に若いため、一説によると生来の魔族ではないのではないかというが、将来は支配者クラスの実力を有する可能性を多分にもっている。



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