75 双子剣舞
「黒衛お兄様!」
「黒衛ッ! 何があったのです!」
亀裂から漏れた共鳴がコーデリアに届いていたのかな?
とにかくコーデリアが異常を察知してクローベルや、メリッサ、ファルナを連れて、庭園に突入してきたのだろう。
「その人は……ベルナデッタなの? う、ううん、今は……っ!」
流石にコーデリアは一目である程度解る、か。付き合いも長いし、同じような立場だったしな。
しかし彼女は聞きたい事を全部飲み込んだらしく、枷の獣を見据える。
「あれは――ベルナデッタを縛っていた、アルベリアの貴族達の残した枷……いや、もう連中の意志そのものって言ってもいいのかな、あれじゃ」
「……つまり私達の『敵』なのね?」
コーデリアの表情は――漲るような戦意に満ちたものであった。
「ああ。で、ちょっと魔力が枯渇しかかってて困ってた」
「うんっ。なら、ここは私が!」
コーデリアが頷いてチャージを開始した。枷の獣の有様に眉を顰める。
「……クローベル、足止めをお願い。メリッサとファルナは、お兄様とベルナデッタを守って」
三人は頷くとそれぞれ行動を開始した。
獣との間合いを詰めるクローベルは――途中で五人に分かれた。ダブルシャドウと言う魔法の名前ではあるが、使用者の技量次第ではあんな事も可能だ。接敵した枷の獣がサーペントソードとダマスカスソードによる同時攻撃で……一瞬にしてズタズタに切り刻まれていく。
何故あんな事になっているかというと……コーデリアからの仲間へのエネルギー供給量が、俺とは違うからだ。仲間モンスターの戦力を強化するという意味ならば、コーデリアの方が優れているだろう。
だが、枷の獣は痛みを感じているようには見えない。三つの口を開き、クローベルのシャドウに向き直る。
クローベルのシャドウが身をかわすと、一瞬遅れて立っていた場所の瓦礫にヒビが入って粉々に砕けた。こちらにまで何とも形容しがたい高音が届いている。
口から……音波による衝撃波のような物を発射するようだ。三つの口から放った音を一点に集中させて、三角波のようにエネルギーを集約させて破壊を引き起こすのだろう。
だが、身体ごと向き直って三点で的を狙わなければならないので、狙点がクローベルにとっては解りやすい部類らしい。次々と放たれるそれをシャドウの一人が回避しながらも他の四人で攻撃を加えていく。
交戦しているクローベルの動きを見ながら、コーデリアが魔法を発動させた。
彼女が使うのはやはり、ライトブリンガーのようだ。
……出し惜しみしない主義なのはこっちも一緒らしい。或いは戦闘に関してベルナデッタの薫陶でも受けているのか。
初手で大技を使って叩き潰す。実に正しい喧嘩の仕方と言える。
だが、発動準備の段階で既に目を疑うような光景が展開されていた。
発動前に展開される光球が、女王の使っていた物の三倍以上の大きさがあるのだ。
コーデリアは俺とは違った部分が尖っている、というのがベルナデッタの評。グリモワールによるチャージ魔法は通常の魔法より威力が大きい。その辺はプリグリのゲームモデルの通りだが……モデルになったのはコーデリアの戦闘スタイルなわけで。つまりその部分が際立っていると言う事だ。
即ち、瞬間的な超火力がコーデリアの売りである。例えば女王と単純な大砲の打ち合いをしたら……純粋なパワー比べではコーデリアに軍配が上がるかも知れない。
クローベルはコーデリアの魔法発動を確認するとシャドウを全て消し去り飛び去った。その一瞬後に、光の剣と言うより――光の柱と形容するべきような物体が振り下ろされ、枷の獣を叩き潰してしまう。
……一撃必殺というより、あれじゃオーバーキルだな。
頭から光に飲み込まれ――そのまま横に薙ぎ払う。
後には、何も残らなかった。
しかし。
「……あれで、倒せない?」
丸ごと消し飛ばされて、まだ終わらなかった。この空間に敷かれたルールがまだ生きているのか、それとも枷の獣がそういう特性を持っているのか。高速で黒い靄が集まって再生。あっという間に元通りになった。
……いや、前より強化されて、いる?
