63 魔法収奪
予想通りというか。ラーナはクローベルに向かい、側近達は皆、クローベルから距離を取りながら私に向かってくる。
私も暗殺者ギルドのターゲットなんだったな。これに対応しないわけにもいかない。
「断章解放、オールドウルフ『シルヴィア』、シービショップ『エリール』、サハギン『スミス』、ゴブリンチャリオット」
これに私、メリッサ、ウル。頭数の上では勝っているが、チャリオットは四体で一つのユニットだからな……。側近相手にゴブリン単体で戦わせるのもキツそうだし。
側近はどうしても一対一の状況に持ち込みたいらしく、私の召喚したモンスター達の動きに合わせるように追随してくる。
連中、どこまで付いていくのか?
試しに神殿に隣接する広場へとチャリオットを飛び出させてみると、二人の側近が迷わずそちらに向かっていった。双子の女の子達だ。ノーマークにさせて貰えるなら神殿の柱の影から魔法の矢で援護させられたのだろうが。
こういう一騎打ちに拘る戦闘、暗殺者らしくないな。側近連中はラーナの命令厳守って事か。強制的にでもラーナとクローベルが一対一になる状況を作る為に遅延戦闘を繰り広げてくる可能性が高い。
当然、私も一人受け持たなきゃならない。ボディジャックを発動させる。
私に向かってくるのは……なんだか執事の格好をした、歳若い男だ。年齢は一七、八という所だろうか? 側近連中……やけに美男美女ばっかりだな。もしかしなくてもラーナの趣味か?
「お初にお目にかかります、コーデリア殿下。少々私めと踊って頂けますか?」
執事は言いながら切りかかって来る。動き自体は、見える。
ボディジャックによる最小限の動きでそれを避け、瓦礫を障壁で拾って鈍器を兼ねた盾にした。
「浮気はしない主義なので」
「おやおや。姫君は心に決めた方がおいでで? 何、舞踏程度、貴族の嗜みではありませんか」
執事は私の展開する障壁による捕獲を飛び退って避ける。あの目の中の紋章……魔眼だな。魔力の流れが見えるのか。
「しかし、武術の嗜みがあるようには見えない。だというのに私の初撃を避けた今の動き。随分奇妙ですねぇ? 仲間から離れて単独で私と戦おうとするだけの事はあるという所ですか?」
私は答えない。執事を殴り飛ばす為に瓦礫を飛ばしていくが、それを向こうは一定の間合いを保って受け流す。
……近接戦闘だと負けると判断したか? その直感は正しいよ。
チャージしながら執事を見やると、奴はにこりと笑う。
「けれど、よろしいのですか? 今日、貴女は人死にが出るのを避けるように戦っていらした。あの娘がラーナ様を殺すというのは、貴女の主義に反するのでは? あの娘の殺意は貴女の殺意と同じでしょう? それともラーナ様はもう人間ではないと仰る?」
おいおい。今度は精神的な揺さぶりかよ。本当、面倒な奴だな。だけど勘違いしているぞ。
私はなるべく人死にを避けるように戦っているし、逃げる相手も後から被害が増えそうな奴でなければ、基本的に追わないようにしている。
けどさ。
「人間相手だから、とか言いたいの? 私はモンスター達を仲間と呼んで、モンスターと戦わせているのに?」
モンスター同士に戦わせている私が。その命を糧にしている私が。
私だけ同族だからと、必要に迫られた場面で躊躇すると?
そんな事……許されるわけがないだろうに。私の左手に宿る物がグリモワールである以上は。
でなければ人間を嫌いながら戦っている、あの子の立つ瀬がないじゃないか。
あの子は誰の為にアルベリアを焼いた? 何の為に傷ついたんだ?
