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DLC1-4 夜明けの微睡

 コーデリアの他に妻を娶る、なんて話をフェリクスとシャーロットがどう思うのか心配だったのだが。魔力の強い男子で上級貴族ともなれば仕方がないと二人さえも言う。


 コーデリアやベルナデッタからの情報にはなかったし、プリンセスグリモワールのゲーム内でも勿論無かった情報なのだけれど、魔力が強い男子というのは絶対数こそ少ないものの、ほとんど例外なく夜に強い(・・・・)のだそうで。俺の魔力のレベルから考えると五人というのは寧ろ少ない……とか。

 一般的に見た場合は「結構多いが、まあ普通の範疇」なのだそうだが。あくまで、それは俺の魔力が知られていないから一般に当てはめて考えたらの受け取られ方と言う事になる。うーん。


 魔術士と貴族の関係についてもう少し補足するなら、優秀な魔術師は権力者が手元に置きたがるし、魔力の高い女子は見目麗しい事が多い。王族や上級貴族に高名な魔術師が多いのはそういうわけなのだそうな。

 ベルナデッタは古代の国の出身だからこの話の参考にはならないが、コーデリアは言うに及ばずディアスやシャーロットだって相当強力な魔術を使える。要するに、この世界の王族は単なる為政者には留まらないと言う事だ。


 そして俺は政治的にはアンタッチャブルだが新参貴族には違いないので、婚約者が少ないとその辺を突いて縁談を持ちかけてくる者も多いだろうと予想された。だから脇を固めておくのはかなり重要だそうだ。もう妻なら五人もいるから経済的に養う余裕がないと答えれば言い訳が立つし、五人全員が魔力的には優れているから、それに見合う女性を用意するのも難しいというわけだ。


 勿論これは正式な話として向こうが縁談を持ちかけてくるならの話だ。既成事実を作って責任を取れと言われた場合、その限りではない。

 要するに俺の場合、結婚相手が少なければ正面からの縁談攻勢、多ければ間隙を縫うようにハニートラップという二択を掛けられる運命なようで……。


 まあ、今後の事は今から心配するような事ではない。フェリクスとシャーロットがちゃんと認めてくれているというのが重要なのだ。


「結婚した後はお兄様って、呼べなくなっちゃうかな」


 と、隣に立つコーデリアが言う。白いドレスにティアラやネックレスと言った装飾品を身に纏った花嫁姿の彼女は、当たり前のようにそれを着こなしている。


「身内だけの所ではそのままでも良いんじゃないかな」


 そう答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 俺とコーデリアとの婚礼の儀は春だった。街中に色とりどりの花が咲き誇るセンテメロスにて、大々的に執り行われる事になった。


「只今より、偉大にして栄光あるトーランド王国、第一王女にして救国の英雄コーデリア・クレン・トーランド・ベルツェリア殿下と、竜退治の魔術師クロエ・ヒラサカ・ヴェンスニール辺境伯の婚礼の儀を執り行う!」


 その言葉に促されるかのようにラッパが吹き鳴らされ、大居室に続く扉が開いた。居並ぶ貴族や各国の大使達。その視線が俺とコーデリアに集中したのが解る。国賓席にディアスやリカルドさんの姿も見えるな。


 現在トーランドとネフテレカは正式な同盟国となっていて相当良い関係である。

 元々他国とはあまり火種を抱えていないトーランドなので遠交近攻というわけではないけれど、ネフテレカの方は他国との絡みで大いに助かっているそうだ。トーランドは何だかんだ、竜との盟約も含めて実際戦うとなると相当な強国であると見られている。


 そこに来てコーデリアと俺の存在だ。鉱山を竜に押さえられてネフテレカが弱体化していた間に起きていた国境付近でのいざこざも、ぱったり止んだそうだ。知らぬ所で国際平和に協力していたとか、あまり実感は湧かないが……。


 そんな事もあって、居並ぶ貴族や大使達の関心は、どちらかというと俺の方に向けられているようだ。

 確かに俺に関してはコーデリア以上に情報がないからな。各地の悪竜を退治して回り、姫を助けて魔竜を撃ち滅ぼした、と、それだけだ。貴族連中はやっぱり魔力が高い人達が多いな。特に意識しなくても向けられる感情が見えてしまうのだが。嫉妬に憧れ、関心と感心。内訳としてはそんな感じだ。ちゃんと祝福してくれている人も結構な数がいる。


