DLC2-3 真昼の夢
楽しい時間はあっという間に過ぎていく……というのは、本当の事のようだ。一日一日が早く感じる。仕事をして帰って来て。みんなと一緒に過ごして。
私が何年も囚われて無為に過ごしてきた眠りの時間も、あっという間に押し流されるように過去のものになっていった。日々が鮮やかに色づいたようだ。
私としては浮遊島にしろ開拓地にしろ、農作物やお湯を引っ張ってきただけで、開発の面であまり協力出来ていないのがやや歯痒いのだけれど。
……ポータルゲートを使った仕事が中々終わらなかったのだ。大事な約束だから手間暇は厭わないけれど。
約束。そう。黒衛と私の約束だ。
過去の日本に干渉し、黒衛と親しい人達の認識を誘導する、というもの。これは転移時点の日本に干渉してそれで終わるという程単純な話でもない。
だって黒衛は海外で平和に暮らしていると言う事になっているのだから。時々電話で話をしていると、認識を時系列にしたがって継続的にすり替えなければいけなくて。
転移前から現在に至るまでの黒衛不在の空白期間を埋めるために、日本の過去への干渉は一度や二度で済ませるというわけには行かなかった。
ポータルゲートから何度も向こう側へ術式を送って干渉し、彼らの認識を誘導して現在まで繋ぐ、という感じだ。
いつものように術式を向こう側へ送った私は、王城の施設を後にして別邸へ向かう。この時点で私の干渉は、こちら側の現在時刻とリンクした。ようやく追いついたわけだ。
ここまでは予定通り。問題はここからどうするか、だ。
……電話で話せるようにするというのが解決策の一つではある。私が認識をずらしているのは、あくまでも彼を心配する人が不安を感じないようにするという目的の為なので。
やっぱり彼らだって、黒衛本人と話がしたいだろう。
黒衛が向こうに里帰りするというのは……彼の存在規模が大きくなった分、コストも比例して肥大化しているので難しい。召喚や転移にかかるコストというものは、対象が強力な存在になると増えてしまうものなのだ。
かと言って向こうから転移させたり送り返したり……「海外旅行」などというのも、無視出来ないリスクがある。
意識だけ繋げて、私の庭園で疑似的に会えるようにする事ぐらいが現実的な落とし所か。
とりあえず、マナのリソースには余裕があるので電話口で話せるようにするぐらいまではコストが増大しても大丈夫そうだが、そうなると向こうとの通信手段が出来てしまう。それはつまり……ネット環境の整備と意味を同じくしているわけだ。
これは、娯楽で済ませられるゲームとはちょっと趣が違うので、黒衛の意向を聞く必要がある。
私達以外の誰かがネットを利用するには相当高い障壁があるが……それでも危機管理は必要だ。話し合ってリスクが大きいとなったら、他の解決策も色々考えないといけない。
開拓地にはポータルから直接向かえる。術式を起動させてゲートに入れば、そこは別邸の応接室と寸分違わぬ作りの、開拓地にある領主の館である。
別邸とこの館もポータルで繋がっていて、私達は別邸側にいながらにして、一歩も外に出ずに開拓地側のお客を出迎える事ができるわけだ。
認証用の魔道具を起動させているかいないかで、扉を潜った時にどちらの応接室に出るかを切り替える事が出来るという仕組みである。なので、この応接室には窓がない作りだ。
「ベルナ」
「うん。お疲れ様、二人とも」
応接室を出て廊下を歩いていると、カートに料理を乗せて食堂に運んでいるマルグレッタとクローベルに行き合った。クローベルは本体ではなくダブルシャドウを使っているようだ。
今日は上から作業しに来ている人数が多いから、昼食を作るのも人海戦術でと言う事なのだろう。浮遊島から下に降りればモンスター達の食欲も割合普通に戻ってしまうし。
「お仕事終わったのね?」
「一応、だけどね。黒衛は農園かしら?」
マルグレッタの言葉に苦笑いして頷く。私達の場合、文字通りに以心伝心だから、あまりこう言ったやり取りをする必要もないのだけれど、他の人がいる所ではこうして会話を言葉に出して交わすようにしている。
「はい。でも、お昼になれば戻ってくると思いますよ」
「ううん。現場も見たいし、こっちから行くわ」
お昼まではそんなに間が無いが、別に構わない。ちょっと一人で歩きたい気分でもあるし。
「わかりました。お気を付けて」
「ええ」
二人に見送られて館を出ると、まず目に飛び込んできたのは、巨人族のネフィルという女の子が楽しそうに外壁を作っているという光景だった。
ルフ鳥が石切り場から巨石を運んで往復している。いきなりレジェンド級モンスター二人がかりで作業しているというスケールの大きな光景だったが、入植者はまだいないので現時点では何でも有りである。
結果だけ技術レベルが普通の範囲に収まるなら、魔法でやったと言えば押し通せるだろうという方針なので。
ネフィルと言う名は地球側の、ネフィリムという巨人族のもじりなのかな?
