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84 心を折る足音

 アルベリアの地下部。

 軍の訓練施設として利用されていた大広間。地下をくり抜いて作った人口の大空洞。

 無機質な岩石で囲まれた、広大なスペースのある場所だ。

 そこが魔竜の封印場所になっているのだが……アルベリアから外に逃がさない事を絶対条件として戦うべきだ。

 地下の大広間に足を踏み入れる。

 広間の床全体に何層にも重ねた巨大な円形魔法陣が描かれていた。


「さて――終わらせにいきましょう」


 コーデリアとベルナデッタが封印を解除していくと……やがて最後に、巨大な紫水晶のような結晶が残った。

 一旦コーデリアとベルナデッタは庭園に退避する。

 最初からこちらの手札を見せてやる必要はない。色々段取りと言うか作戦がある。

 現在は私とクローベル、メリッサ、イシュラグアというメンバーだ。ちなみにメリッサとイシュラグアに関しては仮契約という形を果たしており、緊急時には庭園に退避させる事が出来る。メリッサを以前庭園に連れて来た時と同じ方法だ。


 私達の見ている前で、紫水晶に亀裂が走っていき、内側から砕け散る。同時に禍々しい魔力の風が広がった。

 そこに――佇む男が一人。

 銀色の髪の男。だが意識体とは違う。生身があり、瞳孔の形が人間のそれではなく竜のもの。手は鱗におおわれており、背中には翼がある。半人半竜……と言った具合だ。


「……竜の姿は止めたのか?」


 最初から魔竜の姿で出て来て問答無用の殺し合いになるかもと思っていたが。


「気が早いな。魔竜の姿になったら……僕は前より強くなっているんだ。すぐ終わってしまったら面白くないだろ? 竜の巨体があまり君達には役に立っていないみたいだし、まずはこれで小手調べをしようかなと思っているんだよ」


 と言いつつも、レリオスがすぐに向かってくる様子はない。


「後は殺し合うだけなんだから、少しは前置きを楽しもうぜ。君だって殺し合いばかりじゃ気が滅入るだろ?」


 気が滅入るとか……どの口が言うんだか。

 前置きを楽しむ、ね。向こうがそういうつもりなら良いだろう。話ぐらいはしてやる。


「……そうだな。私としてもお前の顔を見るのはこれが最後のつもりだから、折角だし聞かせてくれないかな。目的は解ってるつもりなんだけど、動機がどうしても理解出来なくてさ」

「答え合わせして、当たっていたら動機も教えてあげるよ?」


 レリオスは作り物めいた笑みを浮かべる。その表情だけは穏やかそうで涼しげではあるのに。

 私は大きく息を吸って、奴の行動から考えた目的を口にする。


「お前の目的は……ベルナデッタだろう」


 私のその言葉を受けて奴は牙を剥き出しにして笑みを見せた。

 ……そう。こいつの全ての行動は、ただベルナデッタを絶望させる為だけに向けられている。

 多分、ベルナデッタが枷に縛られている事を知っていて。

 固有魔法の制限だけではなく新たな枷を設けて、担い手であってもベルナデッタを外には出せないようにした。その上であんな風にグリモワールを使ってベルナデッタに地獄を見せつけたんだ。人間の所業に絶望させる為に。


 だからきっと……ドラゴニクスフォーゼでアルベリアを焼き払わせた事を誇っているんだろう。

 アンゼリカに負けて封印されても……こいつにとっては些細な事だった。

 ベルナデッタが外に出れば憎しみを爆発させてしまうから、枷をちらつかせる事で自分を殺せなくなる事も承知だったのだろうし。


 ベルナデッタと一緒に戦ってきた、コーデリアの魂を切り裂いたのも……彼女に精神的なダメージを与える為だ。

 コーデリアが崩壊する様子を間近で見せつけられるベルナデッタを想像して狂喜していたのだろうし。そうであるなら封印されている事なんてどうだって良かった。


「うんうん。正解だよ。よく解ったねえ」


 私の言葉に、レリオスは拍手をする。

 自分が負けても殺されない事は解っていた。自分が暴れても分身が暴れても、奴の目的から見ればどちらでも構わなかったはずだ。だから平気で分身も使い潰せる。憎い相手が殺したくても殺せずにそこにいるという、ただそれだけで、レリオスの思う通りになっているのだから。


 ところがコーデリアが復活してきた事で――レリオスの奴は、グリモワールの管理者ではなく、担い手に注目する。コーデリアに打撃を与える事がベルナデッタへのダメージに直結するとでも思ったのか、今度はクローベルを標的にしたわけだ。これは人選ミスで失敗したけれど。


 そして、ラーナが人間の矜持を見せつけた事に、こいつは何よりも憤慨したんだ。それはベルナデッタに人間への希望を取り戻させる光景でもあっただろうから、目的に完全に逆行するものだった。


