47 甲板上の戦い
海煌竜のテリトリーに近付くとモンスターが多くなる、と言う事は。
逆に言えば、問題の海域に近付くまでは比較的に安全、安心、と言う事でもある、かな?
海煌竜のせいでディルデウス海峡へ向かうルートの船舶も無く人目もない。
夜の出航で海の景色を満喫する事も出来なかった。ここ数日宿屋で頭を捻ったり、街の外まで出て行って実験を繰り返したりという毎日だったのである。
つまりは――結構ストレスが溜まっていた。
海はこんなにも綺麗なのに。泳ぐ事も浜辺で遊ぶ事も出来ないなんて間違っている!
そんなわけで、今回海煌竜を倒す上で作戦の一つとして考えたのだけれど、敢え無くボツになってしまったブツを使って遊ぶことにした。
「断章解放! ゴブリンチャリオットマリナー!」
うん。格好つけて召喚して見たけれど、要するにボートだ。
魔石に力を送るとスクリューが回るという、一ゴブシャー力推進の画期的魔力モーターボートである。
魔石と付与術式を組み合わせるとこういう物が作れるという実例である。
魔素結晶で大型ゴーレムが作れるわけだが、通常の魔石でも小規模なら似たような事が出来る。
魔石内部に術式を刻んでそこに魔力を流す事で、術式によって決められた挙動を行わせる事が出来る。要するに、集積回路のような役割を果たしてくれるというわけだ。
刻む術式が魔石のキャパシティを越えると魔石が砕けてしまうのであまり複雑な動きはさせられないけれど……。
マリナーの素晴らしい所は魔力推進だけではない。ペダルを漕ぐと前面に装着された、ツイストを加えたランス……ドリルが回転するという素晴らしい機構が組み込んである。ドリルは切り離し出来るので一撃離脱も可能という隙の無さだ。
当然、ゴブリン三人組が乗り込む予定……だった。でもボツ。
何がダメだったかと言うと、ゴブリン三人が揃って金槌だった事だ。金槌と言うか、あれは海恐怖症のレベルに片足を突っ込んでるな。
構想当初は潜水も可能な感じにする予定で、スクリューとドリル部分の機構は完成していたのだけれど、テストも兼ねて意見を聞いてみたら……三人が三人とも、全く、全然、これっぽっちも泳げないという衝撃の事実が判明し、私は頭を抱える羽目になったのだ。
彼らはゴブリン。森や山の洞窟、地底に住まう種族であるが故に……。
海で泳ぐなんて全く経験がないらしい。
塩水に浸かったからどうってわけでもないのだが、潮の匂いとか波とか「色々有り得ない」のだそうな。それに今から泳ぎを覚えさせてもねえ……。相手が他のならまだしも海竜だし。
無論、海中で戦闘させるとか以ての外のようだ。なのでせっかく作ってしまった物だし、暇の出来た今の内に活用させてもらおうと思った次第である。
甲板からロープを投げ入れ、縛って牽引してもらう。クローベルやメリッサと乗り込み、私が魔力推進を担当させてもらう事にした。操舵手はクローベル。
メリッサは――
「これ、踏んでも硬くて余り動かないんですが」
と、ペダルを回そうとして情けない顔をしている。
「それホブゴブリン用だからね。重くて当然っていうか」
ユーグレがチャリンコを漕ぐことでドリルが回転する仕様。素晴らしい。素晴らしいのだがユーグレは海が怖いらしい。よってそのドリルが稼働する事はなく、私の巻き毛と同じぐらいの価値しかない。
単なる装飾品。雰囲気ドリル。ファッションドリルである。いや、実に残念だ。
ゴブリン三人組に言わせると、海底の訳の分からない物体も怖いそうだ。ウニ、イソギンチャク、ヒトデにタコ……。魚は大丈夫だそうだけど……深海魚はダメだろうなぁ。
まあ……何となく気持ちが解らない事もない。
一度グラスボートという、底がアクリルになっている船に乗った事があるのだけれど……あれはね。
空を飛んでいるような気分になれるし、見ていて飽きないんだけれど、海底って確かに異界に見えるからなぁ。引き込まれそうな気がしてくるのだ。
とにかく、無理強いは出来ない。申し訳なく思っているのは彼らの方なのだ。責めるような狭量な事はすまい。
「う、おおお。姐御……、よくあんなのに乗って笑ってられ、う、ウプッ」
「ユーグレ、もう、ダメ。この変な臭い、頭、おかしくなる」
「あああ、あんたら男だろうが! 気合入れんだよッ!」
「無理」
「無理……」
今もほら。甲板から三人揃って顔だけ覗かせてこっちを見ているのだが……緑色なのに明らかに血色が悪いという、中々珍しい物を見せてくれている。
ボート遊び楽しいよ? という場面を見せてやれば彼らの気持ちもポジティブになるかと思ったけれど……どうにも望み薄っぽいなぁ。
まあ、彼らが海を怖がった事が原因で、何故か私自身が新しい能力に開眼しちゃったりするという結果になっているので、これはこれで怪我の功名というか何というか。ボート作成も全くの無駄ではなかったと言う事だ。
ともかく、ボートを動かしてみよう。ほんの少しずつ調整しながら魔石に魔力を送ると、スクリューが回ってボートを走らせる事が出来た。
青い海の上を風を切って走る。
遠くに大小様々な無人島が見える。気分は中々に最高だ。
「マスター、もっと早くしても大丈夫ですよ?」
「いや。もう結構怖いんだけど!?」
クローベルは危なげなくボートを操っている。
こんなボートの操舵なんて初めてだろうに、持ち前の運動神経や反射神経でどうにかしてしまっているのが凄い。
ボートは中々の速度が出た。上手くすれば水上スキーも出来そうだな。いずれゴブリン三人組には泳ぎも覚えてもらって、是非これを使って欲しいものだが、越えなければならない山谷は深そうである。
それから数日かけて……特訓と言うほどの事でもないがゴブリン達には船上で活動して貰い、甲板の上で端っこが近くない場所なら大丈夫、という所までは慣れさせる事が出来た。最初の腰が引けている状態から比べるとかなりの成長であると言えよう。
……とりあえず、ゴブリン達に関しては今の所こんな物だろうか。
ゴブリン達に設定した目標を達成させた所で、後回しでのびのびになっていた石鹸作りにいそしむ事にした。材料はあるのですぐ出来る。合成術式で一発だ。
香りはやっぱり、あのシルターという花である。うーん。前はカモフラージュのせいで気分が悪くなってしまったけれど、今はどうかな?
