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9 ソフィーの事情

「力の使い方、か。私も検証が必要ね」


 クローベルの失敗。それは彼女が暗殺者ギルドに所属していた頃の話だ。

 ギルド長の誘いに乗って呪法に手を染めたのだ。その後の顛末はフレーバーテキストの通りである。

 大きな力を得る事の誘惑と、その使い方、か。

 創作物では度々テーマにもなるが、今や私にとっても他人事ではない。こんな力をいきなり手に入れてしまって、考えないといけない事は山積している。 


 クローベルの言葉に思うところがあった私は、手近にあった小石をいくつか拾って断章化する。

 検証。つまり昨日のカード投げについてである。やる事もやらずに失敗して後悔はしたくない。


 あれは言ってしまえばシステムを悪用した素材カード投げという、邪道も邪道な攻撃手段である。チャージ魔法がピーキーである為に穴埋めや護身用の手段として用意しておく事に損はないとは思うが、欠点だってあるだろう。


 ゲームに準じるなら、私がその辺から取得出来るのは素材カードに限られるはずだ。誰かに所有権がある物は同意がない限り断章に変えられない。

 街中で咄嗟に物を拾っても断章化不可能なんて事態も考えられるだろう。残弾の補充はこういう野外でまめに行っておくべきだ。


 それからカード投げが私の腕前に依存する点も注意しなければならない。射程距離や精度の面で優れているとは言い難い。投擲技術が習得出来れば良かったのだが生憎主人公が覚えられるスキル群は物理的な攻撃手段に乏しく、知識や魔法系に偏っているので無理だ。


 昨日のあれはゴブリンの集団なんていう、アバウトな的であった為に上手く行ったようなものである。動きの早い敵には無意味だし、風で流されれば簡単に的を外してしまう。解放のタイミングを見切られて風魔法で押し戻されたりして自爆なんて事も想定される。


「この断章を持って、私から少し離れて見てくれる?」


 クローベルに小石カードを渡して距離を取ってもらう。目算で五〇メートルほど離れた所で、強制的に断章化が解除された。

 つまり射程距離は五〇メートル+α。無論、普通にカードを投げても五〇メートルは無理だ。


 素材カードを手にしたままヒールを発動しようとすると、これも断章化が解除されてしまった。

カード投げの準備をしながらのチャージは不可能である。

恐らく魔法の同時発動も不可能だろう。


 同種の素材カード二枚を出した状態での個別解放。これも駄目だ。

 異なる二種類の素材カードなら個別解放は可能だが、同じ種類のカードだと対象の限定が出来ないのだろう。

 ゲーム画面上では石15枚、みたいな管理されてるからね。

 油性ペンで印をつけたりといった悪あがきも無駄だった。

 これでクローベルに気軽に使える飛び道具として持たせる案も没になった。


 そもそも他人に使わせるなら私が目視して解放タイミングを計らなければいけない。

 クローベルに投擲役をさせると彼女の行動を限定する事に繋がってしまう。彼女最大の武器である隠密性と機動力をスポイルするのは本末転倒だ。


 さて。案外出来ない事も多いようだが、収穫がなかった訳でもない。事前準備は必要だが、チャージ時の隙の穴埋めという点で言うなら及第点だろう。

 検証でそれなりの成果が得られた事に満足していると、ソフィーが戻ってきた。髪と顔の汚れを洗い流してさっぱりしたようだ。だがまだ服が汚れている。


「ソフィー。服を脱いで貸してくれるかしら? とりあえずその間、こっちのコートを羽織ってね」

「……ん」

 ソフィーは少々怪訝そうな顔をしたが、いきなりその場で服を脱ぎ始めた。

 はい……!?


 慌てて目を背ける。そりゃそうだ。今の私は女なんだからソフィーが頓着するわけがない。

 あ、じゃあユーグレは? ゴブリンは数に入らないのか? 

 ……川の流れを見てボーっとしてるな。まあ放置でいいだろう。


 着替え終わったソフィーから服を受け取って断章化する。私に所有権がある物では無いので、レンタル品扱いではあるのだが、それでもSEを消費して装備品の耐久度回復、なんて事も出来るのだ。

 消費量はランクや耐久値の状態に比例するが、普通の衣服なんて一しか消費しない。 断章解放する。新品同様になっていたのでソフィーに差し出した。


「これ……」


 ソフィーは目を丸く見開いて、震える手で私から服を受け取った。服を胸にかき抱くと歯を食いしばって嗚咽を上げ始める。

「えっ? な、何かまずかったかな?」


 何かやらかした!? 地雷でも踏んじゃった!?

