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87 戦後処理

 とりあえずでスタートダッシュしてみたソフィーが、向こうから歩いてきたキノコに激突して一機死なせるというお約束をやったり、ディアスがプリンセスグリモワールに自分が登場していて、かっこ良い役をもらっている事実を知って大喜びしたり。


 ゲームで親善を深めるのも外交戦略というのかどうかは定かではないが、ここでしか出来ない歓待であるのは間違いあるまい。少なくともトーランドとネフテレカの親善にはなっているな。最終的にはコーデリアとディアスで仲良くカートレースをしていた。


 通信機能を持たせたモニターでデータをやり取りしているだけなので、手頃なサイズの水晶モニターを浮遊島からネフテレカへ持ち帰ってもゲームは出来る。ディアスには水晶モニターとコントローラー一式を進呈するけれど、ネフテレカの公務に支障を来さないかがやや心配だ。

 リカルドさんにゲームは一日一時間とか怒られたりするかも知れない。



 そんな感じの、終始和やかなトーランドへの空の旅であった。

 空の旅は遮るものが無いから目的地到着も割と早い。センテメロスに私達は帰還はしたが、休む暇が無かった。

 王城についてすぐ、フェリクスと話し合いの場を持つ為に議場に行く事となった。円卓に着いて会議である。

 私、コーデリア、ベルナデッタとマルグレッタ、それからディアスにイシュラグア。それに護衛としてクローベルにメリッサという面子だ。


「ふむ。それで、何の話し合いだったかな」


 イシュラグアは首を傾げている。


「浮遊島の公的な立ち位置を、どうするかのお話合いね。ディアストラ陛下にもアドバイザーや証人として参加して貰っているわ」


 要するに、戦後処理だな。 

 島は結界で外部から見えないけれど、絶対に存在が露見しないとは言い切れない。

 ただ浮遊しているだけの未開地などと強弁されたら、侵略の口実を与えてしまう事もあるだろう。空に浮かぶ島に突入する手段をどうするかとか、私達とモンスター、更に元暗殺者ギルドのメンバーがいる場所をどうやったら攻略出来るかとかは、また別の話だ。


 現在だけでなく、将来的な事も考えて火種や揉め事の原因は潰せるような予防策を張っておかなければならない。

 でもそんなの……選択以前の問題なんじゃないの?


「当然、トーランド王国に属するって事になるんじゃ?」


 流石に独立などは考えてないし、する気も無い。浮遊島スローライフが私の理想だ。


「そうね。私もトーランド王国以外は考えられないと思う」


 ベルナデッタは頷いた。

 これはコーデリアの国だからと言う意味ではなく。

 トーランド王家の王族は、竜王や渓谷の竜達と親交があるにも関わらず、その力には極力頼らないという方向性でずっとやってきた。どうしようもなくて頼ったとしても、何かしてもらったら同等の物を返すという、対等な関係を築いてきたわけだから、その辺は結構徹底している。


 人知の及ばぬ大きな力との付き合い方、心構えというのが最初から土壌として存在しているのだ。

 だからベルナデッタもトーランドから担い手を探してコーデリアを選んだのかも知れない。


「そこまで余とトーランドを信頼して貰えるというのは光栄ではあるのだがな」


 フェリクスは苦笑した。フェリクスの言いたい事は解る。

 確かにフェリクスは名君として名高いが、その治世が永遠に続くわけではない。

 それに国内の貴族が馬鹿な考えを抱かないとも限らない。事実、センテメロス王城にも暗殺者は忍び込めたわけだし。まあこれの犯人はあっさり捕まったけれど。


 だから後世に残すものと残せないものを選別し、私の代で一通りの処理を終わらせてしまうつもりでいるわけだが。


「要するに、私達が仕事を終えるまで横槍が入らないようにしておけばいいわけだ」

「つまり、そういう体制作りをする案を考えればいいのかな?」


 私とコーデリアの言葉にベルナデッタは頷いた。


「要点を纏めると、そうなるかしらね」

「……ふむ。クロエがトーランド王国から任命されて正式な領主になるべきなのだろうが、島が魔法的に隠蔽されておるというのがややこしいな。領地が隠蔽されておる領主など、妾も聞いたことが無い」


