6.日常:パラダイスロスト
先輩 男。ワナビ。異性には幻想を抱きたいが、割ともう、すでにそげぶ。
後輩 女。ワナビ。自身が異性には求めるものが多いと理解しているので、諦め気味。妥協は大事。
アケ 女。読み専。二次元こそ正義。空想妄想が現実に劣ると誰が決めたの?
神は死んだ。クーラーはやはり壊れたのだ。ポウが彼の死亡を確認すると学校側へ取り替えの申請した。十年以上、文芸部を守護した偉大なものは役目を終えたのだった。
「あ゛ー」
「う゛ー」
故に部室には変わらずリビングデッドが転がっていた。
入ってきたアケが呆れたように問いかけた。
「えー、なにしてるの」
「床に熱気を逃がしているのよ」
後輩はしれっと答える。アケは息を吐いてから、部誌を一冊手に取ると、後輩の近くに座る。
「先輩~、この子に変なことばっか教えないでください」
「元からこんな感じじゃねーの」
「違います」
むぅっと反論するアケ。
「ほら、立って、あ゛ーあ゛ー、髪の毛が無茶苦茶じゃない」
「そうなの」
「そうだよ」
後輩の体を起こして、無理矢理髪をすき始める。アケと後輩は中高からの長い付き合いだ。
パーソナルエリアとかいうのが近いか、無いんだろうと先輩は見上げながら思った。
「トップブリーダー・・・・・・」
親友というよりはその姿が、どことなく犬に構う主人のような印象だ。
聞こえないようにつぶやくと体を起こす。構図的に女子大生を下から覗く変態めいた形だったからだ。
二人ともハーフパンツなのでいろいろやばい。
「先輩が堕落させすぎたんですよ」
すぐにブリーダーが噛みついてきた。その下で、後輩はのほほんと髪すきを楽しんでいる。
「もともと堕ちきってただろう」
「そんなことありませんよー」
アケはぷぅっと反論すると、髪すきを止めて座った。
「まったく堕ちきったヒロインとか価値が半減です」
「ヒロイン?」
「はんげん?」
仲良く首を傾げる二人。
「ヒロインねぇ」
「締めますよ」
「やめろ」
仲良さそうな二人に息を吐くアケ。
「そういえば、先輩ってヒロイン書くの下手ですよね」
「おおう、アケちゃん、いきなり横殴りしてくるなよ」
思い当たる節はあるらしく、先輩はしおしおとへたれた。
なお普通の物書きは激怒する可能性があるので言ってはいけない。
「ヒロインか、最近はトロフィー系ヒロイン、奴隷系ヒロインなんかがメジャーらしいけど」
「最近、ふふん、奴隷系は昔からあるよ。従順で自分を讃えてくれるというのは魅力だもの」
「欲望の象徴ね。支配した、自分が上に立ちたい、強くなりたいというのは根本的な衝動ですね。群れを支配して、猿山の大将こそ、男性原理ですから」
男って馬鹿よねーっというノリの会話に聞こえる。事実というの得てして人を傷つけるのだ、と先輩は悟った。
「居づらいんだけど」
「我慢してください」
女二人の歓談に微妙な顔をする先輩。女の子がこんな話していいのかという警鐘と、その女の子というのは貴方の空想の産物ではないでしょうか、というツッコミ。
せやな、と納得した。
「やはり、ヒロイン屈服はロマンですよ、ロマン」
「さよか」
アケが楽しそうに語るのを死んだように答える先輩。
「私はあまり共感できないけど。ヒロインと主人公はやっぱり苦労して、互いに認めてゴールインがいいもの」
儚げな乙女のように台詞を吐いた後輩。
「おまえの苦労って、拷問みたいなもんじゃねーか」
「それで挫けない意思こそ尊いのです」
「ラスボスめ」
「もう! 綺麗なこの子を返してくださいよ」
「え、俺のせい?」
ぷりぷりとするアケが話を引き戻す。
「いい、ヒロイン屈服はメジャージャンル。高貴なものが堕ちる、可憐で気高い意思が歪む瞬間、ああ」
頬を押さえ恍惚とするアケ。
「友達は選べよ」
「昔はこうじゃなかったんですよ」
頭を押さえる後輩。
「しかし、やはり堕ちきった後は微妙ですね。私としては、こう、砕けず牢の中で敵意を向けてくるぐらいまでがよいです。
あ、今回も良かったよ、牢のシーン! 拷問って女の子よね」
部誌の作品のことだろう。親指をビシっと立てるアケに後輩は微妙な顔をした。
「あ、うん。ありがとう?」
「できれば、あのあと×××を△▼△して欲しかったけど」
「お前の親友だろ、なんとかしろよ」
「え、無理」
終われ。