79 竜王イシュラグア
竜王イシュラグア……改めて見ても、美しい竜だと思う。
鱗の表面と、大きな翼とが夕暮れの日差しを受けて輝いている。イシュラグアの体色はまた独特だ。モルフォ蝶のような、構造色による美しい金属光沢を有している。
頭部は流線型の尖ったシルエットをしており、瞳の横ぐらいの位置から白い羽毛のような毛が生えていた。翼の付け根、尾の先端などにも、そういう羽毛めいた白い部分が見られる。
今まで見て来た竜と明確に違うのは、その目だろう。宝石のような輝きを放つその目は……充分な知性と理性を有している事を窺わせた。
イシュラグアは私達の乗る浮船に追い付き、並走するように飛行する。
どうやらこちらに対して攻撃を仕掛ける意志はないようだ。
「――話を聞いては貰えぬか」
そうして竜王は、男とも女ともつかない、不思議な響きのある人の言葉を使って、追いかけてきた理由を口にするのだった。
イシュラグアは義理固い竜だ。
魔竜復活の為に大渓谷に住まう他の竜諸共凍結してしまったわけだが、そこから解放された事でコーデリアにお礼を言いたかったらしい。魔竜退治にも同行したいのだとか。
暗殺者ギルドと戦った時の一件で、コーデリアの帰還が広まり、それを耳にしたリザードマンが竜王に伝えた事でイシュラグアの知る所となったそうだ。
リザードマンは硬い体表と素早い動きを兼ね備えた、老若男女問わず全員が戦士という勇敢な種族だ。
人間に対しては無関心というか、危害を加えられない限り自分から攻撃してくることのない、割と中立的な性格をしている。いや、利害がぶつからない限りは争いになる事は無い、と言うのが正確な所か。
竜族信仰を持っているから人と竜が友好的な関係にあるトーランドでは、彼らもまた人間に対して友好的だ。昔からトーランドではリザードマンが人と竜の橋渡し役になる事がある。
王家と竜王の取り決めで、人と竜は互いの領地に無闇に踏み来まないと言う事になっているから、リザードマン達はその取り決めの隙間に位置しているポジションなのだ。
そのリザードマン達の上位種に、ノーブルリザードというのがいる。戦士でありながら魔法も使えるという、かなり強力なモンスターなのだが、彼らの支配者階級である為に、王城に遣わす使者としては丁度良い立ち位置なのだろう。
そこでノーブルリザードは、コーデリアの不在を知り、その魔法で連絡を受けた竜王が情報を得たらしい。
イシュラグアについてだが……義理を返したいといっている相手を追い返すというのもなんだし、戦力としては申し分ない。
歓迎したい所ではあるのだが、受け入れるに当たって一つ問題が出てくる。
魔竜による眷属化を防ぐ手段を構築しなければならない点だ。
相手の戦力をそのまま取り込む。私としてもグリモワールで相手の戦力をこちらに持ってくるとか、同種である事を利用した奇襲などを行っているので、それの有用性というか危険性というかはよく解っているつもりだ。
だからメリッサにもアミュレット型の魔道具などを持たせて眷属化してしまう事のないよう、対抗策を講じていたりする。それを伝えるとイシュラグアは瞑目した。
「すまぬな。まずお前達に話を通して、一族総出で助太刀をしようと思っておったのだが。数を揃えれば力になれると思っておったが、それではあの者らを呼んでも邪魔になってしまうだけであろうな」
逆に竜王から謝られる始末だ。
まあ……確かにね。竜の群れが援軍に来るというのは、普通なら心強いだろうけれど、さすがに竜全員に対策を施すと言うのは労力的にも資源的にも難しい。
「でも、竜の身体に身に着けてもらう魔道具ってどうしたらいいのかな?」
コーデリアは首を傾げる。メリッサは懐にアミュレットを仕舞い込んでいるが……竜には懐も何もない。なので当然何を付けさせるにしても外に剥き出しになる。これでは弱点を晒してしまうような物だ。
「水晶球型魔道具にして飲み込んでもらうっていうのは?」
「わしは構わんぞ」
イシュラグアが了承したので、私が出したアイデアがそのまま採用になった。
