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5 価格破壊のバイリンガル

 コモン ランク1 共通言語マスタリー(初級)

『言の葉とはつまり、世界の扉であり鍵である。 ――魔術師オルコット』


 ………。

 教鞭を執っているのはオルコットさんだろうか。

 えー、俺は賢いので、この状況の解決策もすぐに見つかった。

 グリモワールの中に共通言語マスタリー(初級)というのが存在しているのを思い出したのだ。

 そう。思い出したのだ。


 主人公の初期設定であるが、蛮族の国出身という項目にチェックを入れた場合、これを習得しないと言葉が通じないという羽目になる。蛮族設定は見た目ワイルドなお姫様や、獣耳のお姫様を作りたい時に使う物らしい。


 うん、そうだねー。俺がこっちの言葉話せるわけないもんね。リュイスは当然の事として、クローベルの言葉も解らなかったし。

 翻訳魔法(必要SE六〇〇)、言霊(必要SE二〇〇〇)などという上位互換スキルもあったが、当然今の俺に習得出来るはずもない。

 共通言語マスタリー(初級)は一〇ポイントで習得可能だ。


 何と! ゴブリンをたったの五匹倒すだけでバイリンガルになれるのだ!

 破格過ぎて涙が出る。つーか蛮族姫で始めた時、必要ポイントが妥当なお値段だと詰みかねないもんね。そりゃお安く設定してあるに決まってるさ。

 ともかく、この共通言語習得で俺は殆どのSEを使い切ってしまった。回復魔法も共通言語も必須なので、遅かれ早かれ習得したとは思うけれど。

 しかし、思い出して問題解決とかアホだろ、俺。


「えっと。言葉は解る、か? 俺の方はこの通りだ。お前らに怪我はないか?」


 撃ち抜かれた方の肩をぐるぐる回しながら、共通言語で話しかけてみると子供とクローベルが頷いた。リュイスに言葉は通じないようだが、普通に立っているから大丈夫そうだ。

 念の為、今の戦闘で行動に支障がないようならジャンプしてくれとリュイスに念じて見たら軽く飛び跳ねてくれた。

 何にせよ言葉が通じてよかった。これで蛮族語が必要とか言われたら軽く凹んでた所だ。

 慎ましい胸を撫で下ろしていたら、いきなりクローベルに抱きしめられていた。うおおっ!?


「え、え? な、何? 何が起きてんの!?」

「マスター! ああ、マスター! 無事で良かった!」


 フードを外すクローベル。涙目になった黒髪碧眼の美少女がそこにいた。


「何故あんな無茶な作戦を立てたのですかっ」


 などとクローベルに迫られた。美人だけに迫力がある。

 何故って……それは二人にばかり命を賭けさせるのが心苦しかったからだ。


 確かにリュイスだけを懐に潜らせても、同じ方法での作戦実行は可能だったろう。だけど、通常のゴブリンって奴は貧弱だ。それは先程自分で戦った事でよく解った。

 シャーマンが勘気を起こせばリュイスが死ぬリスクがあったし、結果から見ればそのリスクは現実の物になっていたと思う。

 それを肯定する者も中にはいるのだろう。ゴブリンだからって同族殺しをさせた後に使い捨てしてもいいと。

 そんな選択を出来る奴もいるんだろうが、俺には無理だ。


 俺としては二人でシャーマンを刺せばそれで殺せるかもしれないし、倒せなくてもシャーマンの怒りが俺の方へ向かうのは必然だと思っていた。竜の吐息も避けたんだからシャーマンの魔法ぐらい……と思っていたのは過信であったとは思うけれど。


 というか、それなら俺自身も二人に命を張らせる事に納得が出来るからな。

 ……そんなような事を曖昧にぼかして伝えたら、悲しそうな顔をされた。


「私たちはマスターの命令であるならば如何なる事であれ従います。ですが、だからと言って何も思わないというわけではないのですよ? マスターが傷ついたら皆が悲しみます」

「……うん、まあ、悪かった。魔法が止まらないのは完全に想定外だった」


 俺が頭を下げると、クローベルは溜息を吐いた。


「……ええ。解ってますよ。マスターがそういう方だという事ぐらい。私にそうして下さったように、この子も助けようと思ってそうなさったのでしょう?」


 そう言ってクローベルが所在無さげにしていた子供に水を向けると、おずおずと前に出てきて頭を下げてきた。


「あり、がとう」


 汚れていてよく解らなかったが、女の子だな。多分。


「他に捕まってる人は?」

「いたけど……みんな、死んじゃった」

「……そうか」


 ゴブリンシャーマンは始末しておいて正解だったな。


「俺……いや、私は……あー、コーデリアでいい」


 少し悩んで、コーデリアと名乗った。

 平坂黒衛は、クローベルやリュイスにとっての主人ではない。

 その辺を説明するのが面倒だし、クローベルのモチベーションを低下させかねない。後々安全な状況でゆっくり説明して納得してもらう事にしよう。その後沙汰を待てばいい。


「ソフィー、だよ」

「よし。じゃあ、ソフィー。これから皆でここを脱出するが、その前に食料を調達しておきたいんだ。食料の貯蔵庫がどこにあるか解るか?」


 ソフィーは小さく頷いた。

 彼女のボディーガード役も必要になるだろう。シャーマンを召喚しておかなければならないが、ソフィーに話をして納得してもらう方が良さそうだ。


「ああ、そうだソフィー。私は召喚術が使えるんだ。ゴブリンシャーマンも召喚出来るが驚かないでくれ。こいつらはゴブリンだが、ここにいる奴らとは違う。味方なんだ。良いゴブリンなんだ」


