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DLC2-1 見せ領地

 今日も今日とて、何時ものように浮遊島中枢部のコントロールルームに陣取った俺は、制御球体に手を翳し、目を閉じて意識を集中させる。

 身体の感覚が薄れて行って、代わりに島の維持を行う為に必要となる様々な情報が流れ込んできた。


 住環境の様子と島の生態系。全体のマナ供給量と消費量のバランス。島が与える周囲の自然環境への影響。

 島を覆うマナが手足のようにうねり、知りたい情報を反映してこちらに返してくれるが……ベルナデッタが言うには、制御球は王の特性に合わせてくる部分があるので、そんなやり方で感覚的に全域を精査出来るのは歴代でも俺だけ、らしい。

 元々島の維持管理は下から報告が上がって来て、それに対処するような形を取っていたそうだ。そういう所は結構アナクロなんだな。


 各区画に明確な異常は無し。……水源の水が微減しているか。

 海上から水蒸気を集める速度をほんの少しだけ調整しておく。この辺の匙加減を間違えると本来降るはずの雨が降らなくなったりと、影響が大きいので注意が必要だ。

 自然環境は自然のままに任せ、可能な限り影響を小さくする方向で注意している。ただ相手が自然環境だけに予測しきれない部分はあるからな。予防措置は講じられるが、事が大きくなってしまってからではリカバリーが面倒だ。

 モンスター達に気付いた事や要望があったら報告するようにとは言ってあるから、彼らの勘や本能、感覚で察知してもらえれば問題が起きても早い段階で察知できる……とは思うのだけれど。


 報告は今日の所は特にない。妖精や精霊が細かな違いを一番敏感に察知するようだから、野良妖精達にも協力して欲しいとは伝えてあるのだけれど。彼女達は今日も幸せそうに野原で遊び惚けているからして。

 どこまで解ってくれているか怪しい所がある。精霊達からの報告も無いから……まあ今の所は大丈夫なんだろう。


 人口比から考えるとマナの消費量が通常よりかなり多いようだと、制御球体側から俺に異常を知らせて来てはいるのだが。これについては「通常から考えるなら異常」ではあるけれど「問題」ではない。ちゃんとした理由があるし、把握もしている。


 島の浮遊や住環境維持を行う為のマナ供給と消費は、やはりアルベリアならではというか、グリモワールと同系統の技術体系なので天秤システムに相当する物で行われている。スケールが大きくなっただけと言っていい。マナの供給地はグリモワールのように周辺からではなく、世界各地からだ。


 かつてのアルベリア領土に配置された要石からマナが供給されているのである。これらは全部で七つある。現状供給量の方がかなり優っているし、今まで使われずに蓄積されていた分もあるので、島の維持・管理に必要な魔力的な資源は気にする必要があまりないのだ。

 元々、アルベリアの都だったこの場所は湯水のようにマナを消費していたようだからな。現状、俺達とソフィー一家、モンスターと元暗殺者達、それに周辺から集まって来た妖精やらが暮らしているだけだから、資源を消費する頭数からして比べ物にならない。


 そこで人口に比してマナ消費量が大きいという部分に話が戻ってくるわけだが、モンスターは通常の生き物と違い土地に住み着くだけでマナを取り込み消費してしまうという特性を持っているのだ。

 通常の生物とモンスターの違いはそこにある。マナや体内魔力を生命活動の為のエネルギーに変換出来るのがモンスターと区分される生き物達だ。

 この特性について「光合成っていうか、魔合成みたいな感じかな?」と俺が零したら、それがそのまま俺達の間で通じる特性の名称として採用されてしまった。


 この魔合成は効率良く行える種族と行えない種族がいて、不得手な種族は通常の食事をきちんと行う必要がある。例えば、オークなどは不得手だから食欲も旺盛だ。

 反対に魔合成が得意な種族は、食料に乏しい代わりにマナの豊富な迷宮深部などに篭って生活したりしている。こうすれば何年も食わずに活動していられるからだ。魔合成が得意な種はそれに比例するように強力な場合が多い。だから自然の豊かな奥地に行くほど強力な個体が潜んでいるケースも多くなる。


 浮遊島では充分な量のマナ供給があるから、モンスター達は全体的に小食で済む。代償としてマナ消費量が増大する程度のデメリットはあるが、食糧事情が緩い条件で済んでいるのだから、有り難い話ではあるかな。

