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58 暗殺者の影

「コーデリア殿下、何やら物音がしていましたが、何か御座いまし――」


 私が思案に暮れていると、年配のメイド長が顔を出して、室内の状態を見て、笑顔のままで硬直する。

 数瞬の間を置いて、再起動したかと思うと悲鳴を上げながら部屋を飛び出していった。


「たたたっ、大変ですっ!? 誰かっ! 誰かーっ!」


 あーあ……大事だよ。まあ、フェリクス達には説明しなきゃならなかったんだけど。

 クローベルはそんな事には頓着していない様子で、冷静にベッドの現状を確認していた。


「まだ……血が乾いていません。そう遠くへは逃げていないでしょう。シルヴィアと一緒に後を追っても?」


 そう、冷たい声で言う。

 ……これ、相当怒ってるな。というか速攻で犯人捕まえる気か。初動捜査が大事とは言うけれど。


「私も行きますッ!」


 そして当然人形を傷付けられたメリッサも怒っているのだが、実は私も結構怒ってるんだよね。

 自分の命が狙われた事もそうだが……あの子の帰る場所だぞ。ここは。

 誰だか知らないが……血で汚すような真似をした奴は許さない。

 不幸中の幸いとしては、無警戒な所を狙ったはずなのに、あっさり跳ね返されたって事だ。同じような手立ては取りにくくなるだろう。


「……解った。水晶球を持って行って。何もなくても定期的に連絡を。頭に来るのは解るけど、冷静にね。私はちょっと説明しないとならなさそうだ」


 ただ、仮にも王城に忍び込めるほどの相手だ。

 人形と解った上でやったと言う陽動の可能性もある。並行して王城の、特に王族の警備体制を厚くしてもらわなければならない。

 それとも分断が目的か? この編成ならそうそう後れを取る事も無いと思うけど……。


「断章解放。オールドウルフ『シルヴィア』」


 街中ではシルヴィアの姿だと大騒ぎになるだろう。普通の大型犬に偽装させておく事にしよう。

 凶器と犯人の血の臭いを覚えたシルヴィアを先頭に、彼女達はテラスから中庭に降り、そのまま突っ切っていった。その先は――殆ど垂直に切り立った崖だ。高さにして五〇メートルはある。


 メリッサは箒で降りられるとしても、他の二人は迂回するなりなんなりするのかと思っていたら、普通に崖下へと身を躍らせて行った。

 魔力反応が右に左に動いていったから……ちょっとした足場から足場へと、飛び移りながら降下してるのか。

 こらこらこら。人間離れした事やり過ぎると悪目立ちするよ? 練兵場でやらかした私が言えた義理でもないけれど。


 しかし、確かに崖側は警戒が薄いし、堀や外壁に相当するものがないが、あそこから逃げたっていうのか? 怪我をしているっていうのに?

 複数犯か、或いは魔法が使えるのかも知れないな。


 ……犯人の追跡はクローベル達に任せよう。

 私の方は私の方で、みんなにどうやって話をするか纏めておかないといけない。お忍びでお城を抜け出していた事とか、オートマトンの替え玉とか、今後の為にも色々秘密しておきたい部分はあるし。




 国王フェリクス、王妃シャーロット、ニコラス王子。それから側室のアルマ。

 結論から言うと、全員無事だった。

 命が狙われた事を伝え、部屋の惨状を見せると彼らの表情が険しくなった。使用人や近衛騎士、兵士達が集まってきてどよめいている。


「お前に怪我はないのだな?」

「はい。この血液は全て犯人の物と思われます。今、クローベル達が犯人を追っている所ですが、陽動の可能性も考えられるので城内の警備を厚くして頂きたく。それからここ数日中に登城なさった方の、リストの作成ですかね?」

「それならば、先程指示を出しておいた」


 さすが。話が早くて助かる。

 逃走経路は崖でも良いとして。侵入方法も崖側というのはちょっと考えにくいからね。

 崖は街の方から見ると割と丸見えで身を隠す事も出来ないので、登っていたら目立つのだ。地道に昇るにしても魔法を使うにしても、見つかってしまったらそこでお終いである。逃走経路にする事は出来ても、侵入方法とするにはリスクが高すぎる。


