50 水晶の樹上にて
エリールとスミスの水柱で大樹を昇っていく。
メリッサは一旦ティターニア号の方に戻った。反射用のオートマトンを回収する為だ。あれを一旦回収しないと、メリッサは戦闘用のオートマトンを召喚させられない。
ティターニア号はまだ航行していられるが、弩や投石器を破壊されている。錨による攻撃も届かないから、メリッサが戻ってきたら一旦ティターニアは回収させてもらおう。ストームファルコンのハルトマンにも一度帰還して貰った。大型モンスター相手ではやや向いていないからだ。後でメリッサと合流してから、ティターニア号と交代させる事にしよう。
水晶が複雑に入り組んだ樹上に辿り着くと海煌竜が憎々しげにこちらを睨んでいた。
俎板の鯉。陸に打ち上げられた鯨。私が望んだのはこの状況だ。
頭の内一つは巨大な水晶が顎から突き刺さっていて、口元から舌を垂らしており、既に動かない。
残り三本は何とか致命傷を避け切ったようだが、大量に付けられた細かな裂傷から青い体液を流している。竜巻か水晶か。或いはその両方で、相当な手傷を負ったようだ。胴体部分は途中から水晶の枝の中に飲ま込まれてしまっていてどうなっているのか解らないが、多分滅多刺しになって縫い留められてしまっているのだろう。それでまだ戦意を喪失していないのだから恐れ入る。
この状態でも甘く見て良い相手でもない。とりあえず首を全部潰せば良いのだろうか?
「断章解放、オールドウルフ『シルヴィア』! オーク『ウル』!」
流石に……馬やチャリオットで走り回れるシチュエーションじゃないな。私自身は鐙と鞍を装着したシルヴィアに跨り、振り落とされないよう、身体をベルトで固定した。
「フローティングマイン!」
樹上に昇ってくるまでにチャージしておいたマインを展開させる。
それを合図として、私とシルヴィア、クローベルとウル、エリールとスミスの三組に分かれて散開した。
奴の意識がどんな風になっているのかは知らないが、奴が一匹の生き物だとしてもそれぞれ独立した意識を持っているとしても、やる事は同じだ。
それぞれの注意を逸らさねばならない。一ケ所に集まっていたら向こうだって対処がしやすくなるはずだ。逆に連携を乱す事が出来れば、互いの動きを阻害させられる。そこに隙が生まれる。
水晶の柱を足場に、クローベルとウルが立体的な機動で躍り掛かった。
クローベルの手に握られているのは、例の新しい武器だ。
一見普通の剣。しかしこの剣は、何度も合成術式と付加術式を重ね掛けして強度と切れ味を補強し、柄頭の部分に魔石までくっ付けた事で、ある特殊な機構を実現している。
クローベルとウルが間合いに入ろうとする前に、海煌竜が大きく口を開けた。吐息を吐こうというのだろう。
だが、甘い。
「伸びろ!」
クローベルは剣を真横に振るう。
次の瞬間、海煌竜が絶叫を上げて頭を仰け反らせた。
到底剣が届くはずのない間合い。そこから舌の先端を切り飛ばされたのだ。
勿論、種も仕掛けもある。あの剣で、クローベルが攻撃を仕掛けた結果だ。
手に持つ剣はまるで蛇のように伸びていた。間合いの外から、油断していた海煌竜の口内を切り裂いたのである。
分割された刃と刃。その間を繋ぐワイヤーが見える。
刀身はクロムモリブデン鋼。それらを繋ぐワイヤー部分はウォーターメタルという特殊な金属を繊維状に加工し、更に鋼や炭素繊維を一緒に編み込む事で作られている。
ウォーターメタルは付加術式によって命令を書き込み、魔石による制御を行う事で変形させる事が出来るのだ。
コマンドワードに反応して持ち主の魔力を魔石が吸収。魔力で呼び起こされた制御術式がウォーターメタルに伝達される。
筋肉のように収縮して射出と分割、巻き取りによる接合を行える。要するに、立派な剣型魔道具だ。
蛇腹剣、連節剣、鞭剣など……様々な呼ばれ方をしているが、強度や機構などの問題から、地球上では想像はされても実現はしなかった武器である。
勿論、こっちの世界にだって存在していない。
候補が多くて銘が決まっていなかったのだが……ガ○アンソードは拙い気がする。海戦で初めて使われたのだし、サーペントソードと呼ぶ事にしておこうか。
「戻れ!」
クローベルのコマンドワードと共に剣が元通りの形に接合していく。
「やはり……素晴らしいですね。マスターの作る武器は最高です!」
クローベルはその使用感に笑みを浮かべた。
切れ味と強度の面ではダマスカスソードに及ばないものの、長射程から一気に攻撃を仕掛ける事が出来る。遠心力を利用すれば破壊力も相当なものになるのではないだろうか。扱いのピーキーさは、彼女の技量がカバーしてくれるだろう。
とは言え、あくまで試作品。強度面での不安が無くなったわけではないとは十分に言い含めてある。
彼女のメインウェポンは、やはりダマスカスソードの方なのだ。
当然防具も強化されている。ミスリル銀を繊維状にして衣服に組み込み、付加術式で小規模な防御結界を展開させている。下手な鎧よりずっと防御力があり、動きの妨げにもならない。
容易くクローベルとウルは海煌竜の懐に飛び込んだ。
ウルが腰だめに構えて棍を下段に構える。小さく跳躍したクローベルが棍の先端に乗った。
棍が跳ね上がると同時に、クローベルの身体が高く高く舞い上がる。
海煌竜の頭部よりも遥か高い。とは言え、跳躍は跳躍。空中で軌道を変えられるはずはないと、海煌竜は下で大口を開けてクローベルを飲み込もうと構えた。
だから甘いって。そんな当たり前の挙動をクローベルがすると思っているのか?
