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49 海煌竜リグバトス

 海煌竜が陣取っているディルデウス海峡は、内海と外海を繋ぐ玄関のようなものだ。

 大陸から切り離された位置に存在するトーランドに渡る為には、通らねばならない位置関係にある。ここを通らないと陸路をひたすら行って、大陸内地から外海に出られるまで横断、なんて事をしなければいけない。

 或いは空を飛べばいいのだろうが、海煌竜がここにいるというただそれだけで交通の妨げになってしまっている。

 トーランド王国にしてもロンズウッド王国にしても、迷惑を被っているのは間違いない。


 左舷と右舷……海の遥か彼方に陸地が見える。一口に海峡とは言っても広い場所ではこれほどの面積があるのだ。普通なら目的の相手を探すのも一苦労だろう。

 だけれど私は全くその心配はないと思っていた。だって、奴も本質的には赤晶竜と同じだろうから。


 つまり、奴は己のテリトリーに私達を認めるなり、真っ直ぐティターニア号に向かってくるのではないかと思うのだ。

 そして、あいつらが使っているテリトリー維持の為の結界術式の存在は、赤晶竜を解析した時に把握済みだ。結界に触れれば……私も術式の存在を感知出来る。元々アルベリアの、同じ系統の技術であるのだから。


 だから今回の作戦で私達が取るべき最初の行動は……結界の端で出入りを繰り返して挑発し、奴が来るのを待つ事だ。

 奴に対してこちらの存在を教える。

 まずそうやって誘き寄せなければならない。あいつの感知能力を誤魔化す必要があるからだ。


「断章解放。ストームファルコン『ハルトマン』」


 レア ランク6 ストームファルコン

『いと(はや)き翼、いと優れた目。故にガンディ監獄島の獄卒達は彼らを飼い慣らした。脱獄者を処刑台に送る手間が省けるのが良いと、彼らは笑った』


 大空から脱獄者を追うストームファルコンの絵。

 私の召喚に応じて、巨大なハヤブサが水晶球を首からぶら下げ、大空に飛び立っていった。

 名前の由来はドイツの撃墜王からだ。ハヤブサのスペックに加えて風の魔法を操るのでかなり強力な鳥モンスターである。今回は戦闘力に期待してのものではないけれど。

 ……今回の作戦。不安はある。危険だって大きい。

 皆は了承してくれたけれど、上手く行くなんて限らないのだし。


「……マスター。身体が冷えたりはしませんか?」

「ん。大丈夫」


 私は船首に立って、結界に触れるその時が来るのを待っている。

 少し後ろには、いつもクローベルが控えていてくれる。

 それが、嬉しい。

 ここの所海煌竜と戦う事、アルベリアの事ばかり考えていて。

 でも、目が合うと彼女は私を安心させる為に微笑んでくれる。

 仲間達も。私を信じてくれている。


 だから、戦える。


 ごめんクローベル。心配かけて。

 港町でふら付いた時から、ずっと心配してくれてるんだよな。

 大丈夫。私は大丈夫。


 ――前を向いて意識を集中させる。

 魔力感知の感覚を全開にしながら、結界に触れる瞬間を見逃さないように。

 ここで躓いていたら、勝負にならない。

 索敵や会敵などよりも、海峡の幅が広いので相手が自由に戦えると言う事の方が問題だと私は思っている。

 だから、奴を倒すにはその辺をどうにかクリアしなければいけないのだ。


 海を割る儀式魔法。

 ある。けれど割った後で水の壁の中に逃げられたら意味がない。

 海を凍らせる魔法。

 これも存在している。けれど低温がどの程度の効果を発揮するのか未知数だし、氷が邪魔になるのはこちらも同じなのだ。

 全身まとめて海水ごと凍らせる事が出来たとしても、それで殺せなければ次に続く攻撃手段が無くなってしまう。

 だから、今回はそのどちらでもない方法を取る。


 その瞬間は、ついに訪れた。私の張り巡らしていた探知の壁が薄い魔力の幕に触れる。

 来たか。私は目を見開く。

 この力の質。間違えるはずがない。


 まず結界の外側まで移動する。準備を整えた所で、再びティターニア号を結界に突っ込ませる。

 後は挑発するようにティターニア号に出入りを繰り返せるだけだ。それで釣れれば次の関門を突破できる。

 案の定それ程時間を置かず、巨大な魔力の反応がこちらに向かって近付いてくるのが感知出来た。


 さて。上手く行くだろうか?