しかし外壁を作る巨人……。適材適所かも知れないが、黒衛は解っていてあの作業を担当させているのだろうか?
黒衛がそのつもりなら……私はヤックでカルチャーが云々という単語を、あの子に教えざるを得ない。黒衛の反応が面白そうだ。
しかし……開拓地と言いつつ、もう汚水処理設備や水道橋と用水路は整っているし、外壁も作りながら区画整理も進んでいると言う状態なので……開拓地と言うよりは、いきなり都市が出来上がって来ている感じではある。
建物はまだ少ないが建築用の資材だけは資材置き場に山積みになっているし、公衆浴場だけは建設街の中心部に据えられているから、開拓地なんていうイメージでやって来た入植者達の顎が落ちるだろう、これは。
街並みはまだまだ未完成だが、色々将来の事を想像すると……何だか楽しくなってくる。
きっと今歩いている砂利道が舗装されて目抜き通りになるのだろう。歩きながら目を閉じて、空想する。道路沿いには沢山のお店や露店が並んで、人々が行き交うようになるんだ。
黒衛の街、か。
見上げた空は晴れ渡って、雲一つない。見上げながら、今こうして外を歩いている事さえ不思議に思えて……自分の口元に笑みが浮かんでくるのが解った。
やがて農地が見えてくる。ああ、いたいた。
この辺は用水路を引いてきているから水田になるそうだ。畑を作るのに魔法を使わないのは作業手順を後で入植者に指導してもらうからグレゴール達は実地で覚える必要があるからだ。みんな和気藹々と作業をしていて、楽しそうではある。
温泉の蒸気を使って南国の果物を下で栽培する事にも挑戦するって言っていたっけ。実現したらなかなか良い売れ行きになりそうである。何にせよ、これから先が楽しみだ。
ゴブリン達が鍬を持って鉢巻を撒いて畝を立てていた。あのリュイスという子はロードに昇格したんだったよね。ゴブリンシャーマンのマーチェと良い雰囲気になっていたみたいだけど……彼らの恋路はどうなるのだろうか。実ると良いね。
オークのウルは黙々と鍬を振るっている。
あの子はずっと変わらず寡黙だが、働き者なのだ。街が出来たら昔覚えた大道芸も見せてくれるだろうか? きっと人気者になれるだろう。
この辺はまだ未開地と隣り合わせなので、野良のモンスターが出て来てもおかしくはない。狼達――シルヴィアとアッシュが農作業しているみんなから少し離れた所で警戒に当たっているが……この面子を襲う輩はいないと思う。それが解っているからか、シルヴィア達も長閑な雰囲気と暖かな日差しに当てられて、どこか弛緩した空気を纏っている。
「あ、ベルナデッタ」
こちらに気付いたメリッサが笑みを浮かべた。
「うん。仕事が終わったから顔を出しに来たの」
何時もの三角帽子に箒という魔女スタイルではなく、麦わら帽子に鍬という、農作業仕様になったメリッサである。ゴーレムとオートマトンが並んで土を耕していた。
メリッサは私やマルグレッタからアルベリア式の魔法を学んでいる。元々人形作りが得意だった事もあって、今ではゴーレム作製もお手の物、と言う感じだ。
ゴーレムはオートマトンの反射みたいな特殊能力はないが腕力に優れる。そしてオートマトンよりも遠隔操作と自律行動に融通が利く。
でも……ゴーレムのデザインがなんと言えば良いのか……。ロボット系のゲームの影響を受けている感じがする。
ファンタジー好きな黒衛の薫陶もあってか、外装が上手い事西洋甲冑風にアレンジされているので、あまり景観というか雰囲気というかは損なっていないが。
メリッサのゴーレムは一応はまだ、卓越はしていても逸脱した技術というわけではないので、警備用ゴーレムとして開拓地に配備される予定ではある。
あれ。でも、間接部分ってサーペントソードの技術が活かされてる?
