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お話になりません  作者: 五部 臨
部誌作成編
4/12

4.日常:つわものどもの、ゆめのあとのあと

先輩 男。ワナビ。未完の作品ほど、もどかしいものはない。

後輩 女。ワナビ。完結してない話はお話ではない。

ポウ 男。ワナビ。物語は終わらないほど良い。

部長 男。イラストレーター志望。物語も絵。シーンが面白ければ良い。


 締め切りだ。


「うひひひひ、うひひひひ」

「先輩は楽しげによだれを垂らした。いや汚いし、まあ、普通ありえない。これは漫画的比喩である」


 後輩は実況しているが、その瞳も正気ではない。まあ、いつも正気ではない、が。物書きとは因業なり。


「できました、か?」


 ポウが心配そう二人を見てくる。小動物っぽい瞳だった。かよわい。


「愚問です。仕上がりましたよ。校正もアケちゃんに一度、頼みました。大丈夫でしょう」


 後輩は親しい部員の名を言いながら、USBメモリーを部長に渡した。アケちゃんは読み専、つまり書かないがよく目が肥えた読書狂だ。感性は鋭いのに残念だと、部員には言われる。

 一方、先輩の方は笑い続けていた


「ふひひひ、ほほほ、ひひ、ほほほほほ」

「で」


 部長の声。ぴたっと先輩の動きが止まる。


「駄目だった。部長! ごめん!」

「なあに、今は昼だ。あと九時間ある。いけるだろ」

「いや、いやいやいや、無理だって」

「君の意見は聞いてない。やれ」


 先輩はそうして、正座させられた。持っていたノートパソコンを広げて、無理だぁー、と泣き言をいう。

 部長は、部室の扉の前までいくとがちゃりと鍵を閉めた。内側からなので簡単に開くが、その音がプレッシャーになる


 めそめそする先輩を横に部長は口を開く。


「まだ、時間があるか。校正手伝って」


 返事も聞かず、部室備え付けの古い印刷を動かす。


「はあ、まあいいですけど」

「わかりました」


 素直な二人の前に、どんっどんっと紙の束を造っていく。


「長くない、ですか」

「長いよ。お前らと同学年のトキシラズ先生だ」

「う゛あー」


 ペンネーム、トキシラズ。通称トッキー。文芸部が誇ってしまった大文豪である。


「なんで部誌で、連載小説してのかね」

「読みづらいですよう」

「作品の善し悪しはいいから、校正」


 作品名は「影の騎士~ダークナイト~」。

 かつて国一番の騎士だったが、ある陰謀により呪われ、放逐された主人公。彼のその後を描く物語である。


 まあ、手垢がついた主人公、TUEEEものである。だが、手垢のついてない設定というものは滅多にない。

 問題は中身だ。テンプレだろうと手垢だろうと、斬新だろうと、面白ければいいのだ。そもそも、古典ファンタジーなんてみんなテンプレなのだから。


「話が、致命的だ。描写で死にそうです。

 いや、なんだろう、強すぎてまったく怖くないし、主人公がゲス過ぎて共感もクソもない。

 ヒロインもこいつに惹かれる理由がわかんない。

 何これドロップ品? 女はトロフィーか、飾って楽しいハーレム要員か」

「それより、誰がどこでなにやっているんだ。理解させようという考えはないのか、あの人は」


 何故か、先輩の方が頭に槍でも刺さったようにのたうっているが、気にせず二人は文句をつける。


「これ、は。うん、誤字脱字だけの方向でいいですか」

「それでいい」

「しかし、本当にのせるんですか、これ。部誌の半分以上使いますよ」


 文芸部によって造られている部誌だが、部費を払えば無料で掲載というわけではない。

 金銭トラブルがかつてあったため、掲載する人間が主に支払っている。


 一人頭五千円。これが十人以上集まれば部誌として出せる。もちろん、5万集めただけで出せない。

 もっとオフセット印刷は料金がかかるのだ。しかし、超過分は補助金と部費で賄っている。


「問題ない。前後編らしいから、一万預かっている。

 それに紙面の数より、オフセットにすること自体が金がかかるからね。正直薄くても厚くてもねぇ」

「オウ、これ、もうひとつ」

「おかわりもある、ということだ。喜べ、文字だ」

「文章を、ください」

「そもそもだ、こっちとしては善し悪しより、完結して、早く提出してくれる作品の方が上等だよ?」


 ごふっと先輩と後輩が何かを吐いた。二人は序盤は結構面白そうだが、完結にいかないことで有名だ。

 ポウは二人のエクトプラズムが手を振っているような様子を幻視した。


「個人的には完結してなくも、面白ければいいけど。外に出すのだから完結させなきゃあねぇ」


 男女問わず、美人の言葉というのは鋭いものだった。

 先輩が死にそうな目をしていた。


「未完の大作より、完結した凡作だよ」

「ええまあ。でも、これを凡作というのは、ちょっとためらうなあ」


 ポウの声に、ふんっと部長は鼻で笑った。


「これは体験談だがな。数をこなし、幾多の完結作ができれば、その分、作家というものの腕は上がる。

 完結もさせない大作をうだうだいっていつも投げ出す奴とかよりは、トキシラズは伸びるぞ」


 冷徹な声。先輩の瞳は部室中、出口を求めて彷徨っている。なお、そんなものはない。


「さあさあ、校正だ。文句は読書会でもやって言えばいい。今は部誌を出すことが大事なことなんだ」


 部長は満足そうに後輩達をけしかけた。


 先輩の方は、壊れたように、つぶやきはじめた。




「終われ、終われ、終われ、終われ」


 終われ。


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