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85 魔竜レリオス

「まだ――まだ終わっていない!」


 激情で咆哮していたレリオスは、俺の方を血走った目で見てくる。

 その視線、その殺意は。俺だけに注がれていた。

 ……魔竜の姿にはならないのか。俺だけを殺すには半人半竜の方が都合が良いって事なんだろうけれど。

 つまり、俺を殺せばリカバリー出来るなんて、まだ思っているわけだ? やれるものならやってみれば良い。


「お前だ! お前の魂を、もう一度――いいや! 今度はバラバラに刻んで、崩壊する所を見せつけてやる! そうすれば――!」


 レリオスの爪が紫色の輝きを見せる。

 それが……コーデリアを傷付けた技か。

 レリオスと目の前の空間に異常な魔力場を感知。

 空間転移して攻撃してこようというわけだ。俺も赤晶竜相手にドラゴニクスフォーゼでやった事があるしな。当然、レリオスにだって出来るだろう。

 レリオスの激情を感知しながら、こちらに転移して来るタイミングでクロックワークを発動させる。


「断章解放、『煌剣オクシディウス』」


 ランク100 レジェンド 煌剣オクシディウス

『約束された時は来たれり。日の輝きは西の果てに没する時なり。今こそ掲げた剣を打ち下ろさん』


 爪を突き出したままで凍り付いた、レリオスの両手首にオクシディウスを通して、すれ違う。

 その技は、種が割れているんだ。効果を知っている。

 グリモワールから掠め取った盗品で、受けた俺の魂も原理を憶えている。

 よくも――コーデリアを泣かせてくれたな。その技を、二度と俺の目の前で見せるな。


「がぁああっ!?」


 クロックワークを解除すると、背後でレリオスの絶叫が響き渡った。

 手首を失ったレリオスが、勢い余って広間の床に滑り込むよう激突して、体勢を立て直すと距離を取る為に空へと舞い上がる。


「なんでだ! なんで人間に! 担い手如きに、今のが対処出来る!? どうして僕が斬られてるんだ!?」


 クロックワークの効果は認識できない。状況から推測するしかなく、頭に血が昇ったあいつに理解出来るとは思えない。オクシディウスはもうカードになって手の中だ。こちらの手札は、見せてやらない。


 そもそも。グリモワールの力で王座を簒奪し、正規の手続きを取らずに王となったレリオスは、煌剣オクシディウスというジョーカーの存在を知らない。

 当然、奴はオクシディウスに斬られると言うのがどういう意味を持つ事かも解ってはいないだろう。


 斬られた腕は再生するが、魂斬りの能力と空間転移は戻って来ない。レリオスは自身の爪を見ながら、愕然とした表情を浮かべている。

 初手で必殺の攻撃を繰り出してきたのはある意味正しいが――いきなり強力な札を二枚も失ってしまったな?


 完全覚醒したオクシディウスだ。どう頑張ろうがそれらが戻ってくる事は無い。

 特に空間転移の喪失は痛手なんてものじゃない。ここからの戦闘で相当響いてくるはずだ。使えるか使えないかで攻撃も回避も雲泥の差。これは奴が前提にしている戦術の根幹が砕かれたという事を意味している。


 奴のもう一つの柱である固有魔法は――まだ斬れないようだ。

 奴の固有魔法は他者の使う魔法をコピーして盗めるというもので、その応用による恩恵で非常に高い魔法耐性にも直結している。コーデリアがライトブリンガーを習得したのも、レリオスが知らない魔法の中から止めを入れられる大威力の魔法を欲した為だ。


 だけれどオクシディウスなら、そんな固有魔法に盗まれる事は心配する必要がない。盗もうとした所で未だ意味のない文字なんて、魔法の形で手に入れられるわけがない。


 向こうが驚いている間に、俺は先程のクロックワークで消費した魔力を回復させてもらう事にする。自分の魔力を断章カードに閉じ込めておき、必要になったら戻して取り込む形を取る事で、事前準備と回復する暇さえあれば延々と自分の魔力が使えると言うわけだ。


