6 鶏に牛刀、ゴブリンに破城槌
白い光の矢が、妙に澄んだ音を立てながら飛んでいってゴブリンの頭部を打ち抜く。隣にいたゴブリンが異常に気付いてそちらを見ようとしたが、それは叶わない。黒い影が疾風のように駆け抜けたかと思うと、頚動脈から血を噴き出して崩れ落ちた。
出入り口にいたゴブリン達は、僅かな時間差でその身を光に変え、断章化した。
と、こんな調子でクローベルとマーチェが、遭遇しそうになったゴブリン達を全て初撃で葬り去っている。
食料強奪の後は特に山場もなく、淡々と洞窟を進んで時折ゴブリンを倒し、という事を繰り返し、ようやく脱出する事が出来た。
外は夜だった。月が煌々と辺りを照らしていて、木もまばらなのでそれなりに見通しが利く。ジメジメした洞窟内部とは全く空気が違う。俺は安堵から大きく息を吐いた。
「うっ、うあ、うあああ……」
今まで無表情だったソフィーが外に出た瞬間ポロポロと泣き出した。外に出られた事で気が抜けたのか。
クローベルに視線を向けると小さく頷いて、ソフィーの肩を抱き、頭を撫でながら何事か囁いていた。
俺? 俺はトラウマ受けた小さな女の子なんてどうやって慰めたらいいか解らんよ。
ソフィーの気持ちが理解出来るクローベルの方が適任だろう。同性だし、クローベルは故郷を焼かれてるからな……。
しかし、同性、か。俺も今は身体が女なんだよな……。
はぁ。こうやって脱出出来たのは良いが、これからどうするべきか。
日本に戻る手段を探すか? 帰る以前に、こんなナリじゃ帰っても居場所なんかない気がするんだが……。
どちらも並行して方法を探すしかないな。
見た目だけなら変身の魔法習得でどうにかなる……かも知れない。
大目標はそれでいいとして、もっと差し迫った問題がある。
「……とりあえず移動しよう。外には出られたが、内部を荒らされた事に気付いたゴブリンが、外に溢れ出してこないとは限ら……」
「マスター! ゴブリンが来ます!」
俺が言いかけた所で、クローベルが顔を上げて注意を促してきた。耳を澄ますと洞窟の奥からギャアギャアというゴブリンの声が聞こえてくる。段々と大きくなる音は、連中が近付いて来ている事を示していた。
俺か!? 俺がフラグ立てたからか!?
走って逃げるか?
いや、ゴブリンは夜目が利く。非力だが身が軽い分、意外にすばしっこいのだ。
ソフィーと俺は逃げ切れないだろうし、広い場所で囲まれたらクローベルとマーチェだけではカバー仕切れない。
「断章解放、ホブゴブリン『ユーグレ』!」
スニーキングミッションであった為に出番の無かったユーグレを解放状態にする。
「ここで迎え撃つ! リュイスは離れた場所で隠れてソフィーの護衛! ユーグレは前衛! マーチェは固まっている所に魔法! クローベルは遊撃!」
洞窟入り口なら数を頼みには出来ないからな。俺は後衛に陣取ってヒールの準備だ。範囲呪文で殲滅というのも考えたが、新しい魔法を取得出来るほどSEは溜まっていない。護身用にゴブリンのナイフを構え、洞窟の奥を見据えながら息を整える。
暗がりの奥に、緑の小人の姿が見えた。顔に見えるのは憤怒の形相、か。人間の奴隷と多数の仲間が行方不明。あちこちに血痕。食料も奪われている、と。やりたい放題やられたわけだしな。
先頭集団のゴブリン達はユーグレとマーチェには全くの無警戒だ。俺のみを目標と定めている様子だった。
だからそれを最大限利用させてもおう。
戦いの口火はマーチェの魔法が切った。ユーグレの脇から放たれた魔法の矢が数匹の胸をまとめて貫通して行く。
浮き足立った先頭集団に、ユーグレが掴み掛かる。ゴブリンの首を鷲掴みにすると力任せに他の連中へ投げつけた。
