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8 お仕置き役は誰?

 ――夢。夢を見た。二人の少女が笑っていた……ような気がする。ああ、もう彼女達の顔もよく思い出せない。意識の覚醒と同時にどんどん記憶が薄れていく。俺はそれを少し残念に思った。

 目を覚ますと、昨日野宿した場所であった。やけにすっきりした気分だ。


 俺こと平坂黒衛は、改めて「私はコーデリアである」と名乗るべきなのだろう。

 俺……いや、私は自分の中のコーデリアのイメージで振舞う事に決めたから。

 女になってしまった自分を認めたとか、女になりたかったとか、そういうわけではない。


 私が男として振舞ってコーデリアに「がさつ」とかいう評価が立ったら悪いからな。この際男としてのプライドは脇に置いておこう。

 思考でも「私」で統一するのは、咄嗟に「俺」なんて言葉が出ないよう習慣づけておこうと試みているわけだが。上手く行くのだろうか。


 私がコーデリアであろうとするのは、他にも理由がある。

 この心情を人に説明するのは難しいが、皆の理想とする主になりたいという気持ちが、まずある。

 平坂黒衛のままでは行動に妥協が出てしまいそうだから。強くて優しい仲間に甘えてしまいそうだから。


 俺が私になった程度で、何かが劇的に変わるというわけでもないだろうが、まず形から入ろうという心構えの問題である。背筋を伸ばし気を張っていれば行動も引き締まる、というような。

 何せ、コーデリアの看板を背負ってれば情けのない事は出来ないからな。


 だから、コーデリアを「演じる」事で、甘ったれた自分を封印する。

 大丈夫だ。きっと出来る。私はコーデリアに似ているらしいからな。


 俺という存在は今日か明日か。或いは一秒先にもこの体から追い出されてしまうような存在なのかも知れない。或いはずっとこのままになるという事だってあるだろう。

 だけれど、本音も恐怖もクローベルやリュイス達に受け止めてもらった。どうなるにしたって、そういう俺が居る、居たんだという事だけ知っていて貰えれば、それで良い。無様なところは見せたくない。


 それにそんなの。考えたって仕方ないんだから開き直るしかないじゃないか。

 こうして自分の気持ちを整理してみると……あれだ。皆に良い所を見せたいとか、仲間の前でかっこ悪い所を見せたくないとかいう、見栄が一番近いのかも知れないな。

 うん。説明が難しいという言葉は撤回だ。私は所詮こういう単純な奴なんだ。


「よしっ……。私はコーデリア。今日から召喚術師コーデリアだ、わよ」


 自分の両の頬を軽く叩いてマインドセットする。ううん。まだぎこちないな。段々慣れていかないと。

 身体を起こす。クローベルとソフィーはどこかに行ったのか居なかった。

 ユーグレとマーチェが(いびき)をかいており、リュイスだけは立ってあちこちを見回していた。見張り番だろうか。


「んー……」


 とりあえず、SE二〇を支払ってゴブリン語マスタリーを習得してみよう。ややニッチな気がするが、ゲーム時には存在しなかったスキルだし、リュイス達と話をしてみたいとは思う。


コモン ランク2 ゴブリン語マスタリー

『ゴブリンとの会話は意味を持たない。記憶と約束という概念が無いからだ』


 焦る行商人と首を傾げるゴブリンの構図。

 これは、ひどい。


「おはようリュイス」

「おっ、おはようございやすコーデリアの姐御! あっしらの言葉を覚えてくだすったんですね!」


 姐御……。

 まあ、いいけど。


「あの二人は?」


 どうも近くには居ないようだ。命令と居場所の感知が可能なのは半径一〇〇メートル圏内ということらしい。


「クローベルの姐御でしたら、狩りに行った時、あっちの方に川を見つけたらしくて。ソフィーのお嬢さんと一緒に顔を洗いに行きやしたぜ。コーデリアの姐御も行くなら、あっちに転がってる二人のどっちかを叩き起こして護衛にいたしやすが」


 なんというか。

 このノリでやられると山賊頭にでもなった気分なんだけど。


「いや、居場所が解ってるなら急がなくていい、わ。ところで聞いて見たかったんだけど……昨日のゴブリンとの戦い、あなた達は平気なの?」

「あー。あれですかい。あっしらにとって氏族が違う連中ってぇのは基本敵ですぜ? 攻め込まれて負けりゃあ野郎は殺されるし、女子供は連れていかれるでして。ウチらのとこは人間族と敵対してねぇ氏族ですし、ああやって人間のお子さんを浚って来てはこき使うような連中なんざ、いい迷惑なんでさぁ。そもそも拝んでる神さんからして違いやすしね」


 なるほどな。それで昨日はドヤ顔してたのか。考えて見れば人間同士でも似たようなものだ。敵国の兵士を倒しまくったというのは、戦士として誇らしい事だという価値観があるのは解る。

 というか、信仰が違うのか。


 ……何だっけな。どこかで聞いた事があるぞ。

 ゴブリンというのは元々悪戯好きの妖精だか精霊の類で、それほど邪悪な存在じゃなかったとか。リュイス達はその本来の流れを汲むゴブリンという事だろうか。


「私のような召喚術師と一緒にいるのは、あなた達にとってどういう意味――メリットがあるのかしらね?」

「そりゃまあ、あっしらの間じゃ強くて賢ぇ奴ほどキレーな嫁さん貰えるし、次の族長の座も近付きやすからねぇ。使い潰されるのは勘弁してほしいとこですが、その点、姐御についていけば大事にしてもらえるし、強くなれるってぇのは解ってやすから」