 ディアスは苦笑いを浮かべた。

 見えない領地、か。確かに。


「基本的にはどこかの土地の上から動かさず、その土地の上空にあるからその領主の土地であると理屈を付ければ良いと、余は思うがな」


 なるほどね。領空という考え方がこっちにあるのかどうかは知らないが、馴染みやすい考え方ではあるか。どうせ島を動かせるのは私だけなんだし。


「そうなるとその土地をどこにするか、の問題が出てくるのだが」


 トーランド国内でとなると……。やっぱり彼女に話を通して行くのがいいのだろうか。

 私の考えとみんなの考えは共通しているのか。視線が一ケ所に集まった。つまり、イシュラグアの所にだ。


「それは、我が一族寄りの場所に置くと言う事か? 黒衛であるなら構わんぞ? わしの戦友であるからな」

「いや、それでは協定に例外を作ってしまう。北部と南部の境界の、丁度緩衝地帯となっているような場所が良かろうと思うのだ」


 それは――普通なら領主に与える土地としては不適当な場所だろう。

 名目上は王家が管理しているが、協定の為に実際は手付かずの土地だ。人の土地とも竜の土地とも言い切れない曖昧な場所。そんな場所が望ましい。要するにトーランドの中央部に近い場所、となる。

 個人的には海が近いと嬉しいな。トーランドの海って凄く綺麗だし。


「ふむ……。つまり、そこでわしの承認があれば良いのだな?」

「中央からの独立性も担保されるわけね」


 イシュラグアの言葉をマルグレッタが補足した。


「形式上は王家から土地を割譲する事になるが、一方で竜王もそれを認める事で例外が許された理由を作る。竜との盟約が縛るから、国内の貴族からは政治的な接触が極めて難しい存在になるだろう」

「恩賞の理由は?」

「当然、魔竜とその分身竜を退治した立役者である事以外にはなかろう」


 そこの理由を明確にするところで十分な武力を保有している事のアピールも兼ねてしまうわけか。

 確かにそれは手を出しにくいというか。


「ただ、その案は一つ問題があるが」


 フェリクスは私に申し訳無さそうな顔を向けてくる。

 うん。何を言いたいかは解るが、問題ではないだろう。私は全然構わない。


「それは――別に構いません」


 逆に言うと、私もトーランド国内の政治には可能な限り不干渉という態度を貫かなきゃならないという事だ。

 でも、元々まったり暮らせればそれでいいわけで。そうする事でベルナデッタとマルグレッタを守れるのなら、ねえ。


「そうなると、後はクロエの爵位をどうするかであろうな」

「当然功績に見合う物でなければならん。さて……どうしたものか」


 え、爵位?

 ……ああ。爵位って土地に付随する物なんだっけ?

 私に領地を与えると言う事は、つまり爵位を与えなければならないという事で。私は貴族になってしまうわけか。


「――辺境伯ではどうか」


 暫く瞑目して考えていたが、フェリクスはそんな事を言った。

 辺境伯。ええと。普通の伯爵より格上で独立性が高く……確か侯爵クラスというか、侯爵と同じ扱いをされたりもするんだっけ。

 ……凄く破格な待遇な気がするんだけど。


「今まで私の名前は知られていなかったのに、いきなりそれは……大丈夫なのですか?」


 そんな高い肩書きを持たせてしまっていいのだろうか。


「どうも……クロエは自分の客観的立ち位置が見えておらぬようだな。一軍に比肩するような個人を、冷遇出来る訳もなかろう?」


 ディアスが苦笑すると、ベルナデッタとフェリクスが頷いた。

 一軍に比肩って。

 ……いや。赤晶竜や海煌竜の退治を国軍が成しえていなかった事を考えると、あながちパワーバランス的に間違いとも言えないのか? 確かに……権力者の立場で見ると臍を曲げられたらそれは怖いかも知れないな。


「特例によってトーランド中央部に領地を構えるのだ。竜王との間に、また別の協定を結んでもらう事になるだろうし、肩書きは辺境伯で領地内の権限も大きなものではあるが、後々の国内の火種となるような可能性は少なく出来る。今現在の話をするなら、中央との繋がりは希薄だが、余とは親交がある。そう考えた場合……逆にこれほどありがたい話もないぐらいでな。クロエを厚遇で迎えない理由がないのだよ」


 後々の火種、か。例えば代替わりした、私の子孫の誰かが野心的だったとしても……その時には危険物は軒並みなくなっているから、その領主には竜王との協定を破って動けるほどの力はない、か。


「それに辺境伯としたのにはそれなりに理屈付けもあってな」


 フェリクスが言うにはアルベリアの遺産の番人であるから、高い独立性を持たせておきたいらしい。

 更にトーランド王国の政治の中央から距離を置き、人と竜との土地の境に居を構えてもらう事や、浮遊島に住まう人とモンスターの間に立つ主である事。そして他の世襲貴族との明確な区別化がされている事。この辺を諸々踏まえて、辺境伯、だそうな。


「今まで無名であった事については、余の方で根回しをさせてもらおう」

「そういう事ならば、妾もこちらに滞在している間、噂になるようそれとなく触れ回っておくか。クロエが赤晶竜を退治したネフテレカの英雄である事は、紛れもない事実なのだからな」


 フェリクスとディアスは妙に黒い笑みを見せた。

 ……頼もしすぎる……が、正直状況が激変しまくりでジェットコースターに乗せられている気分だ。

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