60 問わず語りの尋問
連中の武器を取り上げて、念入りに縛り上げる。
もう一度、魔力探知で周囲の状況を探るが……隠れている敵は、いないな。
だが、こいつらの狙いは……。
「コーデリア殿下。これは一体……?」
「王城で暗殺未遂事件があったのです。私の召喚モンスターが臭いを追ってここへ。私は遠見の水晶球でこちらの様子を見て、急行しました」
私がそう言うと、ウィラードは目を丸くした。
あ。警戒中で感知能力を全開にしてるから、ウィラードの内心まで解ってしまう。サスペクトが失礼って言われるのも解る。
その気も無いのに見てしまうと罪悪感があるな。
感情に連動する体内魔力の揺らぎの反応は……まあ見たままだ。
つまり、戸惑いから、驚き。その娘達は徹頭徹尾恐怖だけ。
ウィラードが犯人であるならこの反応はおかしい。解っていたことだけれどね。
彼は大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせたようだ。
「……危ない所を助けていただいたお礼を言わせてください。それとも私が犯人だと疑っておいででしょうか?」
「いいえ。ウィラード卿は犯人ではないのではないかと、そう思っております」
「何故そう思われるのです?」
「確信したのは……クレア様やイリア様とお話をなさっていた時の、ウィラード卿の表情ですかね?」
私が言うと、ウィラードは何故か呆れたような、疲れたような表情になった。
「殿下も陛下と同じ……ですか。そのような理由で自らおいでになるとは」
「同じとは?」
「いいえ、こちらの話です。助けていただいた事は感謝致します。しかし王族ともあろうお方がこのような場所に、自ら足を運んではなりません」
などと言うウィラードの不機嫌な表情と、感情は一致していないように見える。
向こうが感情を抑えようとしているので魔力の揺らぎにはあまり出ていないけれど。
さて。ウィラードの事はこれでいいとして。
整理しなければいけない事が出て来た。
私は最初、コーデリア暗殺未遂をやらかした真犯人がウィラードを冤罪に被せようとしているように思った。
例えば、屋敷の敷地内から怪我をした刺客が見つかるだとか、そういう状況を想定したのだ。だけれど、サスペクトを使われたら依頼人がウィラードでない事がバレてしまう。
だから刺客とウィラードが繋がっている証拠を残した上で、ウィラード家の家人を殺める。そういう筋書きだと思った。
だけれど。待ち伏せていたのはこれだけの数の暗殺者。
しかもギルド直属。クローベルの過去に関係がある連中となると……こちらもちょっと考え方を変えなければならない。
ま、変えると言うか、知っている人がいるんだから、答え合わせをさせてもらうだけなんだけどね。
「ねえ、指揮官さん。ちょっと聞きたいんだけど」
指揮官は虚勢を張っているのか、痛みに耐えながらも笑みを浮かべていた。
「なにがおかしいの?」
「これで勝ったつもりなんだろうが……俺から情報を引き出そうとしたって無駄って事だよ。そっちの女に聞いてみりゃいい。直弟子だとか聞いたから、知ってるんじゃねえか?」
指揮官の言葉に、クローベルは不愉快そうに眉を顰めた。
「指揮官には情報漏洩防止用の呪法が掛けられている……とは聞いた事があります。これを破ると死ぬ、とか」
ああ。要するにクローベルにこれを言わせる事で、自分の身の安全の保証を得ようとしたわけか。この呪法の話にしたって、情報漏洩に抵触するだろうからな。
ギルドがこんなの指揮官として寄越した理由だって、情報が漏れないからと高を括っているという事なんだろうけれど。
でもそういう事なら好都合だな。何せこちらには一切会話せずに情報を引き出す手段がある。こういう手合いなら扱いやすそうだ。
保身を図ろうとするなら丁度良い。組織の義理立ての為に自殺を図るような性格であれば、クローベルに言わせるなんて姑息な手、最初から使わないだろうし。
私は勝手に質問するだけだ。
誤魔化したいなら耳を塞いで別の事を考えてなきゃいけないわけで。当然こちらの手の内を知らなきゃ対応も出来まい。精々ピエロになってもらう。
「あなた達の目的って、クローベルを誘き出す方が優先だったんじゃない?」
「だから……俺が答えると思ってんのか?」
おっと。魔力の反応が乱れたぞ。早速ビンゴだろうか?
