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73 極彩の翼

 俯いたままの女王の爪先が、床から浮かび上がる。

 その背中から……極彩色の、一対の翼が広がっていた。

 とんでもない密度の魔力。翼の形をしてはいるが――あれは魔法陣だ。

 翼の色と模様に変化が生じると、女王の手の中に光球が生まれた。

 詠唱も、チャージもない。そして、出し惜しみもしないらしい。


「いきなり――ライトブリンガーか」


 光属性のレジェンド級魔法。コーデリアが制御を得意としている、魔竜を切り裂いた魔法だ。

 隔離された空間であるが故に仲間の召喚は不可能だが……どちらにしてもあんな魔法を初手から使って来るようじゃ、召喚は出来ないな。


「誰か――答えて。どうして……兄様や叔父様は私を騙したの?」


 それは誰への問いかけでもない。

 きっと彼女が何度も何度も、一人で呟いた疑問の言葉。


 薙ぎ払うかのように。細く絞られた光が照射される。

 狭い電車の中では避けるスペースもない。

 俺は空間カードを直線状に繋いで配置。すり抜けるようにやり過ごす。が、ライトブリンガーの斬撃が途中で曲がって軌道を変えた。

 えっ? 曲げ、た? そんなアレンジが出来るような魔法なのか? 仮にもレジェンドなんだぞ?

 その射線上には、ベルナデッタが――。


「ベルナデッタ!」

「大丈夫!」


 一瞬の間を置いて、ベルナデッタが光の刃に飲まれた。しかし――その中から無傷でベルナデッタが姿を見せる。小規模ながらも強力な結界魔法を張ってライトブリンガーの直撃に耐えたのだろう。

 女王も女王ならベルナデッタもベルナデッタだな。


 但し背景として展開されていた電車は、当然のように内側から真っ二つに切断された。ビルが切断されて、崩れ落ちていく。都会の街並みが、彼方まで叩き斬られた。いつぞやの赤晶竜の吐息より破壊力があるように見える。


「くっ!」


 ベルナデッタの苦しそうな声。

 空間にノイズが走り、切り裂かれた電車が、ビルが掻き消える。

 代わりに現れた風景は、瓦礫と灰の都。

 焼き尽くされた、アルベリア。彼女の、過去の記憶――。


「ちゃんと治っているのに、どうして信じてくれなかったの?」


 背中の翼が再び模様を変える。あれは――刻印魔術の完全上位互換だな。

 膨大な魔力を実体化させて色彩や模様で詠唱の代わりとし……入れ墨と同じような役割を果たさせているわけだ。刻んだらそれっきりの刻印と違って、魔法の種類を自由に変えられる。

 当然ながら、執事の時のようにハッキングを試みられるほど処理方式は単純でもないだろう。あの色と模様だけで既に暗号化されている状態なのだから。


 とりあえず……あれだけの大火力魔法を受けてベルナデッタは無傷ではあった。

 しかしながら防御に力を割いてしまったからか、既に展開されている風景の方への干渉を許してしまったというわけだ。

 なら、俺はベルナデッタと一緒に狙われないような位置取りをするべきだ。

 その上で更にベルナデッタを狙うなら、その隙を突く――というような動きを見せていけば良いわけだ。

 チャージしていたボディジャックを発動。魔力障壁で高速移動をしながらベルナデッタから離れる。

 女王は俺の狙いを解ってくれたらしく、身体ごとこちらに向き直った。


 小さな魔法陣が、こちらを取り囲むように多数展開される。

 上級雷属性魔法ライトニングジャベリン。

 普通は――こんな大量に配置出来るような魔法じゃないんだがな。

 魔法陣から強力な雷撃を放つ魔法だ。特徴は発動のタイミングを任意に変えられる事。


 魔法陣が回転を始める。まず俺の対応を見ると言わんばかりに、雷撃が放たれた。

 空間カードで受ける事は出来ない。流れやすい物に誘導されるという性質上、俺の体の方に飛んでくるからだ。少しでも触れれば、感電してそれで終わり。


 だから、展開させた魔力の性質を変化させる事で、雷の通りやすい道を作る。その内側に絶縁体の層を作って少ない力で雷を曲げつつ、更に雷に変化した魔力を逆変換させて霧消させた。

 その光景に動じる事もなく、女王は頭上に手を掲げる。展開した魔法陣が一斉に回転を始めた。

 いや。

 いやいやいや、ちょっと――待って?


