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7 召喚術師の憂鬱

 駄目だ。あれは駄目だ。破城槌か投石器みたいなもんじゃないか。

 今夜辺り絶対夢に見るぞ。馬鹿か。


「ソフィー……近くに人里はないか?」

「まだずっと遠く、だと思う」


 俺の疲れたような声に対するソフィーの返答は頭上から聞こえた。

 ユーグレを一旦断章化して再度解放。返り血の汚れを落とした状態に戻してから、ソフィーを肩に担いでもらっている。……あれをソフィーに見られていなくて良かった。間違いなくトラウマを増やしてただろう。


「……仕方がない。今夜は野宿だな」


 木の陰になって目立ちにくい場所に陣取り、食料を解放状態にして並べる。

 SEは一三八まで溜まっていた。断章化したゴブリンは三〇枚程になる。仲間も無事ランクアップしたようだ。

 あの短い戦闘で軽く六〇匹以上は虐さ……じゃなく、倒したって事になるのか。

 一二枚を還元(リステレーション)しておこう。これはカードをSEにしてしまうというもので、ランクの半分の数だけSEが貰える。これでSE一五〇か。

 これを何に使うかは後で考えるとして。


「はぁぁ。さっきのは、ちとやり過ぎたな」


 ゴブリンの巣から失敬してきた果実を齧りながら俺はそんな事をひとりごちた。


「そう、ですか? 何時もの通りだと思いましたが。マスターの機転は流石でした。あの一発が無ければ押し切られていた可能性もあります」


 寧ろあっけらかんとしたクローベル。膝枕でソフィーが寝息を立てているのが微笑ましい。


「何時もの通り、ねえ」


 そりゃゲーム時の話だろうな。

 封殺するタイプの搦め手だとか効率のいいシナジーって、やっぱり現実化すると相当エゲつない戦術になるのだろう。ゲーム内での話なら心当たりが幾つもあって笑えないというか。


 あれか。好機と見るや否や、集中火力を叩き出せ! とばかりに全員が奮起したのは、ゲーム時代ならそういうラッシュが当たり前だったからか?

 プリグリの仲間モンスターにはAIが搭載されており、AIは戦闘を学習して効率的な行動を取ってくれるようになる。

 他にも絆が深まると仲間に直接指示をした時に命令に素直に従ってくれるようになったり、主人公がピンチの時に庇ったりしてくれるようになる、というシステムも存在する。

 クローベル達は確かに初期のランクまで戻っている。だけどゲーム時代の記憶や戦闘の仕方というのは残っていて……現実に即して言うなら戦闘経験が段違いに高いという事になるのではなかろうか。


「……相手がゴブリンだったからな。ほら、ゴブリン同士で戦わせてるわけだしさ」


 ちょっとやりすぎた、とは実際思ってるんだ。群れを成したゴブリンが脅威であるのは解っているけれど、あそこまで一方的な戦闘になるなんて思ってもみなかったというか。


「彼らは氏族が違うと年中ゴブリン同士で戦争していますよ。マスターがあまり気に病まれる事はありません。あれは大きな群れでしたから、周辺の住人は助かると思います。ロードが生まれていたら大変な事になりますからね」

「そう言ってくれると俺も気が休まるが」


 そうなの? とリュイス達を見ると、3人揃って何故か誇らしげな顔をしていた。俗に言うドヤ顔である。ゴブリンのドヤ顔なんて初めて見た。文化が違うなぁ。


 まあ……今回の事は大体俺のせいだろう。

 召喚した皆が、俺の安全を最優先で動いているのは、洞窟内での動きから何となく察しが付いている。

 要するにだ。俺が弱いから、万が一を許さない為にゴブリン達を全力で迎撃したんだろう、と思うのだ。


「それよりマスター。ずっと気になっていたのですが、その『俺』と言うのと、口調はどうなさったのですか? 男の子のようですよ」

「え……? あー」


 なるべく私、と言うよう気をつけていたのだが、油断していたか。というか、プライドが邪魔して女言葉も使えなかったし、こうして落ち着いたら追及されるのも当然だし、それでいいと思っていた。

 結局、この話題も避けては通れないのだから。


「んん、クローベル。ちょっと聞いてくれないか?」

「なんでしょうか」


 居住まいを正して向かい合う。

 この辺りの事を黙っているわけにはいかない。クローベルが、皆が、俺を信頼してくれれば信頼してくれるほど、黙っているのは裏切りになってしまうと思うのだ。




「……私達がマスター……クロエ様にとってげえむの登場人物だった、というのはよく解りませんが」


 俺の告白を聞き終えたクローベルは暫く瞑目していたが、やがて静かな口調で言う。


「今のお話で納得しました。コーデリア様は以前、一度だけ夢で見る少年のお話をしておりましたから」


 ……夢で見る少年?


「あの少年は私であって私でないのだと、そう言っていました。もし、私が今クロエ様が語ったような事を言ったとしても、どうかそれを信じて欲しいのだと」


「それって……どういう……」


「彼は私に似ているのだと言っていましたね。けれど、少年のいる世界は理想郷のようでありながら牢獄のようだとも。敵も味方もない、守るべきものさえはっきりとしない世界。曖昧で漠然としたまま生きる事が許されてしまう世界。あの世界に生まれていたら、私もあの少年のように自分を殺して生きていたのかもしれないと。その生き方を見るのは、忍びないのだと――」


 コーデリアが……俺を知っていた? あの世界って――地球の、日本の事……か?


 なん……だ、それ?

 そもそもこの世界はゲームの中なのか? それともゲームに良く似た世界なのか?


