86 浮遊島での再会
まず現状として。
私はもう暫くの間、この体でいなければならない。暫くと言うか、結構の間、と言うべきか。
レリオスが集めた陰の気を中和する為には、私がこの浮遊島の主として存在し、更にコーデリアもこの島に一緒にいる必要があるのだそうな。
分身竜を配置していたのと同じように、意味合いを持たせた象徴を土地に置くのが重要なのだとか。
私とコーデリアの特性を術式に利用しているとベルナデッタは言っていた。
これは別に、私とコーデリアがこの浮遊島に拘束されなければならないというわけではない。島を留守にしていた分だけ中和が遅れるというだけなので、今後はこの島を拠点に生活しながら島やグリモワールに残された危険物の処理などをしていく、という事になる。
危険と言うなら島自体にモンスターが大量に住み着く事になるので浮遊島は見掛けも剣呑だけど。彼らは人間に友好的なので、問題は無い。
結局モンスター達は殆ど全員がコーデリアの元に残る事を選択した。殆どと言うのは……嫁探しの旅に出て、その内戻ってくるとかそういう理由だ。
大変結構な事だ。実質全員残留である。彼らはコーデリアに仕えたいというのもあるし、庭園も快適でこれから戻るトーランドの自然も豊かとなれば、去る理由もない、という事だろうな。
彼ら自身の手で町の瓦礫撤去などをして居住スペースを作っていくそうなので、浮遊島にはやがていくつかのモンスター村が出来上がる事だろう。モンスターに合わせた住環境は私の方で細かく区画ごとに調整出来るので、きめ細やかなアフターケアが可能なようだ。私の役割は、正に浮遊島の王様である。
トーランドに戻ってからは暗殺者ギルドの元構成員もこちらに呼ぶ予定である。この島における人間の住人として、のんびり晴耕雨読の生活で心身のケアをして行ってもらえたら嬉しいが、彼らはそのまま一流の諜報員としての能力を持っているので、私としてはまた大きな力を預かるという意味でもあるから、中々に責任重大である。彼らの住環境も整備しなければならないが、何となく忍者村とかそういう単語が頭にチラつく。
モンスター村にしろ忍者村にしろ、大量の人員が生活をしていく為には衣食住の確保が不可欠なので……島の生活が軌道に乗るまでは、また忙しい日々になってしまうだろう。
ただ生活物資を買い付ける資金には事欠かない。城の隠し宝物庫に金銀財宝があったのだ。話し合いの結果、周辺の経済活動に影響を与えない程度に、皆の生活の為に切り崩せば良いとの事で。
使ってばかりじゃいずれ底をつくので、行く行くは島の特産品などを作ってそちらで資金面を工面する方向にシフトしていきたいものだ。
浮遊島でスローライフなんて字面だけで見たら超最高なのに。その為に乗り越えなければならない山谷は多いようで。
トーランドに帰還する前に、ネフテレカ王国に寄る事になった。
話し合った結果、ソフィーの一家が浮遊島に移住するという事になってしまったのだ。衣食住の確保がという話の流れで、人材の確保が必要ではという事になった。そこで打ってつけだったのがソフィーの一家だったわけだが……。色々情報を知っているソフィーはともかく、一家の方はいきなり浮遊島生活なんて大丈夫なんだろうか。かといって、他にいいアイデアがあるわけでもなく、ソフィーの親御さん達はかなり乗り気なんだけど。
確かに私達は手隙になる時間が少ない。ずっと合成術式で何かを作っているというわけにもいかないので、そういう人材を引き込む事による作業の分担は必要なんだろう。
ソフィー自身もこちらに合流したがっていた事もあったが、まだソフィーは子供だからな。結局は一家で、という事になってしまうわけだ。
あの家族の腕は確かだし、ちょっと趣味に走っている感は否めないが……服飾センスも流石に専門家だしな。将来的には浮遊島一の仕立て屋として、元暗殺者チームや人型モンスター相手の商売という形になるのだろうか?