 放出した自分の魔力を自分で取り込んで魔力を回復させているという事実に、奴はまたも混乱しているらしい。まあ、解るよ。観測出来る事実だけで見たら算盤が合わないものな。

 魔力を取り込むというのもグリモワールの天秤がやっている事を自力でやるようなもので、マルグレッタもかなり驚いていたっけ。


 奴が戸惑っているのを良い事に、次々断章から魔力を撒いて回復していく。


「ッ! 何なんだお前は!」


 遠距離から――奴がライトブリンガーを放つ。また人の真似か。

 これも以前、コーデリアから受けた魔法を掠め取ったものだろう。相手の必殺技を盗んで固有魔法で防げるから余裕ぶっていたのだろうが、残念。俺はコーデリアとは戦い方が違う。


 そして奴のライトブリンガーはベルナデッタが対魔法結界を張って無効化してしまった。女王の使うライトブリンガーさえ防ぐ結界だ。レリオス如きに抜けるわけがない。


 時間を稼がれると状況が悪化するだけだと気付いたか、忌々しそうに口の端から牙を見せると突っ込んでくる。かなりの速度。

 でもさ。空間転移じゃないのなら、そんな動きは物の数に入らないんだよ。

 

「断章解放。幻楼竜『ファルナ』」

「何っ!?」


 俺の目の前に現れたファルナに気を取られた瞬間、奴の片翼が根本から叩き斬られて地面に叩き落とされ、突っ込んできた勢いのまま滑っていく。


「――余所見をするとは」


 クローベルが放った斬鋼糸で翼を断たれたのだ。ラーナの遺した製法を元に糸を作り、制御の補助を行う刻印魔術を、魔道具の形にしたものだ。

 そう。あくまで刻印の術式は糸の制御の補助。あれを使うには高い技術が要る。扱えるのはクローベルだけだろう。


 地面に落とされた所に、メリッサのオートマトンから容赦のない追撃が放たれる。八本足に合体しているのは改良型のカマキリ腕だ。

 刃物部分が全てサーペントソード式に換装されていて、射程距離と威力が大幅に上がっている。

 輪切りにすべく迫ってくる刃を見たレリオスは、咄嗟に地面を転がって避けた。


「素早いだけで、全然綺麗じゃない」


 と、レリオスに侮蔑の眼差しを向けたのはファルナだ。

 そうだな。ちゃんと体術を学んだ事なんかないんだろう。

 武術の達人を前に、余計な物に目を奪われるからこういう事になる。俺に負けた分身の事なんて気にも留めなかった癖に、今更驚くとか一体何が不思議なんだ?


 グリモワールを使って他人を強制的に動かしていたから、離反なんて考えた事も無かったんだろうが……捨て駒にして部下の懇願を無視していたら、そんなのは当然の結果だ。


「がっあああ!」


 咆哮して膨大な魔力を放出。迫ってきたサーペントソードを力尽くで弾き返すとと、瞬時に翼を再生して空に舞い上がった。

 再生能力だけは一級品だな。これも何か――からくりがありそうだが。


「いい気に――なるなよ! アルベリアに踏み込んできた時点でお前らに勝ち目なんかないんだ! 分身どもに集めさせた陰の気を! 僕はどこにやったと思う! こうやって封印から解き放たれれば、集めていた気を自由に使えるんだ!」

「島の中心部だろ? いざとなったら大爆発だとか、パワーアップだとか考えてたみたいだけど」


 勿体ぶらせるような事でもないので先に答えてやると、レリオスが一瞬固まった。


「――ッ! ならッ! 全員仲良く、吹っ飛んで死ねッ!!」


 キレたか。ベルナデッタを巻き込まない為に魔竜形態にならずにいる事も頭から飛んでいるらしい。

 レリオスが掲げた手から、魔力が放たれるが、何も起こらない。期待していた効果が出ない事に、レリオスは自分の掌を見てわなわなと震えている。


 集めた気の使い道は元々封印を解く為だ。それを何かに流用するのなら自身の強化か罠を張るかにしか使えないが……。


 当然爆発させるような意図で使ってくる事は最初に予想していたし、最大限警戒している。アルベリアを制圧した時から解析を始めているんだよ。

 見つけてしまえば後は簡単。あの子が今も完璧に抑え込んでいるからあれは使えない。

 この場に主力メンバーがいるから大丈夫だとか思ったんだろうか?