 宮廷楽士の奏でる壮麗な音楽の中、毛足の長い絨毯の上を二人で進む。礼服を纏い、腰に儀礼用の剣を佩いて、決められた作法に則り歩く。

 この辺の予行練習はかなり浮遊島でやって来たが、本番で失敗するわけにはいかない。と言っても練習通り以上の事は何も要求されないので、必要なのは集中だけではある。するべき事をきっちりこなしていくと向けられる感情には、憧れと感心の割合が増えた。まあ、異国の若輩者にしては、という所だろう。


 コーデリアの方も裾の長いウェディングドレス姿ではあるのだが、動きにくそうにしている様子を微塵も感じさせない辺り流石である。


 余談だが、ヴェンスニールというのは俺に与えられたトーランドの土地の名だ。対外的にはヴェンスニール辺境伯と言われるわけだ。実際の所は浮遊島こと、旧アルベリア王国王都ガルディニアの主なのだが、アルベリアやガルディニアの名は伝説上の存在として語り継がれているので、そう名乗るわけにも行かない部分がある。


 フェリクスとシャーロットの前まで行って二人して跪く。


「既に噂話を聞き及んでいる者もおろうが……」


 フェリクスの口上はそんな風にして始まった。


「一つ一つの噂の真偽についてはここでは述べぬ。だが今この時、トーランドに置いて最も優れた魔術士がクロエであろうと言う事ははっきりと述べておこう。才覚、人格、資質を鑑みて、最も我が娘を嫁がせるに相応しきはクロエであると判断した。余の見立て、この儀に異議のある者は、今この場で前に出るが良い」


 と、こんな口上に不服を申し立てられる者がいるはずもない。

 噂話の当事者であるディアスが国賓席でにこやかに笑っているのだ。ネフテレカについては噂が真実であると、喧伝して回っているに等しい。


「異議のある者は……おらぬようだな。では予定通り式を執り進める。クロエ。我が娘コーデリアを妻とし、これからも辺境伯として国の、民の安寧の為に励むがよい」

「我が身は非才にして若輩なれど、全身全霊をもって王命謹んでお受けいたします」

「コーデリア。クロエを夫とし、よくこれを立て、支え、仕えよ」

「はい。私は終生、黒衛ただ一人を夫とし、変わらぬ愛を誓います」

「ならば、これより聖堂の女神の前に赴き、女神ソラリアに祝福を受けるがよい。それにて二人は晴れて夫婦となるであろう」


 フェリクスは厳かな声色ながらも表情は穏やかだった。その言葉に促されて立ち上がる。

 今度は二人で腕を組んで大居室を出る。それから細かな装飾の施された屋根のない馬車に二人で乗り込んだ。

 これから王城を出て街を一巡りし、聖堂で祝福を受ける事で結婚式は終わる。コーデリアとの結婚式が終わったらポータルで一度浮遊島に戻って、今度は皆との結婚式である。

 まあその後でまたセンテメロスに取って返して祝宴やらなにやらがあるんだが。

 合間合間でメタモルフォーゼを掛け直すタイミングを用意して貰っているから心配はいらないが、それを差し引いても中々に目まぐるしいスケジュールと言えよう。


 コーデリアはみんなと同時に式をあげられない事を不満に思っているようだが、こればかりは仕方がない。

 トーランドの姫であるコーデリアはトーランドの公人で、政治的に最もプラスになるように身の処遇が決まるのが普通なのだ。それはつまり国の財産という事を意味している。

 フェリクスとシャーロットが満足そうだったのは、王族としても親としても納得が行く相手が俺だった、と言う事なのだろう。


 彼女を娶ると言う事は二人から……ひいてはトーランドの国民達から託されると言う事だ。だからその結婚式となればトーランドを挙げての物になるのは当然だし、センテメロス中にお披露目しておかないとならない。


 センテメロスの大通りを、聖堂に向けて馬車が行く。前後左右を式典用の格好に着飾った騎士や兵士達が固め、一糸乱れぬ歩調で歩んでいく。宮廷楽士も行列の中にいるようだ。

 沿道には人が集まっていて、俺とコーデリアが手を振るとみんな歓声で返してくれた。コーデリアは国民からの人気があるな。

 国から酒と食事が振る舞われて、このままセンテメロスは暫く連日のお祭り騒ぎになるそうで、みんな上機嫌そうだ。


 馬車が向かっているのはソラリア聖堂だ。慈愛と寛容の女神ソラリアに愛を誓わなければならない。

 女神とは言っているものの、元々は力ある古い精霊という話だ。民衆の信仰を集める、人気のある神様なのだ。寛容の女神だけあって戒律はかなり緩いが、この辺りはその人気と無関係ではないだろう。