黒衛もメリッサの人形作りを応援というか協力してるし、そうなってしまうか。うーん。でもまあ見る人が見なければ解らないし……ギリギリ高い技術力の範囲で済まされるかな?
島の方では自重する必要がないので、その内「豪華なプラモデル」がお目見えしない保証はどこにもない。
これは私やマルグレッタの、島内部では日本並みの利便性を確保して黒衛に不便を感じさせない」という目標にも合致するものだ。当然、娯楽も含めた話である。
黒衛は……黄星竜の残した魔法を使って、ミニコーデリアみたいな可愛らしい傀儡を出している。その隣には本物のコーデリアも一緒にいて、談笑しながら作業していた。
何だろうね。まるで親子みたいだ。将来的にはこんな光景も普通に見られるだろう。それはとても暖かい光景で……きっと私や他のみんなとだって子供が――あー、ええっと。
……かぶりを振って気を取り直す。
彼の事なら、幼い頃から知っている。コーデリアと一緒に見守ってきた。
ずっと昔から、彼はあんな感じ。優しい子なんだ。
それだけに一時期、ちょっとだけ元気が無かったけれど。
魔法行使が出来るようになってからは水を得た魚みたい。実際、魔法に関しては不世出の天才肌だと思う。
彼を見出し、見守って……コーデリアが黒衛を兄と慕うなら、私は彼を可愛い弟みたいに思っていた。
黒衛にしろコーデリアにしろ、その成長を見守るというのは、何時か私を置き去りにしていくという、当たり前の事を考えさせられてしまうので少し悲しかったけれど……それも過去の話。
一緒に生きようだなんて言ってもらえて。今、こんな関係になって彼の腕に抱かれたりしているのだから、世の中分からない。
そう言えばずっとずっと昔……私が小さい頃、よくある童話の筋書きに憧れを抱いた事があったっけ。
笑ってしまうような子供じみた空想だ。私だってお姫様なんだから、悪い竜に捕まったりしたら、そこを騎士が助けに来てくれるんだ、なんて。
そんな幻想もとっくに捨て去って久しいのに、今頃になって現実になってしまったのだから、なんだかね。あの小さな男の子が、私の待っていた人、か。
今ではみんなに信頼されて、笑顔に囲まれて。あの頃の黒衛も可愛かったな。
考えてみれば、メタモルフォーゼでいつでも子供の黒衛の姿にもなれる?
それは……ちょっと見てみたいな。今度お願いしてみようかな?
「ベルナデッタ?」
「うん。黒衛。こっちのお仕事は、一区切りついたの」
そんな私の内心など知らない黒衛は、首を傾げていた。
黒衛に伝えなくちゃ。大事な約束のお話。それに付随するネット環境とか、また黒衛を驚かせてしまうようなお話になりそうだけど。
……本当、今日はいい天気だ。私がずっと心に描いていた夢が現実になったような。優しい人達と、こんな風に過ごすって。
だから私も、私に出来る限りの笑顔を彼に向けて、お話を切り出すのだ。
「ええとね、黒衛にお話があって――」
DLC2はこれにて終了です。




