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64 恩讐

 二人の剣の軌跡が、神殿の柱の陰から差し込む陽光を反射して煌めきを残し、弾ける。

 少し距離が開くと糸による斬撃。近距離では剣で応じる。ラーナの間合いには穴がない。

 それでもクローベルは良く対応している。

 跳べば糸の斬撃で斬って捨てられる。跳躍は控えて、徹底しての地上戦だ。

 お互い手の内をある程度知っている相手だからか。私の目では追えているものの、意味の解らない挙動などが織り交ぜられている。あの辺は先読みのし合いやフェイントなんだろうが。


 クローベルとの戦闘になって、ラーナの感情もようやく見えるようになっていた。

 それは歓喜だ。クローベルとの戦いが嬉しくて堪らないと。

 彼女の技を受ける度、自分の仕掛けた技が受けられる度に。抑える事を止めた喜びがラーナの中を駆け巡っている。

 この反応を見る限りは――ラーナは、純粋にクローベルとの戦いを待ち望んでいたように思えた。


 仲間達の状況は拮抗している。側近達がその状況を望んでいるからだ。

 押せば退き、退けばその分押してくる。だが決して深追いはしてこない。消極的な動きだ。積極的にこちらを倒そうとして来ないのは……均衡が崩れる事で状況が推移する事を避ける為だろう。

 だが――。


「くっ!」


 八本足の上に乗ったメリッサが舌打ちする。

 彼女と戦っている側近の少女は、メリッサの操るカマキリ腕の攻撃範囲を正確に見切っているようだった。

 ガラス玉のような目をした表情のない少女だが……やはり兵卒とは違って感情があるようだ。


 メリッサは少女の動きを追い切れていない。向こうはメリッサの操る大型人形がオートマトンだという情報を持っているのだろう。だから反撃や牽制を一切行わず回避に専念しているが故に、その動きを捉える事が出来ないのだろう。

 少女は首を傾げると、メリッサに言った。


「あなたは……モンスターじゃなくて人間よね? 人質に取れば、姫の動きを抑えられるかしら?」


 次の瞬間、少女の動きががらりと変わった。低い軌道で左右に飛んでメリッサのオートマトンを翻弄する。

 私が――執事を倒したからだろう。ラーナに向かうのを防ぐ為に、メリッサを人質に取ってこちらの動きを封じる気のようだ。


 カマキリ腕の攻撃をあっさりと掻い潜り、八本足に接近する。

 メリッサは眉を顰めると八本足に蹴りを放たせた。……迎撃する手段としては最善手とは言い難い。八本足自体が動きを止めてしまうからだ。

 少女はその蹴りも避けると、八本足自体を足場にしてメリッサの懐まで飛び込んだ。


「ひっ!」

「……手足が多すぎる。人質には必要ないわ」


 少女が言うのはオートマトンの事ではあるまい。頭部を庇うように抱えるメリッサの腕に向かって躊躇なく剣を振り下ろした。鮮血が、飛び散る。


「――あ、れ?」


 だが、肩口から鮮血を噴き出したのは側近の少女の方だった。

 少女の足元にいるメリッサ――の姿をした人形が、にやりと笑う。

 そのまま少女の身体に抱き着くと、八本足の上から神殿の床に向かって飛び降りた。

 成す術無く背中から叩き付けられて少女の意識が飛んだ。

 八本足の胴体部分が内側から開かれて、中から本物のメリッサが出て来る。その手には水晶球が握られていた。


「……あなたの方が人形みたいだわ」


 手の内がオートマトンだと敵にバレている状態なので、自分の姿の人形を使う事で最初の一人を沈めるという方法を取ったわけだ。八本足を改造して自分の身体の収納スペースを作った。

 戦っていたオートマトンの操作精度が今一つだったのは、水晶球を通して外の様子を見ていたからだが……まあ、この辺は今後の課題だろうな。

 手が空いたメリッサは私の近くまでやって来て、背中を守るように陣取った。


「私の方は――」


 守りは必要ないと言おうとしたが、メリッサは首を横に振った。


「今は私がクロエ様の背をお守り致します。クロエ様はどうかそのままで。きっとそちらの方が、クローベル様もみんなも、安心して戦えるでしょうから」


 メリッサの言葉に私は視線を巡らした。彼らは私に向かって助太刀無用と目で訴えてくる。

 こちらに助けに入るよりはラーナの挙動や魔力に注意していろと。

 神殿の外で双子と追いかけっこをしているリュイスが、こちらに向かってにやりと笑ってサムズアップして来た。

 