今はまあ……私達が専属で雇っている仕立て屋という形になる。ソフィーは侍女扱いだけどね。
迎えに行っていた浮船が島に建設した仮拠点の前に降り立つと、まずソフィーが船から飛び出して私の所に駆け寄ってきた。
「クロエさま! クローベルおねえちゃん!」
笑顔で飛び込んできた彼女を受け止める。うん。ソフィーに直に会うのは随分久しぶりだ。前より背が伸びたな。
「久しぶりですね、ソフィー」
クローベルも嬉しそうである。ソフィーはたっぷりとクローベルにも抱きついて甘えた後、ファルナの所に行って笑顔で手を握っている。二人はクローベルの指導を受けているので顔見知りなのである。
「ファルナちゃん。やっと会えた」
「うん。ソフィー」
ファルナの表情は元々あまり動かないが、この時はほんの少しだけど嬉しそうに微笑んでいるのが見て取れた。
「後で背中に乗っけて島を飛んであげる」
「うんっ」
こらこら。いや。ファルナに限って落とすようなヘマはしないだろうけど、親御さんの手前なんだから遠慮しなさいって。そしてソフィーも随分肝が据わったな。
ソフィーは前より明るく笑うようになっていて、ゴブリンの巣に閉じ込められていた時の心の傷も大分癒えていることが解る。
ソフィーの親御さんと叔母さんにも挨拶をする。相変わらず優しそうな人達である。元気そうで何よりだ。
「ふむ。久しぶりだな、クロエ」
と、船から降りてきたディアスに挨拶をされた。この辺のネタバラシはソフィーとディアスにはしてあるので、彼女達は私を黒衛の名で呼ぶわけだ。
ディアスはこのままトーランドに旅行である。国賓待遇でセンテメロスに滞在するそうだ。ジョナスも護衛として同行しているが、リカルドさんはディアスの留守を任されてザルナックに待機という事になっている。
「お久しぶりですディアストラ陛下」
「いや、ディアスで構わんぞ」
ディアスはにやりと悪戯っぽく笑う。
「一緒に風呂に入った仲ではないか。なあ」
「い、いや。あれは……」
冷や汗が噴き出すが、ディアスは破顔すると手を横に振る。
「解っておるよ。あれは妾が悪いし、気にしておらん。クロエの立場では話が出来なかった事は理解しておるから気にせんで良いぞ。あれもコディと再会したのと同義ではあるしな」
うぐぐ。からかわれてしまった。
「そしてコディ!」
「ディアス! お久しぶり!」
ディアスはコーデリアと笑顔で抱擁を交わしていた。
「お久しぶりです。クロエ様、コーデリア様。愚妹がお世話になっております」
と、頭を下げてきたのはメリッサの兄、グラントだ。
「久しぶり、グラントさん。お世話になったって言うなら私の方こそお礼を言うべきかな。それと、別に私はコーデリアとは違うんだから、様付けとかいらないよ?」
「いえ。クロエ様はこの島の領主のような存在なのでしょう?」
相変わらず妙な所で線引きが固い人だ。そのくせ好戦的な所は変わらないようで、その視線は仮拠点の周りで作業しているオーガのジローに注がれている。一応オーガでもあれは中々賢くて優しい奴だから、喧嘩は遠慮してもらえると助かる。
因みにジローの名の由来は、とある格闘漫画から戴いているが、これは完全なる余談である。オーガだからかなり強いが、別に地上最強だったりはしないし、あんな多彩な技も持っていない。
寧ろグラントならオークのウルの方にシンパシーを感じるだろう。紹介すると化学反応が起きそうなのでなるべくなら避けたいところではあるのだが、案外強敵と書いて友と読むような仲になったりするのだろうか。
「ご無沙汰してます兄さん。息災そうで何よりです」
「俺はお前がまた馬鹿をやって迷惑をかけてないか心配で仕方ないんだがな」
いやあ。人形作りさえしていればメリッサは無害と言えば無害ですよ。時々それが精神的な攻撃になるのは慣れた。慣れって怖い。
寧ろ私には勿体無いぐらいの大事な仲間なんだけどね。何気にメリッサは器用万能で非常に優秀だし。
私達の姿を主要な活動エネルギー源にしていて、人形作りの手伝いをするのが報酬になるという感じで……クローベルとはまた違う意味で、あんまり普通の物欲がないのが困りどころではあるが。
「お久しぶりです、クロエ様」
と、ジョナス。
「久しぶり。ジョナスさんにも世話になったね。ありがとう」
「リカルド様が同行出来ない事を残念がっていましたよ」
と言いながらも、ジョナス君はどことなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
普段良いように使われているからなぁ。今回逆に居残りをさせて貧乏くじを引かせられたのが意趣返しだったりするのだろうか。逆に言うとジョナスの日常は相変わらずという事で……苦労が偲ばれるな。
今回はディアスの護衛という、騎士らしい騎士の仕事でご満悦のようである。うん。良かったね。
そんな私達の再会を嬉しそうに眺めているのはベルナデッタだ。今回浮船でみんなを迎えに行く役を、自ら志願したのである。
「黒衛。こっちは準備出来たわ」
仮拠点の中からマルグレッタが私を呼んだ。
うん。今回皆が浮遊島に滞在し、そのままトーランドへ向かうに辺り、浮遊島の見晴らしのいい場所に、滞在に適した仮拠点を作ったのだ。この辺はマルグレッタが担当している。
見た目的にはこじんまりとした洋館だ。中身は関しては後でのお楽しみだとマルグレッタは言っていたから実は良く知らないのだ。
皆で連れ立って中に入って……私は目を剥いて、思わず突っ込みを入れた。
「何でゲームセンター風なんだ!?」
そこはまるでゲームセンターだった。筐体やら何やら……浮遊島のあちこちに転がっている廃資材を合成術式でリサイクルしたものだろう。
でもモニターに映っているのは家庭用のコンシューマゲームなどだったりする。庭園に繋いでいる手持ちのゲームのガワだけ変えて体裁を整えた格好か。庭園の外でゲームする手段が確立したら早速応用とか……。
と言うか私達が浮遊島に来て、最初に建造したものがこれか。見た目は普通の洋館なのに酷い詐欺である。先が思いやられると言うか何と言うか。
イシュラグアが目を輝かせているのが解った。そこの残念竜王はもう少し自然動物の頂点としての畏敬みたいな物を感じさせてはくれないのだろうか。
「これが――古代魔法王国アルベリアの遺産とな……?」
ディアスは呆然として呟く。
違う。違うけれど私には訂正する気力もない。
「これは黒衛の故郷の文化遺産よ」
と、ベルナデッタは言う。ゲーセンを文化遺産扱いというのはちょっと聞いた事が無いな。
「建造物作成って、クラフターとしての血が騒ぐの。二階はちゃんとした宿泊施設になっているから安心して?」
マルグレッタは胸を張っている。いい仕事をした、という自負心がその表情には見て取れた。
いや、もう突っ込むまい。今日の歓迎会やら何やらがゲーム三昧になってしまうのはもう避けられないとしても。
とりあえずは浮遊島をトーランドへ向けて再出発させる事については何の変更もない。私は私の仕事をしよう。