香油の瓶を取り出して、匂いを嗅いでみる。
……良い匂いだ。寧ろ凄く落ち着く。コーデリアの姿をしていれば何も問題ない。やっぱりこれで石鹸を作ろう。
だが、素材を入力した所で中断させられてしまった。
あちこちから小さな魔力反応が集まって来たのが解ったからだ。おのれ……。
クローベルとメリッサを呼んで甲板に上がってみると、モンスターの群れが襲撃してきたという場面であった。あちこちでカットラスで武装した骸骨船員達とモンスター達が剣戟の音を響かせ、非常に賑やかでしっちゃかめっちゃかな事になっていた。
襲撃を仕掛けてきたのは魚の頭を持つ戦士達――サハギンだ。
サハギンは陸上の生き物に対してかなり好戦的だ。
目当ては彼らの神に捧げる生贄の調達。それから金銀財宝の奪取も行う。要するにモンスター版海賊みたいなものだな。
幽霊船であれど襲ってきた辺り見境がないが、剣呑でボロっちい外見も、彼らにとってはあまり関係がないのだろうか?
或いは幽霊船だからこそだと言うのなら、彼らの見識は侮れないものだと評価を改めるべきかも知れない。ゴーストシップの核がお宝である事は間違いないのだし。
ブラッドシャークという鮫モンスターに跨り、次々と接近してくる。
流石に鮫は甲板上にはいないが、サハギン達はどうやって船に登って来たのだろうと思っていたら、実演してみせようと言わんばかりにあちこちで水柱が上がった。
水柱の上には漏れなくサハギンの姿。銛を片手に意気揚々と乗り込んでくる。個々が水魔法を使えるというのは知っていたが……なるほど。こうやって船を襲うわけか。
海洋モンスターがどうやって甲板まで乗り込んでくるのか結構疑問に思ってたんだよね。
骸骨船員達はいい勝負をしているが、やや押され気味のように思えた。サハギンの水魔法は中々に強力で、水弾の直撃を受けた船員は吹っ飛ばされてバラバラにされたりしている。
すぐ元通りに組みあがって戦線に復帰するけれど、サハギン側が遠距離攻撃を持っているというアドバンテージは大きいようだ。
そんな中にあって複数のサハギンと互角以上に渡り合っている個体が一体。骸骨船長である。こちらは両手にカットラスを持っての二刀流だ。
サハギンは三人がかりで入れ替わり立ち代わり打ち掛かって行くが、骸骨船長は複数の方向から突き込まれた銛を、交差させたカットラスで器用に止めると、力任せに振り払って弾き飛ばしていた。放たれる水魔法もしっかりと見切って対応している。おおっ、一体斬り伏せたぞ。
私は……その、甲板全体で行われている戦闘の場景を、船室から上がって来た位置から、全く動かずに把握する事が出来ている。
これこそがゴブリン達のお陰で開眼した、私の新しい能力である。
ボートを作ってゴブリン達に「乗ってみて?」と言った時、彼らの魔力反応が恐怖のせいで乱れに乱れていたのが解ったのだ。
彼らの動揺の理由を聞いて頭を抱えた後、ふと思ったのだ。
魔力反応のパターンと感情を理解しておけば、魔力感知で相手の心理状態とか解るんじゃないだろうか?
そんな発想から意識を向けてみた所、偶然ゴブリン達の視覚、聴覚、嗅覚などとのダイレクトリンクが成立してしまった、というわけである。
使い魔との感覚リンクはセンスの良い魔法使いなら詠唱無しでもいけるものらしいが……うん。簡単だったな。
んー。思うに……段々グリモワールを使う力が上がってきているのかな?
グリモワールの担い手として小慣れてきたからなのか、赤晶竜を倒して存在規模が増したからか。
コーデリアとの共鳴も関係しているのかも知れない。
ま、ゲームでもコーデリアの指揮能力はレベルアップとともに上がっていったからね。あれはつまり「こういう事」なのだろう。
SEも支払わず新しい芸が増えてラッキーという所か。
さて、彼我の戦力、骸骨船員達の実力も大体の所が解った。船首の方に一体、他とは毛色の異なる大きな魔力反応を持った個体がいるようだが……そいつは今の所動きを見せる様子が無い。
高見の見物のつもりか。なら存分に見せてやる。すぐに均衡を崩してやろうじゃないか。




