48 打ち上げ花火
私が魔法のチャージを始めるとサハギン達の視線が集まった。
だが彼らは動けなかった。
機先を制するように、クローベルが甲板スレスレを這うような低い体勢で飛び出したからだ。
それを見たサハギンは迎え撃とうと銛を構えるが、間合いに入る寸前でクローベルは突然真横に飛んだ。サハギン側からどう見えたのかは解らないが、迎撃を誘われてタイミングを読まれた上に、反応まで遅れていた。
虚しく空を切った銛を尻目に、クローベルは側壁を足場にして、鋭角な軌道を描いて戻ってくる。銛を切り返す暇などない。視線を向ける事さえ許さず、ダマスカスソードがサハギンの大腿部を薙ぎ払っていった。
そこに太い血管が通っているのはサハギンも同じらしい。大量の血液を零しながらもんどりうって倒れた所を容赦なく骸骨船員達の手によって止めを刺された。
斬り伏せたサハギンの末路に一顧だにせず、別の個体へと躍り掛かる。サハギンは近距離戦では分が悪いと判断したのか、慌てて水弾の魔法を放とうとする。
だがそれも彼女にとっては計算の内らしい。クローベルは目で追える程度の速度にまで、敢えて動きを緩め、横に走る。
その速度を見て当てられると判断したのか、サハギンはクローベルの挙動を予測して水弾を放とうとしたが、魔法が発動するというその寸前、急制動を掛けて全く別の方向に進行方向を変えた。
サハギンは慌てて水弾の射角に修正をかけようとしたが、とても間に合わない。てんで違う方向に飛んでいって、骸骨船員と戦っていた別のサハギンに直撃した。
全く予想していない所から後頭部を撃たれたサハギンは意識を刈られて甲板に倒れ伏す。そしてそのまま骸骨の餌食になってしまった。
仲間を撃ってしまったサハギンはその光景に目を見開くが、次の瞬間には視線の反対方向から飛来してきたクローベルの新しい武器によって、喉笛を掻き切られてしまった。
実戦での試運転、か。彼女は手元に戻って来たその武器を見て、満足そうに頷いている。
それを見たシルヴィアにも何か思う所があったらしい。一体のサハギンの喉笛を食い破ると、そのまま口に咥えて走る。サハギンがシルヴィアに向かって水弾を放つが、彼女は口に咥えたサハギンの死体を盾にして受けた。
銛で迎撃しようとしたサハギンに対しては、突撃する軌道を微妙に修正、サハギンの手に持つ銛に引っ掛けるように死体をぶつける。当然死体に深く突き刺さった銛が容易く抜けるはずもなく、そこに迫って来た骸骨達によって、交戦する事も侭ならず膾切りにされた。
メリッサは乱戦に巻き込まれないよう、箒に跨り空の上だ。三匹の鳥形オートマトンを随伴していて、頭上に注意を向けていないサハギンに奇襲を仕掛けさせている。背後から音もなく急降下させて、鳥の足で目潰しを仕掛けるだとか、骸骨の攻撃を受けようとした所を嘴で突かせて行動の阻害をするとか。当然奇襲を食らったサハギンは、骸骨に狩られるだけの運命となる。
時々水弾を撃たれているが、十分な距離を取っている上、空を飛んでいるメリッサには当たらない。そうやって自分に注意を向けさせるのも彼女の手の内なのだろう。メリッサに注意を向ければ、攻防ともにそれだけ骸骨に対する備えが疎かになる。案の定頭上を見上げたまま、背中から骸骨に切り倒されている者達が出た。
みんなして骸骨船員を上手く使ってるな。数で負けてないって素晴らしい。
フローティングマインを射出する。乱戦になっているので気軽には炸裂させられないが、更なる新手が現れた時に牽制をする事は出来る、かな?
