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裏面 捕獲作戦

 戦う事と。

 殺す事が好きだ。

 剣を交える時。命を奪い、奪おうとする殺意を向けられる時。

 研鑽も知略も、洗練された意志の刃。

 生き死にの狭間に見える本音。そこには真実と美しさがある。だから、好きだ。


 目に見えない人の心や感情。情など、信用がならない。

 笑いながら憎み、泣きながら騙す。そう言った手合いを刻み殺して、思う。

 世界というのは。人間というのは不可解なものだと。

 そうやって彼女は幼い頃を過ごした。

 好きな事を生きる糧に出来れば言う事はないと、誰だったかが彼女に言った。

 同感だ。全く正しいと思う。


 殺しを生業として金を稼ぐのはそれだけの話でしかない。

 自らの仕事の成果として得られる代価。

 解りやすい指標ではあるだろう。

 形の無い不確かなものよりは、目で見る事の出来る物。形の有る物を。

 願望、信用、技術、芸術、命。

 目に見えない物を、金は形に変える事が出来る。


 だが、それでも不足だ。まだ形にならないものがある。

 故に作る。自ら作る。

 呪法により目に見える形になった人の心の形。それはその人間の持つ業そのものだ。

 同じ技術を同じように叩き込み、同じように呪法を施したはずなのに、生い立ちや力を求めた理由で実力や技術に差異が生まれる。それを見る事にラーナは愉悦を感じる。それが金銭として換算される事を喜ばしく思う。


 だから。

 あの素材とその主の、次の出方が楽しみではあった。

 こちらのメッセージは充分伝わったと思う。

 素材の娘は次の日から街中をこれ見よがしに一人で歩いていて、湾港やら外壁やらで調べものをして回っているそうだ。

 恐らくは罠だとラーナは踏んでいる。各班の指揮官連中も罠を疑ってはいるだろう。

 こちらの部隊を一人で返り討ちに出来るという自信でもあるのか。それとも。

 本隊の掴んだ情報では王城でも兵士達の妙な出入りがあるようだし、何かを仕掛けてくるつもりだろう。


 危険だと彼女の勘は告げている。だがラーナは撤退の命令を出さない。

 第一あの娘達を殺すように命令されているのだ。不本意ながら、それには逆らえない。

 ならば精々楽しませてもらおうと。そう決めている。


 部下達からも撤退すべきだという論調は出てこないようだ。

 いや、情報は与えたのだ。

 あの素材がラーナの作品である事は知らせているし、主がグリモワールの所有者である事も知っていて当然だ。

 ここは敵地。向こうがこちらの情報をある程度持っていて、地の利を活かしてくる事ぐらいは想像を働かせるべきだ。

 だと言うのに……いや、だからこそ餌を目の前に吊り下げられて慎重になってしまっている。

 素材の娘の主が現場に現れ、貴族に冤罪を被せる策も失敗した。

 だと言うのに分断だけは出来てしまっている。それは何故だ?


 ……要するに、最初に突っかけた連中があっさり返り討ちにあって、部下達は慎重になっている。

 だというのに今回の仕事で後継者を選ぶというラーナの言葉に目が眩んで、撤退も攻撃も出来ずにいるのだ。

 体よくラーナが手がけた作品を刺客として王城に送り込んだというのに、あっさりと跳ね返された挙句、一隊が壊滅した。標的はその後もこれ見よがしに一人で行動などしている。


 罠を疑っているから、まずは入念に調査した上で相手の手の内を見たいのだろう。競争だというのに、他の隊が突っかけるのをお互い待っている状態だ。

 莫迦な連中だ。手の内が見えた時には全てが終わっているかも知れないのに。

 ラーナに助言をするつもりは、ない。後継者を選ぶという彼女の言葉に、偽りはないからだ。


 進むか退くか。決断が出来ないならば後継は疎か、連中は既に死んだも同じだ。

 死んだ後の事などどうでも良い。ギルドの存続さえもどうでも良い。


 自然、ラーナの興味はあの娘達に向かう。

 見せてくれ。どんな手で来るのか。

 その知と力の形を。心の形を。

 早く見せてくれ。そして、殺し合おう。

 恋人との逢瀬をただ待つような、甘美な時間。

 ラーナは艶然とした笑みを浮かべて、窓の外を眺める。


 ラーナの滞在する宿の一室に、ノックの音が響いたのはそんな折だ。


「入れ」


 執事の格好をした側近が部屋に入って来る。


「トーランドの兵達に動きが」


 ――来たか。

 ラーナは立ち上がる。

 仕掛けが早い。

 あの娘達は、何をする気なのか。

 何が、出来るのか。


「報告しろ」

「街の外周部から包囲網を形成して輪を狭めているようです。大きな通りを封鎖して人通りを止めた上で、別の兵達が北東部の隊が滞在している宿の制圧を開始しました」

「ほう?」

「民家には立ち入れないよう、兵達がガードを行っているようです」


 面白い。湾港の出入港記録や宿帳などから、たった数日でそこまで辿ったというのか?

