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52 平坂黒衛とクローベル

 海煌竜を倒した私達は、予定通りにトーランドへ向かう航路を取る事になった。

 が、ティターニア号がダメージを負った為に船体の修復に力を割かねばならず、今までほどの速度が出せない。

 その為ゆっくりとした船旅にならざるを得なくなった。

 航行速度の低下については……海煌竜は仕留めたし、別に問題はない。

 私もマストを直したりしたかったのだけれど、核からの魔力がしっかり馴染まないとダメなので修復はティターニア号に任せるしかないらしい。船体を傷付けられると怒るわけだ。


「ごめんね、危険な役任せちゃって」

 

 甲板の手すりを軽く撫でると、骸骨船員達がやってきてガッツポーズを取って行った。ティターニア号の意志を受けてのものであるなら、これは誇らしい事で……いいのだろうか?


 とりあえず出来る事はなさそうなので船室に戻ろう。

 ようやくコーデリアの生まれ故郷に向かえる。行き先はトーランド王都、センテメロスだ。


 ……トーランドか。

 実は、平坂黒衛の知識はそれほどトーランドについては多くないんだよね。

 魔竜の呪いを受けた島なんて言われて、ゲーム本編では本島にみんな近付きたがらなかったし、スタート地点でもある為にイベントもそれ程多くは無かった。だからトーランドについては他所から見た場合という伝聞情報の方が多い。もっとも、私の心にあるコーデリアの魂にとっては違う話なのだろうけれど。

 時間が凍り付く前は……自然の恵みが豊かな土地で、花が咲き乱れ、妖精が飛び交う美しい場所だったな。


 おとぎ話の中に出てくるみたいなメルヘンチックなイメージの国だが、北の方には竜が住む大渓谷も存在しているんだ。竜達の中には王がいて、トーランド王家との仲は良好であると言っていい。

 彼らとは不戦の誓いを結んでいるからだ。あらましだけ説明するとこうだ。

 昔々、傷ついた若き竜がトーランドに辿り着き……トーランド王家の祖先と言われるメルヴィス率いる一団と出会った。メルヴィスは戦う構えを見せる傷ついた竜に言った。


「我らに貴公と戦う気はない。傷を癒されたら好きな所に行かれるがよい」


 ある時、メルヴィスがモンスターに追われた時の事。

 若き竜が飛来し、モンスター達を蹴散らした。竜はメルヴィスに言った。


「これで我らの間に貸し借りはない」


 これに感動したメルヴィスは竜と友誼を結び、そしてそれは不戦の誓いとなる。


「我等は友。なれば共に生き、共に栄えん」


 そうしてトーランドの南半分は人間達の土地。北半分は竜の土地となった。

 竜は長じて竜王となり、メルヴィスの子孫はトーランド王家を興した……という話だ。友人とは言っても基本的には互いに尊敬し合う隣人という感じで、不干渉が基本。お互いの領地に入っても目に余る行為が無い限りは見逃す、という具合。


 もっとも、ゲーム本編では大渓谷の竜達も凍り付いていたから彼らも動けなかったけどね。コーデリアは竜王とも知り合いだったから動かなくなっているのを見て相当なショックを受けていたっけ。


 ともかく竜が住み着く土地であるが故にちょっかいをかける者もいないので、外から戦などを仕掛けられることも無く、平和な国である。

 だから妖精と竜の島、なんていう風にも言われている。竜がいると言う事は、竜族信仰のリザードマンも結構多いんだ、これが。トーランドのリザードマンは人と竜の友誼がある為に友好的な連中ではあるかな。


「マスター。トーランドの事を考えておいでなのですか?」


 船室の窓から海の向こうを眺めていたら、クローベルが隣にやって来た。

 なんだか。

 久しぶりにクローベルと二人で落ち着いて話せる気がするな。

 作戦を考えて、実験をして。海煌竜の事を考えて。

 そればっかりに集中してたから。


「うん。結局、私ってばあんまりトーランドの事知らないんだよなって。ゲームじゃあんまりトーランドにいられる時間が無かったからね」


 ゲームでは後からもクレーレの港からトーランドに戻れたが、王都のある本島までは行けなかった。離島は町が生きていたので、そこから小舟で本島に行く事が出来たのだが……。

 ……実際のコーデリアはどうだったんだろうな。魔竜を倒すまでの間、結局一度も帰っていないんじゃないだろうか?


 本島に渡った時に見れる回想イベントは結構堪える。私でさえそう思うのだから、コーデリアにとっては……。

 そう思ってベルナデッタにメールを打った。トーランドにいる間、コーデリアと一旦表に出る役を交代してやれないものかと。

 だけれど、それはまだ無理なのだそうな。それをするには少なくとも……後一体ぐらいは分身の討伐が必要らしい。


「マスター。あまり悲しそうな顔はなさらないで下さい。今はきっと。何もかも元に戻っていますから」

「そんな顔してた?」

「とても、辛そうなお顔をなさっていました」

「……コーデリアにさ。皆と会わせてやりたかったんだ」

「ああ……」


 クローベルは目を伏せる。それから顔を上げて微笑んだ。


「……大丈夫、です。コーデリア様はクロエ様と一緒にいらっしゃいますから。きっと、クロエ様のお言葉に喜んでおいでです」

「うん……。だと良いなぁ」


 そう答えて、海の向こうを見やる。するとクローベルは、私の手を握ってきた。


「クロエ様は……? お辛くはないのですか?」


 問われた意味が解らず、クローベルを見返す。

 その表情は何だか、心配そうで。

 ……ああ。そういう事?