 ダメだったらモンスターを回収しつつ、飛行モンスターやらボートやらで全力で逃げに転じる予定だ。


 そいつは果たして――真っ直ぐティターニア号に近付いて行った。


 多頭竜だと言うから細い蛇のような頭が多数生えているイメージを抱いていたのだが……首の一本一本が太く強靭だ。それぞれが独立した竜、と言われても信じられそうな程に。


 頭の数は四本だが、途中から一本になって長大な胴体に接続されている。全体的には東洋の龍に近いシルエットだ。彼方此方の海面からアーチを描くように体の一部が姿を見せている。その全長はどれ程のものか。

 ……だがなるほど。海煌竜とはよく言ったものだ。全身を覆う鱗が日の光を受け、真珠貝のように七色に輝いている。その上、ある種の海月のように、自ら光を放つラインが全身に走っていた。確かに……海のどこにいても解るぐらいには目立つだろう。


 まずは水中から攻めてくる、か。だがそれは想定済み。対策してある。

 直下からの攻撃を受けて船が転覆なんてしてしまっては作戦以前の問題である。

 ティターニア号は一目散に海煌竜から距離を取り続ける。魔石を仕込んだ樽を骸骨船員達の手で海中に投下させながら、だ。

 

 魔石に仕込んだ術式は、近場にある大きな魔力に対してゆっくりと漂っていくという単純な物。

 ただし、モールス信号の要領で特定パターンの魔力信号を送ると、魔石内部の魔力を暴走させて爆発する。フローティングマインと同じ仕組みの魔道具である。つまり、爆雷だ。


 魔石を使い捨てにするような贅沢な武器だが、四の五の言っていられないので大盤振る舞いさせてもらおう。樽には番号が振ってあり、それぞれ起爆用の信号パターンが違う。複数回に分けて攻撃を出来るようにする為だ。

 あまり何度も出来る攻撃ではないのだが、海中から来ればこういう攻撃があるのだというのを見せておくのが重要なのである。


 海煌竜は全くの無警戒にそこへ突っ込んで行く。それはそうだ。こっちの世界には存在しなかった魔道具なのだから。

 充分に引き付けた所で、ティターニア号からの信号が送られた。樽が一斉に炸裂、衝撃と爆音を海煌竜に叩き付けた。同時に樽に仕込まれていた染料と香料が辺りの海に広がる。


 これを受けた海煌竜は――受けたダメージ自体は大した事が無さそうだが、その音や臭いには辟易したらしい。

 当然だ。あれは視覚、聴覚、嗅覚を眩ませるためのもので、ダメージを期待してのものではない。

 小さくかぶりを振ってから、海面へと上昇していった。ここまでは読み通り。そうして、奴が海面に顔を出した。


 甲板の上にいる私達(・・)と目が合った瞬間、四本の頭が揃って口を端を歪ませて笑った。

 もうこれだけで赤晶竜のご同輩なのだと解る。多分だが、私を(・・)見て笑ったのだろう。これはレリオスの意志を受けてのものだろうか?


 ティターニア号は海煌竜から一定の距離を保ったまま、出し得る限りの速度で洋上を駆ける。しかしそれでもその速度は海煌竜に及ばないようだ。通常の船とは比べ物にならない航行速度であるというのに、あの巨体で距離を少しずつ詰めて来ている。ティターニア号の足では逃げきれないと言う事だ。

 海煌竜はティターニア号を追いかけながら、一度自分の頭を螺旋状に絡めると、身を捩じりながら光の粒子を海面に吹き付けた。

 海面から海水を巻き上げ、上空に向かって巨大な水の竜巻が立ち上っていく。海面に大渦を作ったのもこれか?