「みんなが――私の事を責めるの。早くここから出せって」


 手を振り下ろすと同時に凄まじい閃光と轟音が響き渡った。

 間一髪、こっちの魔法が間に合った。

 スローターフォレスト。中央に空洞を作り、全身を包むようにドーム状に展開させて防壁にしている。水晶は絶縁体。雷撃に対しては壁になる。水晶が用済みになったら、すぐさま断章化して回収する。


「どうしようもないの。だって意識体でも外に出られないんだもの」


 背中の翼は次の魔法の準備を始めている。

 何をするにも早いし大規模で――とんでもない。


「だけど、そんな皆もいなくなっちゃった。皆の悲鳴が、今でも耳から離れない」


 翼のあちこちが輝き出した。女王が手を差し伸べると、翼の光から大量の氷の礫が、猛烈な勢いでばらまかれ始めた。障壁で身体ごと飛ばして、逃げる。

 ――アイスバレット。中級の水属性魔法だ。

 雷や炎、魔力弾と言ったエネルギー系統の魔法は減衰されるから半端な威力では無意味。大火力の魔法は……発動させてからの溜めが長いから対処されやすい。

 かと言って、魔力で制御する系統の魔法は逆算されてハッキングされる恐れがある。


 となると、俺に対しては魔力変換もハッキングも不可能な系統の魔法で対応するとなるわけだ。

 例えば質量のある物体を、単純に高速射出してこちらの防御をブチ抜けばいいとか。そういう対策になる。

 中級になったからと、全く油断出来ない。ランクが下がればそれだけ制御が容易になると言う事だ。


 だからと言って、いくらなんでもこの量は、無い。

 俺の反射速度とボディジャックを鑑みての物か。

 要するに圧倒的物量で押し潰すつもりなんだ。

 結局どんな魔法を使おうが即時発動で必殺なんだと理解するしかない。予想は、していたことだけど。


「あいつは、皆を私の魔法で――ッ」


 言いながら雨あられと氷の散弾をぶっ放してくる。

 しかも面で制圧するように隙間なく広範囲をだ。

 魔力障壁で受けるのは無理な威力だ。

 ボディジャックで回避し続けるのも体に負担がかかる。

 だから、魔法で跳ね返すわけだが、チャージしている暇はない。そこで出番になるのが魔竜の分身が残した魔法である。


 レア ランク32 ヴォルテクス

『水竜をも巻き上げるから竜巻って言うのさ。――名も無き船乗り』


 ヴォルテクス。海煌竜の竜巻魔法。散弾を広範囲で巻き込んで一掃するが、女王はそれすら一切意に介さなかった。

 

「あんな事の為に、私の魔法をあんな風に!」


 左右の翼が模様を変える。両腕にそれぞれライトブリンガーの光球が生まれた。レジェンドの同時発動とか……悪い冗談としか思えない。


「よくも……よくもよくもよくも! よくも私の魔法を汚したッ!」


 大きく――女王は肩で息をしていた。美しい銀色の髪が、乱れに乱れている。

 ブリンガーは、まだ放たれていない。


「……教えて」


 女王が呼吸を整えながら、聞いてくる。


「――どうして、私が私の邪魔をするの。そのせいで、あなたにこんな危ない魔法を向けなくちゃならなくなったのに。どうして――あなたはこんな事をする私に、反撃一つしないの」