 ……ああ。そうだな。

 私が注視していないと……ラーナはあれで良いとしても――あいつなら必ず横槍を入れてくる。入れてこない、はずがない。


 あいつの切れる手札は……精神支配だ。

 なら話は簡単だ。仲間モンスターへの支配ならグリモワールへの基本機能で、私も使えるものだからだ。一帯に魔法的なジャミングを掛けてやればいい。

 クローベルが、思い切り戦えるように。

 私は……ラーナとレリオスの動きにだけ注意していよう。魔竜本体でなく、意識体の使う精神支配なんかに負けるわけがない。


「素晴らしい研鑽だ! これこそがお前を拾って鍛えた、私への最大の恩返しというものだなッ!」

「恩などとッ!」


 気合を乗せたクローベルの一閃に弾かれて、ラーナが後ろに飛ぶ。左手首に魔力の循環。刻印魔術から糸の斬撃が、来るっ。

 それよりも早く、クローベルが腰からサーペントソードを抜いていた。今まで使わなかったのは――この機を待っていたからだ。


「伸びろッ!」


 下から。

 ラーナを掬い上げるようにサーペントソードの斬撃が迫る。

 初めてラーナの表情が驚愕に染まった。

 だが、対応の仕方と判断速度が異常だった。

 右手首の刻印魔術を発動させながら、握っていた剣を空中で捨てる。剣を手放した時には両手の間に糸が張られていた。空中で足を縮めて、糸でサーペントソードの斬撃を受けると、そのまま押し上げられる勢いに乗って、後ろに飛ぶ。切っ先が僅かにラーナの脛の辺りを捉えて切り裂くが、浅い。

 だがクローベルの攻撃はまだ終わっていない。

 着地地点を薙ぎ払うようにサーペントソードが迫るが、ラーナの身体は着地前に空中で静止した。

 両手から放たれた糸が神殿の柱に巻き付いて、ラーナの身体を空中に留めたのである。 


「――やはり……お前の主は異質だな。武器や技を見ればある程度生い立ちや人となりが解ると自負していたが。まるで考えている事が理解不能だ。ククク、面白いな」


 ……いや。そんな誉め方されても。サーペントソードは元々私が考えたってわけじゃないし。

 それに今までサーペントソードを使わずに糸を凌いで作ったチャンスも――ラーナには無傷ではなかったものの、通じなかった。

 ラーナはゆっくりと地上に降りる。人差し指で招くような仕草を見せると地面に落ちていた彼女の剣が糸に引っ張られて彼女の手元に戻る。


「しかし、お前の心の形――その業はいただけんな。そんなもので私が殺せるとでも?」

「……他人の心を踏みにじって生きて来たあなたには解らないでしょうね。あの人との絆が、私にどれほどの強い力をくれるかなんて」


 クローベルは、小さく首を横に振った。


 ラーナは――彼女の言葉を一笑に付して、自ら前に出た。サーペントソードがある以上は距離を取る事に優位がないと理解したらしい。

 相性の問題もある。サーペントソードの方が重量がある分、ぶつかり合えばラーナの糸の方が打ち負けるからだ。

 しかしラーナは剣を交えながら柱と柱の間に糸を張ってそれを足場に使うようになった。

 クローベルも今度は地上戦に拘らずに糸の足場に付いていく。もう、サーペントソードを隠す必要がないからだろう。

 あの剣の存在を晒すというのは、跳躍してからの軌道を変えられるという手札を晒すと言う事でもあるからだ。


 立体的な戦闘になった。糸と糸。天井と柱。神殿のあらゆる場所を足場にして、上下左右のあらゆる角度から切り結ぶ。

 クローベルが上方、背後を取っていたはずが、ラーナが落下しながら転身して見せる。クローベルの足元を潜った時には上方へと糸で体を引き上げていて、彼女の背中へと刺突が飛んで来た。