 ソラリアは人と人との円満な関係を取り持ってくれると言われている。

 その為には寛容が大事、と言う事なんだろうな。日本に来ても縁結びの神様辺りに収まって人気が出そうな気がしないでもない。


 石造りの神殿と言った風情のソラリア聖堂に立ち入ると神官と巫女が出迎えてくれた。

 みんな真面目な顔をしているのだが、内心では喜んでくれているようだ。

 そんな神官達に促されて、互いの結婚指輪を祭壇に置く。神官と巫女達による祝福の祈りの声が唱和されると、結婚指輪の宝石部分にぼんやりとした魔力の光が宿った。

 後はこの指輪をお互い身につければ一段落、となる。身に着ける指は地球と違って決まっていないが、あちらの作法に則って、コーデリアの左手薬指に嵌めた。


 あちらの風習を解っているコーデリアは言葉にこそ出さないが、かなり喜んでくれたようだ。後はみんなに先んじて結婚式を挙げてしまう事に対する申し訳なさが少々、と言った所か。

 聖堂から外に出た所でイシュラグアの遣いを名乗るノーブルリザードとリザードマンの一団が現れ、祝福の挨拶を述べてきた。ノーブルリザードの名はベイドーラという。

 叙勲式の時もイシュラグアの代弁役を務めてくれてるんだ。お世話になっております。




 再び街中を馬車で皆に祝福されながら王城まで向かい、夜からの祝宴が始まる前にポータルで浮遊島へ向かう。

 別邸から出て、中庭を横切る。

 浮遊島には広場が作られておりこじんまりとしたソラリア聖堂が建てられていて、そこには気心の知れた皆が参列者として並んでいた。こちらのソラリア聖堂は地球の建築様式に近い。

 小さなチャペルみたいな作りなのは……マルグレッタの趣味なんだろう。


 人間側の内訳としてはフェリクス、シャーロット、ディアスやソフィー一家、グラントにジョナス、それから元暗殺者ギルドの構成員と言った顔触れだ。

 イシュラグアやファルナもいるし、モンスター達も集合しているので中々にカオスな光景ではあるが、こちらの結婚式は身内だけなので……まあ非常に肩の力が抜けるものである。


 和やかな雰囲気の中で、聖堂内部に入る。そこにはウェディングドレス姿のみんながいて、俺達の到着を待っていた。俺とコーデリアの姿を認めると笑みを浮かべて迎えてくれる。


「お帰りなさい。黒衛、コーデリア様」

「結婚式はどうだった?」

「うん。滞りなく」


 クローベルとベルナデッタに笑みを浮かべて答える。


「式典で問題が起きるなんて、考えにくいものね」

「何かあるにしても祝宴の方でしょうかね」


 マルグレッタとメリッサが言う。貴族や大使もその場でならこちらに挨拶なり接触が出来るからな。とりあえず探りを入れてくるぐらいの事はしてくるだろうけれど。


「かも知れないけど。今は祝宴なんかの事より、みんなの結婚式をちゃんとしなくちゃ」


 コーデリアが言うと皆が苦笑して頷いた。

 祝宴は祝宴で割合重要な催し物なのだが、コーデリアとしてはこちらの方が余程大事なようだ。

 実際的な話をすると、正妻とかそういう括りの立場は彼女達の間ではない。

 仲の良い姉妹のようだと彼女達の今の関係を表現したが、割合対等なのだ。


 使用人も秘密の保全と言う観点から、あまり雇い入れるわけにいかない。使用人と言えるのはソフィー一人だが、彼女一人に負担を集中させるわけにもいかないので基本的に自分達の事は自分達でする事になっている。家事だって当番制である。

 対外的にはそういうわけにもいかないので、立場故に皆に先んじてしまっているのがコーデリアとしては嫌なのだろう。


 皆に囲まれて祭壇に結婚指輪を置く。神官役として祝福の詠唱を行うのはシルフィードのウェンディだ。風の精霊はソラリアと相性がいいらしいので聖堂を管理する祭祀役になって貰っている。コーデリアとシャーロット、ディアスも一緒に祝福の祈りを唱和してくれた。


