3.日常:さでぃずむ
先輩 男。ワナビ。主人公は人間らしさが大事だ。
後輩 女。ワナビ。主人公は人間賛歌の体現。さあ、声を絞り出して歌え。
ポウ 男。なろうマン。ポウはあだ名。後輩と同年代。主人公は読者の一部となるもの。
「「ポウ、ポウ、ポウ!」」
「うるさいっす」
かつて灼熱の生ける死体置き場だった部室。今では、そこにはエアコンの稼働音があった。涼しい。
先輩と後輩は修理したポウの名を叫び、ひとしきり盛り上がった。肩でも組みそうな勢いだが、暑いのでやめた。
「これが福音ですか」
「そうだ、天使の声だ」
天に祈りを捧げんとばかり、だった。彼らは狂ってしまったのだろうか。
「はあ、まあ、俺もここで原稿進めますかね」
といって天使だった男はちゃぶ台にノーパソを広げはじめた。
「ポウ、どうです、進みました?」
「ええ、まあ。あとは最終チェックするだけです」
まだ、ぐだりと風を浴びている先輩と違い、立ち上がる後輩は自分のバックからメモ帳を取り出す。
「はやいですねー、こっちはまだ構想ですよ」
「え、なにそれ、大丈夫? 今週末だよ」
「へーきへーき。一度はじめると速いからなあ、こいつ。すごい楽しそうだし。
特に主人公をいたぶる話になるともう、見ているだけで震えが来る」
立ち上がりながら、そう答える先輩。実際微妙に青い顔をしていた。冷房に当たりすぎたというわけではない。
「根っからのサディストだからなあ、こいつ」
「え、違いますよ」
「え」
「え」
「え」
全員固まる。
「いや、後輩よ。おまえさん、登場人物の心をすり潰す時、すごい楽しそうな顔しているぞ。
口が三日月で、白目が広がり、涎を垂らしているぞ」
「いやいやいや、そんなはずはないですよ。なんですかその殺人鬼みたいな人」
「イメージ映像だ、比喩表現というものだ。とりあえず冒涜的だったといってやる」
「シめますよ」
「はっはっはっ」
「ふっふっふっ」
「ははははははははははは」
「ふふふふふふふふふふふ」
仲良く手を組み合い、両腕の力比べをはじめる。なお、この後輩、力は女子ながら強い。
「ぎぃっ、嘘言うな、飲み会より、読書会より、夢の国より楽しそうに顔してたぞ」
「ふんっ、必要だからやっているのです」
うさんくさそうに、後輩を見返す。なお、ポウは横で死んだ目をしていた。
「うそだぁー」
「いやいや、私のテーマは希望とか優しさですよ。いわば人間賛歌です。
だから、人間性を限界まですり潰し、それでも輝くものを魅せるんですッよぉ」
チェエエストォっというかけ声。いい笑顔で答える後輩は組み合っていた腕を捻る。
苦痛と共に手を離し、お、おうと情けなく先輩は呻いた。
「でもさー、主人公につらく当たると中々読んで貰えないよね」
ポウがノーパソに向かいながら、続ける。
「まあなあ。やっぱ、投影型の主人公がメインのラノベだと厳しいんじゃね」
「そうですかねぇ、主人公っていうのは困難に立ちむかうから美しいんじゃないですか」
「役割が違うからなあ、なんともなあ。追体験によって得られる快感をメインにするか、経験をメインするか」
手をふらふらと動かしながら答えるのは先輩だ。後輩はすぐに反論する。
「それこそおかしいですよ、快感も苦痛も読む側の快楽じゃないですか」
「そいつは味覚で言う甘さとか苦さ、と同じって考えればいいんじゃないか
鬱々なのが好きなのもいれば、楽々なのが好きな奴もいるって。まあ好み」
「でも、楽々な奴しか受けないのはきついぜ、誰も読んで貰えないってのはなあ」
男達は嘆く。少しでも「快」から外れると読んで貰えない。なんとも難しい。
「だから温いんですよ、先輩もポウも。
ぎりぎりまで、惹きつけて、惹きつけて、心折るんですよ」
狩猟者の瞳だった。
「存在が千切れるほど恐怖によって、折れる心、砕ける肉体。
それでも復帰し、立ち上がる姿を見せてこそのお話というものです。
ふふふ、思い出しましたよ、最初の気分って奴を。
今ならヤれます!」
「「ひぃっ」」
にたぁありと歯を剥いた。鮫のような笑いとはこのことか。
男達の怯えを余所に、後輩はメモ帳にペンを走らせた。
終われ。