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55 謁見の間にて

 通路の左右に立ち並ぶ、細かな内装が施された白い柱。柱と柱の間には大きな窓。たっぷりと光が差し込んでくる。

 天井には一面絵画が描かれており、シャンデリアが吊るされている。知ってる。この通路の内装も。


 この通路から繋がる謁見の間までは豪華で壮麗だけど……王族のプライベートエリアである居間や寝室に行くと割と控えめなものになっているんだ。この辺りは体面や体裁があるからなんだけれど……本当はあの人達、あまり凝った内装は好きじゃないんだよね。

 私も中身は小市民なんでそういう方が助かる。


 玉座のある謁見の間の前の、控えの間までたどり着いた。

 ゆっくりと扉が開かれていく。

 その人たちを目にした途端、息が止まりそうになった。


 玉座の二人もそれは一緒で……あの二人。フェリクスとシャーロットが息を飲むのが解った。

 私は共鳴で受ける影響を抑える。いや、これはコーデリアの方も堪えてるな。

 私はベリウス老と共に、ゆっくりと謁見の間に進んだ。

 国王フェリクス。王妃シャーロット。そして居並ぶ貴族達。

 私は作法に従い、ドレスの裾を摘まんで頭を下げる。


「コーデリア・クレン・トーランド・ベルツェリア。ただいま戻りまして御座います」

「……面をあげよ」


 フェリクスの言葉に、私は顔を上げる。視線が、合った。


「信じられん……昔のままとは……」


 フェリクスは額に手を当てて、どこか困ったような笑みを浮かべていた。

 傍らのシャーロットは口元に両手を当てて目に涙を溜めている。

 トーランド国王フェリクス。茶色と金色の中間ぐらいの髪の色。ややウェーブがかった髪を後ろに撫でつけている。少し白髪が増えた……かな。年齢的にはもう四一になるはずだし。

 美丈夫だが髭を蓄えている。眉間に深い皴があって、やや厳しそうな印象を受けるが、あれは王様として色々悩んでいる内についてしまった物だと言う事を、私もコーデリアも知っていた。


 フェリクスの隣にいるシャーロットは大人版コーデリア、という感じ。コーデリアの髪や瞳の色はシャーロット譲りだ。金色の髪と、菫色の瞳。容姿も結構似ているが、コーデリアより大人びているのは当然だろう。

 ベルツェリア家の至宝、センテメロスの真珠と称えられた絶世の美姫である。フェリクスより五つ年下で……フェリクスは彼女にベタ惚れなんだ。仲睦まじいおしどり夫婦という奴だな。

 ただ、二人の間には中々子供が出来なくてね。コーデリアが生まれるまでは色々苦労したんじゃないだろうか?


「コーデリア。もっと近くでよく顔を見せてくれ」


 フェリクスが笑みを浮かべて立ち上がった。その時だ。 


「お待ちください陛下」


 そう言ったのはトーランドの貴族だった。

 名前は……ウィラード・カニンガム卿。歳の頃四〇代後半ぐらい。

 騎士団上がりなのが関係あるのかは知らないが、魔法使い全般に良い印象を持っていない人だ。


「確かに……コーデリア殿下と『同じ姿』をしておりますな。誰が見ても在りし日の殿下のお姿。だがしかし、少し待っていただきたい」


 それをしてコーデリアに違いないとするのは性急だと、ウィラードは居並ぶ貴族達の前で語った。


「確かに。不逞の輩が替え玉を用意するならば、容姿の似た二一歳の女性を用意するところでしょう。そこに現れたのは一四歳のお姿をなさったコーデリア殿下。逆に真実味があると言われれば、確かにそうでしょう。だがしかし、通常有り得ないからこそ慎重になるべきだと私は思うのです。何せ、魔法は私達のような門外漢には得体が知れませんからな。ベリウス殿。どのような方法で確認を?」

「お許しを頂き、ディスペルとサスペクトを用いました。姫殿下は自らの証を立ててみせましたぞ? この言葉で足りぬのであれば、私めにもサスペクトを使っていただいて結構」

「ほう。しかし、話に聞くグリモワールであるならば、それらの魔法を誤魔化す事も出来るのではありませんか?」


 ベリウス老の証言も疑ってかかってるわけか。

 私の魂の一部がコーデリアである事も、コーデリアがここにいるのも事実なんだけどな。

 というか、私の左手に宿っているのがグリモワールという前提で話をしている?