 女神ソラリアはこんな変則的な形の結婚式でもしっかりと祝福の祈りを聞き入れてくれた。

 皆の指輪にはしっかりと祝福の魔力の輝きが宿っている。というか六人分の指輪がリンクしているからか。随分強い魔力だ。コーデリアの指輪の魔力の輝きもますます増しているようだ。

 あまり打算が優先している場合、ソラリアは祝福を授けないなんて話もあるのだが。つまりこれは女神様的には「有り」という事らしい。何というか……中々にフレキシブルな女神様である。


 皆の左手薬指に結婚指輪を嵌めていく。これで、俺達は夫婦という事になった。

 聖堂から出て、皆の拍手と歓声で祝福される。白いドレスが日の光を浴びて輝くような美しさだ。みんなが綺麗すぎて浮世離れしていると言うか……見惚れてしまうような光景であった。




 祝宴では国内の上級貴族や各国の大使達へ挨拶回りを終え、今度は下級貴族達の挨拶を受けた。

 事前に顔写真などを手配出来てしまうこちらとしては顔と名前が全員一致しているし、人となりについても下調べしてある。

 向けられる感情なども面と向かってしまうと丸わかりだったりするので、何か含む物を持っている相手、悪評のある相手には警戒を払い、不用意な言質は取られないようにする、と。


 気を付ける事はそれぐらいだ。

 コーデリアがフェリクスとシャーロットの所に行って離れている所で何人かの貴族が接触を図って来た。一人の時なら付け入る隙がある、と思われているわけだ。


 まあ……見た目は若輩だもんな。侮りたくなる気持ちは解らなくもない。

 何人か要注意、という相手もいたが、感情が解る以上はこっちも誘導に乗るほど間抜けた事はやらかさない。かと言って失礼になってもいけないので、あくまで紳士的に対応する。

 意図が解らなくても何か期待している場合は、曖昧な返事をしていくらでも言い逃れの出来る言葉だけに留める感じでやり過ごす。


 相手も竜との盟約があるのでかなり勝手が違うのか、随分やりにくそうにはしていた。

 今日、俺が一人で対応しても何一つ言質を与えないというのは、割合重要な事ではあるのだ。与し易いと思われるのは今後の展開としては困るからな。


 因みに要注意の連中だが、コーデリアの所には行かなかったようだ。

 先日のラーナとの戦いの時に立てた作戦の印象というか評価が高いらしく、後ろ暗い所がある連中には謀略もお手の物の姫と、恐れられている模様である。

 図らずも彼女に対して下らない策が仕掛けられるのを回避する一助になっているようで何よりだ。


 まあ、その分俺に接触を図ろうと言う事なんだろうけど。

 いや、何か騙しているみたいで悪いけれど。ラーナの時に色々やってたのって俺なんだ。

 ここで俺に下心あって接触してきた連中はトーランド王家にとって、獅子身中の虫という奴だと思う。フェリクスも当然把握しているようなので、再認識ぐらいの価値しかないが。


 まあ、全体としてはポカをやらかさなかったので及第点と自己評価をしておこう。慣れない事をやったので少々肩が凝ったけれど。




 そんな感じで祝宴を無難に切り抜け、コーデリアと別邸へ帰って来るとみんなが談話室で待っていた。


「お帰りなさい。どうでしたか? 黒衛」

「ちょっと肩が凝ったけど。まあまあ、かな。とりあえずミスはないと思う」

「疲れてない?」

「それは大丈夫」


 マルグレッタの問いに答えると、ベルナデッタは頷いた。


「じゃ、行きましょうか」

「行くってどこに?」

「……大寝室」


 ――言われて、鼓動が早くなった。

 色々目の前の事に集中していたけれど。今から初夜だと言われると、やっぱり緊張すると言うか何というか。

 しかし、大寝室、ね。確かに間取り的には使ってない大部屋があったな。

 ……内風呂やトイレまでついていて……団体で来客があった時にでも使うのかと思っていたんだけど。

 結婚後の生活用だったか……。


「一人ずつって言う選択肢、は……?」


 一応、聞いて見る。こちとら初心者なんです。いや、ここにいる全員がそうだとは言え、いきなり多対一って、お互いハードル高くないですか?