あの子が無差別には人を助けない理由とか。モンスターを仲間にする理由とか。
解るよ。種に拘らず、個々でならば。解り合える者は仲間と呼べると。まだ優しさや絆を信じているんだ。
だから――ベルナデッタと庭園で話をした時から、そんな覚悟は出来てるんだよ。
大体、私はクローベルの気持ちを肯定してるんだぞ。
彼女に会うよりずっと前から。今もだ。
クローベルの名前の由来。こんな奴には話して聞かせるだけ勿体ない。
だから、彼女の殺意は私の殺意だ。あの子が仇を討つ為にラーナを殺すと言うのなら、私はその結果を私の責任として受け止める。
だから――そこを退け。クローベルから聞いて知っているぞ? 自分の殺意さえラーナに預けているような奴なんかに、用はない。
その年齢なら……クローベルの仇ではないだろう。お前なんか、私の敵にさえなっていない。
「……なるほど。所詮は貴族のお遊びと……少々見くびっていたのですかねっ!」
私の目を見て、何か感じる物があったらしい。笑みを消して両腕を交差させると、奴の手首に魔力が循環する。
と、次の瞬間掌の中に真っ黒いナイフのような物が生まれた。一本ではない。扇のように広げる。
ブラックダガー!
中級闇魔法だ。性質的にはフローディングマインに近いが対極とも言える。爆発こそしないが速度が速く、切れ味というか貫通力が高い。恐らく私の魔力障壁でも貫通してくるだろう。
最大の脅威はブーメランのような誘導性能がある、という事だ――。
「ラーナ」
クローベルは、祭壇へ向かいながら、落ち着いた声色で、ラーナの名を呼んだ。
「私の今の名は、クローベルと言います」
「それが、何だ?」
「復讐の意味を持つクローバーという……私達の知らぬ花の名から取った名です。私の主から頂いた、私の大切な名前。私が人であった時の理由を忘れないようにと」
ラーナは不愉快そうに眉を顰めた。
「私の作品に名など要らぬ。呪法を使った後に残るその業が物語るからだ。語るのなら、その刃を私の身に突き立ててからにしろ」
「言われるまでも無く」
そうして二人の影は交差した。
ラーナもクローベルも技巧派だろうに、自身の身体をぶつけ合うように突っ込んで行って剣を叩き付ける。重い金属音が響いて、二人の身体が後ろに弾けた。
すぐさま体勢を立て直して反転。再び突っ込む。剣と剣が絡み合うように交差した。
二人の身体は切り込んだ瞬間にはもう次の場所に踏み込んでいて、ぶつかり合う剣と剣の響きと風を切る切っ先の音だけを残して流れていく。
転身。交差。激突。巡り巡る。それはまるで舞踏のようだ。
再び弾かれて間合いが開く。
「クククッ!」
愉しそうに笑ったラーナの左手首に魔力が循環する。
振りかぶったラーナの動きに反応するようにクローベルが身を屈め、前に飛んだ。一瞬遅れてラーナの左手が振られる。離れた位置にあった神殿の柱に亀裂が走った。丁度さっきまでクローベルが立っていた、首の高さだ。
ラーナの左腕の動きに合わせて続けざまに斬撃が放たれる。銀色の煌めきがラーナの周囲に、舞う。
今度は真上から斬撃が降って来る。クローベルが低い姿勢で駆ける。後を追うように神殿の床に斬撃の跡が何条も刻まれていく。
斬撃を避けながらも、クローベルはラーナとの間合いを詰める。
横合いから輪切りにするように飛んできた銀光の斬撃を、ダマスカスソードを盾にして受け、そのまま前に出る。そうする事で彼女は切断の有効範囲を抜けたらしい。
クローベルの衣服の肩が若干裂けたが、それだけだ。突っ込んできたクローベルの剣をラーナが右手の剣で受ける。ラーナの左手首に循環していた魔力が途切れ、再び剣と剣を交える展開となった。
ラーナの手から放たれていたのは――金属の糸だ。
原理はよく解らないが糸には魔力が通っているらしい。サーペントソードと似た原理の代物だろうか? だが、今の切れ味はかなりヤバいぞ。
クローベルはまだサーペントソードを抜かない。奥の手も……まだ切れる状況ではない。
