2.日常:願望垂れ流し
先輩 男。ワナビ。地味ファンタジーマン。自分は常識的だと思っているが大分変。イラストは見る派。
後輩 女。ワナビ。動物系ファンタジーを書いている。なんというか理性的な天然。解剖しないとイラストは描けない派。
部長 残念ながら男。むしろイラストレーター志望。
汗を垂らし、転がっている男女がいた。色気は、なかった。
「旅に出たいです」
「いけば」
さっくりと切り捨てた先輩はごろごろした。ダメージを受けた様子もなく、後輩は口からどろどろと言葉を吐く。
「なんで、とか、どーして、とかあるじゃないですか。むしろどこに行きたいとか、言うべきでしょう。もちろん、費用は先輩持ちで」
「いやいや、中国だと後輩が奢るらしいぞ、賄賂で」
「あいあむ、じゃぱにーず」
「俺、必修言語、ドイツ語なんだよね」
「じゃ、ちょっとボドゲの翻訳して欲しいんですけど」
「年、一コマ程度で分かるようになるわけねーだろ、と先生はいってたぜ」
「役立たず、不能」
「セクハラじゃね、それ」
八畳間の狭い中、転がりながら狭苦しく虚しい言葉をぶつけ合う。
ちゃぶ台越しに、後輩はウバァーっと声を上げる。威嚇するように、狐の形を指で編むがすぐに飽きてやめた。
「暑いよう」
「だよなあ」
先輩の方が頷く。
「何故、我々はここにいるのか」
「クーラーが生きているはずでしたね」
「図書館が死んでいなければ」
二人は部室で蠢く。家族でもないのに、溶けたように崩れた姿を互いにさらす。
「原稿、進みました?」
「文学フリマ用の奴だっけ」
「締め切りが近いですよね」
あーばーげーがー、と唸り続ける。文芸同好会なので年何回か、オフセット印刷の同人誌を出す。基本的にこれは対して売れない。基本的に部員に配って後は余っていく。部室にはそうした敗残兵達が山となって残っている。
それを見てなお書こうというのは物書きの業であった。
「しかし、駄目なんだ」
「駄目なんですか」
「短編ってさぁ、アレだ。ネタ出しが命だろ、落ちがしっかりしてないとさー、微妙じゃないか。中々決まらなくて」
「長編は」
「長いんで書くのが大変。だいたい同人誌で長編って死ぬぞ。連載にして読む奴いるのか?」
「中編」
「ネタ出しの難しさと長さを合わせた地獄」
二人で虚しそうに天井を見上げた。
「あと書いてると、これ面白いかって疑問が浮かぶと駄目じゃないか、筆が死ぬ」
「ああ、ありますよね」
私もなんかこう、鼠の肉体構造、これであっているのかなあとか。作業中なのに解剖したくなる」
「近寄るな変態」
「そんなひどい」
がちゃっと戸を開ける音、入ってきたのは美人の男だった。フィクション修正はない。これは部長だ。
「聞いていたぞ。いいから、おまえら進めるんだ」
「だが、ねた」
「おまえのネタが面白いとか、知らない。そんなことはどうでもいい。進めるんだ」
「いや」
「締め切りは今週末だ、じゃあの」
閉じる音、二人は静寂に残されながらも、よろよろと動きだした。
「やりますか」
「やろう」
「お腹空きましたね」
「う゛ーん。そろそろ、一杯引っかけたいな」
「暑気払いですね」
「そ・れ・だ」
仲良く手を組んだ二人。
それを消すのは、がちゃっと戸を開ける音。血走った目だけが、彼らを見ていた。
「いいから、進めるんだ」
「「アッハイ」」
終われ。