「えっと。……普通の……いえ、アルベリアの後宮の話をしましょうか。想像して、黒衛」

「ふむ」

「正室にしろ側室にしろ、出ていく夫を見送るんだって。朝まで一緒にいられれば御の字で、執務が忙しい場合はそんなわけにもいかないらしいし。次は何時来るか分からないとか、出て行った後、誰かの所に行くのかも知れないとか。そんな風に想いながら待つ事になって。それって結構寂しいし、悲しいものらしいのよ」

「……それは」


 確かに……結構きつそうなものがあるな。だからこれも、彼女達で話し合った結果、か。


「後宮であるなら、アルベリアに限った話ではないでしょうね、それは」


 と、メリッサが補足した。ベルナデッタは……説明はしたものの、少し頬を赤くして明後日の方を向いていた。

 理屈は……解らないでもないが……。でも許されるのか、それは。

 ……今更か?


 共鳴の問題を考えると俺とコーデリア、ベルナデッタとマルグレッタはお互いの感情の動きを感知してしまうし。後宮の女性が感じる寂しさというのは、その三人の場合その比じゃないだろう。

 そういうのをコーデリアに感じさせるのを回避したくてこうなっているのだから……やっぱりこういう形になるのか。……うん。覚悟を決めるべきだ。


 大寝室でこれから初夜を迎えるのはここにいる全員なわけで。言われてしまうと動きが不自然というか。談話室で寛いでいたように見せて平静を装ってはいるが、みんな内心ではかなり緊張しているようだ。


「解った。じゃあ、行こうか」


 だから俺がここに来て尻込みしていても仕方ない面はある。

 みんなと一緒に移動して大寝室に入ると天蓋付きの大きな寝台がまず目に飛び込んできた。それから円卓と椅子。机の上にはティーセット。壁に大型モニター……はゲーム用か。

 以前見た時はがらんとしていたんだけれど。改装されてるな……。

 それから……奥にいくつかの扉。内風呂とトイレと……他の部屋はなんだろう。


「端から、内風呂、トイレ、衣裳部屋、台所、書斎ね」


 ああ……。生活に必要なものが大体ある、と。


「私達はちょっと着替えてきますね」


 と、みんなは衣裳部屋に入って行った。

 改めて部屋を見渡す。……大体この部屋で全て事足りてしまうわけか。酒池肉林とかいう単語が頭をよぎった。

 ほんと……あんまり溺れないようにしないとな。女色に耽って国が滅んだなんて話、枚挙に暇がない。気を付けよう、真面目に。しっかり自分の仕事をする。ここに戻って来るのは一日頑張った後でだ。


「ベルナデッタ……ほんとにこれで出ていくの?」

「ほ、ほとんど……身体が見えてしまっている気がするんですが、この服は」

「ぜ、絶対大丈夫ってシャーロット様も仰っていたわ」

「お、お母様が? ……うーん」


 そんな風に決意を固めていると、皆が戻ってきたようだ。顔を上げて……固まってしまったのは仕方がない事だと思う。

 彼女達は薄い夜着に着替えてきたのだ。ベビードールだったかネグリジェだったか。名称はよく解らないがそっち系の夜着だ。


 いや、割と可愛らしいデザインなのかも知れないが、身体のラインや下着が透けて見える辺りでその可愛らしさという部分はどこかに吹っ飛んでしまっている。


 みんな揃って美しい容姿なので、かなり刺激の強い光景ではあるが……誘惑が目的と言う割には恥ずかしがっているようで、胸元などを手で隠そうとしていた。逆に破壊力が高いが。

 というか、優秀なアドバイザーがいらっしゃるようで……。何してるんですか、シャーロット先生。


「こ、この格好で部屋が明るいと、ちょっと、ね」


 マルグレッタが焦ったように指を鳴らすと、部屋の光量が落ちた。ぼんやりとした青や緑、紫の光が漂って照明代わりにはなっている。……魔法的な仕掛けを施したのだろう。普通なら幻想的と言って良いのかも知れないが、今に限っては何やらとても怪しい雰囲気だ。


「ええと。マルグレッタ?」


 コーデリアが疑問の声を発すると、女王モードになっていたマルグレッタは首を横に振った。


「ごめんなさい。ちょっと……方向性を間違えた気がするわ」


 この場合……夜着にしろ照明にしろ雰囲気作りは上手く行っているのに、ここにいる全員が初心者なのが問題なのだろう。彼女達の表情は戸惑いの色が大きい。まあ、盛り上げようとしてくれているのは嬉しいが。