 あの素材一人の仕事ではないだろう。主の方の描いた絵か。それとも王城に切れ者でもいるのか。


 一度状況が動き出してしまえば、そこから先は矢継ぎ早だった。

 外周の包囲網は段々と街の外周から中心部へと包囲網を狭めてくる。

 あちこちの宿、借家、空屋などに拠点を構えた各隊が、次々と襲撃を受けているようだ。監視員さえも戻って来なくなったので、伝令そのものが途絶えた。

 どうやったのか知らないが、分散させたこちらの隊の位置や人員を、把握しているらしい。

 それ以上に――敵兵士の展開、対応の速度が異常過ぎるとラーナは感じた。

 まるで街全体を俯瞰して敵味方の動きを掌握し、即座にその情報を全体に伝えているような――。


「地図を持ってこい」

「はっ」


 側近の持ってきた地図を机に広げる。街の見取り図を眺めながら、報告から得た敵側の人員の配置と動きを地図上に思い描く。そして、その動きを思考上でトレースする。


「くくっ――」


 ラーナがそれに気付いた時、思わず笑い声が漏れた。

 背筋にゾクゾクとしたものが走る。

 包囲には穴がある。

 あるにはあるのだが、それはそのように意図されたものだ。

 攻城戦と同じだ。完全に包囲してしまうと死兵となって、死にもの狂いで反攻を仕掛けてくるから、逃げ道を用意しておくわけだ。


 だが向かう先は結局ドン詰まり。街の近郊にある旧市街――遺跡のあるエリアに追い込むつもりなのだろう。

 だからと言って盤上から逃げる事が出来ない。動きが丸っきり捕捉されているからだ。仮に、ラーナが部隊を指揮していたとしても、これでは相当な被害を被るだろう。


「敵方がどうやって隊に攻撃を仕掛けているかが解りました」


 何と、やって来たのは今時重装歩兵らしい。通りに隙間なく盾を並べて前進してくるのだそうな。


「そんな物にやられているのか?」


 連絡が途絶するというのは、つまりそういう事だ。包囲に穴を作られているというのに、逃げる事が出来ない。

 殺されているのか捕獲されているのかは知らないが、いずれにせよ信じがたい話だった。


「いえ、それが――」

「ギルドマスターはここにいるのか!?」


 側近の報告を遮って室内に入って来たのは、暗殺者ギルドの幹部の一人だ。

 指揮官として一隊を任されているはずだと、ラーナは眉を顰めた。敗走して本隊に逃げ込んできたのだ。

 側近の得た「相手の手口」も彼らが齎したものではある。


「どうなっているッ! 何故本隊は救援に来ないんだ!? 俺の部下達は皆捕まってしまったぞ! 冗談じゃない! 逃げても逃げても包囲と追跡が途切れないなんて!」

「……後継者指名の為の競争だと伝えたはずだが? 誰一人目標を殺せなかった場合でも、後継者は選ばなければならない。当然こういう場合の対応力や判断力も評価基準になっている。本隊の居場所を自ら掴んだのは褒めてやるが……ま、私に泣きついてきたのは減点だな」

「何を――悠長な事を! 包囲が迫っているのだ! いずれここにだってやって来るぞ!」

「お前は、本隊の居場所も自分のせいで露見するとは考えなかったのか?」


 ラーナが指摘すると幹部は息を飲んだ。敵方が幹部の行動以前に本隊の位置を把握していたか、いなかったかは、この際どうでも良い事だ。この男の明らかな失点だし、いずれにせよこれでバレたと考えるべきなのだから。

 ラーナは片目だけを見開き、残酷に笑った。


「お前は失格だ」

「何を――」


 ラーナの殺意を受けて身構える男に、彼女は軽く右手を振るう。

 一瞬間を置いて、男の首から上が斜めにズレて、床に落ちた。

 肩を竦めて、側近に向かって笑う。


「はっ。良い気分に水を差されたのでつい()ってしまったよ。囮ぐらいにはなったかも知れないのにな。動きが把握されていると言うなら……少なくともこいつがこの宿に逃げ込んだのもバレていると考えるべきだな。脱出しなければいけない、か」