不死身と呼ぶのも馬鹿馬鹿しい。やはり痛覚がないのか、今の攻撃でも、堪えたようには見えなかった。
枷の獣は何を思ったのか、クローベルやコーデリアを完全に無視してこちらに……つまりベルナデッタのいる方向に向かってくる。
「クロエとベルナデッタには、触れさせない」
ファルナが前に出た。突進しながら齧り付こうとする枷の獣の一撃を、揺れるように回避する。
クローベルやラーナを思わせる体術で綺麗に避けると、脇に回り込んだその位置から、手刀を突き込む。手刀を突き込んだその逆側から、竜の爪が飛び出した。
これは――ちょっと目を疑うような光景だ。獣の巨体がファルナの小さな体に浮かされたぞ?
クローベルのサーペントソードが複数巻き付いて、切り裂かずにそのまま後ろに引き倒す。
「これはどうかしら!?」
そこにメリッサが合体オートマトンを突進させ跳躍、上空から剛弓人形の矢を発射した。
矢は獣を地面に串刺しにして縫い留める。それでも枷の獣は守れ守れと壊れたレコードのように繰り返しながら、足をバタつかせている。……気持ち悪い奴だな。
獣は三つの口を開いて超音波を発射しようとしたが、その前にコーデリアから青い光が飛来して頭部に着弾した。するとその部分からみるみる獣の身体に氷が広がっていく。クローベルはサーペントソードを引き戻し、ファルナは爪を抜いて下がる。あっという間に獣は氷漬けになってしまう。
……破壊して効かないなら動きと攻撃を封じてしまえばいい、という発想だな。場数を踏んでいるから対応も早い。
ちょっと作戦を練り直す必要がある、と言う事か。全員がベルナデッタの所に集まった。
普通ならベルナデッタを退避させるべきなのだろうが、枷の獣は当然ベルナデッタを追うだろう。
俺としては魔力が枯渇して役立たずのままでというわけにもいかないので、枷の獣の魔力反応をより集中して探る事にした。
「これは――」
……ああ。解った。
枷の獣はグリモワール自体に満ちる魔力をエネルギー源にしているのか。死なないはずだ。更に砕けた景色の隙間のあちこちから靄が集まって来る。……他の枷にまで集合をかけてるのか。
氷の棺が内側から弾け飛んだ。靄が獣の身体に飲み込まれフォルムが禍々しく変貌していく。
四足の獣であったのが……巨大な黒い球体になって、あちこちから鎖が飛び出す。空に浮かぶと体表全体を覆うように無数の口が開いた。
それぞれが好き勝手に命令をぶつぶつと唱えている。声と声が重なり合って、もう何が何だか解らない。これが……アルベリアの貴族とレリオスが、ベルナデッタに押し付けたもの、か。
今も尚……ベルナデッタが意識を失っているのを良い事に、エネルギーを吸い続けて好き勝手に自身を強化し続けている。
ふざけた、真似を――。
憤りを感じている場合ではない。内部の魔力反応がどんどん高まっていくのが解った。予想される攻撃手段は……あれしかない。
「コーデリア! やばいぞ!」
「うん! すごい魔力……ッ!」
全員集まって、コーデリアがシールドを発動させる。更に俺からSEの供給を受けたファルナが、竜の鱗の強度を持つ防壁を前面に展開した。
二重の防壁が作られた瞬間。凄まじい衝撃波が辺り一帯を飲み込んだ。全方位無差別の破壊攻撃だ。だが大丈夫。外側の壁が破られる度に二人が壁を展開させ続けるのだ。防御を抜く事は出来ない。
しかし……相当な威力だな。防御面も。不死身に近いというのが困る。
……ああいう混沌としたものに、オクシディウスはやや効きにくい。オクシディウスは斬りたい物を可能な限り限定して、明確にしておかないといけないからだ。しかし、性質や能力を端から潰していく事は出来るかも知れない。じゃあ、魔力が足りないのは、どうするか。
「……コーデリア。ちょっといい?」
「え、えっと? 黒衛お兄様?」
「ちょっと魔力を貸してくれると助かる」
俺がコーデリアの手を握ると、まじまじと目を見開きこちらを覗き込んできた。
「……お兄様、そんな事も出来るの?」
「多分、ね」
同じ身体と繋がった魂という性質を利用して、コーデリアの魔力をこちらに通し、循環させる。
なんだか……コーデリアの魔力はとても暖かい感じがするな。
「ん……何だろう。何だか、とっても安心する感じ」
コーデリアもそれは同じらしい。
意志も、感情も。言葉を交わさずとも、解る。ちょっと魔力を貸してもらうだけのつもりだったけれど。これは――。互いの身体に魔力が循環していくと、際限なく魔力が高まっていくのが解る。