船の外に近い場所に浮遊させておく。後はみんなのフォローに使えるように意識を集中させておこう。
魔力感知、感覚リンク、マインの制御で集中している私の防御に回っているのはユーグレとマーチェだ。
水魔法を大盾で受けて防ぐユーグレは、最初のへっぴり腰が嘘のようだ。実に力強い。マーチェもしっかり応射して反撃に転じる。魔法の矢にサハギン達が成す術なく撃ち抜かれていく。
リュイスは船酔い中。人数的な問題もあるので今回はお休みだ。
サハギン達は魔法の矢に被弾する事を覚悟で、銛を手に突っ込んで来た。連中、かなり勇敢だな。
確かに射撃戦で埒があかないとなれば、後は接近戦に持ち込むしかない。
持ち込む、しかない……のだが。
彼らの前にゆらりと立ち塞がる影がある。
ウルであった。
膂力に任せただけの彼らの突きには技術も何もない。或いは水中でなら戦いになるのかもしれないが、ハイオークをも退けたウルと甲板上で戦って、勝負になるはずがない。
銛と棍とが一瞬だけ交差する。ウルの手元が軽く円を描くと、棍の先端へとその動きが伝達され、銛を巻き込んでしまう。絶妙のタイミングで棍が跳ね上がると、サハギンの握っていた銛が上空に飛ばされた。
ウルの握る棍はそのまま円軌道を描く。棍が甲板と水平になった所で、勢いよく踏み込む。逆端が同時に突き出され、まだ両腕を挙げたままのサハギンの眉間を砕いていた。
そこに詰め寄るもう一体のサハギン。棍の内側の間合いなら勝負になると思ったのか、銛を短く持って襲い掛かる。だが雑だ。ウルは入り身になってサハギンに密着する。
近すぎて武器が役に立たない間合い。お互いに対して背中側を向けている状況。そこからどうするのかと思えば、ウルが繰り出したのは背中での強烈な体当たりだった。
激しく足を踏み鳴らし、自分だけは地面に根を生やしたかのような非常に安定した体勢でサハギンを派手に吹っ飛ばす。あれは鉄山靠……で、良いのだろうか。震脚で甲板に穴が開かないかが心配だ。
堪らず甲板の上に倒れ込んだサハギンの頭上に、たっぷりと遠心力を乗せた棍の先端が降って来た。ウルは体勢を入れ替えもしない。ブリッジをするようにして、最速で棍を打ち落としたのだ。
背中を向けているサハギンは、目視も察知も出来ずに頭蓋をかち割られてしまう。
その様子をマーチェが真剣な目で眺めていた。
……ああ。マーチェも杖術を使うもんね。ウルの棍の扱い方は彼女にとっていい刺激になるのではないだろうか。
甲板に乗り込んできたのは良いが、漸く彼らはここが死地だと気付いたらしい。全員が全員、じりじりと甲板の側壁に向かって後退を始めている。壊走状態にならないのは勇敢なのだろうが。
さて、そうなると……例の船首にいる奴がどう出るかなんだけど。
あれは……サハギンのリーダーではあるのだろうが、紛れもなく変異種である。シービショップと呼ばれる、魔法を得意とする個体だ。
他の連中が比較的スマートな感じなのに、一人だけ太ったアンコウという風情だ。
クローベルがそちらに向かって突撃していくが、リーダーが奇妙な声を上げると、手下のサハギン達が行く手を阻んだ。
シービショップは魔力を手に集中させて……?
「ッ!? クローベルッ!」
何とそいつは味方の背中へと水の槍を放ってきた。剣を交えていたサハギンを貫通しクローベルに水の槍が迫る。
「っと……やってくれますね」
クローベルは小首を傾げるようにして頭部に迫った水の槍を避けていた。
一瞬ヒヤッとしたが、彼女はまだ余裕そうに見える。私みたいに魔力の動きで察知していたわけでもないだろうに。
水の槍が不発に終わったのを見届けたシービショップは、背中を翻し、さっさと船から飛び降りて逃げようとしている。
……なんだそれ。
気に入らない。あのリーダーに関して言うなら、逃がす気が無くなった。
クローベルに戦わせているのは私だから……彼女が今危なかった事に、とやかく言う資格はないのだろうさ。悔しいし、腹が立ったけどな。自分にも、奴にも。
けどさ。それでもだ。シービショップはかなりランクの高いモンスターのはずなのに。
けしかけてさせておいて、味方越しに魔法を撃ち、それが失敗したら逃げるだと?