 ……ああ。グリモワールが本物とか、それに準じる魔法行使の能力があってもコーデリアか否かについては本物である事の証明にならないって言いたいわけか。

 彼の魔法使い嫌いも結構根が深いようで。彼の言葉の裏を疑わないなら、騎士団長時代に魔法絡みで嫌な事でもあったのかも知れない。


「そのような強力な魔法が使用されているのであれば、解らないはずがない」


 ベリウス老は首を横に振ったが、ウィラードは納得しなかった。


「サスペクトを誤魔化す手段は魔法に限った話ではないでしょう。ではお歳を召しておられないのは、やはり魔法によるものですかな?」

「魔竜退治の代償です。ではウィラード卿。私は何を以って身の証を立てれば良いのでしょうか?」 

「コーデリア殿下でしか知り得ない事を話していただくと言うのは如何です? 勿論それを証明出来る話でなければ意味がありませんが」


 なるほどね。元騎士団長らしい堅実な提案ではある。魔法による証明なんて最初っから信用していないわけか。

 でも、そんなので良いのなら幾らでも答えられるけれど。


「私の部屋にある暖炉の横の煉瓦は、一つ外せます。私はその中に幼い頃、宝物を隠していました。誰にも見つかっていないなら、そこにはまだ色々な物が収められていると思います」

「ほう? その宝物とはなんです?」

「子供の宝物ですから取るに足らないものばかりですよ? 変わった形の石とか、綺麗な貝殻とか。シルターの押し花もありましたかね。お母様から頂いた、青色の小さな宝石箱にしまってあるのです」