「後は、どうやって私達に同行するかかな?」
「だね」
いくら強力なモンスターでも飛行による長距離移動には限度というものがある。浮船に乗れるならノンストップで移動出来る上に体力を消耗しないで済むのだが……この大きさで浮船に乗るのは流石に厳しい。
「人化の術なら使えるが」
イシュラグアが詠唱を始めるとみるみるその体が小さくなり、シルエットが人のものになった。甲板に降り立ったのは青い髪の美女だ。表情は得意げで、実に堂々としている。但し、全裸だった。
「ふ、服を着て下さい、イシュラグア様っ」
コーデリアが慌てて駆け寄っていく。
……竜王って女だったのか。縁起のどこにもそんな情報は無かったんだが……。
「わしは人間が何故そんなものを着るのか理解に苦しむのだが。それよりほら。別に呼び捨てで構わんぞ。女同士だしな」
「いいから!」
……。
とりあえずだ。竜王が意外に残念な竜だった事が判った。服は適当な貫頭衣を着せたが……もう少しまともな格好をさせよう。目に毒だ。
あまり渓谷から出てこない性格で良かった。実物があれではトーランドの縁起の話も有難味が無くなってしまう。
……さて。この浮船は元々アルベリアの王族が移動用に用いていた乗り物らしく、船内の内装や設備は割と豪華で綺麗だ。みんなで寛げる談話室のような、大部屋も用意されている。
船内は外装に似た感じの、金属とも石ともつかない暗緑色のタイルが床に敷き詰められている。さすがに外装と違って、魔力光のラインは見えないが。
大部屋の中央には床と一体成型された円形のテーブルとソファ。家具が床に固定されているのは浮船が空を飛んでいる性質上だろう。イシュラグアを大部屋に通し、私達は互いの自己紹介を済ませた。
「……最近の人間は珍妙なもので空を飛ぶようになったのだな」
イシュラグアは、あちこち視線を巡らせながらそんな台詞を呟いていた。
いやこれ、実は年代物だしな……。
浮船を知らないという事は、アルベリアが存在していたのはイシュラグア生誕以前と言う事になるのだろう。
当然このメンバーの中で一番の年長者は変わらずベルナデッタと言う事になる。
そのベルナデッタはと言えば、イシュラグアの登場で中断してしまった作業の続きに戻っている。
モニターとコントローラーの調整とチェックに余念がないその姿には威厳が――いや、神秘的な容姿は相変わらずだし、表情も真剣なお陰で威厳とカリスマは保たれているか。
やっている事がゲームの為だと解らなければ、何か魔法で難しい作業をしているように見えるかも知れない。
イシュラグアはそんなベルナデッタの作業も興味深そうに眺めている。
「どうやら我が巣の中で休眠していた間に……随分人の世は変わっておったようだな。これは色々学び直さねばならんか」
小首を傾げる。いや、グリモワールの周囲は、地球と古代魔法王国の文化が混ざって異界と化しているだけだから、そんな風に誤解されても困る。
異文化交流兼、異種族との交流なわけだが、イシュラグアの性質というか性格はファルナとは結構違う。
ファルナは何でもあるがままに受け入れる感じだが、イシュラグアは好奇心旺盛で何にでも興味を示してくる感じだ。
「あれは何をしておるのだ?」
当然ながら、ベルナデッタの作業も気になって仕方ないらしい。
さて……彼女にゲームの事をどう説明しようかね。
「わしもやってみたいな」
と、色々説明してみた所、ゲームに興味を持ってくれたのか、魅力を伝える為の布教が上手く行きすぎたのか……そんな事を言い出した。
「出来たわ!」
丁度ベルナデッタの調整も終わったらしい。一仕事終えた、といういい笑顔を見せている。どうやらゲーム大会の開催は不可避のようだ。
因みに今回は初心者でも遊びやすいパズルゲーム祭りになった。
というかこのメンバーは初心者の方が多いのだが、みんなルールを飲み込むとちゃんと連鎖を組めるようになっていた。
その内みんなでハンデなしの対戦も出来るようになるだろう。割と楽しみかも知れない。