私の意を受けたクローベルはがマストに向かって三角飛びをして、サハギン達の頭上を易々と飛び越えた。そしてそこから、シービショップに向かって斬撃を「飛ばす」。
思わぬ距離から攻撃が飛んできて、飛び込みしようとしていたシービショップは体勢を崩した。
続く二撃目は下から掬い上げられるような軌道で迫って来た。遠心力が乗った斬撃をまともに受けては絶命は必至――。
シービショップは咄嗟に魔力の障壁で防ぐが、それも折り込み済みである。クローベルの武器に、障壁ごと絡め取られて浮かされるように空中に飛ばされた。
……これだけ時間を稼いでもらえば充分だ。
そして魔法制御に集中する私の身体は、仲間が守ってくれる。
魔力感知で彼の魔力位置を捕捉。展開させてあったフローディングマインを、そいつの落下する軌道上に置く。魔力反応の座標が重なる寸前で「点火」した。
魔力爆発と共にシービショップの反応が打ち上げられて宙を舞った。
やはり魔力の障壁を展開させて魔法に対しての防御を行っているようだ。
中々やる。けれど。
「逃がさないって、言ったでしょう」
両手で指揮棒を振るように光球の軌道を操る。
落下してきたところに下からもう一発。シービショップは必死の形相で魔法障壁を張り巡らせて爆風に耐える。
再び下から上へ。打ち上げた先に待ち構えるように。配置しておいた光球を頭上から炸裂させる。
上からの爆風で重力加速度も付けさせた所に、今度は下から二つの光球を空中衝突させて今まで以上の大爆発を引き起こす。
「~~~ッ!!?」
手ごたえあり。今度こそ障壁を抜いて衝撃波を通した。
だがまだシービショップには意識がある。それどころか、術者と魔法の撃ち合いをするしか生き延びる道が無いと理解したのか、私の方に憎々しげな視線を向けて来た。
うん。漸く戦う気になったのは結構な事だけれど、少しばかり気が早い。まだ私の攻撃が終わったなんて言っていないぞ?
いや、この場合決断が遅きに失したと言うべきなのだろうか?
上空のシービショップに向かって掌を向ける。
同時八方向から光球が迫る。シービショップの顔が引き攣った。全方位に障壁を張り巡らせているが、さて……今度はどうかな? 受けられる物なら受けてみるがいい。
私は遠くに見えるシービショップを握り潰すかのように掌を閉じた。同時に八個の光球がシービショップへと同時に着弾する。
瞬間、凄まじい魔力爆発が巻き起こり眩い閃光が広がった。轟音が響き渡り、船体がビリビリと震える。
衝撃波が過ぎ去った後には……何も残ってはいなかった。
不甲斐ない上司に比べて部下たちは見上げたもの、と言うべきか。
今の光景を見ても心を折られなかったのだから大した物だ。或いは船を沈没させて水中に引きずり込めば勝ちの目があると思ったのか、船から飛び降りると、今度は鮫に跨って皆で船体に水弾を撃ち始めた。船を沈没させるまで魔法を撃ち込むとか……消耗が激しいから普通はやらない選択肢だろうが、ムキになっているのだろうか?