「包囲を破るのですか?」

「いいや? 私は元々戦うつもりでここに来た。どうせならば、最後までこの愉快な演目を見せてもらいたい。こんなに面白いのは久しぶりだからな。殺し合うのは存分に堪能させて貰ってからだ。ラーナ・バニッシェルは、これが最後なのだから。もっと遊ばせてくれ」


 そう。最後。

 レリオスという男はあの娘達を殺させる為だけにラーナを連れて来た。その後の事は不明だが処遇について期待するべきではないと思っている。

 故に。勝っても負けても、暗殺者ギルド長としての彼女はこれで店じまいだ。

 だから、後継者に足る者を選んでおくというのは……まあ、彼女からしてみれば、ついででしか無い。


「ま、これは、ギルドの任務ではなく私の道楽だ。お前達の包囲突破と脱出は許可する」

「いいえ。私達は最後までお供致します」


 そう言って側近は本職の執事のように腰に手を当てて頭を下げてみせた。


「よかろう。ならば精々、私の役に立ってから死ね」


 そんなラーナの言葉にも、側近は笑みを浮かべたまま。

 ラーナも彼らに何を思う事もない。

 ラーナの為に、笑って死ねる。そうなるよう教育を施したのは他ならぬ彼女自身だからだ。




 ラーナが本隊の人員をまとめて宿を飛び出すと、通りの向こうから盾を並べて壁を作った兵士達が歩いてくるという場面だった。

 確かに、兵卒とは装備の相性が悪いだろう。斬撃主体で包囲を突破するのは骨が折れそうだが、こうも一方的に負けるというのはどういう事か。側近は知っているのかも知れないが、今聞くのも無粋だろう。


 相手の出方を見る為に、幹部と共に逃げ延びてきた兵卒を一人突っ込ませてみる。

 あっさりと返り討ちにあった。兵士達が集団で丸いものを投げつけて来たかと思うと「弾けろ」というコマンドワードと共に、球体が内側から破裂する。

 粘着性の網が兵卒の視界いっぱいに広がって降ってきたのだ。回避も迎撃も不可能だった。兵卒はそれに絡め取られて身動きを封じられ、あっという間に兵士達に取り押さえられてしまった。


 なるほどと、ラーナは目を見開いて笑っていた。

 スパイダーネットと呼ばれる魔法に酷似している。実際同じような効果の魔道具なのだろうが、あんな魔道具を見るのは彼女も初めてだ。

 話に聞く、グリモワールの力によるものだろうか?


 原理は解る。魔石に術式を刻み、スパイダーネットを再現する。それから所持する者から魔力を吸い取り、コマンドワードと共に炸裂するように組み上げた、という所だろう。

 複数の術式を魔石に無駄なく組み込む技術力、知識、発想。注ぎ込まれているそれらが異常で異質な事を除けば、原理そのものは想像が付く。

 盾で作った壁といい、明らかにこちらの戦力に対する備えだ。そんな物を誂えたように用意出来るというのが、まず想定外ではあるだろう。


 加えて言うのなら、一般兵が使えるというのが非常に厄介である。あれでは速度も技も役に立たない。部下達があっさりやられるわけだと、ラーナは苦笑いを浮かべた。

 高所を行かせれば囲みは破れるかと試させてみたら、どこからともなく風魔法による暴風が飛んできて兵卒が地面に落とされた。そこに兵士達からの粘着網が飛んできて、あっさり捕獲されてしまう。


 上空をストームファルコンが旋回していた。召喚モンスターなのだろうが。非常に性質が悪い。陸上では太刀打ち出来ないだろう。

 が、どちらにせよ今の時点でまともに交戦する気はラーナにはない。見るべきものは見せてもらったのだ。

 包囲に穴を開けてわざと逃がして追い込むというのならば、さっさと遺跡まで後退して待つことに決める。


 先ほど幹部が言っていた。逃げても逃げても追跡を振り切れない、と。その辺の事がどうなっているのか、絡繰りを想像しながら邂逅を待つというのは、中々に魅力的な時間に思えた。


 ふと視線を後方に巡らすと、黒馬に跨る可憐な美少女が見えた。

 コーデリア姫だ。では上空のストームファルコンも彼女の物だろう。

 輝くような美少女だった。素材に出来ればさぞかしいい作品に仕上がりそうだと思う。コーデリアを見つめていると、向こうもラーナに気付いた。視線がぶつかる。


 互いの姿を認める。ラーナは笑みを浮かべ、コーデリアは随分と驚いたような表情をしていた。

 一体、あの姫は何に、驚いたというのか。

 正直な所、ラーナは素材の娘との再会は楽しみにしていたが、その主にはそれ程の興味が無かったのだ。

 だが、ここに来てラーナは愉快で堪らなかった。

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