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DLC1-3 指輪と仕立て屋

 風呂から上がって脱衣所に戻ってくると、ディアスからの着信が残っていた。

 手早く着替えて彼女に連絡を取ってみると内容はゲーム攻略についてであった。うむ。平和だ。

 ディアスからは時々、ゲームについてコーデリアやベルナデッタ、それから俺への相談が来たり来なかったりで、互いに前より砕けた対応になっている今日この頃である。


 ネフテレカ王国は現在、例の地下水脈から見つかった魔素結晶の鉱脈の規模が、予想以上に大きかったので以前よりかなり国庫に余裕があるそうだ。

 上がって来る報告も割合ポジティブな物が多く、最近はディアスの裁定が必要なデリケートな案件も少なくなっているそうで、彼女が空いた時間を使ってゲームに興じている余裕もある、というわけだ。


「ふむ。つまり宝石の事で妾に相談したい、と」

「ある程度は決めてあるんですけどね」


 一通りゲーム攻略の話が終わった所で、ついでなのでこちらからもかねてより考えていた事をモニター越しに相談中である。つまり結婚にあたり、婚約指輪と結婚指輪をどうしようかと。


 こちらの世界での結婚というのは男女で揃いのアクセサリーを聖堂の女神に差し出して祝福を受け、互いへの愛を誓いそれを身に着ける事で魔法的な繋がりを得る、というものらしい。

 これは首飾りでも何でも良くて、別に指輪でなければならないとは決まっていないそうだ。

 当然婚約指輪と結婚指輪を分けるという風習もこちらの世界には無いそうで、地球の習俗とその趣旨を説明すると、思いの外ディアスは乗り気になった。


 何故こんな話をディアスに相談するのかと言えば、彼女の国は石の国の異名を持つネフテレカだからだ。ネフテレカは鉱山や鉱物が有名な国で、当然宝飾品にも強い。宝石の事で相談がと持ちかけたら、妾の国で揃わない宝石はないぞ? と、鼻息荒く豪語したディアスは中々に頼もしくはある。

 もしかすると指輪を贈る風習をビジネスチャンスと捉えているかも知れないな。何だかんだ言って彼女はネフテレカの女王なので、国の儲けに繋がりそうな話なら飛びつかないはずがない。


 それなりのサイズと品質の原石の用意をと言ったら二つ返事で了解してくれた。

 まあ、宝石の原石にしてもいくつかの種類の手持ちはあるのだ。

 魔道具を作るのに魔石共々必要だったりしたのでセンテメロスにいた時に原石を入手したりしているのだが、今は原石にしても心許ない。


 しかし何と言うか。グリモワールがある以上、宝石に関してはあまりサイズとか色合いとか、傷の有無を論じる意味がないんだよなぁ。グリモワールで合成すれば幾らでも大粒に出来てしまうし、色合いや傷も調整出来てしまうという身も蓋もない事実がある。


 なので今回は原石だけ調達してそのカッティングのみに留めるつもりでいるのだが、その処理方法にしてもこっちの世界より地球の方がバリエーションが豊富で技術的にも進んでいる感じである。普通に加工するだけでもこちらの世界では付加価値の高いものになりそうだ。


 あまり目立ち過ぎても良くないと解ってはいるが、物が物だけに気合を入れたい所ではある。まあ……彼女達は宝飾品を身に着けて喜ぶ性質というわけでもないのだけれど。

 だとしても贈り物をするならちゃんとした物を、とは思うわけで。


「興味が湧くな。コディの夫になる男がどんな指輪を用意するのか。それにしても、婚約指輪に結婚指輪か。中々面白い風習だな」

「いやあ、ディアスのお眼鏡に適うかどうか」


 ディアスは興味津々と言った感じだ。協力して貰う手前、色々と情報を開帳しなければならないだろう。

 婚約指輪に関してはそれぞれのイメージに合った宝石を用意して、カッティングとリングのデザインは共通……みたいな事を考えている。


 内訳としてはクローベルがエメラルド、メリッサがルビー、コーデリアがサファイア、ベルナデッタがダイヤモンド、マルグレッタがアレキサンドライトという感じだ。

 それぞれの石はイメージ優先である。宝石の価値は品質や仕上がりでいくらでも逆転したりしなかったりなので、あまり論じる意味が無い部分もある。


 試しに見本としてカッティングしたガラス玉をディアスに見せてみると、彼女の表情が変わった。カッティング方法は地球でならよくある形だ。ラウンドブリリアントカット……だっけ。