 が、既にサーペントソードが別の糸に絡んでいる。接合して引き戻す力を利用して、クローベルは背中から迫る刺突を回避した。


 当たらない。いや、細かな裂傷は互いに受けてはいるのだ。致命に至る刃が、届かない。

 ただ――ややラーナの方が押している。先のウィラードの屋敷での戦いと同じ構図だ。

 相手の手の内が解っているからクローベルも食い下がれるが、両者の間には研鑽した時間の差が、そのまま技量の差として横たわっている。若返ったラーナに体力的な不利はなく、このまま行けばいずれ誘われるか癖を読み切られて、クローベルが負けるだろう。

 だが――それが何だと言うのか。


 二人が地上に降りてきて、距離を取って向かい合った。

 クローベルが二刀を手に構える。サーペントソードは展開させたままだ。彼女が何か仕掛けてくることを察知したのか、ラーナの表情からも笑みが消えた。

 クローベルが地上を蹴る。サーペントソードを伸ばして、大きく外側から弧を描く斬撃を放つ。小声で唱えていたダブルシャドウの詠唱が完成して、クローベルが二人に分かれた。

 シャドウが転身しながら逆方向から挟み込むようにサーペントソードの斬撃を見舞う。巨大な斬撃の交差。それをラーナは前に突っ込んで避ける。

 ラーナの後方で伸びた刀身同士が激突して絡み合う。


「戻れ!」


 ワイヤーが絡み合った瞬間、サーペントソードが巻き取られた。

 クローベル自身が回転して巻き取る事で、柄を握るシャドウの身体が引っ張られる。その勢いを利用してシャドウが初速から猛烈な勢いでラーナへと突貫した。背後からクローベル本体がエクステンドを発動し、重なるように追う。

 前に出て避けたラーナには、これを迎え撃つしか選択肢はない。シャドウの一撃を剣で受ければ続く本体の一撃を食らう。かと言ってシャドウにもまた実体がある為にこれを無視する事は出来ない。

 突っ込んできたシャドウの一撃はダマスカスソードによる、刺突だ。


 それを――。

 なんと、ラーナは自分の掌で受けた。柄まで貫通した所でシャドウの腕を握って引き寄せ、右手の剣をその首に振り下ろした。刃が肉に食い込む寸前で、シャドウの姿が掻き消える。


「『もらった!』」

「残念だったな!」


 消えるのが解っていたとでも言うように、手首を切り返して剣を腰だめに構える。居合抜きのような体勢を取って、本体への迎撃態勢を整え終えていた。シャドウの首に剣を振り下ろすその動作でさえ、繋ぎでしかない。同時に空いた左手から迸る鮮血を、シャドウの背後にいたクローベルの顔目掛けて浴びせる何てこともまでやってのけている。

 ラーナの、完璧なタイミングの迎撃。


 その――、はずだった。

 クローベルの身体が、空中に浮いたまま壁にでも激突したかのように急制動を受ける。浴びせた鮮血も空中で止まる。クローベルの左肩から、骨の砕けるような嫌な音が聞こえた。

 刹那の間を置いて、彼女の眼前の空間をラーナの剣が物凄い勢いで振り抜かれていった。目を見開くラーナと、歯を食いしばるクローベルの視線が交差する。

 一瞬で停止したクローベルが、何もないはずの空中を蹴って、逆手に握ったダマスカスソードをすれ違いざまに振り抜いた。


 呆然としたままその場に立ち尽くすラーナと、その背後で膝をつくクローベル。エクステンドのオーラが消える。


「これ、は――驚いた」


 脇腹をダマスカスソードで深く斬りつけられて、ラーナは笑みを浮かべると、神殿の上に崩れ落ちた。


 サーペントソードの交差攻撃も、ダブルシャドウとの同時突撃も、エクステンドも。

 全部フェイント、か。

 結局の所、格上のラーナにクローベルが勝つには、こちらにあって向こうにない物で……例えばエクステンドなどによる、一瞬の爆発に賭けるしかない。


 クローベルが首から下げているペンダントは私の障壁を術式化した魔道具。対ラーナ戦での切り札としてクローベルに渡しておいたものだ。有り得ない位置を足場にして……ラーナの予測の外から、致命の一撃を繰り出す為の。

