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幕間 ギルド長ラーナと幻楼竜モルギアナ

 ――暗殺者ギルド。

 ギルドなどと自称しているが、当然真っ当な組織ではない。組合などではありえない。生活支援や技術伝達などを行う互助組織だからギルドだと言えばそうなのだろうが。

 ともかく、『暗殺者ギルド』と言えば彼らの事であり、他には存在しない。ギルド長ラーナ・バニッシェル率いる魔人の群れ。


 世界の鉄火場や、謀略渦巻く場所の影に、常に彼らの姿はある。

 看板に偽りはなく、暗殺は当然の事として、誘拐、情報操作、破壊工作も、金を積まれれば行う。金をいくら支払っても応じないのは、自分達の情報を開示する事や、依頼人の情報を売る事ぐらいか。

 逆に言うと、彼らに探りを入れたり、彼らにとって重要な情報を漏らす相手は容赦なく殺す、と言う事でもある。


 ギルド長ラーナは戦地で身よりをなくした子供を拾って技術を叩き込むという事もしている。

 勿論情からではない。そんなルールは彼女の中にない。

 力と技術、知識を叩き込み、充分な下地を作った上で、呪法を用いさせて強力な魔人に変えるというのが彼女のやり口だからだ。


 そうして作り上げた魔人達を商品……或いは作品とラーナは呼ぶ。

 荒事に工作活動。諜報や情報操作に長けた人物の斡旋。呪法により程よく人格を壊された魔人は使い勝手が良く有能だ。そういう意味では権力者に畏れられると同時に重宝がられている。


 性能が優れているのは当然のこととして、見目麗しいほど良いとラーナは考える。更に純潔であれば尚良い。作品として完成度が高いし、何より非常な高値が付く。


 だから……ラーナには何年経っても忘れられない一つの素材があるのだ。

 黒髪に青い瞳の――名を何と言ったか。

 ともかく何から何まで完璧な素材だった。だから完璧な作品になる、はずだった。


 或る時ギルドは、一人の貴族の子弟の暗殺を依頼される。当然のように受けて、当然のように殺した。

 しかしそれは貴族同士の戦争にまで発展した。ギルドの仕事の結果として、何が起こっても彼女達の知った所ではないが。利用出来るならするだけだ。ビジネスチャンスなのだから。

