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お話になりません  作者: 五部 臨
登場人物編
11/12

10.日常:死者は速やかに旅をする

先輩 男。山育ちで、かつては野山を駆け回っていた。森の賢者。

後輩 女。なんやかんや苦労している。両親は、遥かに遠い所にいる。

ポウ 男。実は結構いいとこの坊ちゃん。一つを除いて不自由のない生活をしている。

アケ 女。末っ子。遅く産まれた子供なので割合甘やかされていた。




 目につくのは飾られた大きな肖像画、立派な異国の紳士が写っている。

 ここは洋館の入った広間だった。


「これは、すごい」


 アケはぽわっとした顔のまま、周囲の雰囲気に飲まれていた。


「相変わらず広いな」

「二度目だとまた違う感じがしますねー」


 先輩と後輩は辺りを観察し、デジカメを弄り回していた。


「ポウの実家がこんなのだったなんて」

「アケは初めだもんなー」

「意外というか、やっぱりというかでしたけどね」


 ポウは微妙に照れたような顔した。幼く甘い顔、日本人離れした目鼻立ち、誰がどうみても洋画の子役だ。赤々とした口と、病的なほど白い肌がどことなく現実離れしている。

 だが、現実はただの駄目な大学生なのだが。


「「ポウ! ポウ! ポウ!」」

「はいはい、なんですか」


 テンション高い先輩後輩に苦笑しながら、そのまま洋館をぐるりと回った。今日はここに泊まらせて貰う。大分時間的に余裕があった。

 ゲラゲラ笑う二人につられるような形で家主と共に歩く。


「立派ねー」

「そうでしょう、歴史的価値はないですけどね、模造ですから」

「明治期の洋館そのままの設計って逆に凝りすぎて価値があるんじゃない?」

「ですかね。まあ消防とかの関係でちょいちょい変わっているんですけどね」


 雑談しながら素晴らしい建築を眺めていく。敷かれたベルベットが美しく、いくら歩いても飽きさせない。所々ある花瓶には季節の話が飾ってある。


「なにこれ、非常食?」

「ははは」


 変なことを言う先輩に苦笑するポウ。

 そのうちに、日は陰り、すっかり暗くなっていた。


「ふう」

「おつかれ」


 アケはそういって笑いかけた。


「でもこんなすごいところ、今度の合宿で借りていいの?」

「まあ、父には許可を取ってあるし。そもそもあの人滅多に帰ってこれないから」


 あの大きな肖像画の主なのだろう。実にダンディだった。


「じゃあ、合宿の時はよろしくです」

「任せて、適当に準備させてもらうよ」


 秋の連休にある合宿、ただ集まってだらだらしたり、本を付き合わせて批評して、観光地巡ったりするという真面目な活動が三分の一あればいいというイベントだ。

 普段はホテルなどで行うが、幹事であるポウがどうせなら自分の家でという提案をしてきた。


 前年度幹事である先輩と、資料として見に来た後輩、その後輩について来たアケと不必要に膨れた人数だったが、ポウは嫌な顔はしていない。度量があるのか、この大きな屋敷は寂しいのかもしれない。

 たまにすれ違うのは時代錯誤の使用人達で、端正でいかにもな雰囲気はあるが陽気さはない。

 そのうちの一人がこちらについっと寄ってくる。一礼すると、きしんだように声を出す。


「お食事の用意ができました」







 夕食後、アケは大分、飲んでしまった。


 饗されたのは、赤々とした血のような柘榴の酒。どろり甘いものが喉を焼けば焼くほど美味に思えた。

 先輩は潰れた後輩を連れて、寝かしにいった。そのままいっしょに寝てしまえばいいのに。あの二人は。


「う、うう゛ん」


 酔いが思考に回ってきたらしい。ふらりと倒れそうになる。


「大丈夫ですか」

「え、ええ」


 アケを介抱するように支えたのは、ポウだった。象牙のような歯を剥いて笑いかける。瞳が会うと心臓が揺れた。

 そういう酒精にやられているのだろう。


「少し、外の風でも当たってこようかな」

「付き合うよ」


 立ったアケの横に立つポウ。彼の瞳にすれ違う度に、意識がすぅっと引いていくようだった。

 普段はそうも思わない。いや思えなかったのだ。


 焦がれるような心音が全身に響くと、肌が熱くなる。

 すっとポウに手を引かれる。それすらも快楽のようだった。


 ふらりと引かれるままに、外へ向かう。


 洋館の素晴らしい装飾も絵も今は目に入らない。ポウの持つ、蝋のように艶やかな真っ白な肌。手の平から伝わる冷たい雪のような感覚。そして、その髪は、月明かりに照らされて金色に煌めいている。