それならこれだけの頭数も用意した理由に納得が行く。ところが逆に多勢に無勢になってしまったので、勝算が怪しくなったから自分達は出てこないで逃げようとしていたわけだ。
誘き出せないならウィラードに冤罪を被せる。少人数で来た場合は、クローベルに攻撃を仕掛ける、と。
でも目的が解らないな。情報の漏洩を気にしてと言うのなら、アクションとしては些か遅すぎる。
抜け忍は何が何でも殺すとか……そういうノリでも無い気がするんだけどな。
いずれにしても、私に暗殺者を差し向けた場合のクローベルの出方が解っていたという事だろう。暗殺者は暗殺者を知るのか。それともクローベル個人を知っているからか。
シルヴィアやアッシュのように臭いで追跡出来る仲間がいる事も知っていたという事になるのだろうが……私がグリモワールを持っているのは知られている事なので、そこは不思議という程でもないかな。
ま、解る事から順々に質問して行こう。
「王城の関係者に手引きをさせて、あの子を侍女として送り込んだ。でも手引をした人間が依頼主というわけではないでしょう? 指示を飛ばしているのは――ギルド長って人かな?」
「……」
ふむ。黙秘をする事にしたようだ。不貞腐れたような顔してるけれど、魔力反応にはしっかり動揺が出ているな。オシログラフなんてこっちの世界にはないからね。気を付けるべきポイントが解らないんじゃ、ポーカーフェイスを決め込んだって意味がない。
因みに依頼主イコール手引した人間ではないと私が考えた理由だが、王城関係者が黒幕なら、クローベルを標的にする理由が無いからだ。
同時に、私とウィラードも狙われたわけだが。クローベル一人を狙う為に随分リスクを釣り上げたものだ。
いくつか質問をしながら反応が見えた時だけ私も納得するような仕草を見せてやる。
「もしかしてギルド長自身も来てたりする? ふうん」
「――っ」
私が質問だけして、クリティカルな時にだけ勝手に納得しているものだから、流石におかしいと思い始めたらしい。だからと言って、内心の動揺を止める事も出来ないようだけれど。
「んー。要するに、私達はどっちも標的ってことかな? 私を殺して、クローベルを誘き出す。失敗しても分断は狙えるし。ついでに私かウィラード卿を失脚させると利益がある人間に話を持ちかけて手引をさせたとか? でも、まさか王族暗殺の片棒を担ぐほど、大それた事を考える人なんて、いないよね?」
「だからお前……さっきから何勝手な事を言ってやがるんだ?」
お。内心は段々パニックになって来たかな。表面上平静を装っているのが面白い。
王族を暗殺するつもりで手伝ったわけじゃないと言う部分は良いね。コーデリアを安心させてあげられる話だ。
逆に言うなら手引きがなければ王城には入れないって事だし、私としても安心出来る材料だな。
はいはい。それじゃあ次はアジトの場所を吐くお時間です。キリキリ行こう。今からセンテメロスの各エリアを端から順に言って行くから。覚悟するように。
――残念ながらそこまで上手くは行かなかった。
指揮官はギルド長がいるアジトの場所を教えられていないらしい。任務達成の後でギルド長本隊からの接触が行われるという手筈だったようだ。
多分、尾行されて拠点がバレる事を防ぐ為だろう。
ただそれなりに収穫はあった。
彼らとは別の部隊も街の中に配置されているらしい。
彼らは各々の判断で私を殺しクローベルに関しては……可能であるのなら捕獲を命じられているそうだ。
何故各々の隊による判断任せなのかはよく解らないが……どうも競争みたいな事をしているようだ。なんだかな。勝手に人を景品みたいにしないで欲しいものだが。
しかし敵が誰なのかははっきりとした。暗殺者ギルドの長ラーナ、か。
クローベルを拾って技術を教え、最後に騙して呪法を使わせた奴、だったよな。
目的はクローベルなのだろうが、彼女をどうするつもりかはラーナしか解らないので不明だ。クローベルの今の実力を測った上で、ギルドに呼び戻したい……とか?
狙われた当人であるクローベルはと言えば……敵を退けたと言うのに浮かない顔をしていた。
「クローベル、大丈夫?」
「マスター……」
……口に出さなくても解る。申し訳無いと顔に書いてある。
「いや。責めたりしてるんじゃないよ。クローベルは何も悪い事はしてないし」
「けれど私の事情でマスターを危険に――」
「それは違うかな」
彼女の言葉を遮る。
「コーデリアではなく、平坂黒衛として言うよ? 迷惑だなんて思ってない。クローベルが困っているなら、それは俺にとっても解決するべき事柄なんだ」
だってクローベルは俺の大切な人だから。
俺の心を彼女の心に置いてくれると言ったように。彼女の心を俺の心にも置きたいと望む。
「……ありがとう、黒衛」
クローベルは少しだけ泣き出しそうな顔で笑って、俺の名を呼んだ。
あの日。名前の書き方を教えて欲しいって言ってくれて。漢字まで覚えてくれたんだ。
連中は、結構勘違いをしている。
私とクローベルの関係を全く解っていないって事だ。クローベルの立場、心理、性格を読んで仕掛ける策に、平坂黒衛というファクターはどこにもない。ま、仮にここにいるのがコーデリアだったとしても、分断が上手く行くとも思えないのだけれど。あの子だって、私以上に優しい子だから。
さて。そろそろ兵士達が駆けつけてくる頃だろうか。
何か手立てを考えなければならない。なるべく早くラーナ達を見つけ出す方法を考えなければ。
 