 さて。俺の方も使った魔力を回収し終えたし、いくらでも相手になってやるぞ?


「次は――何を封印されるのがいい? その面倒な固有魔法か?」


 俺の手の中にある断章カードを見るレリオスの目に、明らかな恐怖が宿った。

 俺が何がしかの手段を用いて魂斬りや空間転移の能力を破壊した、という所までは想像がついているだろう。

 手札を見せて効果が予想されているなら、それをあからさまにしていく事で行動の選択肢を潰し、流れをコントロールしていく。


 レリオスが固有魔法を失うと言う事は、その魔法耐性を失うと言う事に等しい。それは致命的だ。


 普通の魔法ではベルナデッタに防がれ、肉弾戦を仕掛けるのは厳禁となったら? 次はどうする? 逃げるか変身するか、それとも――。

 レリオスは俺を睨みつけると息を大きく吸う。吐息で攻撃してみようというわけか。変身で勝負をかけるにせよ、逃げ出して次に繋ぐにせよ――俺の情報を集めておかないと話にならないだろうからな。

 転移も跳ね返され策も打ち破られ……奴は今揺らいで、疑心暗鬼になっている。


 だがまあ、そういう事なら情報は伏せる。あいつの知っている技で対処しよう。

 一瞬にして断章が回収されて俺一人になる。極大の吐息が放たれるが、空間カードを並べてそのまま丸ごと跳ね返してやった。


 黒い炎が奴の身体を飲み込み、大広間の天上に大穴を穿った。

 黒焦げになったレリオスが落下してくる。地面に激突する前に再生して立て直すが、そこに再び現れたファルナとイシュラグアによって交互に強烈な吐息を浴びせかけられ、結局はズタボロにされて地面に叩き付けられた。


 レリオスはそれでも再び飛び上がり、吐息で空いた大穴から外へと逃れようとした。だけれど、それは無理だ。

 凄まじい雷撃がレリオスを捉えた。絶叫を上げて再び高空から床に叩き落される。高い魔法耐性を持っていたとしても――あれはキツいな。


 ライトニングジャベリンをありったけ収束したものだ。レリオスは固有魔法で受け止めてはいるようだが……レリオスの魔力の動き……固有魔法の処理の仕方はしっかり観察させてもらおう。


「少し……すっきりしたかしらね」


 大穴から姿を見せたのは、女王モードになったマルグレッタだ。極彩色の翼がその背に見える。

 その腰にしがみ付いてレリオスの無様を笑っているのは、ぬいぐるみのグレイルだ。


「ベ、ベルナデッタ、なのか……。その姿は……」


 レリオスの顔が歪む。マルグレッタに関しては、どういう存在なのかちょっとは理解出来るのか。具体的にどうやってベルナデッタが庭園で耐えていたのかまでは知らなかった、と言う所か?

 そろそろ――半人半竜のままでは絶望的な戦力差がある、と言う事も理解出来た頃だろうか?


「言っておくけれど、上空や島の下に出たって逃げられないわよ? 私がアルベリアを丸ごと結界で覆っているのだから。あなた如きに突破出来るわけがない」


 結界を張って、気を抑え込んで。それであの威力の魔法を叩き付けられる。女王時は相変わらずの規格外ぶりだ。

 結局ベルナデッタの評が正しいんだな。レリオスはグリモワールの力を掠め取っただけで自分が最強だなんて思っていたわけだけど。

 前より強くなった? 笑わせる。こっちは軽く四倍以上の戦力になっていると思ってくれていいぞ?