 割と近代になって確立したカッティングとか何とか聞いた事がある。光を効率よく反射するので最も宝石が煌びやかに見えるのだとか。


 とは言え、最先端よりもクラシカルなカッティングの方がアンティークな価値があるように思えるし、中々難しい所だ。

 物珍しいと言う意味ではディアスの反応から見るにこれはこれで正解だと思うけれど。


「……これが、自作か。クロエは宝飾品にも詳しいのか? 明日から宝石職人でも食っていけるぞ?」

「そういうわけでもないですよ? 俺の世界で貴重って言われている石を選んだだけですので。これにしたって割と一般的デザインかと」

「そなたの国には驚かされるな。ゲームにしろ何にしろ……」


 先程挙げた宝石はディアスの反応から見た感じ、こっちでもやっぱり価値が高いようだ。

 別に俺は宝飾品に詳しいというわけではない。こっちと地球では情報に触れられる絶対量が違うというだけの話だ。向こうでは雑学の範囲で済む事も、こっちだと割合博識と言う事になってしまうようで。


「ふむ。そうなると……結婚指輪は?」

「こっちは普段つけておくものなのでシンプルなデザインで」


 婚約指輪は装飾品として派手でも良いのだが、結婚指輪は普段身に着けておくものだから、邪魔にならないデザインが望ましい……とか何とか。

 ミスリル銀のリングに装飾を施し、小粒の宝石をあしらう感じで考えている。

 装飾は……やっぱり花かな。昔の人も花をモチーフにした装飾品は基本だったらしい。自然物から美しいものをとなると、やっぱり花というのは普遍的な物なのだろう。


 まずクローベルはクローバー、マルグレッタはマーガレットで決定として。

 それぞれの花言葉を考えてイメージで選んでいくのはいつもの通りだ。

 コーデリアはスミレで花言葉には「小さな愛」や「誠実」という意味がある。これは瞳の色にも掛けている部分はあるかな。

 メリッサはナデシコで「純愛」と「才能」だ。彼女の創作活動が捗りますように、というのも変だが。

 ベルナデッタはスズランで「幸福の再来」「意識しない美しさ」……という感じで考えている。


 結婚指輪であるからにはこちらも揃いで着けないといけないのだが、リングの裏側に刻印を彫ってそれぞれのリングと合わせた時に意味が出る、なんてのはどうだろう。

 まあ……ディアスの反応を見て考えようという部分は多々あるのだが。


「良いと思うぞ。コディやベルナデッタが惚気るのも解るというものだ」

「ええと……」


 ……そうなの?

 ディアスにはどんな話が伝わっている事やら。聞きたいような聞くのが怖いような。

 返す言葉に困っていると、ディアスは笑みを向けて来た。


「いや、すまぬな。出来るだけ早く、最高の物を手配させよう」

「助かります。で、お代の方は」

「受け取れぬよ。クロエは結晶鉱脈の発見者であろう」

「いや、あれはあれで色々融通してもらったので終わった話です。それに指輪の材料を用意してもらうに当たって対価を使うのはまた意味合いが違う、というか」


 と言うと、彼女は苦笑した。


「それならば……クロエの作った、その見本のガラス玉と交換と言う事でどうであろう? クロエさえ良ければ、の話だが」

「え? これでいいんですか?」


 ディアスのやりたい事は解るけれど。 

 カッティングしたガラスを見本にして、職人たちを育成したり宝石商に売り込みを掛けたりするのだろう。


「妾には黄金の塊に見えるがな。高度な技術による先鋭的なカッティング、しかもそれがコディの指輪と同系統のデザインと言うだけで話題性も商機も充分過ぎる程にあるのだ」


 儲かったら更に見合った対価を出そう、などとディアスは言う。

 こっちとしてはノウハウとコネがないとお金には換えられないので、腐らせておくぐらいならディアスに活用して貰った方が良いが。グリモワール無しでこれを真似る苦労するのは、俺じゃなくて職人さんなんだし。


「国が儲かればリカルドの奴に仕事を押し付け、ゲームをしていられる時間も増えるのではと目論んでいてな。王侯貴族があまり出しゃばらず、商人達が真っ当な稼ぎで潤っていれば世は円満、泰平事も無しというわけだ」