 黄星竜の時のは……ま、策以前の問題だな。こいつにはこいつで何か構想なり予定があったのかも知れないが、意識体を全部潰してしまったから随分半端な策になった。

 意識体を潰さなかったら最終的にどうするつもりだったか……という部分には興味が湧かない。どうせ知った所で気分が悪くなるだけだし。


 ここに呼び込む為に止めは刺しに来ないのかと私に言ったのもそうなんだろうな。

 私がレリオスに止めを刺す話をすれば、ベルナデッタが苦悩する事も解っていた。

 担い手がベルナデッタに不信感を抱くかも知れないし、攻めてきても担い手をまた傷つけられる。


「……お前の行動は、そこにしか向いていない。でも、そこまで執拗にベルナデッタに拘る動機が理解が出来ないんだ。ベルナデッタがお前に何かをしたのか?」

「……別に何も? 彼女の意識体が顔を見せたのだって、僕が戦争始めてからだし、第一僕は庭園には立ち入りさえしてないからね」


 レリオスは肩を竦めて見せた。


「ただ昔からさぁ、疑問だったんだよ。救国の聖女だ、尊い犠牲だって崇めて。その血に連なるアルベリアの王族なんだから高潔なる王であれってさ。馬鹿じゃないかって思うよ。自分達が管理者にした事も都合良く忘れて、外に向かって吐いた建前を真実だと思い込んでいるんだぜ? 笑いたくもなるさ」

「……だからアルベリアを滅ぼしたってわけじゃないんだろ?」


 アルベリアの者達がベルナデッタにした事に憤りを覚えているなら……彼女を助けるはずなんだ。こいつには、それが出来たかも知れないのに。


「そうだね。それは動機じゃない。僕は綺麗ごとで取り繕うのが嫌いで面倒なだけさ。多く奪って多く焼いても偉大な王と称えられるのは変わらないだろ? それは動物として正しいよ。人を殺す事、苦しめる事、奪う事。僕は全部好きなんだ。僕だけが特別でイカれてるのかなって、小さな頃からずっとずっと疑問だった。だから、ね」


 レリオスはガラス玉のような瞳で、満面の笑みを見せる。

 そして、その動機を口にした。


「あいつらが聖女って崇めてる女を人間への憎悪で真っ黒にして、世界を焼き尽くさせたら……。それはすごく楽しそうだって思えたんだ。初めて人生で成し遂げたいって思える事が出来た。僕なんか何一つ特別じゃないって証明にもなるしさ」


 下らない……。そんな、下らない事の為に。何万人殺したんだ、こいつは。

 ベルナデッタの憎しみが育ってしまった以上は、こうして動機を話して聞かせても大丈夫だと、そう思っているわけか。狙いに気付かせたところで、ベルナデッタ自身にどうにも出来なければ、彼女がまた苦しむだけだから。


「でもダメだね。ベルナデッタはグリモワールに逃げ込んでしまった。足りない。アルベリアだけじゃあ全然足りないんだ。僕がもっともっと殺せば。もっともっと人の醜い所を見せつければ。彼女は絶望するだろうか? 彼女が絶望と憎悪で真っ黒になったら――その時こそ僕の仕掛けた枷を外してあげる。彼女の意志で担い手に外に出してもらうように働きかけさせて、彼女の手で世界を焼き尽くしてもらう。僕はその時が来るのが……とてもとても楽しみなんだ」

「レリオス」


 私は静かに奴の名を呼ぶ。

 何を……言うべきか。かける言葉もつける薬もないが、知らせておきたい事実はある。


「お前は、まるで間抜けな道化だよ。そんな時はもう、永久に来ない」

「ははっ。何を言って――」


 私の隣にベルナデッタが現れた。彼女が地面に降り立った時、はっきりと聞こえた足音(・・)に奴の笑みが凍り付く。だってそれは、生身でなければ有り得ないのだから。


「ベルナデッタは、こうして外に出られるんだ」


 ベルナデッタは頷いて、柔らかく私に微笑みかける。

 その表情は絶望なんかからはかけ離れた物で――。


「ええ。私は、普通に生きて普通に死ぬって決めたの。私はもう、外に出るのだって怖くなんかない。あなたなんかの思うようにはならないわ」

「お前……お前、まさか、僕の……い、いや、全ての枷を――?」


 レリオスはその光景とベルナデッタの言葉に、あからさまに狼狽して目を見開き、信じられない物を見るような目を向けて来た。

 そう。この時点でもうこいつの負けだ。


 戦いでの勝敗がどうであれ、ベルナデッタがレリオスの狙い通りになる事は決して無い。

 ベルナデッタに戦って勝つか? 絶望していないベルナデッタに、抵抗せずに殺されるか? そんなのはどちらもレリオスの目的と合致しない。ま、当然、戦いだって私達が勝って帰るけれど。


「前置きを楽しむだって? ならこれでも笑ってみせろよ」

「おっ、お前……お前はッ!」

「本当に長々と――無駄な努力ご苦労様。お前の人生は、これで全くの台無しだな?」

「ぐ、うぐあああッ! ああああああああああッ!」


 身を屈めて……絶叫とも咆哮とも付かない声と共に、激情に連動した猛烈な魔力が奴から漏れ出す。

 こうして挑発してやる事で感情も読み易くもなるが……第一義としての理由はそこではない。

 こんな奴、改心も後悔も望めない。だから心をへし折ってから完膚なきまでに叩き潰すと、そう決めている。絶望するのはこいつ一人で十分だ。

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