 ベルナデッタを苦しめる事が出来ればいいと、勝つとか勝たないとか度外視した作戦ばかり。切羽詰まった事が無いから必勝の気概もない。

 そんな奴が、本当の逆境から状況を跳ね返す事が出来るのかな?


「こ、殺せる……ものか! 僕を殺せるものか! 七年だ! 七年欠片どもに魂を集めさせたんだ! その命を取り込んだ僕を!」


 レリオスの翼に人の苦悶の顔が浮かんでは消えていく。

 ああ――異常な再生能力の正体はそれか。あいつの眷属化の能力の応用、だな? それもグリモワールの力の一部と固有魔法を組み合わせたものでしかないようだし。


「全力なら! お前らを消し去るぐらい、わけない事なんだ!」


 悲鳴に近い叫びと同時に、レリオスの身体と魔力が膨れ上がっていく。ようやく魔竜の形態を取ろうとしているようだ。

 なるほど。ドラゴニクスフォーゼをアレンジして、自分に向けられる負の感情を取り込めるようにしたと。

 そして集めた力を一気に放出せず、小出しにする事で竜の姿を維持してるわけだ。消耗する分は取り込んだ人の命で贖っているのだろうが。


 全力というのは、俺が赤晶竜にやったような、全開の吐息をぶっ放すと言う意味だろうか? だとするならレリオスにしては随分思い切ったものだ。それは吐息を放った後、魔竜の姿を一時的にでも捨てるという事を意味している。


 それが嫌だから変身を避けて逃げて仕切り直しをしようとしたんだろうが……逃げる事も出来ないとなれば、取れる手はもう無いしな。

 変身した所で俺の封印を防げるかどうかは奴にとって未知数。だったら最大威力の攻撃で、やられる前にやるしか道が無い。


 ま、選択肢としてはある程度正しいよ。

 赤晶竜を倒した時の話は知っていたはずだ。レギオンモードになっても仲間を召喚しなかった事も知っているのだろう。

 つまり力を失っていて仲間の頭数が足りず、ドラゴニクスフォーゼを使えない今の俺なら、対抗出来ないだとか思っているのだろう。

 だから最初から何時でも勝てると、舐めてかかって来た。


 確かに前の魔竜襲撃の時は――眷属化させられた多種多様なモンスターが大量に湧いて出るような有様で、集まるSEにも召喚権利にも事欠かなかったようだ。

 だけど今は状況が違う。分身竜達のせいでモンスターが活性化してはいるけれど、まだ常識的な範囲に収まっているのだ。


 だからレギオンモードで召喚出来る仲間もごく一部しかいないし、手持ちのSEでは対抗できるほどの頭数を揃えるには足りない。女王やベルナデッタだって、ドラゴニクスフォーゼの全開に耐えられるわけがない。

 レリオスは魔竜の姿を取ると、空に舞い上がる。魔力はまだまだ膨れ上がっていくようだ。

 それを女王はつまらなさそうに見送って、俺の所に降りてきた。


 結局……レリオスは勘違いしているんだ。

 どうしてその程度で俺達がドラゴニクスフォーゼを発動出来ないなんて思うのか。仲間なんて理解も信用もしていない、する気もないあいつにはそんな発想自体がないのだろうか?


 コーデリアが帰って来た今、俺がモンスターとどうしても契約しなければいけない状況ではなくなって。

 レリオスを倒せば終わりという段階まで来てしまえば……後の事はどうにでもなる。召喚出来なくてもグリモワールそのものから全員解放してしまえば、SEなんか関係なく大量の「仲間」をこの場に呼び出す事が出来る。