 ディアスのそんな言葉に、苦笑いして俺は承諾した。


「それじゃ、このガラス玉はポータルから送っておきますので」

「了解した。転送許可を出しておけばいいのだな?」

「ええ」


 浮遊島のポータルゲートだが、これが別世界からの召喚だけでなく物品や人員の転送にも使えたりする。

 これには双方向で魔道具の転送許可を行う事でやり取りが出来る、という制限を設けてある。浮遊島外部でこの魔道具を持っているのは現在フェリクスとディアスだけだ。


「それじゃあ、また何かありましたら」

「うむ。品物を手配出来たらこちらから転送する為に連絡しよう。それではな」


 というやり取りを経て、ディアスとの通信を終えた。

 さて。後はウェディングドレスだが。こちらについても手配は進んでいたりするのだ。

 出来栄えにしろ仲間の働きぶりにしろ、色々気になるのでそのまま携帯電話で連絡を取ってみる事にした。


「ええっと。通信に出るにはこれで良かった、のかな? これはクロエ様。どうかなさいましたか?」

「いやいや。大した用事でもないですよ? 近所だからあまり通信用魔道具も使ってなかったですし、魔道具に慣れてもらうついでにみんなの様子も聞いておきたいな、と」

「ああ。皆さん凄いんですよ。本職じゃないでしょうに、とても手先が器用で助かっております」


 と、ソフィーの父親であるバンハートさんは言う。

 ソフィー一家は別邸の近くに作業場兼住居を構えているのだ。

 手伝いに行っている三人も手を振っている。こちらも手を振り返すと彼女達は嬉しそうに笑みを返してきた。

 ウェディングドレスに関しては、ソフィーのご両親であるバンハートさんとケイトさん、それからソフィーの叔母、リンジーさん達が仕立てている所である。


 全員のドレスを仕立てるのは中々に大変そうなのでバンハートさんの所へはアルケニーのヴェナトリア、キキーモラのシシー、猫妖精(ケットシー)のタウザーが手伝いに行っている。

 というか、その三人に関してはソフィー一家と意気投合しているようなので、そのまま就職先になってしまいそうな感じではあるかな。


 三人の名の由来はそれぞれ、アシダカグモの学名、キキーモラの別名シシーモラからのもじり、ケットシーは有名なウィスキーキャットからだ。

 ドレスの生地を提供しているのもヴェナトリアだ。アルケニーの糸というのは生地としてはほとんど最高級品らしい。アルケニー自体がかなり強力で珍しいモンスターだから……その糸となると、まとまった量は普通は手に入らない。


 当然その糸で作られた生地は市場に出回るととんでもない値段が付くそうで、バンハートさんも最初は中々取り扱いには緊張していたが、当のヴェナトリアが鼻歌混じりで糸巻きをしながら量産しているのを見て、色々常識を壊されたというか、認識を改めさせられたらしい。


 今も立体映像には八本の手足をフル活用して物凄い勢いで糸を生産しながら機織りしているヴェナトリアの姿が映っている。何やら精密機械の如き作業風景だが、そのスピードの割に彼女の表情は涼しげで、まだまだ余裕がありそうな感じだ。


「あまり根を詰め過ぎないようにして下さいね」

「いえいえ。ここは気合を入れさせていただきます」

「結婚式に使うものですものね」


 と、ケイトさんとリンジーさんは顔を見合わせお互い頷くと、腕まくりをしていた。


「……という訳で、ドレスに関しては順調ですよ」

「……のようですね」


 万事順調なようである。

 指輪とドレスが用意出来て……こちらの準備が整った事を伝えればフェリクスの方からコーデリアと俺の結婚の話が公式に発表される手筈になっている。

 そんなこんなで結婚関連の話と浮遊島整備に関しては順風満帆だ。

 

 ただなぁ。事前にあちこち根回ししているので、センテメロスでは辺境伯の噂で持ち切りだとか聞いた。

 当然コーデリア婚約の噂も流れている。流れていると言うか間違いなく事実だから、事前に噂を流す事で軟着陸させて混乱を避ける態勢作りをさせているんだろうけど。

 これにはウィラードやベリウス老のような重鎮も協力しているので、かなり信憑性のある話として受け止められているようだ。


 結婚の話はそれでいいのだが、俺の実像に関しては噂に背びれ尾ひれが付きまくってしまっているのが頭の痛い所である。

 叙勲式の時からセンテメロスには行っていないから、俺の姿を知っている者があまりいない。というわけで暇を持て余した貴族達は好き勝手に俺の姿を想像して楽しんでいるようだ。


 竜殺しの英雄だから巨躯の大男に違いないとか、姫の心を射止めたのだから相応の美男子なのだろうとか。

 実際はそのどちらでもないというか。あんまりハードルを上げられても困る部分はあるんだよなあ。

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