 あの時は……火種を煽って随分と稼がせてもらったものだ。

 やがて貴族同士の争いは直接的な武力衝突より、泥沼の報復合戦となる。

 互いの領地を焼き、井戸に毒を投げ込み、村落を焼き領民を殺す。そんな地獄。


 素材を見つけたのはそんな折だ。見た瞬間にこれだと直感した。

 故郷を焼かれて路頭に迷っていた少女を拾って、彼女の望みを聞き出し、手ずから技術を叩き込んだ。武術の才能はともかく、復讐をしたいと執念を燃やしていた所が特に良い。


 実際の所、ラーナは武術の才能などという物を重視していない。

 呪法を使わせた時に執念や怨念と言った負の感情が、大きな力に転化されるからだ。魔人が誕生した時、それまで叩き込んだ技術や知識が血肉として結実するのである。

 完成品となった彼女は、予想していた通り、素晴らしい仕上がりだった。同じ量の黄金より価値があったと、ラーナは思っている。


 この芸術品にはどれほどの値が付くのだろうか。

 或いは手元に置いて直属の部下として使うというのも悪くないだろう。

 そう思っていた矢先、注ぎ込んだ時間と金も回収しない内に前触れもなく失踪してしまった。返す返すも残念でならなかった。


 ラーナは――表向き名士の篤志家という事で通っている。だから来客も別に珍しくない。彼女の所に、金の無心にやって来る者も多い。

 はした金で恩を売り、後から情報を買う為の網として……或いは手足のように使う。それは石を金に変える、ラーナ流の錬金術だ。


 その日も午後に来客があり――ボディチェックも済ませているのでラーナは特に警戒せず、応接室へと向かった。

 テーブルの向かいに座って、ラーナは表向きの顔、老婦人イザベル・カラードとして、柔らかな笑みを浮かべる。


「初めまして、でしょうか? カラード家当主、イザベルと申します」 


 そう挨拶しながらも、ラーナは戸惑いを覚えていた。

 黒い髪に青い瞳の女。部屋に入った瞬間、一瞬はっとさせられたが、あの失踪した少女に似ていると思ったのは、その髪と瞳の色ぐらいのものだ。


 第一、有り得ない話だと、ラーナは心の中で首を横に振った。

 本人であったなら、それと一目で解る。顔立ちが違うし、今更のこのこ戻ってくるのは自殺と同義だ。そもそも年齢が合わないように思う。

 ――その隣には銀髪に赤い瞳の男。


 どちらも美しい……が、ラーナにしてみるとあまり魅力を感じない二人だった。


「ええ。お初にお目にかかります。僕はレリオスと申します。彼女はモルギアナ」


 レリオスと名乗る、笑みを浮かべる若い男。その物腰から上流階級の臭いを感じ取った。

 同時に――底知れぬ狂気も。完膚無きまでに、この男は壊れている。

 ……珍しくも無い。今まで何人もそう言った手合いは見て来た。この男はすこぶる付きではあるけれど。

 どうせ自分もまともだとは口が裂けても言えないのだし。

 表の客としてここに来た事を考えると……警戒はしておくべきだろうが。


 それよりもラーナには別の事が気にかかっていた。

 モルギアナという少女に向かい合って、思う。得体が知れない、と。

 人間、というよりは、獣か何かに相対しているような……。


「当家に何の御用でしょうか?」


 そんな疑念をおくびにも出さず、ラーナはにこやかに尋ねる。

 レリオスも人好きのする笑みを浮かべ、気軽な調子でこう言った。


「ええっと。用件の前にお聞きしたくて。人違いだったら済みません。イザベルさんって――暗殺者ギルド長ラーナ・バニッシェルさんで宜しかったんでしたっけ?」

「――」


 ラーナは表情を全く変えず、指を二本立てて、横に振った。

 迷わず「殺せ」と命じた。正規の手続きを踏まずに、裏の用件で会いに来る者。それは客ではない。敵だ。


 ラーナの背後に控えていた執事の袖から、銀髪の男に向かって投げナイフが放たれる。

 部屋の隅に待機していた女中がナイフを逆手に構えて黒髪の少女に躍り掛かった。

 更に、天井から音も無く二つの影が降ってくる。

 連中の正体は知れないが、ド素人だ。隙だらけ。瞬きの後には八つ裂きになっている。

 ラーナは「イザベル・カラードの肩書もこの辺で店じまいか」と、そんな風に思った。

 だというのに。


 信じられない物をそこに見た。

 執事から放たれたナイフがレリオスの頭部をすり抜けた。

 上から降って来た黒服の暗殺者の一撃も。身体ごと透過してしまう。


 ――幻術の類か。


 その正体を看破する暇もない。ラーナはモルギアナから放射された殺気を受けて、全力でその場から飛び退っていた。

 ラーナの身体がぴたりと、空中で静止する。

 信じられない物とは、別にレリオスの事ではない。

 黒髪の少女の方だ。


「いやあ。用件も聞かずにご挨拶だなあ。驚かすのは無しだぜ?」


 上から降って来た暗殺者は、空中で串刺しになっていた。少女の指先から巨大な槍のようなものが伸びている。槍……いや、あれは爪だろうか?

 女中の繰り出したナイフの一撃は首を切り裂くはずなのに、傷一つ付けていない。逆にナイフの刃が欠けていた。人間味を感じさせない動きでモルギアナは首をぐりんと真後ろに回す。梟か何かを思わせる動きだった。

 左手で手刀を放った。無造作に放たれたそれは、女中の上半身を粉みじんに吹き飛ばす。

 少女の足元から、薄い幕のようなものが広がって、部屋全体を塗り潰していく。扉も、窓も、床も、天井まで。


「ねえ。ラーナさん。ラーナ・バニッシェルさん? モルギアナにちょっと似た女の子を知っているでしょ? あんまり上手く再現出来なくってねえ」

「――だから?」


 知っている。だから。それが何だと言うのか。

 あのモルギアナとか言う少女は、あの素材とは違う。

 ラーナにとって唾棄すべき無価値なものだ。

 技術も優雅さも何もない。生の感情がない。

 人間の形に押し込めているし無感情ではあるが、本質的に自分の作る商品とは違う。

 ――気に入らない。同族嫌悪か何か知らないが、出来の悪い紛い物を見せられた気分だ。


「やだなあ。そんなにおっかない顔をしないでよ。欠片をもう一つ潰して……今はモルギアナを作り直してる最中なんだけどさ。ご覧の通り人間味なんか全っ然無くってね。ちょっと困ってたんだ。どうせちゃんと作り直すなら、あなたみたいな技術があって、因縁もある人に核になって欲しいなって思ってさ」


 レリオスはラーナにとって全く訳の分からない言葉を口にする。

 その意味するところは解らない。解らないが、ろくな用件でない事は確かだ。

 ラーナは上品な老婦人の顔で笑みを返した。口を開いて曰く。


「いい気になるなよ? 刻み殺すぞ糞餓鬼が」


 空中に留まったまま、両腕を振るう。

 テーブルが前触れもなく真っ二つに断ち切られ、目視の出来ない斬撃が二人に殺到した。

 レリオスの座っていた椅子を断ち切る。モルギアナの肩の部分が破れ、そこから血が噴き出した。


「へえ……すごいな」


 レリオスが感心したような表情で見上げてくるが、ラーナは内心で舌打ちした。

 今のを食らって、皮一枚で済んでいるというのが信じられない。

 ラーナは掌を真上に翳すと、見えない楽器でも弾いているかのように指を複雑に動かした。


 部屋の隅にあった鎧兜、壁に掛けられていた剣。そう言った調度品が独りでに宙を舞って、レリオスとモルギアナに猛烈な勢いで殺到した。

 二人は避けもしない。レリオスはすり抜けるが、モルギアナには全てまともにぶち当たる。バラバラになったのは鎧。砕けたのは兜。剣は切っ先が眉間に当たったのに弾かれた。ダメージが通ったようには見えなかった。