 俺達はこの特性に助けられている部分が大きいが……一般的な話をするなら良い事ばかりではない。他種族に対して敵対的になるか友好的になるかは、モンスターが生まれた土地、住む土地の属性に影響を受ける部分が大きいからだ。

 とりあえず攻撃的になるような事はないから、今はそれで良いだろう。


 後はデータを収集、記録しておくのを忘れずに行っておく。

 季節の移り変わりに合わせて島の住環境を調整しなければならない部分があるからだ。データが集まれば集まるほど俺の手間も減っていくわけだからしっかりやっておきたい。これでも浮遊島に来た時から比べればかなり効率的に作業できるようになっている。


「――ま、こんなもんかな」


 暫くの間、精査と微調整、記録を行っていたが、全体としては今日も特に問題は無しだ。

 満足したので制御球から離れると、途端身体に感覚が戻って来た。

 五感が無くなっていた所に感覚が戻って来るものだから、毎回毎回この瞬間は身体に感じる重さが煩わしく思える。

水泳をしていて水から上がった時の身体の重さに似ている……と言えば伝わるだろうか。制御の為に割合魔力を消費するから気怠さもあるし。

 とは言え、少し休んでいればすぐ回復出来るから、支払うコストとしては無いに等しい。歴代の王様の中にはこれを厭う者もいたらしいけれど。


 アルベリア式の敬礼をする警備ゴーレム達に見送られて王城中枢部から出ていく。彼らは何も言わないし喜怒哀楽も無いはずなのだけれど、何となく見送りがあると言うのは嬉しく思えるな。

 中枢部の作業は一人で回せるものだし、誰かに代わってもらうわけにもいかない。みんなにもそれぞれ受け持っている仕事があるから中枢部の仕事は会話がないのだ。

 あまり長時間作業していたような感覚は無いのだが、王城から出て空を見上げると、もう太陽の位置がかなり高い所にあった。携帯の時計を見るともうすぐお昼という所だ。

 コントロールルームでの作業は時間感覚が曖昧になってしまうのが困る。前より時間は掛からなくなったんだけどな。一先ず一旦別邸に戻る事にしよう。


 島内を移動するのに用いているのは、浮船と同じ素材で試作した乗り物だ。

 メリッサには「空飛ぶ鮫みたいな感じですね」と形容されたが、個人的にはファンタジー色を損なわないようにしつつもバイクに似せたつもりの魔道具だ。これが中々に速度が出て爽快感がある。乗り心地も悪くないのでみんなの評判も良い。流石に島の外には出せない代物ではあるけれど。




「おかえりなさい」

「うん、ただいま」


 別邸に帰ってくると、みんなが戻ってきていて俺を迎えてくれた。

 うん。お昼に間に合ったようで何よりだ。

 今日の料理当番はベルナデッタだ。白米に豆腐の味噌汁。焼き魚に肉じゃが、お新香。和食である。肉じゃがをチョイスしてくるのは、こういう場面でベタに拘るベルナデッタらしい所だ。ベルナデッタが盛り付けた料理をソフィーが笑顔で運んできてくれた。


 家計、と言う意味ではなく、文字通りの台所事情に触れておこう。 

 ベルナデッタとマルグレッタは元々お姫様だ。情報再現をすればいくらでも食事を楽しめたと言う事もあり、普通の料理の経験は、浮遊島に来るまで皆無であった。

 コーデリアとクローベルとメリッサの三人はと言えば、旅が長かったから……サバイバルな料理は得意でも、あまり手の込んだ料理はした事が無かったようだ。


 という訳で、ちょっと前まで一番料理が上手いのは俺なんていうオチがあったりしたのだが、今はそんな事もない。

 ディアスの所で家事全般をみっちり習った、ソフィーという強力な助っ人がいるからだ。彼女の料理教室と、ベルナデッタが保有する数々のレシピのお陰で、みんなの料理の腕は目覚ましいほどの発展を遂げている。


 ベルナデッタは元々知識が豊富で、料理も化学的に捉えている側面があるからか、上達が早い。

 そして料理の腕の上達と言うと、ファルナも食べていてばかりはダメだと言う事で、毎回手伝っているので相当料理が得意になっている。

 つまり、食については最も探究しているのはファルナだったりする。自主的に浮遊島の村々も回って色んな料理にチャレンジしているようだし、島の中ではすっかりコック扱いされているファルナである。