それでも数が多いので出てきたゴブリン全ては殺しきれない。左右に散るように動いて脇を抜けた連中がいたが、その途端にユーグレの背に隠れていたクローベルが飛び出し、まず片方の頚動脈を切り裂く。流れるようにゴブリンの持っていた手斧を奪い投擲する。風を切って飛んでいった手斧が、離れた場所にいたゴブリンの頭蓋に埋まる。
首を切られたゴブリンと、斧を打ち込まれたゴブリンが崩れ落ちるのは殆ど同時だった。一人の人間がやった所業とは思えない、その速度。
その人間離れした挙動を見て足を止めた連中へと、マーチェの魔法が飛ぶ。余所見をしていたから避ける事も出来ず、数匹まとめて脱力したようにくず折れた。
あちこちで断章化の光が煌き、何匹かの死体はそのまま残った。断章化していないただの死体は、俺が直に触れて所有権を認めない限り、カードにする事は出来ない。
だがやはり、人手が足りない。洞窟の入り口はそう大きくはないが、ゴブリンそのものが小柄なのだ。いずれ取りこぼしが出てしまう可能性は高い。
そうだな……こんなのはどうよ?
「断章解放!」
手元に出現させたカードを投げつけながら俺は解放の命令を下した。
空中で解放状態に戻ったゴブリンの死体が、ゴブリンの集団にぶち当たる。
「うわっ……」
相手の動きを阻害できたら良いな、程度の思い付きだったのだが、これは予想外に強烈だった。
カードを投げた勢いがそのまま、解放された物体に反映されたからだ。骨の折れる音まで響かせ、ゴブリンがよく解らない形の団子状態で将棋倒しになった。
……これはいい。これは使える。
俺は手近にあった大きな倒木に触れて断章化した。
「マスター! それは私が!」
「おうっ」
俺の意図を察したらしいクローベルにカードを手渡す。
俺とは比べ物にならない正確さと速度でクローベルがカードを投擲した。
後は彼女がカードから手を離したのを見てから断章を解放するだけだ。砲弾のように飛び出した倒木が、ゴブリンの集団に直撃した。
結果はもう、酸鼻を極めた。阿鼻叫喚の地獄だ。
木と骨が砕ける音や水気の物が潰れる音と共に響き渡るゴブリンの絶叫。広がる血臭、飛び散るナニカ。うわああぁぁぁ……。
好機と見たのか、そこに咆哮を上げながら踊りかかるユーグレ。生きているゴブリンの足を掴んで鈍器代わりに振り回し、叩きつけては千切り、叩きつけては千切り……。
余りの惨状にゴブリン達は洞窟の奥へと逃げようとするのだが……出て来ようとしていた奴らもいるものだからもう大混乱だ。
押し合い圧し合い、転んで踏まれて絶命する者、自分だけは助かろうと仲間を斬り付けてでも逃げようとする者。そんな混乱の極みに向かって、マーチェが魔法の矢を立て続けにぶっ放す。集団から外れたゴブリンは音も無く接近したクローベルに首を刈られ、あちらこちらで赤い花を咲かすかのように鮮血を噴き上げ――
いや、ちょ……待て待て待てーっ!?
俺が呆けてしまったのはほんの僅かな時間だったが、その間にもゴブリンの死体が山と積まれていく。明らかなオーバーキルだ。
跪いて手を組み、命乞いのポーズを見せるゴブリン。腰を抜かして失禁しているゴブリン。泡を吹いて白目を剥いているゴブリン。最早戦いの体を成していない。向こうは完全に戦意を喪失している。
「撃ち方止め! 止めーっ! リュイス! ソフィーには絶対見せるなよ! 撤収! 撤収だーっ!」
どこかに隠れているリュイスに、ソフィーの目を隠すよう指示。俺達は自分達の手で作り出したこの世の地獄から逃げるように、洞窟の入り口を後にしたのであった。