 ……竜巻、か。予想をしていた攻撃手段ではあるけれど……。実際にやられると性質が悪い。巻き込まれたらただでは済まない。

 海煌竜が首を振り払うように動かすと、竜巻が意志を持つかのようにティターニア号に迫っていく。

 どう見てもまともな自然現象じゃないな。SEを使っているのだろう。とすると、あの竜巻は「対象をしつこく追尾する」ぐらいはイカれた性能を持っていると思った方が良い。


 初手で大技をいきなり使ってきたのは、SEを使う技に集中が必要だからだろう。こちらにペースを掴まれてハメられると何も出来なくなる。

 その情報はやはりレリオス経由か? 間違いなく学習をしている節が見受けられる。その辺は折り込み済みではあるが……。


 海煌竜本体は竜巻が追いかけてくる方向とは逆の方向へと、大きな円を描くように泳いでいく。挟み撃ちにするつもりなのだろう。

 厄介なのは、海面に見えている部分だけでなく竜の体長全てが包囲網となって機能する事だ。必要とあらば体当たりさせる事で船の航行を妨げる構えなのだろう。


 到底、逃げ切れるものではない。

 では竜巻か本体か。どちらかをどうにか攻略するしかない。

 ここでティターニア号が向かう方向は決まっている。

 竜本体だ。

 

 自分に迫ってくるのを見て取った海煌竜が笑う。向こうも退く気はないようだ。退く、理由が無い。

 真っ直ぐに泳いで、ティターニア号を正面から迎え撃つ構え――大顎が正面と左右、そして直上という、四方向から迫る。


 だが出鼻を挫くように、骸骨船員達の手で甲板に据え付けられた大型の弩と投石機が放たれた。

 正面に向かって飛んだ岩は器用に噛み砕かれる。左右の頭目掛けて飛んでいった矢は、あっさりと回避された。目で見てから避けたと言う事か?

 赤晶竜の鱗でも抜ける威力なんだけどな。


 これらの設備は元々幽霊船の部品ではないので、私の手によるカモフラージュがなされている。発射されるまでは小舟が甲板に据え付けられているようにしか見えていなかったはずだ。

 それをあの距離、あのタイミングで撃ち込んで対応してみせたのだから、向こうの反射神経は相当なものである。


 だが当然、連中は胴体部分で繋がっているのだから、防御的な行動を取ればどうしても動きは乱れる。

 頭上から迫って来ていた頭の勢いが鈍った。それを迎え撃ったのはティターニア号の四つの錨だ。鼻面に遠心力を付けた重い錨が都合四発立て続けに叩き込まれ、海煌竜は堪らずに頭を引っ込めた。


 ティターニア号は錨をぶん回して牽制しつつ、海煌竜の左脇をすれ違う。竜巻は尚も追ってくるが、海煌竜本体は船から距離を取った。弩を頭部ではなく胴体部分に撃たれても対応できるように、と言う事だろう。


 弩はハンドルを回せば弦が引かれて固定され、再装填出来るようになるという機構になっている。骸骨船員数体がかりで必死にハンドルに取り付いて、次の矢の発射準備を整えている。


 距離を取って射撃戦を続ける。次々弩から弓矢が放たれるので、今までのように海煌竜も間合いを詰める事が出来ないでいた。


 だが、海煌竜はそんなに甘い相手でもない。海面に顔を覗かせている右舷とは逆方向。つまり「私」が背を向けている左舷側から竜の尾が飛び出してきた。振り向いた時には、巨大な尾ヒレが「私」に……「私達」に向かって振り下ろされる瞬間だった――!


 衝撃が甲板と船を揺らした。マストがへし折られ、骸骨船員達が粉々に砕ける破壊力! 私とクローベル、メリッサの身体はモロに海煌竜の尾で叩き潰され、甲板との間に挟まれてしまった。

 内臓破裂に全身粉砕骨折。生身で食らえばそうなるのが運命だ。


 意識が遠くなるような衝撃と激痛に悶絶する。

 だけれど、悶絶したのは私達ではなく、海煌竜の方だった。まるで訳が分からないといった調子で、突然の衝撃と痛みに体をくねらせている。直後迫って来た竜巻に海煌竜が巻き込まれた。ティターニア号が海煌竜の身体を盾にするよう、裏側へと回り込んだからだ。