 いきなり弱くなっちまったのは流石のあっしも参りやしたがと、リュイスは肩を竦めて笑った。

 そうだったな。リュイスは強くなりたくてゴブリンの国から出てきたっていう、そういうクエストがあった。ゴブリンのお間抜けぶりが強調される、ギャグ的な側面の強いクエストだったがな。

 そう見ると、今のリュイスはあの頃より随分と鍛え上げられた感じがある。


「――ありがとう、リュイス」

「礼には及びませんぜ姐御」

「……そう。あ、ちょっと川まで行ってこようかと思うのだけれど」

「かしこまりやした! おい、ユーグレ! 何時まで寝てやがんだこのウスノロ!」

「んが?」


 ユーグレはワンテンポほど遅れてゆっくりと身体を起こし、リュイスと私を交互に見やる。


「おはようユーグレ」

「おはようボス。リュイス、何?」

「姐御が川に行くから、お前が姐御をお守りすんだよ!」


 リュイスの言葉にユーグレはこくこくと頷く。


「ユーグレ、ボス、護る。肩乗る。それ、安全」


 ……こいつら、どうしてこういう濃い目のキャラなんだ。

 隣で話をしていたからか、マーチェが不機嫌そうに眉根を寄せ、目を擦りながら上体を起こした。これはマーチェがまともである可能性も低そうだ。


「こんな朝早くから騒いだら、お嬢様を起こしちまうじゃないか。これだから男どもは……」


 あれ、意外と普通? んん? 男ども?

 ……ダブついたローブを着てるのと、ゴブリン族そのものが甲高い声をしてるので今まで気がつかなかったのだが。

 盗賊頭ポジションは、どうやら私の物ではなかったらしい。凸凹コンビに女ボス。そんな三人組の出てくるアニメがあったような気がするが、何故だろう。深く考えると墓穴を掘るような気がするのは。




 ユーグレの肩に乗って、川のある方向に向かう。

 考える時間が出来たのでSEの使い道を考える事にした。

 魔法を覚えるか、新しいモンスターを召喚するか。

 どうせなら今いるメンバーでシナジーを狙える方が良い。


 騎乗可能なモンスターでリュイスを合成ユニット化させるとか、クローベルやマーチェに有利なフィールドを作り出すとか……。

 むう。悩ましい。リストと習得に必要な値と睨めっこする事暫し――


「よし。決めた」



 コモン ランク2 闇魔法マスタリー(初級)

『夜を恐れる事は無い。混ざれば何もかも黒に行き着くのだから』


 コモン ランク2 ナイトビジョン

『好奇心は後悔の始まり』


 コモン ランク4 ダークネス

『鳥の気持ちが知りたいって?』


 それぞれ、半分悪魔になってしまっている邪教の信者、暗視の魔法で殺人を目撃してしまった女、暗がりで頭を抱える子供のカードだ。

 流石闇魔法という感じの陰鬱さだが、これらの習得は前述の通り、夜目持ちに有利なフィールドを作り出す戦術を狙ってのものである。


 私自身が夜に強くなれるようナイトビジョンを習得したし、昼でも強制的に相手の視界を奪う為に暗黒空間を作る魔法を習得した。

 相手がどうであれ、夜間戦闘が得意なメンバーしかいない今のパーティーでは、こちらに有利になる事はありこそすれ、不利に働く要素はない。

 ここからまだ発展形があるのだが、SEを使い切ってしまうのも拙いと思うので残りは温存しておこう。


 川原に辿り着くと、クローベルの反応を感知出来た。近付いていくと二人の姿が見える。

 私の目に飛び込んできたのは、川原の砂地でソフィーがクローベルに切りかかっている場面だった。

 と言っても、二人の手に握られているのは木の枝だ。


 ソフィーが様々な角度から懸命に打ちかかるも、クローベルの持つ枝が触れた途端、その全てがあらぬ方向へと流される。流されて身体が泳いだ所を、クローベルがそっと木の枝で撫でる、というような具合。


 剣の稽古をつけてやる事にした、という所だろうか。クローベルらしい解法ではあるな。

 擦れ違いざま首を撫でられたソフィーが、大きく息を吐いて呼吸を整えている。一区切りついたようなので話しかけてみた。


「おはよう、クローベル、ソフィー」

「おはようございます、マスター」

「お、おは……よう」

「……無理しなくていいわよ、ソフィー」

「ソフィー。落ち着いたらあちらで汗を流してきなさい」

「う、ん」


 クローベルに促されて、ソフィーは岩陰まで歩いていった。

 私の口調を聞いたクローベルは、柔らかい笑みを浮かべている。ううん。何だかやりにくいな。


「剣を教えてたの?」

「ええ。いざと言う時の為に基本の足運びを教えたら、割と物覚えが良かったので、ほんの少しだけ」

「へえ」


 それで体が流されてもすぐに立て直してたのか。


「強くなるのは良いことですよ。踏み躙られた事実を過去の物とするには力と自信がいるものですから。私は身の丈に合わない力を得ようとして失敗しましたがね」


 クローベルは自嘲気味に笑う。ソフィーも早く笑える日が来ると良いのだが。

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