だが彼女は、ラーナの技を知っているから避ける事が出来ている。クローベルはラーナから視線を外さず、しかし確かに私に向かって大丈夫だと頷いて見せた。
大丈夫というなら、私の方もだ。感覚リンクを覚えてからパフォーマンスを落さない思考の分割というか何というか、片手間に何かするのが得意になって来ている。
「くっ!」
執事が舌打ちした。
ブラックダガーは数を増していくが私には当たらない。どんな角度から飛んで来ようが、どんな制御を行おうが所詮魔力の塊だ。感知出来ない訳がない。感知とボディジャックによる身体操作により、最小限の動きでそれを避けていく。
ダガーはブーメランのように引き戻す事が出来るが、速度が速い分フローティングマインほど細やかな動きが出来ない。一度避ければ私を大分通り過ぎた位置まで行かないと制動を掛けられないのだ。
「何なのです! その動きはっ!?」
理解出来ない、か? それはそうだ。私の今の動きは武術とかと全く無関係の所から来てるからね。
体捌きに連動する筋肉の繋がりや体重の移動。それらを全く無視するものだ。武術に造詣が深い者ほど奇異に映るに違いない。
だけれど私自身は別に無茶な動きはしていない。ブラックダガーの軌道を見切って魔力障壁で体幹をそっと動かし、手足をほんの少し躍らせる。それだけの絡繰り。
けれど、だからこそ執事には解らない。
積み上げた経験則が真っ当な人間の動きを予想し続けては、裏切られ続けてしまう。
それでは元々反応速度で私の方が勝っているのだから当てられるはずがない。
その光景に動揺した執事の魔力が揺らぐ。感情の揺らぎは私にダガーの軌道変化のタイミングを教えてくれる。
「もう見切った」
「何を馬鹿な!」
執事は更にダガーを増やした。悪手だ。
私が見切ったのはダガーの軌道ではない。反応が間に合うからただ避けているだけで。
全方位に魔力を展開する。
ダガーはそれに触れると、全てあらぬ方向に飛んでいった。
「跳ね返した!?」
違う。だがその違いを認識させてやる暇は与えない。
私がフローティングマインを射出すると執事が身構える。だけれど、こっちは注意を逸らすための囮だ。
飛んでいったダガーが二本、戻って来る。
だが、私にではなく、執事目掛けてだ。
驚愕の表情を浮かべた執事が避けようとするが、間に合わなかった。一本は執事の右手首に突き刺さり、もう一本は左肩を浅く薙いでいった。
「何ッ!?」
私が見切ったのは術式の方だ。要するに、魔法のハッキングである。
ダガーやマインと言った射出した魔力弾のコントロールを握って操る系統の魔法は、術式そのものに操作の仕方が記述してある。
術者によって記述はまちまちなので普通は外部から魔法のコントロールを奪うなんてことは出来ない。しかし私の場合は『マニュアル操作』が得意なので話が別だ。何度も避けるうちに記述の癖……制御の仕方が見えた。後は魔力の波長を合わせてハッキングを仕掛けてやるだけだ。
当てようとするためにダガーの数を増やしたのも良くない。あれで制御が甘くなった。
執事は詠唱も無しに魔法を行使した。手首の所に魔力が循環したのは刻印魔術という形式の物だからだ。
入れ墨の形で術式を刻み、そこに魔力を通す事で詠唱を行わずに魔法を行使する、と言うものだ。
基本的に一人一種しか使えないと言うか……他の魔法の行使そのものを諦める事になる。手に魔力を集中させる行為が既に詠唱に相当する為に、別の魔法に干渉してしまうからだ。
あくまでマジックユーザーではなく暗殺者と言う事なんだろう。
「おっ、のれっ!」
だが執事は戦意喪失する所か、こちらに向かって突っ込んできた。
執事が踵を強く打ち鳴らすと、爪先から刃物が飛び出した。そのまま私の側頭部目掛けて回し蹴りを見舞ってくる。
私はボディジャックで揺れるように避けながら、身体の陰になっていた死角から瓦礫を飛ばした。
執事の方は見えない場所から飛んできたそれに対処が遅れた。膝と肩に命中。動きを止めたので、そのまま障壁で絡め取って、神殿の床に背中から落す。
執事の口から苦しそうな呼気が漏れ、その意識が途切れた。