 体表が裂けて海煌竜の青い体液で竜巻に色が付いていく。あれは……まともに食らうとヤバい威力だな。


 追い込まれていたのも一撃を食らったのも全部外れ。

 詐欺。嘘。ペテンである。残念だったな。

 呪いパワー全開の精密人形による、三倍返しの破壊力はどんなものだろうか。


 私が――それらを見ている場所。

 つまり今いるここは海底(・・)だ。

 海上の様子は携帯電話に映し出される立体映像による生中継。映像中継しているのは水晶球を持って空を飛んでいるストームファルコンと甲板上の骸骨船長。

 海煌竜の動きはこちらとあちらで携帯電話を通して立体的に捉えている……つまり海上からと海底から。

 ティターニア号にも情報が送られている。今の尾の一撃も完全に把握出来ていた。つまり織り込み済みで食らったのだろう。


 甲板上にいる私達は私達ではなく、メリッサのオートマトンである。

 ああ。人形ね。メリッサと一緒に作ったよ……。作戦上仕方がないから……。物凄いテンションだった、と言っておく。


「あああああの海蛇いいいいいッ!」


 私の姿をした人形がぶっ叩かれた事にメリッサは歯軋りをして悔しがっている。あの三体の人形は呪いの反射精度が半端じゃないから、大丈夫だと思うけど……補修は必要だろうな。


 私の傍らにはクローベルとメリッサ。それから私達に水魔法を掛けて水圧と呼吸の問題を解決してくれているエリールとスミスの姿がある。


 で、私がこんな所で何をしているのかと言えば。

 絶賛チャージ中だ。天秤ゲージの方ではなく。SEを。

 私が両手を翳げている頭上では、緑の燐光が際限なく肥大化していくという場面であった。天秤ゲージを半分ほど突っ込んだ核を、さらにSEで補強、極大化させ続けている。

 海上の戦闘は囮。こちらが本命だ。

 私は、端からあの竜と海上、海中で戦って打倒出来るなんて思っちゃいない。


 ティターニア号と乗船しているオートマトン達には囮役を任せる事になってしまって非常に申し訳ないが……ここからは私達のターンだ。

 ――この辺の海底に沈んでいる船の残骸は……海煌竜の犠牲者達だろう。

 あれを……生かしてはおかない。


 呪い返しの痛みと自らの竜巻で足止めされている海煌竜。他にも備えはあったが、これは絶好のチャンスだ。全速力でティターニア号が離脱していくのを見て、私は決断を下した。今を置いて他にタイミングは、ない。


「スローターフォレスト!」


 溜めに溜めた超巨大スローターフォレストを海底に叩き付ける。赤晶竜が使った時も自身を傷付けないように水晶が生えたわけだが、これで生み出される水晶の形状には融通が利くというのは実験済みだ。


 どれぐらいのSEを注ぎ込めばどの程度の物が作れるのかも、大体の所をベルナデッタと共にデータ取りをして算出してある。

 水晶の大樹としか表現しようのないものが、猛烈な勢いで海面へと……海煌竜へと向かって真っ直ぐ突き進む。

 複雑に枝分かれしながら幹を強靭に広げ、包み込むように広がっていく。全ては、海煌竜を処刑場に連れ込む為に。


「いけえええええええええええええっ!!」

「ルオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 ――捉えたっ!

 海煌竜リグバトスの絶叫が響き渡る中、奴の長い体を枝が絡め取り、複雑に絡み合う。鋭利な水晶が体表に突き刺さって樹上に縫い留めていく。それだけでは飽き足らず、そのまま海上へと図体を押し上げても尚、水晶の大樹は成長を止めない。

 砕かれて逃げる事が出来ないよう、構造上の強度を補強し続ける。樹上でも戦えるように、水晶の密度を上げ続ける。


 今のただ一発に、消費したSEは六〇〇〇程。それでも充分な効果と手ごたえはあったと思っている。


「断章解放! ブラッドシャーク『メガロ』!」


 名の由来はメガロドンから。血の臭いで集まって来て群れで襲ってくるという性質の悪い鮫なのだが、社会性があって賢いので飼いならすと騎乗出来る、というのはサハギンがやっていた通り。

 彼の口に咬ませたロープに皆で掴まって、急速に浮上していく。

 普通、海底から急速浮上などすれば内臓をやられるが、その辺はサハギン組が二人がかりで抑えていてくれる。


 断章化で回収するべきものを回収しながら、私達は海面に飛び出した。水晶の大樹に磔にされた海煌竜の姿が目に飛び込んでくる。


 さあ。

 狩りを始めようか。

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