表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

2-C 出席番号01:相澤隼人

「なに笑ってんだよブス女」


目の前で固まる少女を尻目に、俺は靴を履き替えさっさとその場から歩きだす。


ゆっくりと。

そして段々早足に。

最終的には猛ダッシュ。


凄まじいスピードで自分の教室へと飛び込んだ俺は、うわあああああああ!!!!!と叫び声を上げながらぐしゃりとその場に膝から崩れ落ちた。

もう既に教室に居た新しいクラスメイト達が何事かとこちらを凝視しているが、その疑問に応える余裕なんて無い。



入学式の朝。俺はうっかり寝坊をしてしまい、登校した時には既に長ったらしい新入生の列が体育館の中へと飲み込まれていく最中だった。俺は荷物を近くの教室の開いていた窓の中に放り込み、幸いにも同じクラスになったダチに手招きされ何食わぬ顔で新入生の列に合流する事が出来た。

この朝のハプニングを乗り越えてしまえば、入学式自体は実に退屈なものだった。退屈なのと深夜遅くまで漫画を読みふけっていた事が合わさり、俺のまぶたはもう限界だった。もういいや、寝ちまおうと思ったところで、俺の耳が柔らかな音を拾い上げた。その音に思わず目を開いて壇上へと目をやると、そのまま一気に眠気は吹き飛ばされた。


ものすごく かわいい じょしがいる。

なんで女子が?そういえば共学になったんだった。女子高生ってあんなに可愛いのか?いやどう考えてもあの子は別格に可愛い。入学式のお祝いで呼んだ新人アイドルです!と言われても納得する。しかし前に貼り出されたプログラムによると今は新入生代表の挨拶らしいから、あの子は間違いなくうちの生徒なのだろう。かわいい、声もいい、もっと近くで彼女を見たい、話をしてみたい、お近づきになりたい…そんな事を考えている間に気が付けば彼女の答辞どころか式自体が終わりを迎え、新入生退場の段階に差し掛かっていた。周りの連中が立ち上がっているのに気が付き、自分も慌てて腰を上げる。そしてまたあの長ったらしい列を形成し、これから一年を過ごす自分の教室へと向かった。


…のだが。

教室に着いて俺の席を見たダチの「お前カバンは?」の一言に、着いて早々再度教室を飛び出す事となった。そして外に回ってカバンを投げ入れた窓を見てみると、なんとそこは教室では無く職員室。いくら慌ててたとはいえこりゃねぇよ。入学式が終わり教師が大勢居る職員室の窓から入ってカバンを取る勇気は残念ながら俺には無い。怒られるのを覚悟して正面から取りに行くしかねぇと、大きく深い溜息を吐き出した。


ついてないとグチグチ言いながら移動してきた職員室の扉前。俺は、ほんの数秒前まで抱いていた考えを訂正しなければならない。



俺は最高についている。



目の前に!あの女子が!!立っている!!!

近い近い近い近くで見てもやっぱりかわいい!職員室へ入ろうとしていた俺と職員室から出ようとしていた彼女は、今正に彼女の手によって開かれた扉一枚分のスペースを挟み向かい合わせに立っていた。俺が「あ、すみません」と言って体を横にずらせば彼女は職員室から出る事が出来るだろう。もしかしたら「ありがとう」と声も掛けてくれるかもしれない。だが、それじゃダメだ。だってそれじゃあこの子の印象に残らない!すれ違った男子生徒Aで終わっちまう!!このチャンスをものにするにはどうすれば。この可愛い女の子の印象に残るにはどうすれば。ぐるぐると考えを巡らせ俺の頭が選び抜いた言葉は、自分でもびっくりするものだった。



「どけよブス」



この後の事はよく覚えていない。気が付いたら職員室の前でもその後戻ったであろう教室でもなく自室のベッドに腰かけていた。ここで心から訴えたいのは、決っっっして俺は彼女をブスだなんて思っていないという事だ。それじゃあ何で俺はあんな事を言ったのか。原因は分かっている。俺は枕の脇に投げ出された漫画を一冊手にとった。その漫画は姉貴から押し付けられたもので、少女漫画かよとイヤイヤ受け取ったものの読んでみたら意外と面白く30以上の巻数を一気読みしてしまった。…お陰で寝る時間が遅くなり今朝の様な事態に陥ったのだが。パラパラとページを捲り、主人公の女の子と彼女の目の前に立ちその姿を見下ろす男子生徒が描かれたページで手を止める。その男子の横にある丸い吹き出しには、とても短い台詞が収められていた。



どけよブス。



俺が彼女に言った台詞と全く同じ…というか、俺がこの台詞と全く同じ台詞を彼女に言ったという方が正しい。この台詞は、後に主人公の恋人となる男との出会いシーンで使われたものである。この一件だけでなく、事あるごとに主人公にちょっかいを出し憎まれ口を叩く男を彼女は当然嫌った。だが、その感情はある事件をきっかけに少しずつ変化していく事となる。主人公の可愛らしさをやっかんだ女子に様々な嫌がらせをされ、遂には直接暴力を振るわれそうになった時にこの男が現れて颯爽と彼女を助け出したのだ。いつも理由も無くいじわるをしてくるこの男はきっと自分の事が嫌いなのだろうと思っていた主人公は困惑し、呆然とする。そんな彼女をグイッと抱き寄せ、男は低い声で囁くのだ。「俺以外のやつにいじめられてんな」と。そこから主人公の女の子は男を恋愛対象として意識する様になり、なんやかんやあって最終的にはめでたくお付き合いをする事になるというのがザッとした内容である。