 庭園までふわふわとやってきたが、アケはポウを見つめるばかりだった。


 ポウは薄紅色の唇を振るわせる。


「ねえ、少し遠くまでいきませんか」

「遠く?」


 陶酔したままに、答える。

 庭土の臭いが広がり、蹄の音が聞こえた。大きな馬がいた。影のように現実感がない。

 いつの間にか馬に乗っているポウ。


 するりと伸ばされた手を取ると、とたんに自分も馬上にいる。


 アケは嗚呼、夢なのだろうと身を委ねた。


「どこまでいくのかしら」

「僕の馬は風のように駆けます」

「さあ、百マイル先までいきましょう」

「いったい、そんな先になにがあるの」

「知れたこと、我らが閨。暗闇が過ぎぬうちに、貴方を連れて行こう」


 どこかで、きぃっと軋んだような音がした。

 赤い月の光に包まれた館、その上から鴉が一羽、こちらを見ていた。後ろから静かで滑らかな声がした。


“死者は速やかに旅をする”


 声を後ろに、馬は駆け出した。






 二人を乗せた馬は風を切って、闇夜を駆けた。誰一人といない山道を無音のまま進んでいく。


 鴉ががあっと鳴くと、低木の中に異国の弔いの歌が響いた。


 ポウは忌まわしげに声を張り上げた。狼のような咆哮に、ぴたりと歌が止んだ。


「邪魔をして、何者ぞ」


 ポウは象牙のような歯を剥いて、獣のように笑う。甘く腐ったような臭いが漂った。震えるままに、アケはポウにしがみついた。石のように冷たい肌だった。


 そのまま、降りることもできず、震えていた。


 いつの間にか体は冷え切っていた。酒精が抜けた今は、寒くて寒くて仕方ない。


 見上げると赤い月。照らされている枯れかけた木に、鴉が一羽、留まっていた。


“月は輝き、死者は勇ましく夜を駆けていく、か”


 どこかから声がした。ポウは荒々しく、馬を叩く。


 するとぽつんと奇妙な広場へとたどり着いた。


 絞首台に人が集まっている。わいわいと人が集まっている。赤々とした月に照らされてなお、青白い顔が並んでいた。


「さあさあ、皆のもの、宴ぞ、花嫁を迎えよう」

「ポウ!」


 戸惑いを覚えはじめたアケはポウを呼ぶが、振り返ったその瞳の、輝きに動くことができなくなった。

 薄紅色の唇がすっと近付いてきて、アケの首筋に接吻した。不思議とアケは嫌がるような気持ちはなく、それ以上にそこから、ぞわぞわとした快感が立ち上ってきた。


 かぷりっと肌が裂ける音がした。血がゆっくりと抜けていく。その度にぴりぴりとした快楽が脳を駆けた。


 体が弛緩していく。ポウは満足げに血の付いた歯で笑う。


 そして、アケをのせたまま、青白い人々を連れて、馬は速度も落とさずに進み続けた。








 痺れる体のまま、とうとう目的地まで連れてこられた。


 洋風の墓石が数多並ぶ、場所だ。そこにはぽつんと二つの墓穴が開いている。立派な棺が並んでいた。


 ポウは妖艶さすら感じる微笑みのまま、墓穴に近付く。


「さあ、花嫁よ、我と閨を共にしよう」


 その瞳に、吸い込まれるまま、アケは頷こうとして――


「いい加減にしろよ」


 遮られた。


 痩せ犬を引き連れた男が錫杖を片手に立っている。もう一度、鴉の鳴き声を聞くとアケは気を失った。






 ばちんっという音ともに目が覚めた。


 アケの首筋が思い切り叩かれたのだ。


「悪いな、ちょっとでかい蚊がいてなあ」

「せんぱい?」


 ほわっとしたまま顔を上げる。夕食の椅子の上で眠りこけていたようだ。対面には青い顔をしたポウがぐったりと座っていた。


 アケを叩いた手の平には驚くほど濃い色をした血が張り付いていた。


「これで大丈夫だと思うが、部屋に戻って風呂にでもはいってくれ」

「はぁいー」


 疑問も挟む力もなく、ふらふらとアケは上がっていく。


 ふと、後ろを見ると、先輩が抱き込むようにポウの首を軽く絞めていた。


「ポウゥゥゥ、調子に乗ってなにやってんだぁ。あんなに酔わせやがって」

「ごめんなさい、ごめんなさい、つい我慢できなくて」

「我慢できなかったで済むかぁ」

「ぐるしい、暑苦しい。やめてぇー」


 いつもの小動物のような悲鳴が上がった。

 仲良さそうな感じに、ちょっと気持ち悪いな、と思うアケなのであった。



 終われ。


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