ああ――。そうだ。良いアイデアがある。これなら、やれる。
存在規模は――大丈夫。
お互いが、既に世界の因果にしっかりと根を張る大樹のような存在。この程度の事で飲み込まれるほど、もう脆弱では、無い。
「ファルナ。皆のガードお願い」
そう言い残し、手を繋いだままボディジャックを発動。それは。どちらが指示を出し、どちらが魔法を発動させたのだったか。
更にフライの魔法を発動させて空を飛ぶ。俺の右手にオクシディウス。私の左手にライトブリンガー。互いの剣の射程の違いは、ブリンガーを短く絞る事で合わせている。
俺と私は手を繋いだままでワルツを踊るように、空に光の軌跡を残して飛んだ。
しっかりとした魔法によって制御された飛行は、身体に負担がかからない。風の抵抗を前面に張った障壁で弱め、更に速度を上げる。
枷の獣が一斉に声を上げた。
荒れ狂う衝撃の波が、再び幾重にも重なって飛んでくる。
だが一つとて。背後の仲間達へは通さない。
ライトブリンガーとオクシディウスから放たれる剣閃が、衝撃波を散らし、同時に無効化する。
嘲笑うかのように上昇。飛行魔法とライトブリンガーの維持を俺が肩代わりする。
私が立て続けにチャージして身体能力強化と肉体再生の魔法を重ね掛けしていく。
急降下。獣へ難なく肉薄すると球体表面をなぞるように飛行し、ライトブリンガーで切り裂いた。
切り裂かれながらもライトブリンガーの魔力を吸収している。俺の魔力感知能力も、私と一緒に戦っている事で強化されているみたいだ。その仕組みと処理を、至近でつぶさに見せて貰った。
ならその能力をまず切り捨てよう。
さっきから不愉快なんだ。グリモワールの魔力を吸い取っている、この寄生虫が。
続く一撃はオクシディウスによるもの。
当然斬撃と同時に情報毒を流し込み、魔力吸収の能力を破壊する。それで、再生が止まった。更にライトブリンガーの斬撃を中心にまで届かせ、切り裂いた傷口にオクシディウスの剣閃を叩き込む。
当然、次に破壊するのは連中が共通の攻撃手段としている、衝撃波の能力だ。
再生と衝撃波を使えなくしたら、後はもう、一方的だった。
鎖で薙ぎ払おうとしたり、口から槍のように舌を伸ばしたりして攻撃してくるが、俺にとっても私にとってもスローモーション過ぎて欠伸が出るような攻撃だ。鎖や舌を切り捨てるだけの話である。
端っこから猛烈な勢いで巨大な球体を切り取り削っていく。
寄り添っては切り刻み、或いは、手を伸ばし。水車や独楽のように縦横無尽に回転斬りを加えて行く。
俺と私は二人で一つの生き物のように機能した。
私がライトブリンガーで切り離し、俺が切り落とされたブロックごとの魔力の波長に合わせてオクシディウスを調整して、切り捨てていく。
オクシディウスの情報毒を流された獣の欠片が、溶けるようにただの魔力と成り果てて四散していく。
最後に残った欠片へ向かって、煌剣を振るう。光り輝く剣閃が刀身から迸って枷の獣を真っ二つに断ち切った。斬った瞬間、煌剣の情報毒が獣の組織を蹂躙、完膚無きまでに破壊し尽くした。
そうして獣は切断面から溶けるように、ただの魔力と成り果てて虚空に散った。
みんなの所に降り立つ。
少しだけ名残惜しそうに、俺から私は手を放した。
――。
コーデリアと離れると、やや気分も落ち着いてきた。
メリッサが恍惚としているのはいつもの事だから良いとして。
黒衛に傾いていた感覚も今はコーデリア寄りになっているか。
「……お兄様、怪我してない?」
「それは大丈夫。コーデリアは?」
「私も平気。本当、びっくりした。いきなり共鳴が小さくなっちゃったから」
眉根を寄せて私の顔を覗き込んできた。
どうやら、女王との戦いの最中、かなり心配をかけてしまっていたようだ。
「まあ……黒衛の事だから、何があったのかは……想像は出来ますけどね」
クローベルはベルナデッタを見て苦笑を浮かべた。
「うん……ごめん。また心配かけた」
「もう、慣れました」
と、ちょっと唇を尖らせた。
「それで、お兄様。何があったの?」
「ええと」
当人の口から説明したい事やしたくない事。切り出すタイミング。或いは伏せておくという判断。
色々あると思うんだよな。どこからどこまで。どう説明したものか。
「……う」
そう思っていたら、女王が薄く瞳を開いた。
ベルナデッタも時を同じくして、意識を取り戻したようだ。