 俺……俺はどうしてコーデリアの姿をしてここにいるんだ? 本当に俺が平坂黒衛だったのかさえ定かじゃない。だって「そう思い込んでいるだけのコーデリアではない」と、どうして言えるんだ?

 或いは俺がコーデリアの体を奪ってしまったのかも知れない。だとするなら、コーデリアの精神はどこへ? 精神を塗り潰して俺が居座った? そんな、そんな事――


 ……解らない。何一つ推測の域を出ない。

 手の甲に刻まれた紋章が、いきなり恐ろしいもののように見えてきて。今更ながらに竜やシャーマンに殺されかけた事、ゴブリン達を粉砕した光景が次々とフラッシュバックしてくる。


「……伝えるべきではなかったのでしょうか。不安にさせてしまいましたか?」

「そんな……事は無い」

「私には、正直異界の事などわかりません。けれどそれでも、言える事はあります」


 私達がここにいて、コーデリアに忠誠を誓うのは。

 グリモワールがあるからとか名前をつけられたとか、そんな瑣末な理由ではないのですと。

 必要な時に正しい道をその意思で選んできたからですと。

 その選択をしたのもまたクロエ様に間違いないのでしょう? と。

 クローベルは微笑んだ。


「私達の事を、クロエ様は覚えていらっしゃるのでしょう? コーデリア様が私にクローベルと名を下さったのと同じように。クロエ様もまた私にクローベルと名付けてくださった。もしもクロエ様が私達にとって、コーデリア様の単なる偽者であるのなら、私達がグリモワールの中に留まっているはずがないのです」


 そう。主が名を付ける事でその存在を留める、という設定だ。グリモワールの主が死ねば名付けた者……つまり繋ぎとめている楔がなくなってしまうので、彼らも外界へ解き放たれてしまう。

 だからゲーム中、グリモワールを狙う者がいても、それを知っている場合は、主人公を懐柔して自分の勢力に取り込もうとしていた。

 だって、契約者――召喚術士を殺した瞬間、彼女に忠誠を誓っていた万魔に包囲されてしまうのだ。これでは報復による死は絶対的に避けられない。


「……ああ。けど俺が覚えているにしたって、クローベルは、お前らはそれでいいのか? こんな、得体の知れない……」


 クローベルは言い指した俺の唇に人差し指を当てて、言葉を遮った。俺の手を両手で包んで、花のかんばせは咲き綻ぶ。


「私達の事より、マスターはどうなのですか? こうして触れ合えて、お互いの温もりを、鼓動を、呼吸を感じられる私達を、作り物だと思いますか?」

「思……わないよ」

「ですから、私達もあなたを信じられるのです」


 それで、いいのだろうか?

 コーデリアは俺の事を自分に似ていると言っていたらしいけれど「俺の操作していたコーデリア」がゲーム内で英雄であったのは、遊び(ゲーム)だったからで。


 実際の平坂黒衛は納得が行かない事があっても、損得を考えて言葉を飲み込んだりするし、理不尽な現実に折れたりもした。波風を立てないように生きてきた。

 具体的な話? それこそ、人様に語って聞かせる価値などない。どこにでも転がっているような話だ。


 現実から目を背けるようにゲームにのめり込んだとか、ゲームの中なら幾らでも俺は英雄になれるからとか。

 そんな事までは思っていなかったけれど。自分や世界が嫌いで腐っていたのは確かだし、そういう願望が全く無かったのかと言われれば否定し切れない。


 じゃあプリンセスグリモワールの方が現実になった今は?

 俺はこんな力を手に入れても、打算ばかり考えて、いざと言う時に足が竦んだり、自分だけ逃げてしまったりするんじゃないだろうか?

 相手がゴブリンシャーマンだったから。倒せる公算があったから。子供が危なかったから咄嗟に戦ったけれど。また同じ事が俺に出来るのか? 例えば、あの竜を相手にした時とか。

 ああ……要するにコーデリアの大きすぎる功績や、クローベルやリュイス達が俺へ寄せる信頼に尻込みしているのか? 全く、俺という奴はどこまで情けない――


「――っ」


 ふわりと、俺を柔らかいものが包む。クローベルに抱きしめられていた。


「どうか、そんなお顔をなさらないで下さい。自分が自分で無くなってしまう。そんな不安は、私にも覚えがあります。だから私は、マスターの力になりたいと望んでいます」


「………」


「マスターは今日、自分の命を危険に晒してまで、リュイスやソフィーを殺さないように戦って下さった。私達はそれを見て知っています。あなたはコーデリア様が言った通り、私達の知るマスターに他なりません。私に私自身の事を忘れないようにと、クローベルと名付けてくださった、私の大切な、大切な主なのです」


 言葉……返すべき言葉が出てこない。


「ほら。言葉が通じなくなって、彼らだってちゃんと解っています」

「え……」


 ぽん、と肩を叩かれた。振り返ると、リュイスがニヤッと笑って、親指を立てていた。マーチェとユーグレも笑っている。


「は……ははっ、あっははははっ」


 笑っちまう。何だよ、そのサムズアップと無駄に良い笑顔は。

 視界が滲む。何だか。何だかな、もう。

 こんな事ならリュイス達にも、もっとかっこいい名前つけてやるんだったよ。


 ああっ、くそっ。涙が止まらない。何だよこれ。

 色んな感情が混ざって、もう訳がわからない。

 子供みたいにクローベルにしがみ付いて、泣いた。

 情けない自分や汚い自分。色んな事が全部許された気がして。

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