83 決戦前夜
黄星竜の撃破と同時にあれほどいた傀儡竜も残らず砕け散った。
周囲の安全を入念に確認した所で傀儡竜に集められた人達を浮船に乗せて近くの街まで降ろす事にした。
どうも彼らはクラムトリアの各地からさらわれて来たらしい。街に送り届けると、衛兵達は目を丸くしながら金色の竜の襲撃による被害が各地で頻発していたのだと、教えてくれた。
どうも私達が来るまで彼らを生かしておくためだけに家畜や食料の備蓄まで奪っていたようだ。それでも物資は十分とは言えず、乏しい水と食料で、頑張って食いつないでいたようだ。
……ほんとに……嫌がらせをする為の手間だけは惜しまないな、奴は。
ここに貴族などがやって来て説明を要求されたりすると面倒になる。特にアルベリアの事について詳しい説明を求められてもね。話したら話したで問題が大きくなりそうだし、その為に時間的な拘束をされるのも御免なので、彼らを送り届けたらすぐに浮船で上空の島へと戻った。
アルベリアは既に制圧下にあるが、どう考えても浮かんでいる場所が良くない。人の来ない場所まで移動させるのは当然として、付け加えるなら、もし落下するような事になっても影響の少ない場所が望ましい。
その為にはまずアルベリア王城の中枢部に向かう必要がある。アンゼリカのドラゴニクスフォーゼで壊れた部分に浮舟を横付けさせてそこから城内に侵入した。
内装は朽ち果ててしまって残骸しか残っていないが、壁や床などの、破壊を免れた場所はまだ生きているようだ。城の外に広がる街が瓦礫の山になって、その上から緑で覆われてしまっている事を考えれば……内部は綺麗なものである。私達の移動に合わせるように天井そのものが発光していて、照明がいらない。
城内の建材は白色で、浮船と色こそ違うものの、同じような素材で出来ているようだ。どうなっているのだろうか。
「浮船や王城の素材は魔力を少しずつ吸い上げて自己修復するの。だから損傷が酷くなければそのまま残るでしょうね」
と、ベルナデッタが解説してくれた。
魔力を吸い上げて自己修復、か。グリモワールの天秤も似たような機能ではあるからな。
「こっちよ」
城内の事を知り尽くしているベルナデッタの先導で王城の中心部へ向かう。
無人の王城。今や使用人も城の主もいないが……ベルナデッタは紛れも無くここで暮らしていたのだ。
巨大な柱が立ち並ぶ、とんでもないスケールの城である。まともに探索していたら何日かかるか解らないような規模の建造物だが、ベルナデッタの歩みには迷いが無く、閉ざされていた扉も彼女が手を翳すと簡単に道を開いていく。簡単にやっているがここまでスムーズなのは王族である彼女が同行していればこそなのだろう。
中枢部に続く扉は既に隔壁と言ってもいいぐらい分厚くて、扉そのものも壁と一体化して隠蔽されているし、厳重に余人の侵入を拒んでいる事ぐらいは一目で解る。通路のあちこちに、水晶のような素材で作られた甲冑兵みたいな物体が転がっていた。
本来侵入者の排除を請け負う役目を担う警備ゴーレムらしいが……これ、いきなり襲ってきたりしないだろうか? ベルナデッタとマルグレッタはともかく、私達は攻撃されてもおかしくないような気がする。
「王様が居れば再起動してその意思に従うのだけれど、逆に言えば……そうでないなら一度止まってしまえばそのままよ」
私が警戒している様子を見ていたのか、マルグレッタがそんな事を教えてくれた。
……これで壊れてないのか。ただ、アルベリアの滅亡と共に主が途絶えて久しく、動き出すような事はないようだ。フラグじゃない事を祈りたい所ではある。
やがて私達はアルベリアの都をコントロールする中枢部に辿り着いた。円形の部屋で、中央には四角い祭壇。その上に大きな球体がある。
因みにレリオスはここにはいない。アルベリアの地下をくり抜いて作られた大広間に封印されているらしい。元々は軍の訓練施設として使われていた場所だそうだ。