 ベルナデッタとマルグレッタが控えて大広間に出てきた仲間達の眷属化を抑える事に注力してくれるなら、もう、あいつに取れる対抗手段は真っ向勝負しかなくなるのだから。


 ここ数日、コーデリアがやっていた事はそれだ。

 契約から解放してでも魔竜との戦いで俺達の力になってくれるか、モンスター達に庭園に確認を取りに行っていた。

 結果はなんと満場一致だ。魔竜に対しては――眷属化されてこき使われたり、仲間を眷属化されて使い潰されたりした事に、みんな余程腹に据え兼ねていたらしい。


 そしてエクステンドはいつでも発動できる。事前準備と魔力回復がいくらでも出来るのだから、仲間と模擬戦してエクステンドが発動できる所まで、溜めてこない理由がない。

 すぐ発動しなかったのは……向こうが遊ぶ気ならこちらは情報収集をして、変身後の本番で接戦になるような状況を潰しておきたかったからだ。


 あいつの固有魔法があるから、アンゼリカのドラゴニクスフォーゼで殺し切れなかった事は解っているのだし、その固有魔法も女王のライトニングジャベリンを受けた時に見せて貰えた。


 コーデリアがまず庭園から現れ、大広間全体を光が包む。様々なモンスター達が大広間を埋め尽くしていく。

 その光景に、レリオスの魔力――感情が大きく揺らいだ。

 驚愕と恐怖。俺に向ける目が雄弁に物語っている。お前は一体何者なんだと。答えてやるつもりは、ない。


制限解放(リミットオーバー)


 情報は集まった。あいつの今まで見せた能力で、もう斬れないものはない。そしてそのどれもが、失えばあいつにとって致命的になるものばかりだ。オクシディウスとライトブリンガーを携えたままで。俺とコーデリアの左手にある紋章が、全身に広がっていく。


「黒衛お兄様」

「うん。終わらせて来よう」


 コーデリアと手を繋ぎ、頷いて。


「エクステンド。ドラゴニクスフォーゼ――」


 そして俺と私の声が重なり、周囲を光が包んだ。


「レゾナンス!」


 共鳴による力の増幅。そして仲間達との絆を束ね――この身体は、双頭の白竜となる。


 ドラゴニクスフォーゼ・レゾナンス。

 ベルナデッタが行っていた作業は――ドラゴニクスフォーゼのバージョンアップと、もう一つの術式を作る作業だ。

 結局、ドラゴニクスフォーゼを使ってもレリオスと同等であるなら、その上を行かなければ確実な勝利とはならない。枷の獣と戦った時のシンクロ攻撃を元に、俺と私、それからベルナデッタで術式を開発したわけだ。


 左手には輝く爪を。右手には煌めく爪を携えて。

 上空からこちらを見下ろす黒に近い紫色の竜を見据えながら翼をはためかせ、魔竜と同じ高度まで上昇する。


 対峙した魔竜の感情の揺らぎには、恐怖と絶望が垣間見える。

 その感情から逃れるかのように膨大に膨れ上がった魔力を集めて、一撃に賭した破壊の吐息を放ってきた。


 それを二人がかりで――正面から吐息を吐いて抑え込む。

 抑え込んで、押し返していく。向こうとてエネルギー切れが致命的な場面なのだ。パワー負けしているなら何時までも放出していられるわけがない。

 ならどうするか。アンゼリカの時と同じだ。固有魔法で受けて、消し飛んだフリをしてこの場を生き延びる。 


 この期に及んで――そんな事を考えている。

 押し負けているのに、奴の感情には既に逃げ道を用意している安心感や甘えが透けて見えている。そんな甘い考えを許すとでも?