サーペントソードを伸ばして頭上にあった水晶に巻き付ける。ターザンのロープワークのように、クローベルは空中で軌道を変えて見せた。手元の動きで巻き付けた水晶からサーペントソードを外し、別の水晶を足場に何度も反射を繰り返しながら海煌竜に向かって飛んでいく。
それを迎撃……する事は出来なかった。ノーマークになっていたウルが、傷口に向かって棍を突き込んだからだ。
全身の動きを連動させる事で棍に螺旋状の運動エネルギーを与えている。
纏糸勁、とか言ったっけ?
肉が抉れて穴が穿たれ、傷口から相当な出血を強いる。
そこに落下速度と体重を乗せたクローベルが降ってくる。いつの間にか手にしている武器がダマスカスソードに持ち替えられていた。海煌竜の首に、上から真っ直ぐに斬撃を見舞う。定規で引いたような一撃が深く刻まれた。
二人とも攻撃が終わったらもうその場に用はないとばかりに飛び退っている。乱立する水晶の間を縫うかのようなクローベルの影。棒高跳びのように遠くへ飛ぶウル。痛みから立ち直った海煌竜は、呆気に取られたような表情を浮かべた。
海洋モンスター同士の戦いでは削り合いになると言ったが、あれも五分の状況での話だ。
エリールとスミスは水流操作の魔法で彼らは自分の足元に水を纏い、まるでサーフィンをするように水晶の上を自在に滑走し始めた。普通のサハギンでは……多分出来ない芸当だな。魔法的な知識というのは失っていないわけだし、魔力の効率的な運用方法というのもきっちり叩き込まれているのだろう。
最初に切り込んだのはスミス。手にしたトライデントから火花が散っている。電撃の魔法も使えるのか。
海煌竜の牙を器用に避けて、トライデントを突き込む。小さな爆発と煙が上がった。
瞬時に走る苦痛と衝撃。筋肉の収縮が起こって強制的に動きを止める。生物の構造上そうなる、というのは連中も同じか。電撃は有効。貴重なデータだ。
そこに追いつくエリール。両手を左右から振ると、背後に浮かんでいる水球が、三日月のような形になって飛んでいく。海煌竜の鼻面を切り刻み、回転しながらエリールの背後に戻ってくる。今度はエリールの身体の周囲を衛星のように旋回し始めた。余裕を持って海煌竜の身体を避けながら、しかし衛星の描く円軌道を広げる事で、自分の攻撃だけを確実に届かせる。無数の細かな裂傷が更に海煌竜の身体に刻まれていく。
海煌竜の首は二人の動きを追えない。捉える事が出来ないのだ。彼方此方を水晶で貫かれているので動く事の出来る範囲が小さくなっている。それを良い事に、高機動力を活かして一方的な攻撃を加え続ける。
私? 私の方は別に。海煌竜の動きが雑と言うか、緩慢に見えるのだ。
制限された動きしか出来ないから何をするにも詰めが甘いし、私に手酷い目に遭わされたから、感情ばかりが先行している。結果、感情の揺らぎがはっきりとした魔力の反応となって表れており、次にやりたい事が丸見えになっているのだ。
だから……出鼻を挫くようにフローティングマインを叩き付けて行動を阻害してやる。怯んだところをシルヴィアがすれ違いざま抉り取っていく。
赤晶竜も力押しだけで勝てるって思ってたからな。初手で竜巻を撃つとかそういう対策は出来ても、根本的な部分は昨日今日で意識改革出来るはずもない。
私一人じゃ次の行動が見えても動きに付いていけないのだろうが、今はシルヴィアに騎乗しているのである。次の行動をシルヴィアに伝えれば、それにちゃんと応えてくれる。
体内魔力の集中……吐息が来るっ。
猛烈な勢いで吹き付けられたのは、高圧の水だった。消防車の放水をイメージして貰えば分かりやすいが、それとは比較にならない程、強烈な高圧が掛かっていると予想された。
だが既に察知している。私は右手を翳すようにして、魔力障壁を展開させていた。魔力操作の一種。魔法ではなくグリモワールアシスト外の技術だ。
ま、シービショップの真似事だけどね。私の方が制御能力も強度も上だ。吐息の当たる角度に合わせて、斜めに展開させている。
障壁にぶち当たった吐息が後方に逸らされて行った。
っと。放たれているのはただの水のはずなのに、水晶の柱がへし折れた。大した威力だ。
だけどそれ、あと何発撃てるのかな? 補給するべき水がここにはないのに。
海煌竜の方へ真っ直ぐ突っ込む。咬み付きで迎撃して来ようとしているが、迎撃可能な間合いは既に見切っているのだ。
私は断章カードをバラまきながらシルヴィアと共に離脱する。
随伴させていた光球をその場に残して。
一斉に断章化が解除された。光球の向こうに散らばる、大小様々な水晶の欠片。
食らえ。
指を鳴らして光球に点火。
物凄い勢いで広がる爆風に乗って、鋭利な水晶の欠片が文字通りの散弾となって海煌竜の口内と、喉の奥に突き刺さった。
 