 つまり……王城内に手引きした者がいる可能性が高いと私は見ている。実行犯の身柄を確保するのは当然として、暗殺者を手引きした者は……私が個人面談すれば、多分解るだろうけれど。

 みんながああでもないこうでもないと善後策を話し合っていたら通信が入った。クローベルからだ。


「マスター」

「どうなったの?」

「今、西区の建物の前にいます。臭いは裏口から中へ」


 立体映像の情報を弄って表示範囲を拡大すると、大きなお屋敷が映し出された。

 これは貴族の屋敷かな? かなり立派な邸宅だが。


「中々面白い魔道具だ。これはウィラード卿の屋敷か?」


 と、フェリクス。

 ……ウィラードが依頼主? 私は首を傾げた。


「突入してもよろしいでしょうか?」

「……余が許可しよう。ウィラード卿の身の安全が保証されていないからな。至急ウィラード卿の屋敷へ兵を回せ」


 フェリクスの言葉を受けて、兵士が走って行った。

 ……なるほど。偶々凶悪犯が逃げ込んだかも知れないから緊急の措置を取ったと言う事にするわけか。

 これならウィラードが白でも黒でも……犯人がいなかった場合でも。どう転んでも大丈夫という論理展開だ。


 でも何だろうな。何か引っかかる。

 ……このまま突入して、暗殺者が敷地内から出てくるというのは、ちょっと筋書きが単純すぎやしないだろうか?


 暗殺者が私に差し向けられたとなれば……確かに容疑者の候補としてウィラードの名前も挙がるだろう。

 私の帰還に彼が疑念を差し挟んだというのは皆の知るところだ。

 その事を批判している者だって、事実としている。

 私が本物かどうか怪しいからと印象付ける事で、発言力を削ろうとしたのだとか。その他色々。


 ウィラードが潔白だったとしても、魔法使いに良い印象を持っていないのなら、グリモワールなんて厄介事の種ぐらいにしか思っていない……かも知れない。


 けれどそれと暗殺者を差し向ける事とは、次元が違う。

 刺客は……確かに失敗はした。けれど後宮まで忍び込んで、怪我をしているはずなのに、あんな崖から逃げおおせたのだ。

 そんな凄腕が、依頼主の所に直接逃げ込むような事をするだろうか?


 ウィラード卿は本音を見せない人。

 表の性格をそのままと見るなら保身をしない誠実な人で。裏を疑うなら慎重に立ち回って尻尾を掴ませない人となる。どちらにしたって……そんな安直な事をするタイプじゃない。


 ではウィラードが犯人では無かったとして。

 何故暗殺者は彼の屋敷に逃げ込んだ?

 最初から暗殺を決行した後、結果を問わずにそうすると、決めてあったとしたら?

 その事に意味があるとしたら、どんな状況、どんな理由だ?

 ウィラード卿を犯人だと思わせる為に――サスペクトを使いたくても使えなく(・・・・)する為には、何をすればいい?

 では――仮にも元騎士団長であったウィラードを、怪我をした刺客だけで殺せるのか?