彼らは勇敢だが……これははっきり言って愚策だった。余計な事を考えず、逃げるべきだったのだ。
この行動が、誰の怒りを買ったのかと言えば――。
ばしゃっという、西瓜がかち割られるような音が響いた。隣にいたサハギンはきょとんとした顔をしている。
水弾を撃ち込もうとしていたサハギンの上半身が吹っ飛んだのだ。
犯人は船から伸びた鎖につながれた、巨大な錨だ。錨の数は前後左右に全部で四本。
ああ……やっぱりね。かなりご機嫌斜めのようだ……。
基本面倒臭がりで、船の航行以外の事は殆ど骸骨船員に任せているのに、あんなに錨を振り回して……。
重い風切り音を立てながら迫って来た鎖と錨が、鮫と魚人達をまとめて薙ぎ払う。
左舷の鎖が一匹のサハギンを巻き取って空中に放り投げると、右舷から唸りを上げて迫って来た錨が――いや、描写は止めておこう。
ともかく今度こそ彼らの心はへし折られた。生き残った者は這う這うの体で逃げていく。当分の間は……いや、或いは一生の間船に近付こうともしないのではなかろうか。
……幽霊船怖い。
気を取り直してというか……気分を変える為に戦果を確認する。
中々の収穫だ。
コモン ランク10 ブラッドシャーク
『彼らの人気を得る方法はとても簡単だ。彼らの縄張りの中で自分の指先を針で突いてみればいい。晩餐の登場にとても喜んでくれる』
アンコモン ランク2 サハギン
『連中の銛の腕前は陸上じゃ二流さ。だが、間違っても水中で競おうなんて考えない事だな。俺達でも相手にならん。 ――漁師マウル』
レア ランク20 シービショップ
『彼らの神は海のものの姿をしている。だから司祭どもはいつも陸上の生き物を生贄に選ぶのだ』
ブラッドシャークの縄張りで怪我をしてしまったばかりに鮫に集団で襲われる男の絵。
サハギンは漁師と仲良く素潜り中。シービショップはタコの像に祈りを捧げている。
水中での機動力を備えた鮫と、水と親和性の高い魔法が使える魚人達。かなり有能なモンスターである。
特に、サハギンとシービショップは水魔法を使えるからな。役割分担やSEの節約も期待出来そうだ。
仲間を帰還させつつ、早速彼らを召喚してみる事にした。と言っても甲板上なのでブラッドシャークは呼べないが。
「断章解放、サハギン『スミス』、シービショップ『エリール』」
サハギン達の名前の元ネタはどちらもHPラヴクラフトだ。
スミス君はインスマスのスマスの部分を人名っぽくしたもので、エリールさんもクトゥルーさんが安眠してる冒涜的な都市の名を人名っぽくアナグラム&変形させた物である。
深きものとサハギンは、多分違う種族だと思うけど。
「おおコーデリア。呼ばれるのを今か今かと待っていたぞ」
エリールは目を細めた。どうやら笑ったらしい。
彼女の容姿を一言で表現するなら、膨らんでいない時のハリセンボンだ。
そんな感じの頭部に、神官の服である。半魚人という言葉から想像するイメージよりはかなり可愛らしいように思える。
スミス君はハゼに似ているが身体の色が黄色なので、かなり派手である。飛び出した目がユーモラスだ。普段は口を開けたままボーっとしたりしているのだが、サハギンの常として戦闘時はかなり勇敢である事は補足して置かなければなるまい。
コーデリアと二人は人魚の女王の所で出会った。
クラーケン退治で共闘し、戦士として認められ……気に入られて契約を結んだのだ。
とりあえず、呼ばれたばかりで「次、海竜退治です」なんてのは、ハードモードも良い所なので事情を説明する事にしよう。
「……という訳で、これから海竜退治なんだけど」
「ほう。今はクロエ……であったか? お前と肩を並べられる事、嬉しく思うぞ」
話をしてみるとエリールは随分上機嫌になった。スミスは既にトライデントの素振りを始めている。
……何でこんなにもやる気満々なのだろうか。
「話を聞くに、お前は元々戦士や王族という訳でもあるまい? そのような者が陣頭に立っておるのに、我等が魔竜相手に怖気付いては一族の名折れよ」
まあ……士気が高いのは良い事だ。