「最初の方の質問の答えは……解ってるんだろ? 二つ目は、俺は戦うなんて言ってない。受け止めて、話を聞くって言ったんだ」


 魔法で吹っ飛ばして勝ったの負けたのなんて……ベルナデッタ相手に、そんな事が出来るわけないだろ。

 それに真面目な話、反撃も何も。普通に戦ったとしてもまともな攻略法が見えてこない。撃ち合いで勝負にならないのは当然の事として、接近したら接近したでもっとヤバそうだしな。

 俺だったら……近接ではあの翼に分解魔法辺りを組み込んで防御に使う。体の回りを覆えば防御面が完璧になるのは言うに及ばず、近接戦で薙ぎ払えば、ただそれだけで一撃必殺だからだ。


「話を――? 話す事なんか、もう何もないッ!」

 

 女王は上半身を仰け反らせるようにして叫ぶ。

 世界から、軋むような音が聞こえた。


「私を――私をここから連れ出そうとするあなただって、嫌いよッ! 私の敵だわッ!」


 自分に言い聞かせるようにそう叫んで。

 ライトブリンガーの刀身が伸びる。二刀ならば空間カードでは受けられないと。

 俺を切り刻もうと、女王は光の刃を振り回す。

 女王の動きは格闘術を習ったそれではないが――ライトブリンガーの攻撃範囲はとんでもなく広い。腕を振るその動作一つで、街が切り刻まれる。


 こちらはラーナやクローベルの体術を再現(トレース)したプログラムを、ボディジャックに流して対応する。

 身体のすぐ一ミリ横を光の刃が薙いでいった。

 左右の翼がライトブリンガーを制御する傍らで、女王自身が魔法の詠唱を始める。

 それは三つの魔法の同時行使。


 彼女が行使したのは上級魔法のマジックミサイル。

 着弾すると爆発する光の槍。

 直線的にしか飛ばないが、その速度は魔法の中でも最速クラス。

 だけど、見える。見えるにしたって、一瞬でも判断を誤ったらどうしようもない。直撃を食らう。

 極度に集中しながら二刀のブリンガーの合間を縫って、飛んでくるマジックミサイルを避けていく。


「信じ――られない……どうしてあんなのが避けられるの?」


 確かにいい加減……ここまで来ると、自分でも異常だと思うべきだな。

 こんなのが目で見て避けられるというのは――反射速度だとかそういうのを超越している。

 だけどそろそろ息切れがしてきた。

 周囲に散った女王の魔力を取り込み、消耗した自身の魔力を補っていく。

 ――よし。これならまだまだやれる。


 その光景に、女王が呆然と目を見開く。

 が、気を取り直すように俺を睨みつけてきた。自分が間違っているとは思っていない。そんな顔だ。だけど、さっきよりは大分マシだ。激情を吐き出して、少しは落ち着いて……話を聞いてくれる所まではこぎつけられたようだ。


「確かに――あなたは私に接近する事は出来るのかも知れない。煌剣なら、攻撃を加える事も出来るでしょう」


 確かに翼の分解魔法を突破するならそれしかないんだが、それを掻い潜っても、まだ問題がある。


「動かしようのない事実だから言うけれど、煌剣で私を斬らなければ、あなたが先に死ぬわ。翼の防御を破っても、私本体からの分解の魔法で、何もかも消し飛ばせるから、それを止めるには殺すしかない。でも、それは結局、そっちの私を殺すのと同じ事よ」


 それは……完全にここでの戦いではなく、外での実戦を想定した話だな。

 ……女王の言う通りだ。

 俺がオクシディウスを使えば。彼女が使う魔法の数々を切り伏せ、あの翼の防御も破り――近距離に詰めてから彼女を斬る事も出来るのかも知れないが。


「例え煌剣があったとしても、コーデリアにもクローベルにも無理な話。あなたみたいな例外がいなくなったら、私を止められる者もいなくなるのに……外に出てみんなと生きろだなんて無責任だわ」

「それは――終わりがないだなんて思っているからだろ? レリオスがいなくなったら、グリモワールが悪用されないように守って……自分の破壊衝動を封じ込める戦いを、永遠にしなきゃいけないだなんて思ってる」