訓練施設から繋がる通路を使えば、内側からなら扉を開いてアルベリアの下部から外に出られるそうだ。もしもの時は脱出経路に使えるかも知れないな。
「さて……」
ベルナデッタはアルベリアを移動させるべく球体に手を翳したが、少しだけ目を閉じて何か考えていた様子だったが、私の方に振り返った。
「黒衛。方法を教えるから……もし良かったらでいいのだけれど、あなたがやってくれないかしら?」
「ん? 私にも出来るの?」
「ええ。後始末の事を考えると……あなたにやってもらうのが一番良さそうだと思ったの。勿論、あなたが面倒でなければ、の話なのだけれど」
「その後始末っていうのが、煌剣みたいな頼みじゃないなら、良いよ」
私の言葉に、ベルナデッタは苦笑した。
「ええ。そういうのじゃないわ。この島をあなたに預ける、という意味よ。また……大きな物を預けてしまう事になるのだけれど、良いかしら? ただ、別に危険な事や誰かが傷付いたりするような事はないってはっきり言っておく。レリオスを倒した後まであなたに頼ってしまうのは心苦しいのだけれど。当然、全力でサポートさせてもらうわ」
うん。そういう事なら断る理由もない。
球体に手を翳すと、大量の情報が流れ込んでくる。ベルナデッタからレクチャーを受けながら手順に従ってアルベリア全体を掌握していく。小さな振動が広がって、アルベリアが飛んでいく映像が脳内に流れ込んでくる。島の先端部にある施設からの映像情報のようだ。
目的地は決まっている。ここから南東の方角にある、砂漠のただ中だ。
一度移動先を指定してしまえば後は操縦の必要はない。このまま放置しておいても良いらしい。目的地到着までに準備を整えてレリオスへ攻撃を仕掛ける事になるだろう。
中枢にいる必要も無くなったので戻ろうとしたら通路にいた警備ゴーレム達が起動していた。
やっぱり襲ってくるのかと身構えたら、何だか恭しく跪いて服従の姿勢を取って来た。……しかも私に向かってだ。ええっと。
「……どうなってるの?」
ベルナデッタに視線を向けると、彼女は言う。
「レリオスを倒した後に、あいつが集めて来た陰の気の処理がある事も考えると、あなたがアルベリアを掌握しているのが一番良さそうだったからそうしてもらったのだけれど……アルベリアのコントロールを受け持つってそういう意味なのよ」
王様が居れば再起動してその意思に従うって事は――つまり、今私がここの王扱いだったりするわけか?
いや、国は滅んで国民はいないのだから王様も何もないが。ベルナデッタのこの島を預けるという、言葉そのままで正しいだろう。
確かに……ベルナデッタやマルグレッタがここを掌握してしまうというのは、自身の暴走を危惧している彼女からしてみれば不安だろう。それは憎んでいるアルベリアそのものをその手に握るという事だからだ。
コーデリアはどうか? 既に救国の英雄である彼女は、これ以上抱える物が大きくなると政治的に大変そうだ。コーデリアを彼女の持つグリモワールと、その名声狙いで取り込みたがっている層は多く、この上アルベリアの島そのものまで保有するとなると……情報が漏れた時にフェリクスでも不満の声を抑えられなくなる可能性がある。
その点私ならば、確かに身分が不確定で自由が利く。どうせアルベリアに残されている危険な物を一掃してしまうまで預かるだけなのだし、そうやってベルナデッタに信頼してもらえるというのは嬉しい。ベルナデッタも手伝ってくれると言っているしな。
手が空いたので庭園へ行き、ヴィスガンテから魂の分離作業と還元を終わらせてから戻って来た。
そこは城の一角だ。王城内にある被害の少なかった部分の設備を、仮拠点として利用させて貰っている。
ティターニア号に寝泊まりしても良かったのだが、浴室などは少し備品を直してやれば用を果たしてくれたと言うのが大きい。水や食料は十分な量持ち込んでいるし、それなりに快適に過ごせる。
ベルナデッタもマルグレッタもコーデリアも、それぞれ作業があったはずなんだが、みんな仮拠点に戻ってきていた。