 ……ドラゴンがコックってどうなんだろうね。美食家が名シェフを兼ねるというのは、割とよくある話ではあるのだが。


 まあ、みんなの手料理を毎日食べられる俺としては、幸せ太りしないように気を付けないといけない所だ。食事当番はエプロン着用な不文律が何時の間にか成立してしまっているようで、視覚的にも楽しめるのもポイントが高い。

 ともかく、今はベルナデッタの手料理を楽しもう。みんな席に着いた所で昼食となった。肉じゃがは……これがまた味が染みて、ほくほくしていて……肉が柔らかく、中々に絶品である。


「どう、かしら」

「うん。いい塩梅で美味しいよ。これは……出汁を変えた?」


 俺が言うと、ベルナデッタは安堵の色が混ざった笑顔になった。


「ええ。幾つか候補があって迷っているから、これから何日か皆の料理も種類が変わってくると思う。相性もあるからベストな組み合わせって中々難しいけれど、みんな研究も頑張ってるのよ」

「ん。解った。楽しみにしておくよ」


 出汁か。流石に向こうから鰹を召喚して養殖というわけにもいかないしな。


「ところで黒衛。午後の予定は?」

「今日の調整は終わったし、調整そのものも段々手が掛からなくなってきてるから……そろそろ島の外で開拓に取り掛かりたいなって思ってるんだけど」


 島の外にも集落を作る予定なのだ。事情の知らない外からの来客を歓迎しているわけではないが、それでも「見せかけ上のヴェンスニール辺境伯の領地」を作っておかないとならない。

 こちらは見せるのが前提だから、ゲーセンとか他所から乖離した設備を置くわけにはいかない。

 なので色々自重しておく必要があるが、行く行くは島で作っている物を特産品として売り出すなんて事も考えている。だから稲にしろ大豆にしろ島の外でも生産しておく事も必要になってくるだろう。

 これらはコーデリアが旅の間に世界各地で見つけてきた作物という名目になるはずだ。うん。嘘は吐いていないな。ちょっと世界が違うだけで。


 本当は拠点から道が出来て、そこに人と物がやって来て未開地の開拓、という流れなんだと思うが、現時点で人目があるわけでも無し。今の内に好き勝手やらせて貰おう。

 こちらとしては魔法が使えるとかグリモワールという手札は見せてあるのだから、方法は魔法で人手はモンスターですと、言い訳なんていくらでも出来る。要するに、技術面であんまり逸脱していなければ多少は派手で無茶な事をやっても許されるのだ。


 というか所謂「モデルハウス」なので。あんまりショボくれたものを作って他所の貴族から侮られてしまうのも、それはそれで困る。程々平凡に。でも見栄えよく、な感じで行きたい。

 とりあえず上下水道と公衆浴場ぐらいは……まあ、ね?




 ノームのテリーを連れてヴェンスニールのあちこちを見て回る。

 テリーの名の由来は大地を意味するテラから取ったもじりだ。見た目は背の小さな白髭のおじいさんだ。長い眉毛も白髪で目が隠れてしまっていて、好々爺と言う感じの穏やかな性格である。割と和む。


 さてさて。開拓する場所だが。どの辺が良いかと聞かれれば……まあ、中央からは交通の便が良くなりそうな所か。

 トーランドと言えば海路だ。海沿いの町というのも魅力だが……作物を作る事を考えると塩害が出ても困るし、水の都としてはセンテメロスがあるわけだし色々悩んでいたのが、そんな俺の雑多な考えはテリーの言葉一つで吹っ飛ぶことになる。


「――む。クロエ殿。あの辺はどうじゃろな」


 と、ワイバーンのルーデルに乗って上空からあちこち飛び回っていると、テリーが眼下を指差し、降りるように促してきた。山沿いになるが、森が開けていて平地も見える。

 候補から除外されるような土地は最初から避けてきたからその場所でも悪くはないのだが、テリーがこう言ってくるからには何か理由でもあるのだろうか。


「……何かあるの?」


 テリーは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「温泉じゃよ。火山活動の心配もいらんぞい」


 開拓地が決定した瞬間であった。

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