 間を置かずに淀み無くそう答えたら、ウィラードは僅かに眉を顰めた。私の話に「魔法」が挟まる余地がないかどうかを、頭の中で吟味しているのかも知れない。


「では、確認を――」

「それでしたら! それでしたら知っています!」


 ウィラードが何か口を開こうとした所で、シャーロットが感極まったような声を上げた。


「それは今わたくしの! わたくしの手元にあります! コーデリアは隠していたけれど、わたくしは知っていて!」


 あれ。バレてたのか。それは私は勿論、コーデリアも知らなかった。

 シャーロットは私の所まで駆け寄ってくると、私を抱きしめた。


 ……懐かしい、匂いがする。共鳴する感情に任せて、コーデリアにそれらを渡していく。伝えていく。

 頬を、涙が伝った。


「ああ。コーデリア。コーデリア。あなたなのね?」

「はい。お母様。コーデリアはここに」


 ごめん。


 コーデリアは確かにここにいる。

 けれどあなたが抱きしめているのは、その一部を宿す俺でしかない。

 あの子に会えるように。

 あの子がこの人達と本当の意味で抱きしめ合えるように。


 俺がそうするから。


 だからもう少しだけ待っていてほしい。コーデリアも。シャーロットも。フェリクスも。


「シャーロット。気持ちはわかるが、今は待ってはもらえぬか。余はもう一つだけ、コーデリアに聞かねばならぬ事がある」


 シャーロットと私を見る目は優しかったが、言葉の後半には真剣味が指していた。


「……なんでしょうか?」

「ネフテレカから来たと、そう言ったそうだな。海峡を通って来たのか?」

「海峡にいた海竜の事でしたら、私が征伐をしてきました」


 私がそう言うと、居並ぶ貴族達がざわついた。そんな中、フェリクスは愉快そうに笑った。


「行き掛けの駄賃のように語るものだな。奴の征伐に協力して貰えるかどうか、竜王に話を持ち掛けてみようと、皆と相談をしている所であったのだぞ?」

「いえ、楽な相手ではありませんでしたよ?」


 本当にね。

 結果だけ見れば一方的なハメだったけれど。

 スローターフォレストが読まれている状況じゃ、それこそトーランドに逃げ込んで船団や竜王と一緒にリベンジとかしか無さそうだ。


 というか、あのスペックで海にいて、再生能力持ちとかさ……。こっちも向こうの手札を知っていれば、ヘラクレスのヒュドラ退治よろしく傷口に焼けた鉄板や石とか噛ませたりしてやるんだろうけどね。


「ウィラード卿。これでよろしいですかな?」

「コーデリア殿下御本人であるならば、これほどめでたい事もございますまい。かの海竜を退けたお力。ウィラードめも感服致しました。先ほどの無礼な物言い。どうかお許しいただきたい。罰を受けろと仰るのであれば、如何ようにでも」


 ベリウス老の言葉に、ウィラード卿はあっさりと引き下がり、頭を下げて来た。納得して貰えたらしいな。


「私は構いません。身の証を立てる必要はあったのですから」

「罰など。余は細かな仕草からコーデリアに相違ないと思ったが、肉親であればこそ目が曇る事もあろう。今後もウィラード卿の忠節と見識には期待している。ベリウスも大儀であった」

「勿体ないお言葉にございます」




 シャーロットが私を抱きしめていて、しかもフェリクスは上機嫌。

 その場でそれ以上私の真贋について疑念を呈するような者など現れようはずもなく、解散となった。

 私はフェリクスとシャーロットの後についていく。許可を貰ってクローベルとメリッサにも同行を許してもらった。通してもらえるのは二人が女性だからという所もある。


 私達が向かっているのは本館の奥である。

 つまり王族の居宅と言える部分だ。後宮もその一部に含まれるが、今後宮にいるのは王妃シャーロットと側妃アルマの僅か二名しかいない。

 王族としては異例に少ない。フェリクスは極力側室を持とうとしなかったからね。

 シャーロットとの間に男の子が生まれた事が、トーランドの国内情勢で昔とは違う点……かな。


「コーデリア、よく帰って来てくれた」


 後宮の、私の自室に戻って来た所でフェリクスにシャーロットごと抱きしめられた。クローベルとメリッサは隣室となっている使用人達が控える部屋に滞在して貰う形になった。


「お父様、苦しい、です」

「すまぬな。だが、今だけは許してくれ」


 フェリクスはしばらくそうしていたけれど、やがて名残惜しそうな表情で離れた。

 王位継承権絡みの問題で、私が帰ってきたらもっとゴタ付くかも知れないと思っていたのだけれど、二人とも相変わらずだな。


「私が帰ってきたことで、国内で何か問題が起きたりはしませんか? その……グリモワールの事もあるので」

「それはあるだろうが……つまらない輩に手出しはさせんよ。それにお前は歓迎されこそすれど、疎まれはしておらん。そこは安心して良い」


 フェリクスは笑う。ああ。でもやっぱりあるんだ。


「お前の弟のニコラスが生まれてから、王位継承権第一位がそちらに移ったからな……。お前を妻に迎えたいという者が殊の外多いのだ。お前が行方不明であるというのにトーランドにいるのではないかと、国内外の有象無象から婚約を申し込んでくる始末だったからな。まあ……ウィラードなどは余に側室を増やせとうるさいのだがね」


 ああ、ウィラードってそんな事を昔も言っていたっけな。

 側室を増やして欲しいとフェリクスに進言すると同時に、自分の娘もフェリクスの側室にしたいらしいのだ。

 野心的なのか、ただ国の為と思っているのかは解らない。

 先ほどのやり取りでもそうだが、あまり愛想が良くなく保身の言葉を口にしないので、かえってその辺の本音があまり見えない人物だったりする。


 さっきの話だって疑ってかかれば、私が帰って来た事で騎士団が魔術師の後塵を拝するようになりかねないから邪魔になるとか、自分の娘をフェリクスの側室にしてもコーデリアの功績が大きいので、シャーロットの子の立場を切り崩して権力を握る事が出来ないとか、いくらでも邪推出来てしまうわけだし。