俺は、恐らく無意識の内に彼女をこの主人公と重ねて見たんだ。だって何度でも言うがあの女の子はとにかく可愛いのだ。きっとこの漫画の主人公みたく、いつの日かその愛らしさを妬んだ女子から虐められたりお呼び出しを受けたりするに違いない。そしてその時、この漫画のヒーロー役を俺が演じるのだ。…流石に抱き締めるのは無理だけど。『いつぞやにすれ違ったかもしれない男子生徒A』から助けられるよりも、『普段は自分にいじわるな相澤君』に助けられた方がインパクトは強いし、好意も圧倒的に抱かれやすいはず!某国民的アニメのガキ大将がたまに良い事するとかっこよく見えるあれだ。ギャップ萌え?ってやつ。

そんな訳で彼女に思ってもいない暴言を吐いたのだが…それにしたって、ブスは、ない。どけよだけで良かったじゃん!と今になって後悔が襲うが、寝不足でテンパッた頭では漫画の台詞をそのまま引用するだけで精一杯だった。言ってしまったものはしょうがない…いつかヒーローになれる日を夢見て、今は嫌われ役に徹しようと決意を固めるのだった。




が。

こ れ は き つ い 。

彼女笑顔だったよね?わざわざこっちきて俺に挨拶しようとしてくれてたよね?初対面でブスとか言い放った俺に!可愛くて優しくてあの子は天使なんじゃないかと本気で疑った。そんな天使にテンパッてまたしてもブスと吐き捨てた俺ほんとにもう死ねばいいのに!!!!!

罪悪感でのたうち回っている間に朝のホームルームの時間を迎え、怪訝な顔をした担任から席に着くよう促される。のろのろと自分の席に腰を下ろし、まさかあの子って同じクラスじゃないよなと周りを見渡した。結果、白いセーラー服は見当たらず教室内は黒い学ランで埋め尽くされていた。




そう。


黒い学ランで埋め尽くされていたのだ。




「なぁ、藍川って今年から共学になったんだよな?」



俺に声を掛けられた隣人が何言ってんだこいつは、とでも言いたげな顔で頷いたのを確認し、もう一度ぐるりと教室を見渡す。そして、首をかしげながら再度隣に声を掛けた。



「なんでこのクラス一人も女子いねぇの?」



それを聞いた隣人はホームルーム中である事も忘れ「はぁ?」と声を上げた。そいつは慌てて口を塞ぎ、担任が気付いていないのを確認すると声を落として大きな爆弾を落っことした。



「ひとりも、って、そもそもこの学校に入った女子って一人だけだろ」



その言葉の意味を理解するのに数秒。理解した後、俺は朝の叫びとは比較にならない程大きな悲鳴を上げた。



そもそも『他の女子から虐められる』という前提から成り立たずにただあの子に暴言を吐いただけという結果のみ残った俺は彼女に合わせる顔が無く、それ以降は遠目に眺めるだけの日々を送った。何度か謝りに行こうとは思ったものの、何故かその度に邪魔が入り謝罪が叶う事は無かった。


そんなこんなで早一年が過ぎ、そして、二年生となった今年。幸か不幸か、俺は例の女の子・比目桜子と同じクラスになったのである。いや、ようやく謝る機会が得られたのだから、このクラス編成は俺にとって幸運なのだろう。今日を逃したらまた謝りづらくなってしまうに違いない。何としても今日中に謝らねば!

ただ言葉だけで謝るんじゃ誠意が足りないと思った俺は、ダッシュで家に戻り母親に頼み込んで庭に咲いていた花を分けて貰った。そしてそれを持ってまたダッシュで学校へ戻り、家から持ち出した花瓶に生けて比目さんの席に置く。母親が手塩にかけて育てただけあってとてもキレイな花である。それを少しでもキレイに飾り付けようと手を動かしていると、カラリと教室の扉が開いた。そして、そこには俺が今最も会いたかった相手が居た。にこにこしてる…あぁ、今日も可愛いなぁ…。彼女の可愛らしさに思わずにやけそうになるのを抑えながら挨拶をして、この花が彼女のお気に召したか問い掛けてみた。緊張してつい上からみたいな言い方をしてしまったけれど、比目さんは気にする事無く有難うと言ってくれた。その笑顔にやられてしまってそれ以上の会話を続ける事は出来なかったが、まるで天国にでも居るかの様なふわふわした気持ちでいっぱいになった。やっぱり彼女は天使である。









一部始終を見ていた新しいクラスメイト達に教室から連れ出され「机に花を飾るイジメのテンプレみたいな事をして比目さんに何か恨みでもあるのか」と詰め寄られるのと、結局謝っていない事に気が付き膝から崩れ落ちる事になるのはこれから数十秒後の事である。

相澤隼人(アイザワ ハヤト)

・漫画知識に毒された残メン。

・「ヒロインに謝る時、花は鉄板」と、またしても漫画知識を参考にして行動に移すも、気遣いが変な方向にいってしまいあえなく撃沈。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