 それを合図にしたかのように、残った二人の暗殺者がモルギアナに躍り掛かる。

 迎え撃つモルギアナは執事の一撃を完全に無視し、天井から降って来た黒服の一撃を掌で受け止める。そのまま掴むと口を開く。口が耳まで裂けて、巨大な杭を並べたような牙が並んだ。まるで獣のように暗殺者の頭部を噛み砕く。

 執事の一撃はやはり刃が立たない。飛び退ろうとするが、モルギアナの腕が跳ね上がり、巨大な爪が執事をバラバラに引き裂いた。

 それを、ラーナは冷徹な目で観察していた。


「……ふん。幻術の類にしては妙だな。どちらが実体、とも言えない。メタモルフォーゼ……とも違う。そしてお前(レリオス)は幻術とは少し違うな。気配があっても実体がない。何だ? 貴様らは」

「あっはっは。凄いな。そんなのまで解っちゃうの? やっぱりあなたを選んで正解みたいだ」


 レリオスは子供のように喜び、ラーナは不愉快そうに唇を噛んだ。


「部下を殺し、部屋に閉じ込めて。それでもう勝ったつもりでいるわけか」


 ラーナが音も無く部屋の中央に降り立つ。


「私にどんな用事か知らんが。踊らせるのは好きでも、踊らされるのは死ぬほど嫌いでね。だから――殺されても思い通りにはならんぞ? もっとも、死ぬのは貴様らだがな」

「うん。良いんじゃない? 僕としてはあなたを殺しちゃっても、別に。ほら、取り返しがつくしさ」


 死霊術か何かでも使うつもりなのだろうとラーナは踏んだ。

 レリオスとかいう男には似合いの業に思えるが、どうでもいい事だ。死んだ後の事など。

 うんざりして、白い物の混じった髪をかき上げる。


 とにかく実体が無いし、目立った動きを見せていない以上、レリオスの方に警戒する必要はなさそうだ。

 まずあの――モルギアナとかいう化物を刻み殺す。レリオスの方はその後考える。ラーナの周囲に煌めく光が舞った。




「――いや、凄いね。本当に凄い! もういい歳だろうに、あんなに動けるなんて! しかもあんな武器でモルギアナの鱗を破るんだもんな! びっくりだよ!」


 レリオスは満面の笑みで拍手を送った。上等な戯でも観た後かのように。


 モルギアナの左腕は千切れて無くなっている。

 腕と言わず、足と言わず、全身に何本も裂傷が走っており血塗れだった。

 その――足元。

 胸に大穴を開けられ、血だまりに倒れ伏して動かない老婦人に、レリオスは近付く。


「じゃ、始めよっか。と言っても僕は意識体でエネルギー足りないからさ。再構成にはモルギアナ。君のエネルギー使わせてよ? 今の君は死んじゃうけど、別に良いよね?」


 モルギアナは倒れ伏して動かないラーナを見て小首を傾げ――僅か、ほんの僅か、寂しそうな表情を浮かべた。しかしそれでも何か言葉を発することも無く、レリオスの前までやって来る。


「はいはい。それじゃ動かないでねー」

「い、ぎっ……」


 レリオスがモルギアナの胸元に手を翳す。少女の顔が苦痛に歪んだ。

 モルギアナの心臓の部分から光り輝く球体が生まれる。と、同時にモルギアナの身体が砕けて光の粒子となって辺りに漂った。

 レリオスは満足そうに眼を細めると、球体をラーナの死体の、胸に穿たれた穴に埋め込んでいく。周囲に漂っていた光の粒がラーナの身体に注がれていく。


 ぴくり、とラーナの死体が動いた。

 気だるげに、顔を上げた。その歳の頃一六、七歳ほど。

 若返っていた。白髪混じりだった髪の毛は艶めくブルネットとなり、瑞々しい肌の張りを取り戻している。だが――。


「やあ、おはよう。気分はどうかな?」

「――良い……とでも言うと思うのか? 最低で最悪だ。晩節を汚すと言うのはこういう事だ。いっそ今すぐ殺せばいい」


 ラーナであった少女は吐き捨てるように言った。


「いやいや。そんなの勿体ないじゃないか。あなたは僕の命令には逆らえないし、無理やり精神支配で言う事聞かされるのと、自発的にお弟子さんに稽古を付けに行くのと。どっちが良い? きっと楽しいよ?」

「ちっ……」


 少女はうんざりしたように舌打ちしてかぶりを振った。

 殺す。この男は必ず殺す。少女は心に誓った。

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