「そうよ。二度とレリオスみたいな奴の手に渡らないように、守らなきゃならないの」


 永遠に抑え続けるか、出来なければ死ぬか。

 それではベルナデッタに勝ち目が無いのは、当たり前だ。


「でもそんなのは――ベルナデッタがグリモワールを壊して、捨ててしまえばいいだけなんじゃないのか?」

「……なんですって?」


 信じられないような言葉を聞いたという顔をした。

 だって、彼女には力があるから。グリモワールを抱えているから。

 これを悪用されないように。悲劇を繰り返さないようにと、必死に守ろうとしている。

 だからベルナデッタが、全部背負い込む?

 そんな必要なんて、どこにもないだろうに。


「外に出て皆と一緒に生きて一緒に老いて……それから普通に死んでいく。それで、何がいけないんだ? 誤解しないで欲しいんだけど、ベルナデッタの庭園は好きだよ。だからもしも庭園が必要なら、固有魔法でまた作ればいい。グリモワールなんかじゃ、ないものを」


 或いは――グリモワールが彼女の誇りなのだろうか? 唯一残された、彼女の人生の足跡で、祖国の名残そのものだから。

 また怒らせてしまうかと思っていたが――俺の予想とはかなり違う答えが返ってきた。


「わたしは、ア、アルベリアの偉大な遺産を、まも、らなきゃいけ、ないの。それが、言いつけ、られた、事だから」


 ……頭を抑えながら。虚ろな目で、そんな事を言った。

 その言葉に、今までのような力は無い。彼女の心から、発せられた言葉では、ない。

 その背後に、黒い靄のような物が取り憑いているのが――見えた。


「――っ」


 ああ、そうか。これが――。


 レリオスを倒して彼女を縛る枷が解ければ。

 後は外に出る為の障害となるのは自身の固有魔法のみ。それは担い手に外から出してもられえば解決する。


 その時、殺戮を忌避して自殺してしまえばそれで終わりだ。他者を殺すぐらいなら自分の死を。ベルナデッタはそれぐらいの理不尽でも覚悟してしまえる。

 だというのに理由だけ封印して、俺に煌剣なんかを渡して介錯を頼むというのは……まだレリオスとは別口の、他の枷が残っているからなんだ。


 それは恐らくグリモワールに貯えられた魔法や遺産を、彼女に永遠に保存する役目を担わせる為に存在していて。

 例えばその事を疑問に思わないとか、気付いても忘れるなんて条件付けをしてやれば……彼女にはもう、どうする事も出来ない。


 自身の殺害を誰かに依頼するという所まで、自力で辿り着いたのがもう奇跡みたいなものだ。だからベルナデッタだって自分を殺せとは明言出来なかったし、女王も自身の死さえ許容出来るのにレリオスを倒して外に出る事を是と出来ない。


 存在に気付けないから、枷から解放されていると言ったこの空間でもそれが残っている。あの靄が、何よりの証拠だ。

 レリオスじゃないなら誰が……誰がこんなものを彼女に仕掛けたのか。明白だ。最初に彼女を利用した連中。アルベリアの王族や貴族ども。


 仕掛けた人間も、守るべき国も、もう無いのに。

 呪いのように、未だに彼女を蝕んでいる。


「古代魔法王国アルベリアの魔法? 遺産や秘宝? そんなもの、ベルナデッタのこれからの人生に比べたら、ゴミだ。護る価値なんかない。自分がただ生きて、死ぬまで我慢するぐらいの事。誰だってやってる。今まで耐えてこれたベルナデッタが、そんな戦いに勝てないだなんて、俺は思わない」


 女王は自分の掌を見ながら呆然と震えている。

 世界に、亀裂が走った。


「その為に邪魔になる枷があるなら、そんなものは俺が全部オクシディウスで叩き斬る。俺がオクシディウスを必要だと思う時、場所はそこにしか無い!」

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