 だからと言って、彼の口にする建前が本音ではないとも言えないのだ。上手い(・・・)のか、誠実なのかが解らない。

 少なくともあからさまに私腹を肥やすような事はしていないのは確かなのだが。


 それに、確かにフェリクスは側室が少ないからな。唯一の側室であるアルマという女性は、小さな頃からフェリクスの姉のような存在で、シャーロットとも姉妹のようだったと言うし。

 もしかしたら彼女を側室に迎えたのも、病弱な彼女を保護したかっただけなのかも知れない。そうすればフェリクスも周りの要請に応えたと言えるわけだ。でも、結局彼女との間に子供はいないんだよな。

 その辺の事は……流石にコーデリアとしては幼くて聞けなかったし、フェリクスやシャーロットも話をしてくれなかった部分である。


 少々脱線した。ウィラードの事に話を戻すと、下手な相手を側室候補として連れてくるよりは、自分の娘なら安心出来るからだと言われれば、裏を疑っても指摘しにくくはある。

 事実、そういう理由から自分の娘達を側室に推薦していたはずだ。器量も良い美人姉妹であるが、姉の方はさっさと自分で相手を見つけて結婚してしまったらしい。


「まあ、そんな事はどうでも良いが。七年……どこでどうしておったのだ?」

「魔竜を倒しはしたのですが、相打ちになる形だったのです。私はそこで身動きが取れなくなってしまい、七年眠る事になってしまいました。私はネフテレカで目覚め――」


 ボカすべき所をボカしつつ、二人に魔竜の分身退治をしなければならない事を、説明するのであった。

 その間、シャーロットからはずっと背中から抱きしめられて、頭を撫でられていた。特に拒否感もなく、クローベルとの時のように、鼓動が乱れるようなことも無い。安らいで落ち着く。そんな穏やかな時間だった。


「魔竜の分身、か」

「そして連中を平らげた暁には、グリモワールは私の手を離れていくでしょう。グリモワールにはグリモワールの意志があるのです」

「それは初耳だな。グリモワールに関する伝説は幾つもあると言うのに」


 これは……二人には言っておかなければならない部分だろう。

 アンゼリカの時もそうだった。ベルナデッタは恐らくそう考えているだろうし、セーフティの事もあるから、利用しようとしても無駄な事であるのは確かなのだ。


 世間に流布するグリモワールの話を振り返ってみれば。

 古代魔法王国最大の秘宝だとか、召喚術や不老不死の奥儀書、禁呪の数々が記された禁忌の書だとかアルベリア滅亡から続く伝説や言い伝えが各地に残っている。これはアンゼリカの活躍によるものなのだろうが、尾鰭がついていたり間違っていたりする部分も多々あるのだ。


 グリモワールについてはそんな風に世間でも色々言われているけれど……噂はその本質を言い表してはいない。手に入れたから使えるのかと言われればそうではないのだと、私やコーデリアははっきり言えるが、それを世間が信じてくれるか、信じたとして諦めるかはまた別の話なのだ。


 けどまあ、私は――魔竜の事が片付いた後に、ベルナデッタを一人にはさせたくないと思っている。

 ベルナデッタが一人だけ業を背負わなければならないのは、絶対に間違っているんだから。そこだけは、譲れない。


「ですから、基本的には他の目的の為にグリモワールの力を使う気はありません。最初から無い物、と考えておいてください」


 基本的には、というのは人命救助とか護身とか、そういう話になったら使うだろうけれどねという意味である。

 フェリクスは苦笑を浮かべた。


「そこは余も肝に銘じておこう。やっと帰って来てくれた娘や、愛する妻に嫌われたくはないからな」

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