ブラック想像週末創造論
規則正しくキーボードをたたく音だけが、深夜2時のオフィスに延々と響いていた。
オフィスの照明は「電気代がかかるから」と言う理由で非常灯だけが灯っている。
少しでも明かりを入れようと、ブラインドが全開にされた窓からは、淡い月明かりの白い光と、隣のビルの航空障害灯の緩やかな赤い点滅が見えていた。
タンタンッとエンターキーを叩き、俺は顔を上げ、首をゴキゴキッとならした。
「おい、サボってんなよ」
すかさず向かい側から声がかかる。チーフのエゼキエルさんだ。
「いや、チーフ、ちょっとトイレ行ってきます」
「不許可」
「……トイレって許可制でしたっけ?」
エゼキエルさんはふぅっと息を吐くと、液晶越しに俺をにらんだ。
「お前も天使なんだから、そういう排泄とかしないだろ。サボらないで早くデータ打っちまえ。今週分、間に合わなくなるぞ」
「……じゃ、タバコ。一本だけ、お願いします」
「不許可」
「……わかってましたよ。言ってみただけです。そもそも天界にタバコなんか無いですし」
「バカなこと言ってないでさっさと70億人分のデータ打てよ。お前が打ち残した分の人間は記憶が飛んだり、つじつま合わせのために死亡したりするんだぞ」
薄暗い部屋の片隅にあるホワイトボードにちらりと目をやる。
そこには先週までのデータ推移が棒グラフで掲示されていた。
ボードの上には「目指せ世界人口100億人!」と言うスローガンが掲げられ、その下のグラフも順調に増加する人口を現していた。
しかし、だれもが知っている。
人口をむりやり増やすために発展途上国の赤ん坊の数を増やしすぎたせいで、データ更新が後回しになっていた老人の痴呆症が増えたり、健康データの更新が間に合わなくて死亡したり病気になったりする人が増えていることを。
「そもそもパンチャー増やさないのにデータ量だけどんどん増やしてる事が無茶なんですよ」
「お前、それ神様に聞こえたらクビじゃすまないぞ」
「いいっすよ。もう。クビならクビで」
ところで、「週末創造論」と言う言葉を知っているだろうか?
神は絶対であり、進化などと言う神の手から離れた場所での生命の創造はあり得ないという立場から発展した理論で、世界は毎週月曜の0時丁度に、神によって全て創造されると言う理論だ。
人も、地球も、動物も、昆虫も、草も、木も、花も、太陽や宇宙でさえ、毎週日曜の23時59分59秒に消し去られ、月曜の0時丁度に新しく創造される。
その世界はそれ以前の記憶まで完全に新しく再生されており、その世界で生きている者たちは、世界が一度消滅し、新しく創造されたことにすら気づかない。
そんなとんでもない理論だ。
とんでもない理論なんだが、実はこれが正解。
神の意志の元、天使が毎週データを更新して、定期メンテよろしく世界を創造しているのだ。
まぁ人口が少ないうちはそれでも良かった。
神は一人一人の信仰や日ごろの行いを鑑みながら、時には幸せを、時には苦難を与え、人間は順調に栄えて行ったのだ。
動物や植物には入力する項目が少ない。無機物についてはルールと外的要因の入力が終わっていれば、ほぼ自動的に創造されてゆく訳だ。
だが、神がご自分に似せてお造りあそばした人間は、記憶も含めて入力パラメータが多すぎて、人口が70億人を超えた今、担当者2名のこの部署だけでは、対応は物理的に無理になってきていた。
担当の俺達は今では週の3分の2を完徹している。天使じゃなかったら過労死しているところだ。
「もうあれ使いましょうよ。8次元自己進化セル・オートマン『ライフゲーム』。使わないなら俺、堕天しますよ」
「ばかお前、今でもギリギリなのに俺一人になったら最終戦争だぞ。世界終わるぞ? ……って言うか『ライフゲーム』なんて口にするな。天罰下るぞ」
「もう下ってるようなもんでしょ? 今の生活。チーフはいいんですか? もう近いうちに絶対破たんしますよ、これ。それに自動化や効率化は悪い事じゃないでしょ? あくまでも最終判断は天界がするものだし、自己進化って言ったってそれは最終データを作るためのシミュレーションなわけだし、神の全能性を否定するもんじゃないと思うんですけどね」
「……しかしなぁ」
「じゃあハルマゲドンっすね」
「……」
それから、天使たちは定時退社を手に入れ、人々の突然死や痴呆症は減少の一途をたどった。
「おい、サボってんなよ」
「サボってませんよ、っていうかそもそもパンチャー増やさないのにデータ量だけどんどん増やしてる事が無茶なんですよ」
「お前、それ至高神に聞こえたらクビじゃすまないぞ」
「いいっすよ。もう。クビならクビで。ほんと、天使の数増えすぎっすよ。もうあれ使いましょうよ。12次元自己進化セル・オートマン『ライフゲーム』……」