 けれど細やかな制御を行う為に、必要とする消費魔力が大きい。クローベルの保有している魔力では僅か数回しか使えない代物だ。防御的手段として使う事は出来ないし、一度でも見せてしまったらもう後がない。

 というか、私にボディジャックの使い方が無茶だなんて言っていたのに。自分はエクステンドの突撃を急停止させるような使い方をするとは思わなかった。

 それにラーナの剣の間合いに入る寸前に発動させる見切りだとか……クローベル以外には出来ない使い方だろうな。


 確かにクローベルはラーナに勝ったが……幻楼竜と融合しているのだ。これぐらいで終わるはずがない。

 ここからが本番だと、私は考えていた。だが――。


「ラーナ……」

「……何を……呆けている。お前の、勝ちだよ」


 ラーナは、立ち上がって来なかった。


「私は……私のみの力で戦うと、そう言ったぞ。ここまで深く斬られれば……人間は死ぬものだろう。大体……一度死んだ人間が、生き返る事がおかしいのだ。そもそも」


 融合した幻楼竜の力を頑なに拒んで。

 自分が死ぬ事さえ承知した上でクローベルとの戦いに拘った、のか。

 人間であるなら……これは確かに致命傷だろう。ラーナの周りに赤い血液が広がっていく。

 ……自分として。他の何者にもならずに死ぬ、か。


「……クローベル。肩を」

「ありがとう、黒衛」


 クローベルにヒールを掛けている私に向かって、ラーナは言う。


「そうか……お前だな? 何を吹き込んだのかは知らないが……業の中に愛だとか、優しさだとか、思慕だとか……そんな物を抱えた小娘にやられるというのは……正直、業腹だよ」


 え……。クローベルと戦って、ヒールをかけただけで、私達の関係まで理解したって事か……?

 戸惑う私に、ラーナは意味ありげに笑った。


「ラーナ様!」

「近寄るな。グズ共が」


 集まって来ようとした側近達を制するようにラーナは言った。


「私は確かに負けたが……愚弄は止めてもらおう。同情だとか情愛だとかは要らないんだよ。そんなものは、虫唾が走る。だからお前らはもう要らん。好きなように生きろ」


 ラーナの拒絶の言葉に、側近達は武器を取り落して膝を突いた。


 そうやって。

 ラーナが否定して、拒絶して……踏みにじってきた過去から生まれた復讐心に、彼女自身が砕かれた。

 それに敗北した事を認めても、生き方を変える事だけはしない、と。


 ……自分自身の生き方の拘り、か。

 ラーナは幻楼竜と無理矢理融合させられた事に我慢がならなくて、だから自分の過去の足跡そのものでありながら、ラーナの在り様を否定するクローベルを……死に場所と定めた、という事だろうか?

 いや……多分どっちでも良かったんだろう。ラーナは本気でクローベルを殺そうとしていたし、勝った場合もそれはそれで、今までの人生の肯定であると位置付けるのだろうから。


 クローベルはまだ完治していない肩を押さえながらラーナの所まで歩いていく。


「ラーナ」


 クローベルは彼女の名を呼んで、ほんの少し瞑目した。それから目を開いて、言う。


「私はあなたを斬った事を、後悔はしていません」

「……復讐の花(クローベル)か。見事、己の名を貫いた、というわけだ」


 ラーナは薄く笑う。仰向けに横たわったまま自分の首元からペンダントのようなものを取り出して、クローベルに差し出した。


「くれてやる」

「……なんですか。これは」

「私の代わりに奴を殺せそうなのがお前らしかいないから、な。結局……ギルドを任せられるような者もいなかった」


 言って、ラーナが咳き込む。真っ赤な血が口元から噴き出した。

 奴――レリオスか。


「……あなたに言われるまでもない」


 受け取ったクローベルに頷いて。

 静かに目を閉じたラーナの身体が、光の粒子になって四散した。

 後に残ったのは――断章と彼女の剣だけだ。

 それは……ラーナではなかった。


 レジェンド ランク50 幻楼竜モルギアナ

『お前らの方が良いんだそうだ。悪いが子守を頼まれてくれ。 ――刃光ラーナ』

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