 奴の感情と魔力の出力を読み切って、こちらの出力も徐々に落としていく。パワーではこちらが完全に押し勝っているはずなのに、余波を残さず、周囲に被害も出さず。全く綺麗な相殺となった。

 コントロールされたのが解ったのだろう。

 意味が解らないと、呆然とこちらを見てくる魔竜。その表情は最初に出し抜いてやった時の赤晶竜のそれにそっくりだった。


 向こうがそんな逃げの手を打つのなら、こちらは全力で潰すだけだ。突っ込んで腕を交差させ、魔竜の胸に両の爪を叩き込む。胸の中央で腕を交差するように抉り取る。深い傷が刻まれると、魔竜が血液を零しながら絶叫を上げた。


 そして、今の一発で勝敗は決している。

 ドラゴニクスフォーゼに組み込まれた、完全覚醒のオクシディウスは魔竜相手でさえ抵抗(レジスト)を許さない。

 魔法に対して絶対的な破壊力を持つからこそ、アルベリアの王族を断罪する役割を負わされた剣なのだから。


 固有魔法は破壊され、奴の魔法耐性は打ち砕かれた。ドラゴニクスフォーゼの術式は引き裂かれ、変身する術が無くなった。グリモワールから奪った力は砕け散り、眷属化や他者への支配の能力も喪われていく。


 その程度で終わりではない。可能な限りの制御能力で統制し、絞り出せる限りの大出力で放った渾身の一撃だ。情報毒はもう一つの傷と共に魔竜の身体を奥深くまで浸食し、俺と私が知る限りの全ての魔法を壊し、レリオスが魔法を行使する能力そのものまでもを破壊していく。


 竜の力が失われればその体を維持する事は出来ず。

 他者への支配の力が失われれば犠牲者たちの魂を繋ぎとめておくことは出来ない。

 身体から犠牲者たちの魂が抜け落ち、根源の渦へと還っていく。

 魔竜の身体が砕け散ってしまえば、後はただの人間、レリオスとなって重力に従って落下していくだけだ。


 そして。

 固有魔法を破壊されてしまえば、魔法をその身に受けて耐えたり、掠め取る事は出来ない。

 レリオスは魔法の全てを失って無力化されたが、過去の清算はなされなければならない。


 だがその役割はきっと――私ではない。

 だって彼女もまた気にしているだろうから。

 クローベルの仇討ちは、私の殺意でもある。なら彼女だって。

 閉じ込められた場所から、ずっとそれに似た思いを抱いてきたんだろう。


「あ、ああ、ああああああああああああああっ!?」


 レリオスは胸の傷口を押さえながら、眼下の光景に目を見開く。大広間の底に、巨大な魔法陣が展開されていたからだ。

 それを作っているのは私達と同じように手を繋いで、レリオスを指差すベルナデッタとマルグレッタ――。


 二人はレリオスを真っ直ぐに見据えている。

 ベルナデッタが作ったもう一つの術式は、強い感情を魔力に変換、収束して放つと言う物。

 あいつに引導を渡し……過去の柵に決着をつけ、これからを歩いていく為に必要なものだ。

 断末魔の叫びさえ飲み込んで。

 断罪の光の柱がレリオスを跡形も無く消し飛ばした。


 レリオスは断章化したが――ベルナデッタが拒絶したのか空中で燃え落ちて塵になった。

 魂が根源の渦に還ったのか完全に消滅したのかは……知らないし、聞くつもりもない。復讐をどういう形で終わらせるかは、彼女が決める事だからだ。


 人の姿に戻って分離した私とコーデリアは大広間に降りる。

 前と違って少しは魔力に余裕があるかな。


「……帰ろっか」


 私の言葉に、みんなが頷く。ベルナデッタとマルグレッタも多少ぎこちなくはあるけれど、微笑んで頷いた。

 頭の中で念じると浮遊島が動き出す。

 レリオスを倒した後、浮遊島が残っていた場合は……責任を持って管理しなきゃならない。その場合はこれに乗ってトーランドまで帰る事に決めてあった。


 さて。レリオスを倒したと言うのにやらなきゃいけない事が山積みである。

 まずコーデリアと一緒に、解放したモンスター達の進路希望調査、みたいなことをしなきゃならない。とりあえず水棲モンスター達はベルナデッタが魔法的に誤魔化しているだけなので……仮契約で一時的に庭園に戻ってもらうとして、それから――ああ……。忙しくなくなる日なんて来るのだろうか?

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