「――っ! クローベル! 私もすぐそっちへ行くから!」

「……コーデリア? 何を言っておるのだ?」


 フェリクスの声が背中に掛けられたが、あまり耳に入って来なかった。

 テラスに飛び出し、断章を解放する。


「断章解放、ワイバーン『ルーデル』」


 レア ランク38 ワイバーン

『鷹に狙われる兎の気持ちって奴が解ったぜ! 俺はもう金輪際兎を食わねえぞ! ――冒険者モロー』


 渓谷でワイバーンから逃げ回る冒険者モローさんの絵。

 名前の由来は例によってエースパイロットからだ。

 私は迷わずルーデルの背に飛び乗った。


「断章解放、シービショップ『エリール』!」


 召喚したエリールには水晶球を渡して、コーデリアの家族を守るように命じた。


「待って! コーデリア! 危ないわ!?」

「自分の目で確かめておきたいのです!」

「コーデリア!」


 ルーデルが羽ばたいて私を乗せたまま大空へと舞い上がると、二人の声も聞こえなくなった。

 携帯電話から送られてくる立体映像は、まだクローベルとメリッサが屋敷の外で待機している状態だ。

 西区と言っていたな。ああ。ここからでも見える。あの屋敷だ。

 ワイバーンの速度ならすぐだ。


「クローベル。通信を維持したまま敷地内に入って。敵の狙いは多分、ウィラード卿。彼と彼の家族の身の安全を最優先で」

「解りました」


 クローベル達は裏手の塀を軽々乗り越えて敷地内に侵入する。

 シルヴィアが臭いを辿ると、それは屋敷の裏手から中庭の方へと続いているらしい。

 私は携帯電話の映像情報の表示範囲を弄って、周囲の状況を把握する。

 生け垣のある立派な庭だ。そこに東屋があった。


 東屋にはウィラードとその娘達、クレアとイリアの姿。

 んー。確か……この子達を側室に送り込もうとしてたんだっけ?

 昔は姉のクレアさんを推薦し、今は妹のイリアさんをフェリクスの側室にしたいと言っているらしい。

 姉のクレアさんは今は既婚者らしいけれど……。フェリクスの側室にと自分から申し出るだけあって、確かに器量の良いお嬢さん達だが……。

 三人は東屋で談笑している。何の話をしているのか知らないが……その様子はとても朗らかで楽しそうに見えた。


 この人、家族の前だと全然様子が違うな。コーデリアの記憶と合わせて、無防備なところ、初めて見たぞ。

 ……何ていうか。子煩悩な父親と言う感じで……幸せそうな風景だ。暗殺者を差し向けた人間が娘に向ける笑顔ではないように思う。


 ウィラードの屋敷の中庭は……あちこちの植え込みや茂みなど、どこにでも人が隠れられそうに思える。

 彼は逃げて来た暗殺者を中庭に潜ませたまま、可愛がっている娘達とあんな表情で談笑する人物だろうか。

 

 ない。


 少なくとも、ウィラードは今、暗殺者が自分の屋敷にいる事を知らない。

 そう判断する。


 この嫌な予感がてんで的外れでもいいのだ。本当にウィラードが依頼主で、ただ実行犯が迂闊なだけだったとしたら。

 それで一件落着。簡単な話だ。

 でもこの目で見なければ、ウィラードの感情の揺らぎも見る事も出来ない。


 クローベル達は建物の影から飛び出し、突入する。彼女が生け垣に向かって真っ直ぐに突っ込むと、向こうからも人影が飛び出してクローベルのダマスカスソードを受け止めた。

 それは――年若い娘だった。侍女の姿をしている。肩口を粗末な布で縛っていて血が滲んでいるが……その傷、痛くないのだろうか?

 女は全くの無表情だ。


「クローベル! こっちも今着いた!」

「解りましたマスター!」


 現場上空に到着、ワイバーンに急降下させる。

 魔力をソナーのように東屋を中心に放って探知を行う。


 ――いるっ。東屋の近くの茂み!

 シルヴィアとメリッサもこっちに向かって駆けてきているが、間に合わないっ!


 ワイバーンに急降下させるのと同時に、魔力障壁を展開。分断するように放射する。

 次の瞬間、黒い影が飛び出してウィラードの娘達に躍り掛かった。


 ブラックメタル製のダガーだけは障壁にめり込むが、それを見越して分厚く展開したのだ。刺客の体までは入っていけない。初撃が失敗すると刺客はバク転しながら飛び退った。

 感情に連動する魔力の揺らぎも、ない。それはクローベルと交戦している女も同様だ。


「何だこれは! ワイバーンだとっ!?」


 ウィラードはそちらの方には気付きもしない。突如降って来た飛竜に、丸腰ながらも娘達を庇おうとしている。

 ――ああ。そうこなくっちゃね。そういう人であってくれなくっちゃ、飛んできた甲斐がない。


 任せといて。絶対守るからさ。

明日からまた19時更新に戻ります。

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