 困惑する私に、ソフィーは首を横に振る。


「ち、ちが……の……おが、ざんがぁ……」


 大泣きである。何か私に伝えようとはしてるのだが、要領を得ない。

 助けを求めるようにクローベルを見ると、何故だか微笑まれた。




「……おかあさんがね、つくってくれた服なの」


 泣くだけ泣いて落ち着いたらしいソフィーから事情を聞いてみると、つまり母親の作ってくれた服だから綺麗になって嬉しかったという事らしい。


 ……焦った。無神経な事をして傷つけてしまったのかと思った。


「ありがとう、おねえちゃん」


 泣き腫らして力ない物ではあったが。ソフィーは確かに、私に向かって笑ってくれたのであった。




 リュイス達の所に戻って、朝食をとりながらソフィーの話を聞いて見た。

 ソフィーはザルナックという都市で暮らしていたのだと言った。


 ――ザルナック。ネフテレカ王国の王都か。

 これはプリグリ世界で確定と見て間違いないんだろうなぁ。


 ソフィーは仕立て屋の娘で父親の商いに時々同行していたらしい。母親がザルナックで服を作り、父親がそれを売って歩いたり、売ったお金で材料を仕入れてきたりするわけだ。


 その日も父親の品物の販売がてら、叔母のいる村まで遊びに行ったそうなのだが、滞在中に村がゴブリン達の襲撃にあったのだと言う。

 家畜を奪うと見せかけて陽動をかけられ、男集が手薄になった所で多数の女子供が連れ去られた。その中にソフィーの姿もあったのだろう。


 ソフィーの父親と叔母は……どうなったのか解らない。当然村人達もゴブリンを追いかけようとしたが待ち伏せを受け、シャーマンの魔法で村人に死者が出ていたらしい。少なくとも父親が殺されるような場面は目撃していないし、ソフィーの叔母も連れ去られた者の中にいなかったと言う事だ。


 ともあれソフィー達はゴブリンの巣穴に連れて行かれ、強制的に働かされたそうである。

 例えば巣を拡げる為に穴を掘る仕事。身の回りの雑用。


 美醜の価値観が違うので性的な乱暴こそ無かったようだが、それを差し引いてもゴブリンは自分達より弱い者に対しては残酷だ。無意味に暴力を振るい労働力を使い潰すという事もままあった。

 そうして働けなくなれば、待っているのは死だ。

 肉体労働の過酷さやリンチから一人死に二人死に、最後までソフィーの身を案じてくれていた女性も些細なミスからシャーマンに殺されたらしい。


 ソフィーは小さかったので肉体労働には使えない。主に水汲みなどの雑用を任されていたが、シャーマンの身の回りの世話をしていたその女性が死んだ事で、彼女にお鉢が回ってきた。

 そうして、シャーマンの作っていた何かの薬を運ぼうとして入れ物を割ってしまい、折檻されるか、恐らくは殺されそうになった所で私達が乱入した、というわけだ。


 思えばリュイス達を最初から怖がらなかったのも、子供心ながらに近付いても大丈夫な個体と、そうでない個体の選り分けをしていたのだろうと思う。ゴブリンと共に暮らす中で必要に迫られて得た直感のような物だろう。


 そんな連中だったと言うのなら昨日は情けを出して見逃さず、もっと徹底的に叩いておくべきだったのだろうか?


 尋ねてみると「ゴブリンの根切りは難しいと思います」とクローベルから言われた。強い者からは逃げるし、巣穴も他に出入り口があるだろうと。

 シャーマンが死んでいるし、当分の間は大人しくしている、というのはリュイス達の見解である。

 そもそもシャーマンがいる巣自体珍しく、ゴブリンの巣そのものをかなり長期間放置しないと上位種は出てこないそうなのだが。

「そんな事になっていて、何で救助や討伐が来ないの?」

「普通そんな事はないのですがね。何か事情があるのかも知れません」

「って言うと?」

「例えば――政治がゴタついているとか、戦争や疫病や災害で人手が足りないとか、強力な魔物のテリトリーが近辺に存在するとか」


 ……それだ。

 あの赤竜だな。間違いない。

 クローベルに私が出会った赤竜の話をしてみた。


「そんな化物と出会ったのですか?」


 吐息の件りでは不愉快そうに眉を顰めていた。あれを避けられなかったら二つに捌かれてたからな。


 とにかく、救助や討伐が来ない理由は解った。

 森の奥にゴブリンの巣があると解っていても正確な場所が掴めていないのだから、まず探索から始めなければいけない。その探索の過程で赤竜に目を付けられたら、それは死を意味する。


「ゴブリンは赤竜に襲われないのかしらね」

「ゴブリンに限った話ではありませんが、比較的弱い魔物は大物のテリトリーのやや外側に巣穴の出口を作るわけです。人間が近付かない事を解っているのですね」


 人間と竜のテリトリーの隙間、か。悪知恵の働く事だ。

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