 彼女達は大きな寝台の上に座り、少しだけ頬を染めたままで俺を見てきた。……こういう意図しない仕草の方が……やっぱり凶悪な気がするぞ。

 気を落ち着かせるように大きく息を吸って、俺は彼女達に近付いた。

 揃ってこちらを待つ彼女達の、その美しさをどう表現したらいいか解らない。現実離れした光景ではあったが……それは夢でも幻でもなくて。


 零れるような髪の毛を指で梳いても、柔らかで吸い付くような肌に触れても。

 艶やかな唇と口付けを交わしても、抱きしめても抱きしめられても。

 彼女達は一人として、どこにも消えはしなかった。




 そんな風にして、一夜が終わった。

 ……夢のような時間ではあったが気が付いたら明け方だった。

 振り返ってみると完走した自分にも呆れるばかりだが、実を言うとまだまだ余裕がある気がする。


 あの魔力の高い男子は云々とかいう情報は本当だったらしい。ただ身体的負担は初めてである向こうの方が大きいとは思うので、慣れてくるまでは自重しておかなければならないだろう。

 何だか鎮痛や体力回復の魔法の応用で、相手の魔力側から感覚を刺激するというような、そっち方面に応用ばっちりの変なマッサージ技にも開眼してしまったし。……俺は一体どこに向かっているんだか不安になる所だ。


 そんな技を身に着けていても人数が多かったからな。こちらが攻手に回ってばかりというわけにもいかなかった。みんなはあまり具体的な知識がないからと、俺から情報を得て学習する事に貪欲で、色々されてしまった。

 ……色々は色々だ。鮮明に回想してしまうと、また区切りがつかなくなってしまうので控えるが。

 何だかな。以前気炎を上げていただけあって、みんなして求められる事には応えたいと言うこの感じ。こっちが歯止めをかけないと止まれなくなる気がしてならない。


 ちょっと溺れないか心配だと言ったら「黒衛なら大丈夫ですよ」とか、微笑んで返されてしまって。みんな、それに同意するように頷きあっていて。信頼度高いのは嬉しいが、結構悩ましいんだって、本当。

 ただ、全員と一緒だとか背徳的で爛れた感じになるんじゃないかと思ったが……合間合間でじゃれあったり甘えられたり、妙に和やかな所があったな。


 普段はそうでもないのだが、コーデリアとマルグレッタは少しだけ甘えたがる面があるみたいだ。

 コーデリアは兄妹のスキンシップを求めていた感じがあるし、マルグレッタはずっと一人だったしな。ベルナデッタの本音が出てる部分があるからストレートな所も多い。

 クローベル、メリッサ、ベルナデッタの三人はというと、逆に俺の髪や瞳が凄く好きだとか言って、抱きしめてきたり髪や頬を撫でてきたりする。

 みんなの髪や瞳の方が……ずっと綺麗なのにな。


 しかしまあ、体力的には結構疲れたな。みんなもくたびれたのか、一人一人眠りに落ちていく。俺も眠い。横になって目を閉じると、自分の意識が微睡(まどろ)んでいくのが解った。


 頬に、誰かの手が重ねられた。髪の毛を優しく梳かれている。この触り方と魔力の波長は、クローベルかな?

 薄く眼を開くと、横になったままの彼女の青い瞳と視線が合って、微笑みかけられてしまった。彼女に軽く笑みを返す。


「……おやすみなさい、黒衛」

「ん。おやすみ、クローベル」


 このまま、みんなの体温や吐息を感じながら眠るのは悪くないな。すごく安心して眠れそうだ。この分だと目が覚めるのは昼頃になってしまいそうだけれど。


 彼女達を、大事にしたいと思う。

 だから目が覚めたらまた、島の事を考えよう。俺に、出来る事を考えよう。

 ここにいるみんな、この島にいるみんなが穏やかに過ごせる日々を、ずっとずっと続けられるように――。

DLC一話と言う事で後日談も一区切りです。

増量気味ですが一話に収まってしまったという。


今後ですがDLC二話としてまとまった形の話が出来ましたら

区切りがつくまで連載中に戻して投下する形になるかと思います。

不定期ではありますがDLC1、DLC2みたいな感じで

短編集のように出来ればと構想しております。

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