「今は、大丈夫だよ」


 故郷への思い。

 私なんてまだ懐かしがるほど、寂しがるほど時間が経ってない。

 七年なんて時間。主観にすれば一瞬だった。

 向こうで心配している人たちの事を、考えたって仕方がないのだし。

 何時かベルナデッタと故郷の人達を安心させられると約束もしているし。

 だったら私は走っているだけでいい。何時かそこに辿り着く。単純な話じゃないか。


 トーランドにやっと帰って来れたコーデリアと、代わってやることも出来ない。

 自らの術式でアルベリアを焼かなければならなかったベルナデッタが、まだ戦っていて。

 帰る故郷を無くしてしまった、クローベルの主で。

 走っていれば良いだけの私が、辛いだなんて言えるわけがない。


「……もしかしたら――私の言葉が重荷になったりしていませんか?」

「え……?」

「クロエ様は思いもよらず、コーデリア様のお姿となってしまって。けれど、前から私達の事を知っていたから。私達の窮地を知れば、自分を捨ててでも助けようとして下さっている。それはあなたがお優しいお方だから。私は、クロエ様を信じていると申しましたが……それがクロエ様の心の枷、重荷になってはいないかと申し上げています。私はクロエ様の力になりたいと申しましたが、結局は目の前の敵に剣を振る事ばかり。クロエ様の心を安んずる事が、出来てはいないのではありませんか?」


 そんな事――。

 ないよ。

 平坂黒衛はクローベルがあの時の「俺」を、認めてくれたから戦える。

 重荷なんかじゃない。支えなんだ。


「私は」


 クローベルは俺の目を見据える。


「私はクロエ様の本当のお顔を知らない。どこでどんな風に育って、何が好きだったか。どんな男の子だったのかを知らないのです。コーデリア様とは違う、クロエ様の優しさや気遣いを確かに感じるのに。けれど、コーデリア様と同じお顔を。お声をして。コーデリア様と同じお姿をしていらっしゃるから、そうあろうとして下さる。けれど私はここにいる、あなたの事をもっと知りたいのです」

「――どうして?」


 どうして「俺」の事なんか?

 どこにでもいる、普通の奴じゃないか。

 クローベルは瞑目した。そうして、大きく息を吸ってこう告げてくる。


「クロエ様の心を知らないのに支えになんて、なれないからです」

「それは……」


 そうなのかも知れないけれど。


「クロエ様の心の、一部分は男の子だと言う事は解っているつもりです。これはネフテレカの宿屋でも思いました。王城でも感じました。そうでない部分はきっとコーデリア様の一部。だから、クロエ様の事を知りたいと思っても、私達の為にコーデリア様であろうとして下さっている間は、あのお方であるようにしか見えず……けれどクロエ様ご自身の事を聞けば、コーデリア様らしくあろうと努力して下さっているのに、惑わせてしまうのではないかと。私はそう思って、今日まで聞かずにきました」

「じゃあ、なんで、今?」


 惑う。

 確かに。

 日本の事は考えたって仕方がないし。

 今はまだ黒衛に戻る事も考えられない。

 立ち止まってしまった時に動けなくなったらと思うと怖くて。

 振り返る事を、したくない。


「クロエ様だと思える部分が、次第に遠ざかっていく気がするからです」

「……港町での事を言っているの?」

「それもあります。クロエ様はあれからずっと、考え込む事が多くて。まして、これから向かう先はトーランドなのですから。でも……本当はただの私のわがままで、クロエ様を困らせてしまっているのでしょうか? あの時……赤晶竜の前に立ち塞がって下さったあなたは、確かにコーデリア様ではなかった。私は元々コーデリア様を尊敬していたから。間違いなくコーデリア様でなくクロエ様を見ていると信じたい。だからクロエ様の事を知りたいのです」


 ああそれは――。

 そっか。トーランドに行くって、そういう事だよな。

 クローベルが心配してくれる理由、解ったよ。


 でも、どうしよう。こんな、気持ち。

 凄く、嬉しい。


「コーデリア様であろうとする事で……遠くに行かないで下さい、クロエ様。どうか、ここにいてください」


 俺の手を握ったまま。

 クローベルは唇を噛んでいる。


「――話すよ。もしかしたら、情けなくて幻滅されちゃうかも知れないけれどさ」

「っ! そっ、そんな事ないですっ! 私なんてもっとずっと! よ、弱くて情けが無かったんですからっ!」


 クローベルは笑顔になった後、慌てたようにそんな事を言ってきた。

 こういう時のクローベルは、いつもの彼女と違って全然余裕さがなくて。

 昔の彼女はこんな感じの女の子だったのかなって思う。


 うん。話す。話すよ、平坂黒衛の事を。

 俺も、俺が好きな人に、俺の事を知って欲しいから。

 クローベルの心に、「俺」の事を置いて欲しいんだ。


 ありがとう。最初に「俺」の事を認めてくれて。

 ごめん。いつも心配かけて。

 俺の事を知りたいって言ってくれた事、すごく嬉しい。


 平坂黒衛として、彼女に伝えたい事がある。

 俺の事を聞いてもらった後に、ちゃんと伝えるから。答えを聞かせて欲しい。


 もう、俺の身体が女の子だから迷惑かけちゃうんじゃないかとか、召喚主だからとか。

 そんな事、知らない。振られたって、後悔しない。

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