みんな水晶球で思い思いに話をしている。コーデリアはトーランドのフェリクス、シャーロットと。クローベルはソフィーやディアスと。メリッサは兄のグラントと話をしていたようだ。
こうしてゆっくりしていると言う事は、前準備はほぼ整ったのだろう。後はアルベリアが目的地に到着すれば……あいつの封印を解いて対峙、となるだろう。
「ただいま」
私が声をかけるとみんな笑顔で出迎えてくれたが、コーデリアは少し不安がっているようだ。
レリオス討伐を控えてみんなナーバスになっているんだろうか。特に顕著なのはマルグレッタだろう。
ベルナデッタは普段通り飄々とした態度なのだが……内心はマルグレッタと同じかも知れない。
コーデリアは一度相打ちになった相手だし、ベルナデッタとマルグレッタの二人については言わずもがなだ。
不安を抑えているのが共鳴でこちらに伝わって来るし、マルグレッタは見た目にも解りやすい。ぬいぐるみを両手で抱きかかえている。
平常に近いのは……クローベルかな。視線が合うと微笑んで頷きかけられた。みんなを安心させてやって欲しいと言う事だろうか。
「ちょっといいかな?」
呼びかけると、皆の視線が集まる。
なんだか私だけ立っていて、これから一席ぶつみたいな雰囲気になってしまった。
……まあ、いいか。
「……明日、かな。魔竜退治をするわけなんだけど。必ず勝って……みんなで帰ろう。あんな奴に、もうこれ以上好き勝手にさせはしない。その為に、全力を尽くすから」
あいつの目的。魔竜としての特性。こちらとあちらの戦力分析。
見落としや間違いは無いか。何度も考えた。
そしてその上できっちりと――完璧に叩き潰して勝つ。
「私は……寧ろ、お兄様の方が無茶をして怪我しないか心配なの」
「クロエ様は立てる作戦にご自身の安全を後回しにする傾向がありますからね」
コーデリアの言葉に、メリッサが頷いた。
……む。まあ……心当たりがないとは言わないが。
確かに私が怪我をしてみんなが悲しんでしまうというなら、それは論外だよな。レリオスなんかを倒す為に彼女達を悲しませるような事になったら本末転倒だ。
「わしは早く魔竜とやらを倒してお主らと心置きなくゲームをしたいな」
イシュラグアの能天気な言葉に苦笑する。
実は彼女が一番ゲームに嵌っている気がする。元々あまり大渓谷から外に出なかったのも鑑みて彼女は引き篭もり体質な気がするが……竜王がそれもどうなんだろう。
「私も頑張る。みんなと一緒は、楽しいから」
ファルナはほんの少しだけ微笑んだ。
それはぎこちない笑みだったけれど。ずっと、ファルナは人間らしくあろうと頑張っているからな。
「わたしは自分が怒りで暴走しないかを心配していたのだけど。あなたと話をしていると大丈夫だって思えるわ」
「私達の場合、戦いに関してより、そちらの方が問題だものね。でもあなたが溜飲を下げてくれそうな気がするの」
ベルナデッタとマルグレッタの言葉に頷く。そうだな。そのつもりだ。
反省や後悔なんかは期待するだけ無駄だろうけれど。少なくともあいつのニヤけ面ぐらいは消してやる。
他者への悪意しか無ければ。人間である事を止めれば。
それで自分は常に奪う側だなんて思っているなら、そんなものは全て勘違いなんだから。
更に仲間モンスター達を召喚して一人一人と言葉を交わしていく。
私としてはゴブリン達にあれをやって欲しいんだよな、と思っていたら、ちゃんと三人揃ってのサムズアップをやってくれた。ソフィーまで微笑んで、ゴブリンの真似をしている。
うん。ゴブリン達もソフィーもよく解ってくれているなぁ。
私もまだちょっと不安があったんだけれど、元気になれたよ。
「黒衛」
名を呼ばれてクローベルに向き直る。
「必ず。誰も欠けずに……勝って帰りましょう」
クローベルは笑みを浮かべてそう言った。私は迷わず頷く。
こんなにも大事な人達ばかりの、大切な世界。
みんなに信頼されて、ここにいる事が嬉しいんだ。