 ソフィーはリュイスと俺を見比べて目を瞬かせていた。

 やがて何か思うところがあったのか、はっきりと頷く。


「うん。ちがう。いいゴブリン、怖くないよ」




 ゴブリンシャーマンにはマーチェと名付けて解放状態にしておく。

 由来は抹茶をもじったり変形させたりしてマーチェだ。ネーミングセンス? なにそれうまいの?


「クローベル」


 先頭を進むクローベルに向かって小声で話しかける。斥候の邪魔にならないかと思ったが、どうしても確認しておきたい事があるのだ。因みに隊列はクローベル、俺、リュイス、ソフィー、マーチェの順である。人質に取られた子供と、それに逆らえない人間どもの構図だ。


「何でしょうか?」

「ここに来る前の事、覚えてるか?」

「と言いますと?」

「私とその……旅をした事とか」


 クローベルはクエストの後にようやく自由意志を取り戻していた。

 今の彼女はどう見てもシャドウリッパーのフレーバーテキストからは逸脱している。俺……いや、コーデリアと以前から旧知であったような口ぶりをしていたのも気になる。


 そもそも俺はキャラメイキングからやり直しになったのに、『コーデリア』で固定されているのもおかしい。

 それに対する答えというか仮説のような物は、一応ある。

 モンスターカードはその種族への召喚・使役の権利のようなもので、殺した個体とイコールではないというゲームの設定があるのだ。

 で、名前を登録した個体はグリモワール内部にその存在を縛られてしまうらしい。

 そこにクローベルの様子を合わせて考えると……俺のコンプデータは消えたのではなく、何らかの理由で召喚権利のみが無くなっているだけ、と仮定出来ないだろうか?

 俺がゲームで使っていた名前をもう一度使えば、俺の知っている「皆」を呼び出せる可能性は高い。


「勿論です。マスターが私の為に戦ってくださった事も、魔竜を討伐なさった事も、グリモワール完成の為に諸国を旅して回ったあの長い旅も……全て覚えておりますよ」


 やっぱりか。しかしそうなると……。

 ――いや、今はその事について考えるのは止めておこう。俺自身の問題でしかない。


「身体に何か不調は?」

「……どういうわけか突然力を失ってしまい、お役に立てるか不安です。……もしかして、マスターもそうなのですか?」

「ああ、まあな。ほとんど全部の断章が無くなった。……無くなったというか、封印状態にあるというか。断章を再度入手出来れば皆を召喚出来る様なんだが」

「成程。手駒がないのでしたら、先程のような作戦を立てられた理由も解ります。戦力の増強は急務ですね」


 納得したかのように頷くクローベル。


「そこ……右に曲がった所が食料庫だよ」

「少々お待ちください。敵がいるようです」


 リュイスと連れ立って食料庫に入っていくクローベルであったが、三〇秒もせずに顔を出した。


「排除しました」

「はやっ」

「見張りが寝ておりましたので」


 そりゃヌルゲーだわ。


「それから、これを」


 クローベルの手には断章があった。


 コモン ランク4 ホブゴブリン 

『ゴブリンとホブゴブリン、どっちが厄介かって? そりゃあ、ゴブリンだろ? ホブゴブリンって奴らは何時見ても寝てるか、呆けてるかだからな。暴れだすと手に負えないが、そんなミスをやらかすのは、余程の間抜けかゴブリンぐらいのもんだ。 ――冒険者ジェド』


 シャーマンとの落差はなんだっていう。

 つーかホブゴブリン見張りに向いてねえよ。シャーマンもやっぱりアホの子じゃなかろうか。


 ……あっ、フレーバーテキストを信じるなら、ゴブリンは喧しくてホブを起こしてしまうからか……?

 身内の盗み食い防止、か。何だか自己解決してしまった。

 うーん。リュイスは結構キビキビ動いてくれるんだがなぁ……。


 ホブにはユーグレと名付けたんだったな。名前の由来は夕暮れ……じゃなくてミドリムシを英語で言うとユーグレナだから。うん。俺も扱い酷かった。ごめんユーグレ。


「じゃあ食料を失敬して断章化したら脱出するか。ソフィー、出口まで道案内出来るか?」

「うん。ついてきて」


 と、抑揚の無い声でソフィーは答えるのであった。

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